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東京侵蝕  作者: 平山 ユウ
第一章-前- 新東京
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第一章19 『処遇の交渉』

その腕に少女を抱えたノインはゼリクを見ながら舌で唇を舐める。


さてどうしたものかとノインは考えを巡らす。考えに耽るのはもちろん、少女の処遇について自身の意見を通すための交渉準備なのだが、それだけでなくノインはここに来た目的もこの交渉で果たそうとしていた。


そんな抑制された態度で少女を抱えるノインにゼリクが声を掛ける。


「いや、驚いたな一体どうやった? 瘴魔を人間に戻す方法なんて聞いた事がねぇ、その方法を機関に報告すりゃぁ相当な謝礼を貰えんじゃねぇか?」


ゼリクの経営する闇市は情報を商品として扱っている。そして何より闇市という場所は機関や過激派、穏健派といった抵抗組織を含む新東京に住む全ての人間が関わる施設でもあるのだ、情報が集まるのは必然とも言える。

つまりゼリクは――もちろんゼリク個人としての情報収集能力自体も凄いのだが――楽園の外側で最も情報に精通している人間と言ってもいいだろう、それこそ機関の上層部が持つ情報と比べても遜色ないほどには。


そんなゼリクが瘴魔を人間に戻す方法を聞いた事が無いという事はつまり、この新東京ではその現象は全くもって知れ渡っていないと考えていいだろう。

誰も知り得ない情報、しかも瘴魔化の治療法である。この新東京においてこの情報の重要性を理解できない者はいない。


しかしそれは治療法が明確で鮮明であればの話である。少なくとも瘴魔化の治療を行ったノイン自身でさえ『何故治療できるのか?』その最も重要な問いに答える事が出来ない。


「いや、俺もどうして治せたかは実のところ解らない……ただこうすれば出来ると言う確信が在っただけだ。 方法の開示を求められても少し困るな」


ノインが行った瘴魔を人間に戻す方法は大きな可能性を含んでいる。もしもこの先確信に根拠が示され、瘴魔を人間に戻す方法が確立されれば、この新東京に存在する全ての瘴魔を人間に戻すことで新東京における最大の脅威の一角を排除する事ができる。


そうなるといよいよ失われた記憶の再生が重要になってくる。


「……ノイン、首元の傷を……簡単な手当てをします」


「あぁありがとうフィー」


フィーアは腰にぶら下げたポーチから簡単な救急道具を取り出す、それをノインの首元に当てると手早く傷の対する処置を始めた。ノインの傷を駆ける黒い稲妻は、フィーアが抑制剤を打ったことよって消えていた。

どんな小さな傷の再生でも、それが侵蝕係数を上げる要因となるならばフィーアは抑制剤を打つ事を躊躇わない……そんな意思を彼女から感じつつ、肝心な事に踏み込む。


「それでゼリク、彼女はこれからどうなる?」


「そうだな……まだその嬢ちゃんが本当に治ったとは確認できてねぇわけだから……先ず侵蝕係数を測定して、問題なければ闇市に売られている子供と同じ扱いだな」


闇市の商品には子供が含まれている、とは言っても決して奴隷のような存在では無い。ノインの腕の中で眠る少女のように、新東京では未だに結晶化した子供達が見つかる。機関が見つければそのまま機関が保護する事が多い、それは抵抗組織でも同じである。つまり闇市で売られている子供は闇市が発見したか、子供を養う余裕の無い抵抗組織が売りに来たかのどちらかである。


当然このシステムには問題がある、というのも殆どの子供は余裕のある穏健派の抵抗組織に買われる事でそこそこ普通の生活を行えるのだが、中には過激派の人員補給に巻き込まれてしまう子供もいる。そう言った子供はチャイルドソルジャーとして非常識を常識として叩き込まれてしまう事が多い。

故に機関は闇市に物資を卸しに来た際、子供を買う事がよくあるのだが、やはり楽園の収容人数にも限りがあり、全ての子供達を囲えないという問題があった。それでも最近は結晶化した順応者が見つかる例が激減したことで、以前よりはマシになったと言える。


「なぁゼリクそれならさ、一つお願いがあるんだが……」


「お何だ、言うだけ言ってみろ――こう見えても闇市の被害を最小限にしてくれた事には結構感謝してんだ、多少の無茶なら通してやるぜ?」


「そいつはありがたい、なら……この少女俺が買ってもいいか?」


ノインの放った一言にフィーアがまるで氷の像のように硬直する。その後まるでギギギという音が聞こえてきそうなほど首だけを不器用にノインの方に向ける、そんなフィーアの顔には明らかに困惑が居座っていた。


