第一章14 『第二形態』
白銀の胸甲を装着した集団が紫の霧が立ち込める都市を歩く。
歩く者はそれぞれ顔をガスマスクで覆い、銃に似たような物を構える。そんな集団を先導する一人の青年は手に剣のような物を携え、顔の下半分をマスクで覆っている。
青年が何かを察したように右手を素早く上げると、それに続く集団も止まり散会する。
霧の所為で見通しが悪いが故に、全員が僅かな音を、僅かな揺らぎを感知しようと感覚を研ぎ澄ます。そんな緊張が高まった空間で紫色の霧が揺れる。
「全員来るぞ!!」
青年の掛け声と同時に目の前の霧を掻き分けソレが現れる。
ソレは人のように見えた、いや肉体は確かに人の物なのだが、その背中からは禍々しいほどの紫色を放つ翼が右に向って四枚生えている。顔は綺麗なほど直角に曲がり目や鼻、口といった器官からは黒い粘液質の液体が流れ出ていた。
ソレは一歩前進するたびにこの世に存在するのかと疑いたくなるほどの不快な音を口から発生させている。
そしてなによりも黒い粘液質の液体で塗りつぶされた目はしっかりと胸甲の集団を捉えており、ゆっくりとだが確実にその足で距離を縮めている。
「第二形態!! ノイン斬れるか?」
「……問題ない」
瘴気の向こう側から現れた瘴魔を前に、ノインは手にしていた剣銃を構える。
訓練場で戦った第三形態と違い、まだ第一形態と第二形態は人の形を色濃く残している。それによって第三形態に比べて人を斬っている感覚がどうしても強くなる、ヌルはノインが人を斬ることを躊躇しないか念のため確認したのである。
しかし瘴魔の恐ろしさを知っているノインには、見た目が人間に近いというだけでは躊躇わせる事は出来ない。
ノインは姿勢を低く保ち瘴魔の方を見る、瘴魔はノインが交戦意思を見せているにもかかわらずお互いの距離を縮めようと進んでいる。
「……ノイン、援護を入れたほうがいいですか?」
後ろから届くフィーアの声にノインは首を数回横に振る。
「いや、訓練場の時と違って的が小さすぎる……出来るなら接近戦で戦いたい」
そう、人の数倍の大きさを誇っていた第三形態と違って、今目の前に居る第二形態は人の大きさ程度しかない、銃撃での援護はかえって邪魔になってしまうだろうと考えたノインは、自身の持つ剣銃のみで対処しようと考えていた。
「それに周りに居られると近接戦の邪魔になる、悪いが皆は俺が瘴魔と戦っている間の周りへの警戒を頼む」
全員が了解の意を頷きで送る、それを確認したノインは再び瘴魔と向き合う。
ヌルの説明によれば瘴魔は段階的に強くなる、その中で第二形態と第三形態には大きな力の差があるらしい、であれば今ノインが対峙している瘴魔はこの前訓練場で対峙したものよりも数段は楽に倒せるはずである。
そこまで考えてノインは己の思考の甘さを戒める。例え第二形態であっても命のやり取りを行う以上は油断は禁物だと、考えを改めた。
低く保った姿勢からノインは素早く地面を蹴る、その行為によって得た推進力を武器に瘴魔の元まで一瞬で移動すると、手にしていた剣を水平に構え――鋭く一閃。
瘴魔を斬り捨てる程の力を込め放たれた斬撃を瘴魔はその翼で受け止める。だが人間の部分以外ダメージが入らなかった第三形態とは違い、今回瘴魔が攻撃を受けるために体と剣の間に入れた翼には剣が大きく斬り込み、ダメージを刻む。
「あぁアァガァ……ガッァ」
瘴魔は苦しそうな呻き声を上げると、恨めしそうにした真っ黒な目をノインに向ける。そしてノインと同様に地面を蹴る事でノインの懐に入り込む。
「――おっと!」
懐に入り込み黒い粘着質に纏われた腕で首を絞めようとした瘴魔を、ノインは軽くステップする事で後ろに下がり躱す。腕がノインではなく虚空を掴み、その腕からは粘着質の液体が地面に零れる。
地面に零れたその液体は地面を紫色に染めると、ジュっと音を立てて蒸発して消えた。
「ありゃ触らないほうが良さそうだな……」
すぐさま瘴魔の体を覆う液体が危険なものだと悟ったノインは、液体に触らぬようにするために自身の位置をもう数メートル後ろに下げる。
そして手に構えていた剣の鋩を瘴魔に向けて引鉄を引いた。
すると剣の鋩から紫色の銃弾が放たれる。
剣銃から放たれる銃弾は訓練場での第三形態との戦いで、第三形態の肉体を大きく欠損させるほどの威力がある事は解っている。加えてその後の訓練で数度試し撃ちもしていた、今ではある程度威力のコントロールを出来るまでに至っている。
ノインは威力をある程度抑えた銃弾を第二形態に向けて放っていた、訓練場で戦闘になった第三形態の時のように高威力で放ってしまうと剣銃から返される反動は相当なものになる。
第三形態との戦闘の時はただがむしゃらに引き金を引いたが、銃弾を避けられた後の隙を考えて威力を抑えた低反動の銃弾でノインは戦う事とする。
