上陸
「コントロール、こちらA1。GPSで確認できた敵勢力の殲滅を確認」
「A1、こちらコントロール。これより先では妨害電波のため、衛星無線を使えない。君達の健闘と武運を祈る」
斬り裂き、撃ち抜いた残骸を見つめながら、上への報告を済ませる。
嗅ぎ慣れた強化プラスチックの焦げた臭い、振り返ると見える淀んだ海、周りにいる五人の部下である仲間、そのどれもが悲しいぐらい、いつも通りだ。
私は溜息を一つ吐き、不味い空気を吸って部下達に指示する。
「行くぞ。次の戦場は待ってくれない」
―――西暦、20xx年。私達は生きるために戦っている。
今まさに勃発している東西戦争で、現在、私が住んでいる国が参加している東側は劣勢だ。
戦争の理由は、何だかよく分からない主義主張が二つに分かれ、それが話し合いで決まらなかったからだとか。確かその内容は、経済統一化――関税を完全撤廃し、各国の財政を国連によって一括管理することで、疑似的に各国の経済を一つの国のように纏める――を国際連立として認めるか否か、というものだったかな。
戦争自体の発端は、アメリク政府の「こんな馬鹿な政策を国連が認めるようなら戦争も辞さない」という過激発言のせい、という人もいれば、ロシエ政府のエージェントが政策を通すためにアメリカの国連代表者を暗殺しようとしたためだ、という人もいる。
まあ何にせよ、戦争は起こってしまった。
始め、戦争は無人兵器同士の争いだった。その時点では高い無人兵器製作技術を持っていた東側が優勢だったのだが、ある時期から、それがひっくり返った。東側が西側の資源に物をいわせた物量を突破する前に、西側が鹵獲した東側の無人兵器を研究することで技術力を上げると、東側は一気に劣勢になった。
そこで考え出されたのが、私達――人間兵器――だ。
無人兵器は、その多くが遠隔操作か自動操作で動いている。自動操作は臨機応変な対応が未だ出来なく、遠隔操作はどうしても距離的に遅延が起こるため反応速度が遅い。だから、人間が兵器を直接操作するのが一番強い、という単純な結論を東側は出した。
それに、皮肉なことかもしれないが、両方の勢力で最も余っている資源が人間なのだ。
唯一の課題だった道徳心という綺麗な色は、戦争に負けたくないという単純な黒一色に染まっていた国民からはあまり出てこなかった。
どうせ、一般市民である自分達は戦場に行かなくていいとでも思っているのだろう。政府の言う事が全て正しいわけがないというのに。
「隊長、リザイン隊長」
部下の声が聞こえる。一度目で応答しなかったため二度も呼ばれてしまった。フルフェイスヘルムを被っているため表情はうかがえないが、声音が少し呆れ気味だ。
「どうした、フィリップ隊員」
こちらも名前で呼んでやる。いつもは短いコードネームで呼び合っているので、久々にこの発音しにくい名前を口にした。
「遠隔操作電波を捕捉しました。おそらく自動操作兵器が動作停止したのを察知して、遠隔操作兵器が偵察に来たのでしょう」
「位置と数は?」
「ここから南に約500メートル、数不明」
流石に行動が早いな。敵地で戦うとはこういう事だ。限りある武器と元気と人員で、底知れない数の敵と戦わねばならない。
今回、私達の任務はここ、ジャポニを再び東側の勢力圏とする、というものだ。
劣勢時に奪われた元自軍の勢力圏を奪還する、と息巻いている現東側統轄領――ドナルダ・ウイング――によって立案された作戦で、簡単に言うならば、総勢約5万人の人間兵器による上陸作戦だ。
そして、私達の目的は揺動。私達を含めた40小隊で、島国であるジャポニの沿岸防衛の薄い個所に先行上陸し、相手を撹乱する。
少数精鋭の部隊で、敵の兵器操作管理基地――遠隔操作兵器の操縦と自動操作兵器の管理を行う場所――の守りを薄くして、本体がその隙にそこを叩く、というのが具体的な作戦だ。
私達――人間兵器――の最大の利点は反応速度だ。自動操作兵器はともかく、遠隔操作兵器は、情報を得るのにも情報を与えるのにも電波を介さなければならず、距離が開けば開くほど、そのラグは大きくなる。
よって遠隔操作兵器との戦闘では、兵器操作管理基地から離れた場所で行うのが定石だ。
「全員、有線の確認をした後、散開。各自敵機を発見し次第、遠距離から無力化を試みろ。近接戦はしない。数が多かった場合、戦闘を中断し即時撤退する。無論、敵勢力圏内部に、だ。その時は指示する。以上」
「了解」
全員がしっかりと応答し、我々は散開する。
フルフェイスヘルムの内側に、現在地の情報が映し出される。場所は七十七里浜、平均二階建てのコンクリート建造物が散在する沿岸部。隠れられる場所は少ないが、こちらからも相手を視認しやすい。
今頃、他の沿岸でも戦闘が始まり出しているだろう。だから、こちらに相手の全防衛戦力が向かってくることは無いはずだが、相手がこちらにどの程度の戦力を割いて来るかまでは分からない。
賽はとっくに投げられた。後はなるべくいい目が出るように、神にでも祈るしかあるまい。
ここまで世界が科学的になった今でも、神の存在は証明も完全否定もされないでいるので、無宗教な私ではあるが、いつも漠然と神に祈るのだ。
死にたくはないから人事を尽くすのは当たり前、後、私個人に出来る事といえば神に祈ること位なものなのだから。