第一章13 『始動』
広間に置かれた一際大きな机を、囲うようにして配置された長椅子にブルーメのメンバーが座っている。唯一ヌルだけが座っておらず、広間の端から持ってこられたホワイトボードの前に立つと口を開いた。
「一先ずノインの怪我について安心できたところで、今回の瘴魔の襲撃について俺なりに考えたんだが……やはりあの情報は正しいらしい」
ヌルの言葉にノイン以外のここに居る全員の表情が強張る。
「……その情報というのは?」
先程の全員の表情からある程度マズイことであると確信したノインがその内容を尋ねる。
「あぁまず、そもそもの話だが……瘴魔が浄化された空気の領域に入ってくる事は珍しい……いや珍しいと言うかほぼない事だ」
ヌルの話によれば、この教会内や訓練場といった魔業によって瘴気を新鮮な空気へと変換している領域に、瘴魔が入ってくる可能性というのは基本的に考えられないと言う事だ。
つまり瘴魔は瘴気の満ちた場所を好む、だからこそ空気が浄化されている空間ではそこそこ安全に暮らせる、加えて瘴魔が襲撃してきた時のブルーメのメンバーの準備の悪さはこの瘴魔の特徴に起因しているのだろうとノインは考える。
簡単な話、瘴魔が浄化された空気下に侵入してくることはそれ程異常な事なのである。
「で、ヌルにはその瘴魔の奇行に心当たりがあるようだけど?」
「あぁ……実は瘴魔が新鮮な空気下に侵入してきた事件は前例があるんだよ」
「前例?」
「最悪の特異体の話だね……」
アインスの口から特異体という言葉が漏れる。今までの話の流れや、ヌルが言っていた第三形態などから瘴魔にも分類があるであろうことを察していたノインにとってはそこまで驚くほどの内容ではない。
「その特異体っていうのは――いやそもそも瘴魔の分類について教えてくれ」
「そうだな……瘴魔はその特徴から五種類に分けられる」
そう言うヌルの手の指は大きく開かれている、その開かれた指を一本ずつ折り瘴魔の分類の話を始めた。
「まず第一形態、人間が瘴魔になって直ぐの状態だ……見た目も人間に近く、基本的に強さも人間程度で自我を持っている者も多い。 次に第二形態、人間が瘴魔となって暫く経った状態だ、体は半分程度人間で、能力はそこまで高くないが自我を持つ者は少ない。 そして第三形態、ここまでくるともはや人間である部分は殆ど失われる、そして第三形態になると強さが一気にはねあがり厄介な相手になるわけだ、この前訓練場に来たのはコイツだな。 最後に第四形態、稀にしか見ないが一般的な瘴魔の中で最も強い存在で、その強さは基本的に適格者がチームを組んで戦わないと勝てないレベルにある…………とまぁ瘴気に侵蝕された人間はこの四つの段階を経て完全な瘴魔になる、と言っても代替は弱い第一形態と第二形態で始末されるから後半二つに会うのは偶だがな……」
まとめると、瘴気に侵蝕された人間の体は瘴魔となるが、その過程で四つの段階があるということだ。
その段階分けの線引きは非常に明快で瘴魔になって日が長ければ長いほど、つまり第何形態という数字が多き程強く、見た目も人間から離れていくという事だ。
殆どは弱い第一形態と第二形態中に始末されるそうで、加えて前二つの形態より圧倒的に強い第三形態や第四形態も発見次第機関の人間による討伐隊が組まれるようだ。
ではその枠組みにすら位置していない特異体とは何なのか、ある程度予想はついているが、自身の予想が正しいと証明するためにもノインは問う。
「それで特異体というのは?」
「名前から想像が付いているだろうが、先程の分類に該当しない異常な瘴魔だ。 特異体としての定義は不思議な能力が使える瘴魔で……その能力は例えば体を障壁で覆ったり、姿を消せたりとかだな」
「えっと要するに魔業を使える瘴魔とでも考えればいいか?」