「……ノイン私は色々と理解がある方だと自負しています」


「うん?」


治療の手が止まり、やけに真剣な表情を作るフィーアにノインは曖昧に返答する。ノインにはまだフィーアが言わんとするところが予想できていなかった。


「そしてそういった趣味趣向がある事は知っていますし、別にそれを否定する気もありません」


「んーー?」


「……しかし如何せん、そんな少女を欲望の捌け口にするのは鬼畜かと……発達具合が幼い、子供っぽいという点でなら私もある程度自信がありますから――」


「――うん、フィーが凄い失礼な勘違いをしている事は痛いほど伝わってきた」


とんでもない誤解をしているフィーアを横に置いておきゼリクの方を見る。当のゼリクは「何だ違うのか」などと失礼極まりないことを言っていたが、それは努めて無視する。


「まぁ兎に角だ、小僧がその嬢ちゃんを欲しいってんなら無料(タダ)でやるぜ?」


「いや、あくまで俺はこの子を買いたいだけだ、しっかりと金は落として行くさ」


ゼリクにはノインが謙虚とでも映ったのだろうか、それともノインが被害を最小限に抑えた事を貸しとも思っていないのか、兎に角少女を「買う」と言ったノインに違和感を覚えゼリクは無料と進言した。否本来ならばノインが『無料』を要求しても許されるだけの貸しを彼は持っている。

商人であるゼリクにとって貸し借りは極めて重要な事である。対等でない立場とはそれだけで商売を何十倍もやり辛くする、これはゼリクの持論だが『究極的な商売とは多くの貸しが在り、借りが存在しない状態を示すもの』と考えている。

だからこそノインに持つ大きい借りをゼリクは直ぐに清算したかった、だが適当な物を借りと引き換えに返す訳にはいかない。商売は信頼が命である。

だが今回はノインが少女を要求してきたため、借りを少女関連で返そうと考えたのであった、しかし『少女が無料』という特権にノインが首を横に振った事で、ゼリクはまたどうやって借りを返すか考え始める事となる。


しかしその考え事はノインの言葉にとって中断される。


「……えっとそれでなんだが、少女を購入する代わりに闇市の被害を最小限に抑えた貸しは別の所で返してもらいたい」


何か別の目処が付いているノインにゼリクは納得を示す。つまりはノインの目的と少女の購入を天秤にかけた結果、ノインの目的の方が達成困難だと彼は判断したのだろう。

少女の方は購入権こそノインに優先されるが、基本的には金さえあれば誰でも購入が可能である。この事からゼリクはノインの目的の品が表ではなく裏の商品であることを察する。


だが、だがらといってゼリクが裏の商品を出す事を躊躇う事は無い。それが貸し借り……否商人である。

故にそんな根っからの商人であるゼリクは、少女の値段を価値を大きな借りがあるノインにさえ誤魔化す、割り引くような事はしない。


「それは構わんが……その嬢ちゃんに普通に値段を付けるとすると、相当な値が付くぜ、小僧はそういう目的で買うわけでは無いようだが、当然そっちの需要はあるからな……美しい容姿はそれだけで価格を跳ね上げちまう」


「……しかしノイン、私達にそこまでのお金はありませんが……」


「あぁ大丈夫、そっちの方には少し考えがある」


値が張ると宣言するゼリクにフィーアは所持金の事を告げるが、どうやらノインにはその当てがあるようだった。だが彼の相棒であるフィーアにはその当ての見当がつかない。


そんな会話が一頻り終わると、この部屋の入り口、つまりはあの頑丈そうな鉄の扉から多くの人間が入ってくる。武器を持て無いこの闇市で一人一人武装している事から、先程ゼリクの言っていた、ノインが瘴魔にやられたときの備えである事を確信する。


「ゼリクさん!!」


「おせぇぞおまえら、もう終わっちまったぞ」


ゼリクは扉が入ってきた数人の武装した男に呆れたように呟く。その呟きにゼリクの部下であろう彼らは「すいません」と一列に並んで謝罪をしている。


「で小僧、俺にどうやって借りを返させる気だ?」


「ま、とりあえずウチのボス、ブルーメのヌルを連れてきますよ……話はそれからと言うことで」


「解った、ならVIPルームを開けておく」


ゼリクは部屋で並んでいる部下のような人間に「おい」と一声かける。その二文字でしっかりと自分の仕事を理解したのか、数名の部下が足早に部屋を出ていった。


「んじゃ準備が出来たらVIPルームまで来てくれ……おっと、その嬢ちゃんの侵蝕係数も準備の間に測定しておいてやる……」


「ああよろしく頼む」


ゼリクは少女を軽々と担いで部屋を出ていく。


「……さてとノイン、もはや約束の時間はとっくに過ぎてはいますが西口にいってこの事を報告しましょう……」


「そう言えば西口で集合がかかっていたんだったな」


ノインはそんな事すっかり忘れていたと言ったように肩を竦めて見せる。フィーアはそんなノインに微笑しつつ、西口に向うために鉄の扉に手を掛けた。

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