第一章17 『眠れる少女』
緑色の髪を短く揃えた大男は扉からノイン達の立つ場所までゆっくりと移動する。
「それで……お前達は誰だ? 何故ここに居る?」
大男は全身から溢れ出る闘気を隠そうともせずに腕を鳴らす。その様子と入り口の頑丈そうな鉄製の扉、そしてなによりここに拘束されて居る少女から、この場所が立ち入り禁止の空間であったことをノインは察する。
「ちょっと待ってくれ!! 俺達はこの闇市に買い物に来た抵抗組織だ、ここに居るのもあの扉が気になっただけで他意は無い」
「……ですね、そもそも鍵をかけていなかった方にも問題があるかと」
今にも戦闘が始まりそうな雰囲気に焦りながら答えるノインに対して、フィーアは落ち着いているように見えた。
何かあってもフィーアの身は守ろう……とノインは自身の手を腰にスライドさせるが、普段ならそこに差している武器が無い事実に闇市入り口でのやり取りを思いだす。武器を所持していない現状にノインは「ちっ」と誰にも聞こえないように舌打ちすると、その身をフィーアと大男の間に移し咄嗟の事に反応できるようにする。
そんな最大警戒状態のノインに対して、大男はフィーアの「鍵をかけていない」という指摘に疑問の色を浮かべながら頭を掻く。
「あぁ? 鍵がかかっていなかっただぁ?」
そう言いながら大男は自身の後ろの扉を確認する。フィーアの発言通り鉄製の扉には鍵が開いた様子もなければ、そもそも鍵が存在していた様子も無い。
「おかしいな、闇市の奴らがかけ忘れたか……」
そんな様子に大男は顎に手をあてて何やら考えに耽る。どうやら入り口の扉に鍵がかかっていなかったのは彼らにとっても驚くべき事だったようだ。
暫く大男は黙り込んでいたが、突然「あ」と短く発すると共に全身に纏っていた闘気を消し去った。
「疑って悪かったなどうやらこっちの落ち度だったみてぇだ、そういやこの前鍵外した時に鍵を掛けなおした覚えがねぇ」
「おい」と思わずノインの口から言葉が漏れる。
先程まで「立ち入り禁止区域に入った」として大男は戦闘体勢をとっていたくせに、その立ち入り禁止区域に入れるようにしたのは大男本人だったのだ。しかもそれをギリギリまで思いだせないどころか悪びれる様子もない。
しかしノインはそれに対して深く追求する気はなかった、なぜならフィーアが闇市に入る前に言っていたある事を思いだしたからだ。
「統率者はちょっとおかしい人……か」
「あ? 何か言ったか」
大男の返しにノインは何でもないと腕を振る、大方の予想はついているが念のためノインが質問する。
「まあ兎に角だ、いくら鍵が無かったとはいえ俺も興味本位でここに入ったのは悪かった……それよりあんたは?」
「俺か? 俺を知らねぇか……確かに見た事ねぇ顔だな。 なら自己紹介しよう、俺はここの闇市のオーナー『ゼリク』だ」
闇市のオーナーと名乗るゼリクは、部屋の隅まで歩いていくと、壁についている機械を操作する。すると暗く目を凝らさなければ何も見えなかった部屋に明かりが灯った。
「ん? よくみたらブルーメのところのフィーアじゃねぇか、そこの黒髪の小僧の顔は見えたがお前さんの顔は暗くてよく見えなかったからな……」
「小僧って……あんたも二十歳未満のはずだろ……」
そう裁きの日に十六歳以上の人間は例外なく瘴魔と化している。故に現在新東京に存在する人間の最高年齢は十九歳なのだが、ツヴァイもそうだがこのゼリクも纏う雰囲気や言動が大人びている為かノインよりも遥かに大人に見える。
「……久しぶりですね……」
「おう、この前来たのは……第一次東京脱出作戦に併せて楽園を襲う計画を立てていた頃だから……数日振りだな、別に久しぶりでもねぇ」
「……相変わらずの記憶力ですね」
「まあな、んでそっちの黒髪が……」
「ノイン……ブルーメの新入りです」
フィーアの紹介と同時にノインは胸元に輝くドッグタグをゼリクに見せる。その行動にゼリクは納得を示すと、その鋭い双眸でノインを下から上までじっくりと眺める。そうして一度瞼を閉じてから切り出した。
「なぁノインと言ったか? お前闇市で働く気はないか?」
「はぁ?」
全く予想もしていなかった発言に、ノインも気の抜けた返事をする。
