小説家の気負い
タケトシのアパートで暮らし初めて3日たった。
タケトシは寡黙に机に向かって原稿を書いている。
タツコはその姿を眺めていた。
その姿を夫として見ることはできない。
このアパートに初めて来た日。
夫、タケトシが日本で今一番有名な恋愛作家、海女室ユカリだと知った。
もちろん狂ってると初めは思った。
するとタケトシも「信じなくていいよ。僕も同じ状況なら信じないし」とかなり軽い。
二人でお茶を飲んだ後、タケトシは夫婦契約を述べた。
「海女室ユカリが男だと知ってるのは君だけだ。親や編集者も知らない。親は僕をサラリーマンだと思ってる。」
タケトシは親が急に訪ねてきてもいいようにスーツと鞄を部屋に常備していた。編集者には原稿は全て郵送で送っているらしい。
「それで……私は何をすればいいの?」
タケトシはタツコにノートを渡した。
すべてメモれと。
「もしバレたら大変だ。その時は君が海女室ユカリ。僕はそのしがない夫ということにする。」
他にも……
・週一でどこかに仲良く出かける振りをする。
・料理は必ず二人で食べる。
・たまに喧嘩する。
「……なんですかその3つは……」
「周りの目だ。とくに管理人は。管理人がたまに料理の余りを持ってきたり、訪問することがある。夫婦らしいとこみせとかないとまずいんだ。」
「なぜまずいの……?」
「管理人は海女室ユカリの大ファンだ。いつも(あなたも彼女の本に出てくるような男になりなさいよ)って言ってくる。夫婦仲良くしとけばもう来ないだろうしね。管理人は噂大好きだから原稿見られてバレたりしたら大変だ。」
色々複雑なようだ……
他にも……
・男は二町先へ。
・ホストも二町先へ。
「……意味がわからないんですけど……」
「そのままだ。男作っても、ホスト通いしても好きにしていい。正し、二町以上先へ行け。付近でやるな、そういうこと。」
……はあ!?
「それが妻に言うことですか!?まるで愛が無いみたいじゃないですか!」
「愛が……あるんですか?」
…………絶句。
タケトシの契約は以上だ。
「以上のことを日給3万円で行ってください。いいですか?」
タツコは言葉がでない。
あまりに状況がアンビリバボー過ぎる。
タケトシはさっきつきだした3万をタツコの手に握らせた。
「これで契約成立だ。1ヶ月で90万もらえる計算だ。1年で約1180万円。その後も契約夫婦を続けたければまた払って挙げるよ。」
これを……VIP生活というのか。
思ってたのと大きく大きく違う。
「よろしく。じゃあ僕は原稿書くから。」
そういって、タケトシは後ろの机へ向かいノートパソコンをいじり始めた。
……色々不満はあるけど……聞いておきたいこと。
「……私達……一応夫婦でしょ?あれはどうするんですか?」
タケトシはその意味がわからなかった……あれ?
「いやだから……夜の……あれ……」
タケトシも感ずいた。
「しません。だから性欲が抑えられなければ男を作れと言ったんだ。」
即答だった。妻をなんだと思ってるのか!?
「あなた今までもこんな生活してたんですか!?沢山の女の人と経験して、あの本を書いたんだ!!」
タツコは今現在をもって、海女室ファンを辞めた。
ファンクラブも退会だ。こんなムチャクチャな人のファンなんか耐えられない。
「いいえ……」
タケトシは小声で口を開く。
「僕は……童貞です。」
……うそ。
「すべて……僕の想像や妄想で書いてる……」
引き続き3日目。タツコは料理を作った。
それを何の会話もなく二人で食べた。
そしてタケトシは食べ終わると原稿を書いた。
4日目……隣の部屋がえらい騒がしい。
どうやらこのアパートの住人で飲み会をしてるようだ。
タケトシは原稿の手を止めた。
「やばい……管理人が呼びに来る……」
タケトシはタツコを捕まえて向かい合った。
「喧嘩するぞ……」
「はい?」
契約にもあったあれか。
今このタイミングで言われても。
「タツコ……おまえ豚みたいな鼻してるな。」
……アァ!?
「うるせーてめーなんか××××の××××みたいな××××しやがって!!てめーにわたしの×××を×××……」
タツコの言葉を無理矢理止め、タケトシは耳を済ませた。
外の騒がしさはやんでいる。
「……よし。これでもう管理人はこないぞ。」
タケトシは熱の残るタツコをよそに原稿を書き出した。
「タツコ」
なんだ?まだやるってのか?