「まぁそんなところだ」
瘴気を動力として魔業は様々な現象を引き起こせる、それを使いこなせる瘴魔が特異体と言ったところだろう、ひょっとすると魔業の技術もそんな特異体から盗んだものかもしれないなとノインは考える。
「それで……その特異体の中に新鮮な空気で活動できる瘴魔が居るのか?」
「……いや、今回訓練場に入ってきたのは第三形態だ、特異体ではない」
新鮮な空気下を普通の瘴魔が嫌うのであれば、特異体の能力としてそれを克服したものだとノインは考えていたが、その考えをヌルは即座に否定する。
確かにノインが記憶の引き出しを開くと、交差点でも今回の訓練場でもヌルは対峙した瘴魔に対して特異体ではなく第三形態と言っていた事を思いだす。
「前例があると言ったよな……少し前の話しになるんだが他の瘴魔を操る能力を持った特異体が現れた事があった、その操る能力は凄まじくそれこそ、新鮮な空気に入らない瘴魔を無理矢理入れる程に……な」
合点がいくといったようにノインは納得の色を示す。
要は新鮮な空気下での活動を克服した特異体が襲ってきたのではなく、瘴魔を強制的に操る事の出来る特異体に操られた瘴魔が襲ってきたと言う事である。
つまりそれは今回の襲撃を何とか耐え凌いだノイン達だが、その襲撃の後ろにはまだ特異体という大きな障害が残っている事を意味していた。
「つまりさっきヌル達の言っていた、どうやらあの情報が正かったというのは、その特異体が何らかの理由で復活した――あるいは全く同じ能力を持った特異体が発見されたということか?」
「まぁ半分は正解だ」
「半分?」
「少し前にその瘴魔を操る特異体が現れたときは、機関の総司令官が戦って封じたと聞いている」
「封じた?」
「いや言い方が悪かったな……何でもその瘴魔を手懐けたそうだぞ」
その言葉に思わずノインの口からは「はぁ?」と言葉が出る。
第三形態と訓練場で対峙したノインにとって瘴魔を手懐けるなどという行為、そしてそれを成功させる方法は全く浮かばなかった。
それほど瘴魔との戦闘はノインにとってギリギリだったのだ、要は殺らければ殺られるそこに手懐けるなど――瘴魔を生かすなどと言った発想は一切無かった。
「それで俺達が得たどうやら正しい情報とはな……確か少し前に第一次東京脱出作戦があった話はしたよな?」
驚きの温度が冷めぬまま続けられたヌルの言葉に、ノインは強引にでも驚愕を冷静で包む。
「あぁ、確か機関の人間総動員で傍観者の壁を破りにかかって失敗したってやつか……というかその話で、壁の近くに居た俺は機関の人間かもしれないって線が出てきたんだ、忘れるはずもない」
そう、その一点以外に記憶の無いノインの元の状態、つまりはユエであった頃の――記憶があった頃の彼の姿を予想する材料は無い。自身の記憶を取り戻そうと決めているノインにとっては最も忘れてはならない事の一つにランクインしている。
「そう、その第一次東京脱出作戦で機関の総司令官がどうやら死んだらしい、最初はデマかと思ったが……訓練場に現れた瘴魔の存在を見て確信できた」
ヌルの得た機関の総司令官の死という情報と、訓練場に現れた瘴魔との関連性をノインは考える、そしてやがて結論に至った。
「そうか、手懐けていた『瘴魔を操る特異体』が機関の総司令官の死によって再び暴れだしたということか……」
「残念ながら恐らくはそういう事だろう」
「……つまり俺達のこれからの行動方針はその特異体をどうにかする事か?」
「半分はそうだ」
「また半分か……」
ノインはがっくりと肩を落とす、特異体の復活といい今後の行動方針といいどうやら彼の考察は後一歩足りていないようだ。
「もう半分は、機関から生活基盤を整える為の魔業や低威力の武器の魔業が支給されているのは知っているよな?」
「あぁそれなら以前フィーに聞いた」
