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東京侵蝕  作者: 平山 ユウ
第一章-前- 新東京
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第一章20 『少女の購入と本題』

ノインとフィーアが闇市の西口に着いた頃には既にブルーメのメンバーは全員集合していた。


抵抗組織に限らずこの新東京に住む者にとって時間厳守は基本である。何故なら時間を明確に定める事で定刻以内に現れなければ、その者が何か問題に巻き込まれた事が連絡を待たずともわかるからだ。

もしこれが瘴気に汚染された外であったのならば間違いなく置いていかれただろうが、闇市内は武器の所持すら出来ない安全な空間であるため問題が生じたとも考えにくい、故にブルーメのメンバーはノインとフィーアが来るのを西口で待っていたのだ。


「やっと来たね……フィーアとノイン君だから万が一も無いとは思っていたけど……」


「ほれ我の言った通りじゃ! 皆も心配しすぎなのじゃ」


「まァまァ――何もなくてよかったじゃねぇか!」


ノインとフィーアが約束の時刻に闇市の西口に現れなかった事に対して、ブルーメの面々は闇市内なら安全であるから大丈夫だとは考えていたようだが、やはり心の何処かで万が一を心配していたようだった。そんな心配をかけた事にノインは謝罪の言葉を口にする。


「悪かった、一応その事に関して報告したいから――」


「――ああ!!」


突然その場を支配した驚愕を孕んだ音にノインは驚く。その音の発生源を目で辿るとそこにはノインの首元を指さしているフュンフの姿があった。


「お、お兄さん、どうしてそんなところに怪我を!? とにかくしっかりと傷を診ないと!!」


早口で捲し上げるようにフュンフは言うと、ノインが気付いた頃には彼女はその身を首元へと移動させていた。そんな少し興奮気味の彼女を落ち着かせるように引き離す。

ブルーメ内における怪我などの診察は基本的にフュンフが行っている、本人曰くそれを専門に修めてきた者には負けるらしいが、訓練場で大怪我を負ったノインはここ数日の間、夜に彼女の診察を受ける事が日課となっていた。


「落ち着いてくれフュンフ、とりあえずフィーに応急手当はしてもらったから大丈夫だ。 それよりもこの怪我の過程を含めて手早く報告をしたい」


「ややや! それは是非聴きたいところですねぇ!」


首元の怪我、ノインとフィーアの遅刻から面白そうな話だと悟ったドライは既にポケットからボールペンとメモ帳を取り出している。


「とりあえず、話せ」


ノインはヌルの許可が下りると共に、あの部屋で起きた出来事を話し始める。拘束された少女の瘴魔を人間に治したところは多少ぼかすが、闇市のオーナーゼリクがVIPルームで待ってくれていることを簡単に伝える。


「成る程な、俺達の方でも闇市を回ってみたが攻撃型の魔業は見られなかった。 それに情報収集と一言で言っても有益な情報には金がかかるからな……結論から言って大した情報は集まらなかった。 だがノインのおかげで直接交渉が出来るって訳か……お手柄だな」


そうノインは闇市の被害を軽微で済ませた借りを、少女を無償で引き取るではなくブルーメの欲する情報と商品をゼリクに提供されることで返して貰おうと考えていた。


「しかしヌル……その女の子についてはどうするつもりだい? まさか瘴魔と戦わせるわけにも抵抗組織活動の戦力としても数えるわけにはいかないし……」


アインスの疑問は最もである。例えばノインのように青年であれば体も出来上がっている為、少々瘴魔との戦闘のノウハウを教授すれば瞬時に小さいながらも戦力として数える事が出来る。しかし少女は別である、体も出来上がっていなければ、瘴魔との戦いで戦力として数えられる程までに教育して成長させるには前者よりも時間がかかる。

もちろん闇市に来る前に他の抵抗組織に所属していたのであれば話は変わってくるが……もしも結晶化から目覚めて直ぐに闇市に連れて来られたのであれば、ひょっとすると瘴魔を見た事がない、つまりは瘴魔と言う存在すら知らない可能性もある。そうなるといよいよ教育は面倒である。


「まぁ何とかなんだろ……それにノインに面倒を押し付ければ俺達にそこまでの負担がかかるとも思えないしな」


懸念すべき点をまだ幾つかアインスは持っているように見えるが、ブルーメの長であるヌルがその少女を引き取る事に何ら反対しない事を受けてそれ以上は何も言わない。


「いやァ~しかしこれでまた一人女の子がノインに侍らせられたわけだ、俺なんてアインスに見張られて一人も綺麗なお姉さんを口説けなかったっつうのに……」


やはりツヴァイはこの闇市に、他の抵抗組織の女性を口説くという目的で来ていたようだ。そしてもう当然のようにその口から紡がれるノインへの軽口にノインが返答しようとすると。