しかしそんな事を気にする事無くゼリクは自身の話を続ける。
「いやな、お前は随分使えそうだと俺の直感が語りかけてくるわけよ」
ゼリクは自身の頭を横から人差し指で数回叩く。そんな彼にノインは拒否を答えとして返そうとするが、それはフィーアによって防がれる。
「駄目です……ノインは渡しません」
そう言い放つフィーアの声は絶対零度である。目を凝らせば彼女の周りに黒いオーラーでも見えるのではないかと思えるほど顔も険しい、しかしそんな状態のフィーアでもゼリクは退かない。
「フィーアお前じゃねぇ……俺はそこの黒髪の小僧に訊いてぇんだ」
目線が合えば火花が散りそうなほど、二人の雰囲気は負で満たされていた。
「……ではもしノインが行くというなら、私も行きます」
「いや、勝手に話し進めんなよ……それとフィー、俺は闇市に行く気はないからな?」
「そりゃ残念だ」
ゼリクが肩をすくめるようなポーズをとると、二人の雰囲気も元に戻る。
ゼリクという男は、一度見た事は忘れぬ程の記憶力を持ち、人を見る目も一流である。まあこの闇市のシステムを作り出し、楽園の外側の状況を作りだしたのは彼であるのだから、それ位の素質は持ち合わせていて当然なのかもしれないが。
機関の今は亡き総司令官が楽園の頂点だとするならば、楽園の外側の頂点はゼリクであると行っても過言では無い、それほどの人物である。
先程の鍵のくだりを思いだすと、ノインには俄かに信じ難い話ではあるが。
「それで、お前らは今回一体何を買いに来た?」
「あぁそれは――じゃなくて! それよりこの子は?」
ゼリクが来た事で有耶無耶になりかけていた少女の話に戻す。
「あん? お前らも気付いていただろ、瘴魔だよ……ついでに言うなら第一形態だ今はな」
この部屋で行われているのは「第一形態の瘴魔の拘束」と告げるゼリクに、ノインは自身が覚えた違和感の正体を問う。
「……なら、なんでさっさと処分しない?」
短く発せられたノインの疑問をフィーアも頭の中で噛み砕く。そして彼の言わんとするところを理解した。
「……確かに……ゼリクも「今は」と言っていたように形態が進化する恐れがあります」
「そうフィーの言う通り俺もそこに疑問を持ったんだ。 瘴魔が時間経過で強くなっていくなら第一形態で処分してまった方が楽なはずだろ? だがここでは第一形態の瘴魔が拘束されている……」
少し咳払いをして間を開けてから続ける。
「加えて言えば拘束されているのは闇市の中だ……」
「それに何か問題があるのですか? 拘束の理由は解りませんが、拘束しているなら「目の届く所に」と考えるのは普通ではないですか? 外には瘴魔もいますし……」
拘束場所が「闇市の中」であることを問題視しているノインの考えにフィーアは、納得出来ないといった表情を見せる。
「確かに拘束だけを考えるならフィーの意見は正しい。 けどここは闇市の中――つまり殆どの人が武器を持っていないはずだろ? それに瘴魔が新鮮な空気下に侵入する事は珍しいとは言っても、別に新鮮な空気下で瘴魔が活動できないわけじゃないんだ……つまり――」
「――つまり「闇市の中で拘束した瘴魔が形態進化して暴れた際、大きな被害が出る可能性がある」そう言いたいわけですね?」
フィーアは納得したようにノインの言葉を代弁する。ノインも首を縦に振りながらフィーアの意見を肯定し、足りない部分を補足する。
「そんな被害が出てしまえば、恐らくだが闇市は信頼を失ってしまう。 そんな事になれば機関と抵抗組織を繋ぐパイプは完全に途切れてしまう……唯でさえ機関が大変な時期なんだ、無用な混乱は避けるべきだろう?」
闇市の中で瘴魔を拘束する危険性をノインはフィーアに説明する。勿論この場に居るゼリクにも聞こえているが、彼が優秀だと聞かされているノインはゼリクがこの可能性を考えていなかったとは思っていない。
つまりノインは、遠まわしに「これだけのリスクがあるのにも関わらず、此処で瘴魔を拘束している理由は何だ?」と訊いているのである。
それを受けて、ゼリクは頭を何度か掻くと「はぁ~」と深めの溜息をついてから話し始める。
