第一章12 『男の本懐』
広間に続く廊下をフィーアと共にノインが歩く。
回廊に射し込む光は顔を眩しいくらいに照らし朝を告げているが、朝が特別好きなわけでも、朝日を浴びるのが日課でもないノインにとってはただの眩しい光であり、時折光を手で遮りながら広間へと進んでいた。
暫く歩くとあの中庭が見えてくる。ノインは中庭を何となく眺めるとそこに自身が知っている人影を見つける。
「なぁ、フィーあれ……」
「……フュンフですね……彼女は草花の世話が好きだそうで、この教会の中庭を管理しています」
中庭に居るフュンフは草の丈を均一にするために、刃物を振るっている。中庭に咲いている花や草などが美しく並んでいたのは彼女の努力があったからだろう、良く見るとベンチやタイルの道も綺麗に清掃が行き届いており彼女が中庭をどれだけ大切にしているかは見て取れた。
フュンフは自身の顔に浮かんだ汗を右手で拭うと、回廊からその様子を見ているノインに気付き近寄る。
ノインは彼女の仕事を中断させた申し訳なさを感じつつもフュンフと会話をするためにフィーアを伴って中庭へと歩みを進める。
「おはようフュンフ邪魔するよ……」
「い、いえ……邪魔なんて……おはようございますノインさん」
フュンフはノインの言葉に慌てて手を振りながら頭を下げる。朝日の所為なのか光に照らされた彼女の顔は若干の赤味を帯びている。
ノインはフュンフに顔をあげてくれと頼むと同時に自身の左手に絡み付いていたはずのフィーアがノインの後ろでフュンフを鋭い目で見ている事に気が付く。
「フィー……どうかしたのか?」
「……いえ、なんでもありません……決して私よりも先にノインに可愛いと言われた事を根に持っているとか……そんな事ではありません……ありませんとも……」
恨めしげにフュンフを睨む彼女に、ノインは空いている方の手で「まいったな」と言うかのように頬を軽く二回掻く。
睨まれているフュンフは当然フィーアの方を見るが、ノインの手とフィーアの手の状態を正確に把握すると、顔を真っ赤にしてたじろぐ。
「え……ふぃ、フィーアさん!? な、なんでノインさんとフィーアさんが手を繋いでいるんですか――よくよく考えたらノインさんもフィーって!!」
顔を赤に染めながらもやや半狂乱で迫るフュンフの迫力に思わずノインも後退る。
「あ、いやこれはフィーが手を繋がないと――」
「――フュンフには関係ない事、つまり私とノインはそう言う関係と言うことです」
「な、な、な、な、な……」
ノインの言葉を遮ってフィーアがノインに自身の体を密着させる。
それを見たフュンフは唯でさえ赤い顔をさらに真っ赤にし、口をパクパクと動かし声にならない言葉を発した。
彼女のこう言う事に関する耐性はあの訓練の際に決して高くないと判明している、また気絶する事にならなくてよかったとノインは心の中でほっとする。
完全に硬直してしまい、顔から一切赤味の引かないフュンフにさすがにノインも助け舟を出そうと、先程フィーアに遮られた言葉の続き、つまりはフィーアと手を繋いでいる理由を話そうとするが、それは再び遮られる……しかし今度はフィーアではなくフュンフによってだが。
「え? ちょっとフュンフ!?」
ノインは何が起きたのか解らないと言った声を上げ動揺する。
その原因となったフュンフの行動はフィーアが手を繋いでいる反対側の手に自身が抱きつくというものであった。
右手全体から伝わるフュンフの感触にノインが顔を赤らめたところで、そんな行動をとったフュンフに対してフィーアの抗議の声がとぶ。
「フュンフ……即刻離れてください、ノインは今現在私のものです」
「あれ? 俺って何時フィーのものになったの?」
「ふぃ、フィーアさんこそノインさんから離れてください――私だってノインさんの怪我の治療を行った者としてノインさんの治療の径過を観察する義務があります!!」
「あれ? 俺の傷ってフュンフが診てくれたの?」
「……それなら別にノインに抱きつかなくても出来るはずです」
「……あの聞いてる?」
