第一章8 『決着そして』
背中合わせの二人に瘴魔の腕が振り下ろされる。ノインはフィーアの腕を引き彼女の体を引き寄せ、そのままの体勢で後ろに跳躍し瘴魔の腕を避けた。
当然瘴魔は他の腕で追撃を試みるが、それらの腕は自身に投擲されるレンガへの対応で塞がっており、ノイン達への追撃は叶わない。
ブルーメの面々によるレンガの投擲は瘴魔が攻撃に用いる腕の本数を減らし、瘴魔の注意を引くという点において非常に効果的であった。
ノインに対する注意力が集中ではなく散漫した瘴魔であれば、手負いのノインでも対処は容易い。それに今は精神的余裕もある、ノインは不思議と負ける気はしていなかった。
「行くぞ、フィーア!」
「……了解ですノイン」
フィーアと共に瘴魔に向かう。圧倒的にその数を減らした瘴魔の腕をフィーアに指示を出しながら避けて近付く。
瘴魔の鳩尾部分に蹴りを三発叩き込み、それによって瘴魔が体制を崩した事を見てフィーアが手に持った銃器の底を使って頭に追撃を入れた。
瘴魔が不気味な声で呻き声を上げる。やはり人間の部分への攻撃はかなり効果的なようだ。
「フィーア下がるぞ」
「……はいです」
基本的に瘴魔との戦いはヒットアンドアウェイか遠距離戦だ、なぜなら瘴魔の攻撃は文字通り一撃必殺が多い、近接で戦うなら攻撃を入れ反撃を食らう前に離脱する、遠距離戦なら瘴魔の間合いに入らないのが定石である。今回ノインとフィーアは前者なので攻撃後すぐさま距離を取るために移動する。
「協力してもらうとは言ったが、やっぱり心配だからあんまり無茶はするなよ」
「……ノインは心配性ですね。 大丈夫です、わきまえていますから」
まだまだフィーアは大丈夫そうに見える、ひょっとすると怪我をしたことによる出血多量でフラフラしているノインよりか役に立つかもしれない。
ノインはフィーアにもう一度同先程の攻撃と同じ事をやろうと指示を出すと。フィーアもそれに対して頷く。
どのタイミングで切り込むかを瘴魔の腕を見ながら判断しようとしていると、待ちわびていた姉妹が訓練場に走りこんできた。
「我が眷属よ待たせたな!」
「……うぅぅ……み、皆さん……お待たせしました……」
「おせぇぞ! 凸凹姉妹!!」
息を切らし走る彼女達の腕には、交差点でブルーメの面々が所持していた銃器が握られている。
「なんとか間に合った、という感じだね。 ノイン君なんてもう満身創痍もいいところだろうけど」
「全員ツェーンとフュンフから銃器を受け取れ!」
散開していたヌル達が集まり彼女達から武器を受け取っているのか見える。
ノインも武器を催促する。
「――ツヴァイ! 俺とフィーアの分をこちらに投げてくれ!!」
「おらよ!」
ツヴァイはノイン達の下に二つの武器を投げ込む。一つは交差点の時に彼らが使用していた銃器であったが、投げ込まれたもう一つにノインは見覚えがある。
「……これ……俺が交差点で使っていた武器!?」
そう、ツヴァイが投げ込んだのはノインが交差点で瘴魔と戦闘していた際に使っていた武器。剣と銃が併さったような不思議な格好からノインが剣銃と名づけた武器であった。
「ノイン! その魔業は基本的には剣として扱えるが、握りのところに付いている引鉄を引けば瘴気の銃弾を放つことが出来る――昨日お前が眠っている間にちょっくら弄らせてもらったぜぇ!」
どうやらこの剣銃は魔業らしく、見た目の通り剣と銃の機能を併せた代物のようだ。
「――ノイン、フィーア一旦退け! 一斉射撃を行う!!」
ヌルの言葉にフィーアと共に後ろに飛び退く。
「目標第三形態!――討て!!」
いつの間にか瘴魔を取り囲むようにして展開していたブルーメのメンバーによる一斉射撃が始まる。どうやら瘴魔の厄介な腕も四方八方から襲い来る銃弾の嵐に対しては無力だったようで、銃弾を防ごうとした腕が即座に穴だらけになる。
相変わらず穴だらけにした直後から瘴魔の腕は再生が始まっているが、損傷箇所が多ければ多いほど再生には時間がかかるらしく、腕を一本切り落とした時と比べて治りが非常に遅い。瘴魔の腕が再生に集中し、攻撃の密度が低下している今であれば怪我によってふらついているノインでも十分な勝負が出来そうだ。
「ヌル、一斉射撃終了後、フィーアと出る! 仕留め損ねる可能性も考えてその間にマグチェンジを頼む!!」
「了解だ!」
「フィーア一斉射撃後、胴体の破壊を狙う援護は……任せる」
「……わかりました、私はノインが胴体に辿り着けるように、動ける腕を処理します」
ノインは手に持つ剣銃に力を込めて構える。
頭がクラクラして、目も霞んできている。意識なんて必死に紡がなければ直ぐに飛んでしまいそうで、コンディションが悪いのはノイン自身が一番理解していた。そして何よりも体を襲う無数の痛み。そんな満身創痍、半死半生の体を無理矢理にでも動かして攻める事ができるのは恐らく次の一回だけ……