瘴魔の体の目前まで迫った銃弾は瘴魔の胸付近に着弾する。しかしながら着弾した弾が瘴魔の体を抉る事はなく、その弾は液体に接触した一瞬に消え去った。
威力を抑えすぎたかとノインが考えているのと時を同じくして、ノインの遠距離攻撃が失敗に終わった事を受け、瘴魔は先程のようなゆっくりとした足取りではなく、圧倒的な早さでノインまでの距離をつめていた。
「!!」
唐突に速度を上げた第二形態に不意を突かれたノインだったが、直ぐに冷静さを取り戻し瘴魔の行動を見逃さぬようにと目を凝らす。
瘴魔は再び粘液質の液体を纏った腕を伸ばすが、最初にノインを狙った時と違ったのは首を絞めるのではなく、その腕をノインに向けて構えた事だった。
そんな得体の知れない瘴魔の行動に嫌な汗が流れ、何にでも対処できるようにノインは自身の体を戦闘状態から自然体に戻し、その状態を維持する。
すると瘴魔の腕からは、シャボン玉の数倍は大きいであろう瘴気の塊が何個も空中に浮かび上がる。
その光景を前にノインの脳裏に蘇るのは、粘着質の液体が地面に滴り蒸発した記憶。その光景から瘴魔が纏う粘着質の液体は危険だと判断していたノインは瘴魔との距離間に焦る。
ほとんど零距離、それが現在のノインと瘴魔との位置関係であった。
文字通り、目の前で粘液質の液体を振り回されれば、流石に避ける事は叶わない、かといって避けるに十分な距離を取れるほどの時間は無かった。
今にも攻撃を繰り出そうとしている瘴魔に対して、ノインは咄嗟に自身の身に着けている胸甲を引き剥がす。
シャボン玉が何倍にも膨れ上がったようになった瘴気の塊を、瘴魔はノインの頭上から落とす。
それらをノインは引き剥がした胸甲を即席の傘とすることで防ぐ。
胸甲に降り注ぐ瘴気の塊は、地面に滴った時と同じようにジュっと音を立てて蒸発する。
防ぎきった後に胸甲を確認すると、楯として使った胸甲の金属の所々が溶けて薄くなっていた。
「あっぶねぇ……今のはびっくりしたぜ、酸か何かかよ」
ノインは瘴魔が見せた攻撃に驚いていた、しかしすぐさまその頭を冷静に働かせ状況分析を始める。
今対峙している瘴魔が見せた攻撃が、近距離のみで使えるならまだしも、遠距離でも使えるとなると、意識を周囲に張り巡らせているブルーメの皆に流れ弾が当たってしまうという可能性が生じる。
実際先ほどの攻撃を行う際に瘴魔は距離をわざわざ詰めてきたのだから、遠距離で使用できる可能性は低いと思うが、可能性が僅かにでも存在しているのであれば出来るものとして考えた行動した方が良いとノインは考えを簡単に纏める。
瘴魔と戦う際は一切油断しない、その心得を受けて生じた考えはノインに短期決戦を選択させた。つまりは先程の攻撃を遠距離に応用される前に仕留める事にしたのである。
ノインも負けじと瘴魔の懐に入る、そして今度は手にしていた剣を一閃ではなく突きで繰り出した。
その刃が己の肉体に到達するのを防ぐために、瘴魔はその羽を何枚にも重ね速度を軽減しようとする。
結果としてノインの剣は瘴魔の肉体には届かなかったが、その剣は瘴魔に生えている羽全てを貫いていた。その事実に少し笑みをこぼしながらノインはもっていた剣を思いっきり縦に振り上げる。
全ての羽に縦長の大きな裂傷が刻まれ、その傷口からは勢いよく紫色の血が飛び散る。再生すると面倒だと判断したノインはそのままもっていた剣を振り回し瘴魔の四肢を切り捨てる。
再生するべき傷が多ければ多いほど再生にかかる時間が増すのは、訓練場での戦闘で知っていた。
すると案の定瘴魔の傷口からは黒い触手が伸び傷を再生していく。体勢を崩し歩く事さえままならない瘴魔の心臓にノインはゆっくりと狙いを定め、「悪いな」という言葉と共に持ちうる全ての力を込めて心臓を貫いた。
だが心臓を貫かれてもまだ動く瘴魔にノインは少し溜息を零すと、心臓を貫いていた剣銃を引き抜き、心臓に何度も何度も剣を突き刺す。
やがて瘴魔が全く動かなくなった所で止めると、瘴魔の体はすぐさま瘴気へと変換され霧散した。
いくら瘴魔という化け物であるとはいえ、元は人間である。その上第一形態と第二形態は人間近い、ノインは霧散した瘴魔に少し祈りを捧げながら剣に付着した紫色の血を、剣を軽く振る事で払う。
「ふぅ……何とかなったか……」
ノインは第二形態を倒せた事に短く安堵し、周辺状況を注視するように言っていたメンバーに照明弾の魔業で合図を送る。
するとその合図を確認したメンバーが瘴気の向こうから現れる。彼ら口から瘴魔との戦闘を労う言葉がノインに向って掛けられるが、未だ外である以上また瘴魔と遭遇する可能性があるため、直ぐに警戒網を巡らす。
それから目的地の闇市まで慎重に進むブルーメだったが、闇市まではこれ以上瘴魔に襲われる事なく辿り着いたのだった。
闇市編開始