「僕は×××の×××じゃない……」
5日目。タツコは出掛けた。
すで15万円手元にある。
これでいい男を捕まえてやる。
約束通り二町先へ行った。
契約の範疇だ。今さら契約破棄はできないぞ。
自分の年齢をわきまえ、熟女パブの付近で立っていた。
予想通り何人もの男に声をかけられた。
タツコはその中から男を選別し、そこそこ格好いい、若い男を捕まえた。
ラブホテルへ入り、シャワーを浴びた。
ただ……なんか虚しい。何かの腹いせのような。
〈……僕は童貞です……〉
〈愛が……あるんですか?〉
……なんで今あの言葉が甦るのか。
振り払うが頭になんどもなんども甦る。
タケトシは夜通しで原稿を書いていた。
想像だけで天井に好きな女の子をぶん投げる(天井ババン)なんて書いた時もあった。
しかし、色々と限界に来ていた。
自分には経験がない。
かつて好きな人とギリギリまでいったことがある。
しかし、緊張したのか……ゲロを吐いてしまった。
彼女はゲロにまみれ、終わった。
その後も付き合ったら何かおき、女が嫌いになっていた。むしろ女がこっちを嫌いになった。
だからタツコはある意味理想的だ。
そんな関係もなく、最初から仮面なのだから。
「ただいま……」
タツコが帰ってきた。
理想的な妻はだれか男でも食ってきたのだろう。
「……やっぱダメだ……」
なにが……? タケトシは原稿を書きながら横耳で聞いていた。
「あなたを……悪く思えない……」
タツコはいきなり原稿を書くタケトシの腕を持ち無理矢理振り向かせた。
「他の男と関係を持つときは、旦那に飽きられたか、旦那を飽きたか、旦那に暴力を振るわれたか、旦那が他の女と関係をもったか……etc」
延々と続く……早く原稿書きたいんだけど……
「……とにかく、あなたは性格も悪くて、かっこよくもなく……むしろださくて……変な人だけど……」
だからなんだ……
「あなたを嫌いじゃない……嫌いでどうしようもなくさせてくれなければ……他の人と関係はもてない。」
6日目。今日は二人で出かける日。
「タツコ、誰かにあったら笑顔だ。」
「わかってるわよ。」
隣の町へご飯を食べに行くだけなのに何人の人に挨拶されるのか。
タケトシが人付き合いが得意には見えないのだが。
「今……人付き合い苦手そうなのになんでこんなに挨拶されるんだよ……と思っただろ」
だから超能力か!!
「どこにでもいるだろ。苦手そうなのにがんばってやる人。それが僕だ。」
タツコはその部分は見直した。
そういうところは人間として持っているのか。
「……町内の祭りに出ると、不倫してる人とか危険な恋愛してる人がわんさかいる。それを立ち聞きしてネタにしてるんだ……」
……前言撤回。
二人は隣町のビリーという喫茶店へ入った。
なかなかオシャレで女子好みだ。
「タケトシさん、ここよく来るの?」
タケトシは首を下げた。
「ここはネタの宝庫だ。」
タツコが周りの見渡すと怪しいカップルが沢山いる。
ただ……ネタのためか。
「今、ネタのためかって……」
「思いましたよ!!人の顔読むのやめてよもう!」
タケトシは心外だった。タツコの台詞に「仕方ないだろ!」と机を叩いた。
「僕にはなんの経験もないんだ。全て想像で書いてる。普通の人が共感できる描写が書けないから、人が思いもつかない描写を書くしかないんだ。それを皆が求めてるなら答えるのがプロの仕事なんだ!そんなことしてたら表情から全てが読めるようにもなるんだ!」
家についた。なんか怒らせて気まずい。
「タケトシさん。あの……ごめんなさい。」
タケトシは黙ったままだった。
10分経過……タツコはお茶を入れたが、タケトシは原稿を書きはじめた。
相変わらず無言のまま。
「あの……私は読み手だから……こんなこというのもなんなんですが……」
無言……
「経験には勝てないといいますか……世の中に必要の無い経験は無いといいますか……」
無言……
「……タケトシさん!私と……セッ……」
「しません。」
えっ……。
「タツコ。僕は怒ってない。君が僕に色々同情してくれてるのはありがたいよ。でも愛情の無い行為はしない。本の中でそういうことを書くこともある。でも登場人物は僕じゃない。」
タケトシはそのまま原稿に向き始めた。
タツコはその背中に怒りは感じなかった。
むしろ、孤独というか……一人で背負ってたんだな……
二人な一週間が終了……その後1ヶ月もこのような状況で終わり、2か月目突入。
2か月目の二人の関係はいかに……!?