そう言いながらチラリと横目で見たフィーアは、「ふふふん」と言いながら胸を張っている。その様子に今朝の――つまりはフィーアが鬼と化したやり取りを思いだし身が震えたが、今は関係ない事だとその記憶を頭の片隅に無理矢理封じる。
「どうやら総司令官が死んだ事で機関も相当混乱しているみたいでな、その隙を突いて今度、相当量の高火力の魔業が機関から楽園の外側に流れるみたいだ」
わざわざ火力の高い魔業と限定したヌルの言葉を聞いたノインは、魔業の流通についてフィーアが何か言っていたはずだと彼女とのやり取りを思いだす。
「そういや殺傷性が高いような高火力の魔業は、過激派に渡らないように……確か制限されているんだったか?」
「そうだ……厳格に魔業の流通を制限したからこそ、それを破った奴のうまみが増したってわけだ」
つまりは総司令官がなるべく人死にを出さないように、生活基盤を整えるといった最低限の魔業しか楽園の外側には出さなかった行為は、総司令官の死をキッカケにそれを破る者にとって絶好の商売となった訳である。
「だが魔業の流通制限があったからこそ楽園は過激派からそこまでのダメージをこれまで受けてこなかった、だが総司令官が死に高火力の魔業が流れてきて、かつ機関は混乱状態……正直に言って過激派にとってはこの上ない条件が揃っている、動くなら今だろう」
機関から魔業が流れている状況から見ても機関はどうやら一枚岩ではない。そんな混乱の中にある機関、少し叩けば崩壊してしまいそうな好機に高火力の魔業が流れて手元に入ってくる、機関と楽園の崩壊を目的とする過激派が動く舞台は完全に整っている。
「楽園の外側に住む俺達も、楽園と機関がなければ生きていけない……出来る限り高火力の魔業を穏健派で抑え、過激派の行動を機関が立ち直るまで邪魔したい。 まぁできれば特異体の方も解決したいが、順応者ばかりだとおそらく限界がある……よってメインはあくまでも、楽園の外側に流れた高火力魔業を一つでも多く確保することだ」
つまり現状を整理すると……楽園と機関の崩壊を目論む過激派に、それを実行できるだけの力を持つ魔業が流れそうになっている。加えて指揮官を失った機関は混乱状態にありタイミング的な面からも過激派の攻撃が成功する確率は高い。
しかしながら新東京に住む人間全てに機関は無くてはならないものであり失うわけにはいかない。よって穏健派としては過激派が狙う魔業を先に回収する事で牙を削ぎ、作戦を実行させないようにすると言う事である。
問題はその魔業をどのようにして過激派よりも先に手に入れるかである。
「で、その魔業をどうやって過激派よりも先に手に入れる……いやそもそも魔業って何処で手に入れるんだ?」
「普通流れてくる魔業というのは闇市で売られている、もっと正確に言うなら機関が闇市に流すんだが……まあ兎に角闇市というのは、行けば分るが人や死人の物、盗品から魔業まで取引している、所謂楽園の外側におけるなんでも市みたいなところだな」
「つまりは高火力の魔業もその闇市に流れると……?」
「あぁそうだ、その情報もある筋から手に入れている。 かなり信頼できる情報だからな信じても大丈夫だろ……それによると三日後に魔業が流れるらしい」
ヌルが他に質問はあるかと言ったようにノインを見る、それを受けてノインも手のひらを裏返し肩をすくめる。
その行為をこれからの行動方針に納得示したと受け取ったヌルは、広間にて座っているブルーメのメンバー達の方を見て口を開く。
「それでは三日後、俺達ブルーメは闇市に行く。 瘴魔との戦闘や万が一にも過激派と戦うことになる可能性も考慮して、三日後に各員万全の体勢で望めるように調整せよ!!」
ヌルの言葉に全員が簡潔に肯定の意を示す。
「了解」
次回に閑話を挟み。
闇市編開始です。