「ふぃ、フィーアさんこそノインさんを独り占めしないで下さい……わ、私だってノインさんみたいな……そ、その優しいお兄さんに憧れていたんです!!」
「おーい」
「フュンフ……いま確信した、貴方は敵」
「わ、私も負ける気はありません」
「こりゃ重症だね……」
ノインの両サイドから激しい討論が繰り返されるが、それを行う張本人達はどうやら真ん中に居るノインが発する言葉に聞く耳を持っていないらしい。
もう何度目かも解らない諦めという選択をノインは行い、二人が繰り返される討論が終着するまで、両サイドから送られてくる感触に理性を保ちつつ大人しくしていようと決めると、廊下からそんな彼らに声を掛ける人物が現れた。
「君達……なにしてるのさ……取りあえず怪我人のノイン君から離れたら?」
廊下からこちらに声をとばしてきたのはあの青白い髪の持ち主のアインスであった。アインスもどうやら広間に向う途中だったらしく赤髪のツヴァイと共に、広間に続く廊下で足を止めている。
「まぁまぁアインス! 男の本懐ってやつじゃねぇか、所属二日目で二人の異性が取り合いをはじめる――いやぁ~さすがの俺も天然ジゴロには叶わねぇぜ」
適当な事を言うツヴァイにノインは若干の苛立ちを感じつつ、アインスの一言で両サイドにて熱を上げている二人が冷静になって終わってくれる事を願う。
「……とりあえずフュンフ、この話は後に……そろそろ皆が広間に集まる時間です」
「そ、そうですね、ノインさんも万全ではありませんし……なによりもドライさんに見つかるとめんどうですから」
どうやらアインスのおかげで両者とも頭が冷えたようで、フュンフはノインから離れた。フィーアはノインと手を繋いだまま広間に行こうと思っていたようだが、フュンフのドライに見つかったら面倒という発言に思うところがあったのか素直に手を離した。
「そう言えばフュンフ、あのゴスロ――いや、ツェーンはどうしたの?」
「お姉ちゃんですか? お姉ちゃんは起こさなければ何時までも寝ているので、私がこれから起こしに行きます」
「フュンフは凄い……ツェーンを起こせる人間はそうそう存在しないと思う」
彼女達のツェーンの評価とフュンフを見比べて本当に、個性の塊としっかり者の正反対な姉妹だなとノインは思う。
「そ、それではお、お兄さん……お姉ちゃんを起こしてくるのでまた広間で会いましょう」
「え……ちょっとフュンフ!!」
足早にその場を後にするフュンフに対してノインは静止を要求するが、彼女は顔を真っ赤にして去って行く。
今からでも彼女の後を追いかけ『お兄さん』と呼ばれた真意を問いただしたいが、横に居るフィーアの顔がとても険しく、何か小声でブツブツと呟いていたため放置しておくことに一抹の不安を感じ、ノインはフュンフの追跡を諦めた。
「ほらフィー行くぞ」
念仏のように何かを唱えるフィーアをその場に置き、ノインはアインス達の下に歩みを進める。その言葉に我に返ったのか、フィーアは慌ててノインの後を追いかけた。
「やあノイン君傷は大丈夫かい?」
「あぁかなり痛むが我慢できないほどじゃない――それよりさっきは助かったよ」
「そうかい? まぁ助け舟を出して、それが役に立ったのならよかったよ」
「おいノイン!! どうやったら所属して二日で二人の女の子を落とせんだよ、流石の俺もお前の天然ジゴロとしてのポテンシャルを舐めすぎてたわ」
先程同様天然ジゴロの称号をノインに遠慮なく与えてくるツヴァイに対して、なるべく笑顔を心掛けながら、だがしっかりと敵意と悪意を持ってノインは言葉を返す。
「ツヴァイには後でそれはもう大切な話しがある」
「え」
ツヴァイもノインの口から発せられた言葉に何か嫌な予感を感じたのか笑みが引きつっていた。そんな彼らを見てアインスとフィーアが微笑する、アインスに至っては「君達は本当に仲がいいんだな」と声を掛けている。
記憶が無く得体の知れないノインのような存在を好きと言ってくれたフィーアや、治療を行ってくれたフュンフ、何かと気にかけてくれるアインス、軽口を送ってくれるツヴァイにノインは喜びを感じながら、他のメンバーが待っているであろう広間へと通じる扉に力を込めた。