「当たり前だろう? 君は目を離すと本当に何を仕出かすかわからないんだから……僕としては何時暴発してもおかしくない銃を常に懐に入れている気分だよ……」


アインスは心底呆れたような雰囲気を含みながら言う。そんなツヴァイのお目付け役とも言えるアインスにフィーアが労いの言葉を送ると、それに続いて波のように他の面々もアインスに言葉をかけた。


「……ツヴァイさんに毎回付き合わされているアインスさんの心中はお察しします……」


「ややや何時もお疲れ様です!!」


「ご苦労……じゃな」


「お、おつかれさま……です……」


「………………」


無言ながらゼクスもアインスの肩を軽く数回叩く。


「オイ! なんか俺とノインの扱いの差がおかしくねぇか!?」


ツヴァイは絶え間なく送られるアインスへの労いに、自分の扱いに対する不満を告げる。そんな面々を一歩引いたところから見ていたノインとヌルは互いに微笑した。




ノインの報告を聞いたブルーメは闇市のVIPルームまで移動する。VIPルームに対するノインの認識は、豪華な扉、豪華な内装、そしてそれを守る警備の者が数人といった一般的なものであった。しかし現在VIPルームへと続く扉の前に辿り着いたノインはその認識が過ちであった事を知った。

VIPルームへの扉は非常に質素な木製作りの扉である、これならば少女が拘束されていた部屋の無機質な鉄扉の方がまだ豪華で価値があるだろう。そしてブルーメが来たからと言って扉を開ける警備のような者も居なければ、中に入った彼らを豪華な内装が出迎えてくれるという事も無い。中はまるで会議室のようで白を基調とした部屋に大きめの机を挟んで向い合わせにソファーが置いてあるだけであった。

要はVIPルームというのはVIPと闇市の交渉の際に、商品が他の者に見られぬように、音が外に漏れないように、情報管理を徹底した特殊加工された部屋というわけだ。


ノイン達から見て奥側のソファーにはゼリクが腕を組んで座っている。そのソファーに向き合うようにして設置されている対面のソファーに客が座るのだろうとノインは考えるが、本来客が座るはずの手前のソファーには既に先客が居た。


肩まで伸びた青い髪、人形のように整った顔の少女がソファーの上で規則的な寝息を立てている。それは間違いなく先程まで紫色の結晶を体から生やし、瘴魔として拘束されていた少女だった。もちろんその後のノインの治療によって今は結晶など見る影もないのだが。


「おう来たか双黒小僧」


ゼリクは部屋に入ってきたブルーメの中から髪と瞳共に黒いノインに対して告げると、座るように目で促す。ソファーはブルーメが全員座れるほどの大きさではない為、少し躊躇っているとヌルがノインを座らせその横に座る、あとのメンバーはソファーの後ろに立った。どうやらソファーに座るのは交渉をする者のみらしい。


「とりあえずだが、小僧が購入を希望した嬢ちゃんの侵蝕係数に異常がねぇことは確認した。 よって闇市では彼女を以後他の子供と同じ商品として扱う事になるが問題ねぇか?」


「あぁ問題ない、それでゼリク……あの事なんだが……」


「解っている、そこについては安心してくれて構わない」


不安を告げるノインにゼリクは大丈夫だと胸を叩く。今のやり取りで行われたのは要は『治療の事を口外しない』約束である。

言質もとり安心した様子のノインはフィーアを見る、その視線に気付いたフィーアも注視してなければ解らない程微妙に頭を縦に数度振った。これでノインが瘴魔を治療できる事を知る者は三人――正確には少女を含めた四人となった。


当然この会話の真意にブルーメの面々は気付く事ができない。しかしドライは今の会話に何かを感じ取ったのかその顔を関心に染めていた。


ノインがブルーメにも『治療』の事を話さないのには理由がある。それは治療行為が孕む厄介事の雰囲気である。

簡単に言うなら治療が新東京に広まったとして、それを用いて瘴魔を根絶して欲しいと願う人も、大切な誰かが瘴魔になりそれを治して欲しいと願う人も出て来るだろう予想できる事だ。治療の原理は何か、治療によってデメリットは生じないのか、ノイン自身も説明できない今の現状で治療を広めるのはリスクが高い。

勿論ブルーメの面々であれば事情を詳しく説明すれば、口外する事など無いだろうが、万が一うっかりと言った事もある。それならばそもそも知らせないに越したことはない。

記憶が戻れば治療の事も詳細に解るかもしれない、少なくとも治療に関する情報が乏しい今、ノインは彼らに少女を治療した事を話す気は無かった。


寝息をたてる少女を含めれば、ノインの治療を知っているのは四人。その中で多くの情報を収めるゼリクに知られたのはむしろ僥倖と言える。彼であれば情報操作も情報管理もお手のものだろう。


