あなたの妻ですから
契約夫婦生活2ヶ月と1週目。
タツコのストレスも限界に達した。
人の気も知らないで、タケトシは相変わらず黙々と原稿を書き続けている。
週一で行われる隣の飲み会の時は嘘の喧嘩をし、顔見せのために週一で出かける時はとても仲の良いふりをする。
管理人が余り物を持ってきてくれるときは玄関口で私が受取り、海女室ユカリの良さをガンガン語った後に「喧嘩ばかりしないで。ヨリコとヒサトのように仲良くしなきゃ」と説教される。
※海女室ユカリ作品の登場人物
そんなこんなで手元には90万円ある。
全部貯金にはいれてるが……これでいいのか。
「タケトシさん、やっぱりこんな関係はおかしいわよ。お金より大事なことってあるはずよ」
思いきって言ってみた!
「それは金があるやつが言うんだ。無い人は金を求める。ほら見てみろ」
タケトシはテレビをつけた。
(女優の××さんが××コーポレーションの代表取締役××さんと婚約発表を行いました。)
よくドラマで見る光景。こちらの行動とテレビの内容がドンピシャすぎる。
仕掛けはないか後で探ってみよう。
「タツコ、この二人を見ろ。金のためじゃありませんとこの女優が言って誰が信じる。もしこの××コーポレーションが潰れたら、この女優離婚するぞ。」
あくまでタケトシの想像ではあった。
だがついこの間までタツコも同じ風に考えていた。
愛なんて結局金だ。本当に愛がある金持ち夫婦には悪いけど。
ただ……こんなのは違う……でも……それをうまく言葉にできない。
「……もし僕が本がまるで売れなくなって、性格がさらに悪くなって、パチンコや酒ばかりやるようになったら…暴力を振るうようになったら…タツコはどうする?」
……答えられない。お金さえあればいいことを認めてしまうから。
「……タツコ、無理するな。このアパートを離れたら好きにしてくれ。でもまだここにいなければいけない。それまでは我慢してくれ。」
このアパート?なぜすぐに離れないのか……
「……ここはかつて死のうとしていた僕の恩師の家だ。ここじゃなきゃ僕は書けないんだ。」
だから……まだ離れられない……
2ヶ月と2週目。
タツコは一人でお出掛けをし、かつて一緒に婚活をし、先に嫁いだ仲間と会う。
名前はエリ(37)
3年前にサラリーマンと結婚した。
「エリ、あなた幸せ?」
エリも海女室ファンの金持ち狙いだった。
「幸せじゃないわ。うちの旦那稼ぎが少なくて家計が火の車。それなのにベタベタとくっついてきて……」
ここから先はR指定……
「でも旦那に愛されてるならいいじゃない。」
「ベタベタする前に稼いでこいっての!!少しは楽させろって思うわ。」
……やっぱりそんなもんなのか。私は無い物ねだりなのか。
「……タツコさんの旦那は?サラリーマンだっけ?」
我の世界にいたタツコは無理矢理にうなずいた。
エリは溜め息をつき、煙草に火をつけ始めた。
「タツコさんも大変ね。タツコさんは男選びまくってたからいつか金持ちを捕まえると思ったんだけどね~」
……なんともコメントのしようがない。
わかることは思っていたのと大幅に違いすぎる現実。
それに砲丸投げの投てきのように毎日振り回されている自分。
そんな自分を表す表現があるなら……甘い蜜にさそわれ蝿取り紙に捕まった蝿……
2ヶ月と3週目。
タケトシはタツコと出掛けた。
出かけるコースはいつもは喫茶店のビリーだったが今回は違った。
市内を離れ、大きな公園へたどり着いた。
その公園は沢山の人間がおり、散歩している人、ダンスを踊る人、絵を描く人、本を読む人と様々。
「いいねえ。乱れてるよ。」
タツコはタケトシの使う用語を理解していた。
乱れてるとは(人々が表面上の付き合いをし、自分勝手に自分のことしか考えず生きている)ということ。
表情を読む能力は無いが、そのような能力は身に付いた。
「タケトシさん、今日も人間観察ですか。」
「ネタ探しって言ってくれ。」
なにが違うんだよ!!(そうだよ)って一言言えばすむ話なのに!!
タケトシはタツコの顔を見た。
また表情を読まれるのか!?
「言っとくけど……素直じゃないタケトシさんが悪いんだからね……」
タケトシは黙ってタツコを見ていた。一体なんだというのか。
「……思い付いた!!」
タケトシはいきなり走り出した。
公園を離れ、着いたのはアパートだった。
タツコはそれに着いていくので必死だった。
部屋へ着くとノートを取りだし、何かを書き出した。
「タケトシさん、なに書いてるの?」
「……お金大好き女が、お金を得たら贅沢を言い出した話だ!!これは皆共感してくれるぞ!!」
……死ね!!
2ヶ月と4週目。
タツコはタケトシにある場所へと連れていかれた。
県外へ出て、見知らぬ場所へときた。
向かってついた先は……お墓。
「前に言ったろ。ここは恩師のお墓があるんだ。」
墓に名前が掘ってあった。
(倉橋乙女)
乙女って……女?
「女じゃないかと思ったなら言っておく。彼女に初めて会ったとき僕は30歳で彼女は79歳だった。」
ああそれなら……ってなんで安心してんだろ!?
「彼女は20歳で小説を書いて、25歳で結婚、出産。
30歳で離婚し、それから91歳でなくなるまで小説を書いた。」
タケトシの話は続いた。
自分の不貞が原因で離婚したらしく、子供には会わせてもらえなかった。
子供を想うと悲しみにとりつかれるため、本を書いた。本を書くと忘れられたから。
それからずっと書き続けたが、教えてもらったタケトシが先に世間に評価されてしまった。
だが彼女はタケトシの実力だと周りを見向きせず書き続けた。
死ぬときに立ち会ったのはタケトシだけだ。
最後の言葉はまだ心に残っている。
「……死ぬまで作家の夢を追いかけられてよかった。誰にも評価はされなかったけど、こうやって夢を追って死ねるのなんて私ぐらい。あなたはもっと大変よ。叶ってしまってそれを保つ方が何倍も大変なんだから。」
タケトシは線香を立て、チャセボに水をやると、手を合わせ一礼した。
それに合わせタツコも一礼をする。
帰り道。ふいな台風により電車は欠航。町の民宿に泊まることになった。
タケトシはこんなときでもノートパソコンを持ち歩いている。
何も言わずカチカチとタイプをし始めた。
「さすが……プロですね。原稿を落としたらプロじゃない……でしょ。」
タケトシは振り向いてタツコの顔を見た。
また言葉の違いを否定されるのか。
「その通り。さすが作家の妻だな」
その言葉……とても嬉しかった。なぜかわからない。
妻としての心持ちを忘れていた自分を呼び覚ましてくれた。
お金じゃない……私なら……あなたが破産しても……あなたがボロボロになって手を出されても……
「私はあなたに着いていきます。あなたの妻ですから」