第一章6 『最悪との再開』
「そこまで!!」
訓練場をヌルの声が支配する。その声が意味するところは即ち訓練の終了だった。
「ふぅ」とノインは短く息を吐く。正直危ない場面は多々あったが、『終わり良ければ全て良し』ということわざがあるように、最終的に勝てたのであればその過程はどうでもいいだろうと、ノインは無理矢理今回の訓練における自身の立ち回りを評価する。そう胸を撫で下ろしているとアインスとツヴァイが口を開く。
「いや完敗だねツヴァイ」
「――あぁ、俺もまさか負けるとは思ってなかった」
そんな話しをしているとフィーアやヌルをはじめ審判を務めていた面々がこちらに歩いて来る。どうやらフュンフはまだ気絶しているらしく姉がその様子を見ているようだ。
「いや~ノインさん素晴らしい戦いぶりでした! 外から見ていて実にハラハラしましたよ」
「そ、そりゃどうも……」
ドライは目を輝かせながら自身の持っているボールペンのノックボタンをカチカチと弄る。その様子からノインはどうやら逃してくれる気は無いらしいという事を察する。
「それでノインさんの銃は最後の段階では弾切れだったはずですよね? なのにどうしてアインスさんとツヴァイさんを撃つだけの弾が有ったのですか――そこのところを詳しくお願いします!!」
質問と共にドライの顔が近づいてくる。
「近い、近い!」
きっとフュンフはこんな気持ちだったんだろうなとノインは心の中で彼女に謝罪しつつ、距離をとろうとすると、アインスがドライとノインの間に入った。
「ほら、ドライ――ちょっとは自重しなって」
「ややや、だって気になるじゃないですか!」
「なぁに……簡単なことだろう?」
ツヴァイが興奮気味に語るドライに言い放つ、それを見たアインスも軽く頭を縦に振った。
どうやら……と言うよりかはやっぱり、冷静になったアインスにはこの策は見破られるようだ、ノインは自身が抱いたアインスの第一印象に間違いは無かったと確信する。というのもノインがアインスを見て抱いた印象は知的・作戦参謀的なものであった、最も会話から察するにツヴァイもノインの作戦に辿り着いていそうだが、ノインからするとツヴァイが至ったのは正直意外だった。
「ツヴァイさん、簡単なこととは?」
ツヴァイに答えを求めるドライの発言に、ツヴァイはチラリとノインを確認する。それが意味するところを理解したノインは『説明は任せる』という言った具合に一度だけ頷いた。
「要するにだ! ノインはフィーアちゃんと持っている銃を入れ替えたって事だよ」
ツヴァイは自身の右手の人差し指と左手の人差し指を伸ばした後、それをドライの顔の前で交差させる。
「うん僕もその意見に賛成だね、ノイン君の一番初めの奇襲は――奇襲なんかじゃなくてノイン君の持っている銃には弾が後一発しか入っていないと思わせるためのパフォーマンスだったってことだよ……まあそこで人数が減ればそれはそれで良かったんだろうけど」
アインスは未だ赤い顔をして倒れている妹を介抱しているツェーンを見る。その説明を聞いて納得したドライがさらに質問を重ねる。
「確かに簡単で単純な作戦ですね……少し考えれば分かる作戦なのに、ツヴァイさんはともかくアインスさんは気付かなかったのですか?」
「なんで俺はともかくなのかねぇ……」
ツヴァイが不服そうにドライの発言に返すが、それを無視してアインスは質問に応じる。
「いや、時間があれば気付けたと思うよ。 だからこそ時間を与えなかったんだよね、ノイン君」
「やっぱりもう全部お見通しか~――ツヴァイはともかく……」
「オイ!」
ツヴァイがなにやら不服そうにしているが、それを無視してノインは続ける。
「きっとこの作戦はアインスさんに考える時間を与えたら見破られると思ったから、レンガの壁に隠れた際に迅速にフィーアと銃を取り替えて突撃したんだよ」