そんなノインの腹積もりを理解しているゼリクは、少女の購入に関する話を始める。


「それでそこの嬢ちゃんだが……まあ元の素材がいいからな代替三十万ってところか?」


「!? そんなにですか!?」


眠れる少女の値段にフィーアは驚愕する。

しかしノインには三十万と言われてもいまいち相場が分からずピンとこない。だからこそその相場を教えて貰おうとフィーアに遠まわしに頼む。


「あの~賢くないノインさんにはいまいち良く値段が理解できないんだけど……そこのとこ教えてくれんかフィーさんや」


気の抜けるようなノインの言葉にフィーアは落ち着きを取り戻すと、軽く咳を二回して始める。


それによれば闇市で売買が行われている生活基盤を支える基本的な魔業の平均相場は一~二万であり、また闇市で売られる子供達の平均相場が五~十万であるという。つまり三十万とは彼女の容姿という点が如何に他を圧倒し、異常な値段となっているかが理解できる点であり、闇市内での容姿が値段を決める重要な指標である事の現れでもあった。

当然ゼリクが吹っかけている可能性も考えられるが、楽園の外側の闇市というシステムを作り上げたほどの男である。商売毎に関してゼリクは絶対的な信頼を何処からもよせられていた。それはブルーメとて例外ではない。


そんなゼリクが提示した大金をノインが持っているはずもないが、それには考えが在った。


「解ったそれでいい」


「どうやって払うつもりだ? 確か小僧はこの嬢ちゃんを無料で提供される気はねぇって言っていたな」


「あぁあんたには借りを別の形で返して貰わないと困る……とりあえず支払いの話に移ろう。 今日俺がこの闇市に入る際に入り口で預けた魔業がある、あれを少女の代金として支払おう」


「!!」


そう、ノインの考えていた少女の購入方法はフィーアと闇市を回っている際に教示された決済方法『物々交換』である。

ノインはフィーアと闇市を回っている際に攻撃型の魔業が販売されていない事と、ブルーメが普段手にしている銃型魔業と比べてノインの持つ剣銃が攻撃力に富んでいる事から、自身の持つ魔業に希少性とそれに値するだけの価値を見出していた。

当然ノインにあの魔業の正確な価値の判断は下せないが、ゼリクの提示した三十万を超えている自信は持ち合わせていた。


ゼリクは近くに待機していた部下のような男に「おい」と一声かける。男は直ぐに部屋を出て行き、暫くするとその手にノインの剣銃を持って帰って来る。ゼリクはそれを手に取り様々な角度から眺めた後「ほぅ」という感嘆の声を発して剣銃を机の上に置いた。

魔業の外見のみを眺めて価値を見出すその手腕は流石と言わざるを得ない。


「成る程な、こいつはすげぇ魔業だ、見た事もねぇ……三十万どころか百万は付くだろうな」


ノインはゼリクの魔業への評価に胸を撫で下ろす。初めて新東京で目覚めた時、訓練場での第三形態との死闘、闇市前での第二形態との戦闘などで世話になった武器を手放すのは少々口惜しかったが、横で眠る少女を見て「過激派や変態に買われるよりかは……」と自分自身を納得させる。


「ならゼリク、この少女は俺が購入したと言う事で間違いないな?」


「あぁ間違いも、文句もねぇ」


ゼリクは縦数センチの細い直方体の容器をノインに差し出す。ガラス製なのかよくわからないが、中には赤い液体が半分程まで既に満たしている。それを少し揺らしながら眺めた後、ノインはゼリクに聞く。


「ゼリク……これは?」


「それはそこの嬢ちゃんが小僧の物だって証明する証みてぇなもんだ。 それを持っていれば例えば逸れて他の闇市に売られたとしても小僧に購入権が優先される、本来この持ち主登録は購入とは別料金だが、まぁ今回は世話にもなったからな……それも兼ねてサービスだ」


「そうか、ならありがたく」


ノインが証を胸元に収納しようとしたところでゼリクが声をかける。その声に収納を一時中断し、ゼリクの言われた通りにノインは直方体の先端に指先をあてがう、するとノインの指先から少量の血液が採取され直方体の入れ物に吸収された、そしてノインの血液は元から中に居た赤と混じった。


「よしこれで登録は完了だ」


その言葉に今度こそノインは証を胸元に収納する。


「そうか……ならここからが本題だな、少女を買った際に余った七十万とゼリクの持っている借りを使って交渉がしたい」


とりあえず少女の問題は解決しノインはゼリクに本題を切り出す。ゼリクはその言葉にニヤリと笑みを作るとソファーに深く座り直し口を開く。


「いいぜ、聴いてやるよ」

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