絶対にここで仕留めるとノインは決める。
深い呼吸を繰り返し敵を見据える、剣銃を顔の横にゆっくりと構えその時を待つ。
「銃撃止め――各員リロード急げ!!」
ヌルの言葉で瘴魔に対する一斉射撃が終了する。遠慮ない銃弾による暴力はどうやら相当瘴魔に効果的だったようで、瘴魔は明らかに手負いと言った感じだ。
「フィーア出るぞ!!」
瘴魔の上半身を目掛けて走り出す。それに気付いた瘴魔が何とか銃弾の嵐を回避した腕でノインを攻撃してくるが、それを後ろに控えたフィーアが持っている銃で穴空きチーズにする。
フィーアが撃てない位置の腕、もしくはフィーアの死角から襲い来る腕をノインは剣銃の剣で切り捨てる。そうやってお互いがお互いをカバーしながら二人は瘴魔の下まで辿り着く。
「……ノイン!!」
フィーアが持っていた銃器の銃口を地面に突き刺し支える、ノインはそれを足場にして思いっきり跳躍した。当然狙うのは頭か心臓だ。
瘴魔もノインの狙いに気付いたのか、まだ再生しきっていない腕を何重にも重ね自身の頭と腕を守る。
ノインがその腕を剣銃で遠慮なく切り裂くと、やがて肌色と紫色の混じった皮膚が腕の下から姿を現した――そして見つける。
「ここが心臓だ」
剣の鋩を心臓の位置に合わせ勢いよく差し込む。肉を裂く不快な感触が手全体を支配するがここで立ち止まるわけにはいかない。剣は瘴魔の体を貫くことはなく、剣の鋩は体内でその動きを止めた――だがそれがノインの狙いであった。
ノインはツヴァイの言っていた事を思いだす。
ノインが手に持つ魔業……『剣銃』は剣と銃の特徴を併せ持った武器だとツヴァイは言った。つまりは剣として物を切断する攻撃威力があり、銃として遠距離から物を狙撃する攻撃威力があるということ。銃弾は恐らく構造的に剣の鋩がマズルのようになっている事から、引鉄を引くことで鋩から銃弾が発射されるのだろうとノインは予測する。
「(瘴魔の心臓を破壊する上で剣による斬撃だけでは心もとない……瘴魔には少し臆病過ぎるくらいの安全策をとってもいいはずだ……)」
確実に瘴魔の心臓を潰すためにノインは、瘴魔の心臓の近くで剣銃の銃の部分を使う事に決めていた。故にノインは剣で瘴魔の体を貫かなかったのである。
ノインは鋩を瘴魔の心臓付近に突き付けた状態で、手に持つ剣銃の引鉄を引く。
「弾けろ!!」
するともの凄い質量の物質が高いところから地面に叩き着けられたような『ドゴンッッ』という重低音が辺りに響き渡る。
予想していたよりも圧倒的に大きい反動でノインは後ろに吹っ飛ばされる。吹っ飛ばされる中、目で体内への銃撃を食らわせた瘴魔の様子を確認すると、瘴魔の体は内側からまるで爆発でもしたかのように心臓の周辺が丸く抜け落ちていた。
ノインをフィーアが受け止める、受け止めると言っても体格に差がありすぎるためフィーアがノインの下敷きになったと言ったほうが正しいだろうが……
だがそんな事は気にせずフィーアがノインに話しかける。
「……ノイン!! やりました、瘴魔を倒しましたよ!!」
「……あぁやったな……」
緊張の糸が切れたことで、体には一気に疲労と激痛の波が到来する。何故意識を保っていられるのか不思議なほどだが、フィーアや他の皆誰一人欠けることなく、瘴魔という危機を乗り越えほっとする。下敷きにしているフィーアに悪いと思いゆっくりと体を持ち上げると、訓練場にツヴァイの鋭い声が走った――
「――いやまだだ! ノイン!!」
やや焦りの色を含んだツヴァイの言葉通り、瘴魔から鋭い腕が勢いよくノイン達を目掛けて伸びてきている。
予想してもいなかった瘴魔の反撃にノインは驚く、しかし驚きはしたが別に焦る事はなかった。
起き上がろうとしていた体で咄嗟にフィーアを抱きしめる。もう何度目かも分からないが、瘴魔の腕がノインの体に痛々しく突き刺さる。だがもはや生と死の境目を彷徨っているような状態のノインにとっては今更新しく傷が増えようがもう痛みさえ感じなくなっていた。
「全員射撃を!!」
リロードが完了した銃で再び瘴魔に対して一斉射撃が行われる。それによってノインを貫いていた腕に幾つもの風穴が空き、ノインは腕による拘束から解放される。
解放され自由に動くようになった体に最後の力を振り絞り瘴魔の方を向く――そして手にした剣銃で狙いを定めた……狙うは一点。
「これで終わりだぁああああ」
ノインは声が枯れるほどの精一杯の叫び声を上げ引鉄を引く。
すると剣銃から放たれた紫色の銃弾が瘴魔の頭を見事に消し去り、瘴魔は訓練場に力なく崩れ落ちた。
それと時を同じくしてノインも訓練場に崩れ去る、正直何もかもが限界で、倒れた直後彼は再び意識を手放し眠りにつく――そんなノインを心配そうに覗き込み、名前を必死に叫ぶフィーアの声が彼の鼓膜を何時までも叩いていた。