そう、この作戦で最も重要なのは銃を取り替えるところを見られないことと、それを覚らせないことである。ノインはレンガの壁に隠れた際にフィーアに作戦を簡単に説明するつもりでいた、何故なら作戦説明の時間は相手に冷静に考える時間を与える事になり作戦がばれる可能性が高いからだ――まあ今回の場合はフィーアが作戦自体を察してくれていた為、それを説明する時間すら省けたのだが……
「なるほど、なるほど……つまりはレンガの壁をノインさんが出た時点で、ノインさんの銃には弾が七発、逆にフィーアさんの銃には弾が一発だったということですね?」
「そういうこと、因みにノイン君がフュンフを気絶させたときに彼女の銃を拾わなかったのも恐らく、自分の銃には弾が一発しかない事をアピールするためだろうね」
ノインがフュンフの銃を拾ってしまえば、アインスとツヴァイは当然彼の銃に弾が七発入っていると考え注意しただろう。だからノインは銃を拾わなかった、否拾えなかったと言ったほうが正しい。
「いやでも正直、ノイン君がフュンフの攻撃を回避した方法は意外だったね」
「そうそうまさか色仕掛けとはなぁ!」
ツヴァイが大笑いしながら続ける。
「ノインやっぱりお前……才能あるぞ」
「何の才能だよ……俺だってフュンフには悪い事したとは思ってはいるんだからな」
そう言いフュンフの方を見ると、どうやらちょうど彼女も目を覚ました様だ。とりあえず先程の件を謝っておこうと思い彼女の元に走る。
「いやでも実際ノインには天然ジゴロの才能があると思うんだがな……」
「止めなよツヴァイ、彼だって本意じゃなかったようだし」
後ろでノインに対する評価が議論されている事に気付かずノインはフュンフの元まで辿り着く。
「フュンフ!!」
「ぁわぁあああぁ……ノノノ、ノインしゃん……」
顔を真っ赤にして慌てふためく彼女を見てノインは改めて悪いことをしたなと思う。故にかける言葉をなるべく慎重に選び紡ぐ。
「あ……えっと、ごめんね? 咄嗟とはいえ悪い事をしちゃったね」
「い……いえ……そ、その……わたしも……嫌じゃ……なかった……ですから」
どんどん彼女の言葉は小さくなっていき、最後の方は殆ど聞き取れなかったが、そこまで怒っているわけではないという事が彼女から伝わったノインは少し悪戯心を覚える。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。 実は告白するとフュンフみたいな可愛い子に顔を近づけるの結構ドキドキしたんだよね……と、まぁ冗――」
「――か……かわ……いい……ううぅぅぅぅ……きゅう」
「え? ちょっとフュンフ?」
フュンフはやっと赤みが引いてきた顔を再び真っ赤にするとその場に倒れた。
「こら我眷属よ! 我の妹がまた気絶したではないか!!」
「え? いやそのごめん、まさかこんな事になるとは……」
そんなやり取りを後ろで呆れた目で見ていた集団がいた。
「なぁアインス」
「ごめんツヴァイ……どうやら僕が間違っていたみたいだ」
「ふむふむ成る程……ノインさんは天然ジゴロ……と」
「……たちが悪いです」
ノイン自身の評価が非常に不名誉なものになったところで、ヌルが今回の訓練に対する批評を始める。
「いやしかしアインス、今回はノインの楯としての実力や性能を見たかったんだが、どうやらそれ以上だったな……」
「本当に全く」
気絶したフュンフも再び目覚め、ノインの顔を見ようとしない彼女にさらに申し訳なさを覚えつつも、ヌルのところにノインが戻ってくる。
「楯としての性能? なんだよそれ?」
「えっとそうだね僕から説明すると、今回の戦闘訓練はこれからノイン君に前衛を務めてもらう上でどれだけ楯として動けるかを測るものだったんだよ。 だからこそ圧倒的に不利になるように四対二で組んだ筈だったけど……」
「残念ながら俺ら四人ともノインとフィーアちゃんの作戦にまんまと嵌められ、負けちまったわけだ。 ツェン坊なんて一瞬で退場しちまったしなぁ」