「そもそもコイツを見つけたのが昨日の事だ……闇市の奴らが死体の遺品回収に向った際に、崩壊した民家の地下から発見した。 第一形態と第二形態の瘴魔は見つけたら、確かにその場で討伐するのが基本なんだがコイツはちょっと特殊でな……」
そう言うとゼリクは胸元のポケットから金属製のナックルダスターを取り出し拳に合わせる。
未だ眠りから覚めない少女に対して構えをとると、少女を覆う紫色の水晶はその形状を鋭い槍のような物に変化させゼリク目掛けて飛ぶ。
突然の事にノインとフィーアは狼狽するが、ゼリクはその槍を拳を振る事で容易く破壊すると、拳のナックルダスターを外し再び胸元にしまった。
それと同時にゼリクを襲っていた紫色の結晶はその形状を元に戻し、再び少女を覆い元に戻る。
「まぁこういう事だ、少女に触れようとするもしくは敵意を持って対すると、あの結晶が襲いかかってくる。 実際これが分かるまでに不意打ちとはいえ闇市の奴らが二人殺られている、そのまま放置するわけにもいかず、とは言え処分できる程あの結晶は弱く無い。しかたなく防御を固めてなんとか闇市に運んできたってわけだ、それで拘束して今に至る。 あの結晶を破る術が見つかるまで処分は延期だな……」
「……なるほど、確かにこれは下手に放置して置くよりも、拘束しておくほうが安全ですね」
つまり先程ノインが出した「何故処分しないのか?」「何故拘束場所が闇市内なのか?」という二つの疑問に答えるなら。
処分については少女を覆う結晶が邪魔でそれを実行できない。
拘束場所については、確かに結晶は厄介であるが、その結晶を纏う少女自身は眠りについていて動く気配は無い。攻撃される条件が解っているならば目の届く所に置いておいたほうが安全だという事である。
加えて言うならば、第三形態の恐ろしさを考えると、不意打ちで二人を殺せる程度の第一、第二形態にそれ程の攻撃力は無い。つまりは彼女が第三形態になる前にあの高い防御力を破る術を見つけて処分、もしくは目覚めた彼女に自我があれば死ぬ事を望んで結晶を抑えてくれるかもしれない。
もし処分する術が見つからなくても、もし彼女が目覚めなくても、第三形態になる前に闇市から運びだしてしまえば問題はない。要は彼女が現在闇市内で拘束されいる事にノインが危惧する危険性は無い、というのがゼリクの見解であり拘束場所の理由である。
そこまでは理解できたノインだが、ノインには先程からゼリクの発言で気になる事があった。
「なぁ……本当に触ろうとするだけで結晶が襲ってくるのか?」
「ああ、接触という面では敵意の有無は関係無い筈だ、その事は闇市の奴らの死をもって証明されているが?」
ノインはここに入った時に少女の頬に触っている。ゼリクの発言が正しいとするならばそこには明らかな矛盾がある。
ここから考えられる可能性は二つ、ノインが異常であるが、ゼリクが嘘をついているか、であるが後者の可能性は限りなく零に近いだろう。
ノインがそう思うには根拠がある。その根拠とはノイン自身にも不鮮明ではあるのだが、少女に触れても結晶は襲ってこないという確信がノインには存在した。
それを確かめるためにノインはゆっくりと少女に近付く、ゼリクとフィーアが止めようとするが、ある程度近付いたところで結晶が襲ってくる事を知っているゼリクは、ノインが近付いてもその現象が起きない事に驚く。
「……ノイン駄目です! 危険です!!」
「いや大丈夫だよフィー、何故だかは分からないけど……」
静止するフィーアを無視してノインは少女の元に近付く、ゼリクは後ろで腕を組みその様子を眺めている。どうやら今回のノインの行動に関して口を挟む気は無いようだ。
拘束されいる少女の元まで辿り着いたノインはこの部屋に入ったと時と同様に眠れる少女の頬にゆっくりと手を伸ばす。その手はノインの予想通り結晶に襲われる事無く少女に届いた。
「驚いたな……何故襲われない?」
「さあ俺にもよく分からないんだけど……」
眠る少女の頬をノインは優しく撫でる。寝息が聞こえなければ本当に生きているのか疑いたくなるほど人形のように整った顔立ちの少女。そんな少女の顔から手を離そうと思った瞬間ノインは寝息が聞こえなくなっている事に気付く。
思わず少女の顔に目を向けると、海のように真っ青な双眸でこちらを見つめる少女と目が合った。




