プロローグ2 『瘴魔との邂逅』
そういえばもう2017年ですね。
最近一年がF1カー並みに速く過ぎていっている気がします。
「!!」
体勢が崩れたまま声にならないような悲鳴を上げる。
鎌のような鞭のような形状不定の腕を化け物はまっすぐ振り下ろす。圧倒的質量と速度をもって振り下ろされたそれは、青年の体を潰すのに十分な威力を含んでいた。当然そんな攻撃を避ける術を青年が持っているはずもない、化け物の腕が青年に当たるまでの一瞬の間にできる事は死に対する覚悟と生きる事への諦めをつけること位である。
「――ッ!!」
目を固く閉じ、訪れるであろう痛みに備える。迷いは一瞬、だが一瞬という時間を経て青年は生を諦めることができた。すっぱりと諦めがついた事に青年自身も驚く。覚悟が決まれば後は青年に腕が当たりそれで終わる――
はずだった……
化け物の腕が当たる直前、青年の体を心臓の大きな脈打ちが駆け巡る。
ドクン、ドクンと耳で聞こえる程大きな音となった鼓動に青年の目は意思とは関係なく見開かれる。
見開かれた目は確実に化け物の腕を捉えていた。死の間際に映像がスローモーションになる事がある、脳の視覚認識に対する誤作動だとか、脳内物質の関与だとか、はたまた生きるために他の感覚を全て放棄して視覚情報を脳が優先して処理するだとかその原因にはいくつかの説があったような気がするが、彼の前で起こったのはまさにソレ、所謂タキサイキア現象というやつだった。
そんな極限の世界――自分のみが異常な速度を許された世界で、青年の体は生を諦めた自身の心を否定した。
鎌の様に鋭い腕を無意識にぎりぎりで避ける。青年に当たらず圧倒的な速度で腕は地面にぶつかりそしてめり込む。それによって生じた風圧に背中を押されながら、その勢いを活かして腰に引っ掛けていた剣銃を引き抜き思い切り化け物を斬りつける。
刀身と金属製の突起がぶつかり思わず耳を塞ぎたくなるような甲高い音が周りに響くがそれは直ぐに紫色の霧に吸収される。
剣銃をすぐさま腰に戻し、反撃を受ける前に青年は化け物の突起を足で蹴ると、その身を空中で回転させながら化け物を挟んで元いた場所の反対側に着地した。
まるで青年の体は目の前の化け物との戦闘になれているかのように、攻撃の回避から反撃そして離脱までを円滑にこなす。
攻撃を避けられたと理解した化け物は低い呻き声のようなものを上げると、鎌のように鋭い何本もの腕を鞭のように撓らせ青年に襲いかかる。
規則性などなく自由に暴れまわる腕をしっかりと目で追いながら確実に避け、カウンターを叩きこむ。刀身が化け物の金属製の突起に当たる度に、痺れるほどの衝撃が手に走る。その衝撃は思わず武器を手放しそうになる程であるが、一切ダメージを負っていない様に見える化け物の前で武器を手放す余裕は青年には無い、手に伝わる衝撃に必死に堪え武器を持つ手を硬く握る。
誰が見ても化け物が撓らせている腕の一撃は、直撃すれば確実に死が約束されているほど強力である。そんな攻撃を紙一重で躱しつつ反撃しているが、こちらの攻撃は一切通っている様子は無い。つまりは一方的に攻撃されているのと何ら変わらない状況である。そんな絶望的な状況ではあるがこれを覆す案がないのもまた事実であり、まだ直ぐに死ななかっただけでも運が良かったといえるだろう。
「おお……体が勝手に動く、火事場の馬鹿力ってやつか? 案外やるじゃんか俺」
そんな称賛を息も絶え絶えに自分に送る。
紫で瓦礫一色の都市を一人で歩いていたときよりも化け物と邂逅した現在の方が頭は混乱しているが、何故か心には若干の余裕がうまれていた。
しかし余裕と言っても体は悲鳴を上げているし、正直滅茶苦茶苦しい、しかしそれを言葉にしてしまえば何とか攻撃を躱し、反撃をしている自分の神がかり的な集中が途切れてしまう気がしていた。
「あ~歩いていただけで魔物と遭遇するとか……マジで異世界召還説有力になってきたんじゃね? 体も何だか迷い無く動いているし……つか、もしこんな魔物が沢山跋扈している世界だとしたら、その予備知識が欠落している俺ってかなりマズイ立場なんじゃ――っと!!」
再び化け物は青年に腕を振り下ろす。
青年は悲鳴を上げている体にまだ大丈夫と嘘を並べて必死に動かす。兎に角今はこの生存本能もしくは生への執着とでも呼ぶべき衝動に身を任せることが一番自身を延命させるのに有力な手段だと感じていた。
無数に襲い来る化け物の腕を躱す、躱す、躱す。
避ける事に全神経を動員する。瞬きを忘れ、目の前を縦横無尽に暴れ回る腕を食い入るように見ながら、得た情報を脳に叩きこみすぐさま処理を行う。
頭が熱くなり、熱を帯びているのを感じる。きっと脳を酷使しているからだろう、つまりオバーワークなのだ。しかし躱せば躱すほど、肉体が疲れで悲鳴を上げれば上げるほど、集中力はどんどん深くそして研ぎ澄まされていく。
気付けば周辺からは色がなくなり、あのダイオードが発する不気味な赤も、自身を恐怖に陥れたこの紫色の霧もいつの間にか白黒になっていた。
「ふっ――」
今度は金属製の突起ではなく、楕円形から生えている人間の上半身のような物に刀身を叩きこむ。肉を裂き、骨を削るような不快な感触が手全体に広がる。普通ならこの不快さにたまらず嘔吐でもして、手を止め躊躇してしまうところだが、残念ながら生きる事に必死な青年にはそんな余裕はない。勢いよく肉を切り裂き全身に鮮血を浴びつつ剣を軽く回転させ柄頭で追撃を食らわせる。化け物が怯んだところでまた腕を避けるのに十分な距離をとり顔の血を袖で拭った。
「おっと! 弱点発見っぽい?」
化け物は低く酷く呻き声を上げる。どうやら先程とは違ってダメージを与えることができたようだった。だが次の瞬間化け物に斬りかかった傷口から黒い触手のような物が細かく数本出てきたかと思うとそれらは互いに絡み合っていく。
「おいおいおい、まさか再生しているのか!? そんなのありかよ」
詳しくは解らないが青年には化け物が再生しているように見えた。事実青年が負わせた傷はシュウウウという音を立てつつ確実に小さく、浅くなっていた。
「そういうチートみたいな能力は、化け物じゃなくて主人公とかそう言った狩る側……今回で言えば俺自身にあるとうれしんだけ――どっ!!」
鋭く素早く伸びてきた化け物の腕が青年の頬を掠める。何とか紙一重で躱しはしたが確実に頭を貫くつもりだったのだろう。
「あっぶねえ。 再生中は攻撃できないとかそう言った弱点はないわけね」
しかしまずいな……青年はこの状況にそう結論付ける。というのも先程頭めがけて伸びてきた腕を目は確実に捉えていた。しかし完全に避けるには至らず、頬を掠めた。
要は頭で理解できていても、疲労を蓄積した体の動きが次第に脳から下される命令に間に合わなくなってきているのだ。
体感的には数十分、実際には数分足らずの化け物と青年の闘いの決着は、どうやら青年が力尽きるか、化け物が諦めるかの二択のようだった。
プロローグはもう少し続きます。