「わ、我は今回の事は少し油断しただけじゃ! 次は絶対に負けないのじゃ!――って聞いておるのかツヴァイ!!」
「あーはいはい、わかるわかるよ~」
「その返答になっているあたり聞いておらんじゃろ!!」
ツェーンが怒りを全身で表現し両手をあげてツヴァイに襲いかかろうとするが、ツヴァイはそれを簡単に躱す。
「とりあえずノインが俺の予想以上に動けることが分かったのは運が良かった、引き込んで正解だよホント……まともかく今日の戦闘訓練はこれで終わりだ、とっとと朝飯食べて今度の作戦についてミーティングするぞ」
「作戦というと……まさか闇市に?」
「ああどうやら、情報は正しかったらしい」
ヌルとアインスが何か言っているがノインには理解できない。恐らくは今度行う作戦とやらに関係ある事なのだろう。
全員が訓練場から広間へ再び移動を始めるが、そこにフィーアが居ない事に気付いたノインは訓練場を軽く見渡す。するとフィーアは訓練場の端で何故かしゃがみ込んでいた。
「フィーア? どうしたんだ、はやく広間にいこうぜ」
「……いえ、ノインが蹴り捨てたフュンフさんの銃を拾っておこうかと思いまして」
そう言い立ち上がったフィーアの腕には、フュンフを気絶させたときに蹴り飛ばした彼女の銃が確かに握られている。
「ああそうか、忘れていたよ……ありがとう」
「……お礼を言われるほどの事では……」
フィーアがこちらに向って歩いて来る、ノインも広間に向おうと足を進めようとした時、ノインの目にはあのおぞましいものが確かに映り、それを捉えた――
「――フィーアッ!!」
大声で叫ぶ、そうノインの目が捉えたのはあの交差点で邂逅した化け物。ユエが闘い、命からがらブルーメの手によって逃げ出した、忌まわしき存在。――瘴魔……それがフィーアの後ろから現れた。
「……え?」
フィーアの短い呟きがノインの耳に届く、フィーアは顔をゆっくりと自分の後ろに居る存在の方に向けると状況を把握したのか逃げ出そうと足を動かす。しかし咄嗟の事に体は思ったように動かず、彼女は瘴魔の前で転倒する形となった。
「(マズイ、これは非常にマズイ!!)」
他の面々は広間に向っている、気付かないことは無いだろうが、気付いたとしても合流までは少し時間がかかるだろう。しかしそれ以上に状況を悪い方へ傾けていたのは、瘴魔に抵抗できる武器をノイン達が現在持ち合わせていないところにあった。
ノインの焦りをさらに掻きたてたてるように瘴魔は鞭のような鎌のような不定形の腕をフィーアに狙いを定めて動かす。
刹那、ノインの体を支配したのは昨日ヌルに言われた順応者の特徴。『順応者は瘴気に対する耐性が低いから、大怪我でもすれば瘴魔になる可能性が高い』それを思いだした瞬間、ノインは自身の体を全力で動かす。
ノイン自身もどうしてここまでの速度で動けたのかは分からない。だがノインの体は瘴魔の腕がフィーアに届くよりも速く、瘴魔とフィーアの間に割って入った。
「……ぐっ……あがっ!!」
瘴魔の腕がノインの背中に無数に刺さる。背中から大量の鮮血を噴出しながら、ノインは庇ったフィーアをしっかりと確認する。
「……よかった……怪我は……ないみたいで……」
咄嗟の事にフィーアは目を見開き、ノインを凝視する。何が起こったのか彼女自身理解できていないかった。しかし刺さっていた瘴魔の腕がノインから外され、ノインの大量の吐血がフィーアの服を赤く染めた時にやっと自身のおかれている状況の理解に至る。
「ノイン!!」
そのまま覆いかぶさるように倒れたノインを抱きしめるようにしながらフィーアが叫ぶ。
どうやら異常事態に気付いたブルーメの面々もこちらに向って走ってきている。ノインは擦れた目で彼らを見ながら、ゆっくりと足に力を込め立ち上がった。
「よぉ……この前ぶりだなクソ瘴魔!!」




