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ヒヤヒヤさせんなノアレ

 そこに立っているのは、『魔女』という表現がぴったりな少女だ。

 

      ∞ ∞ ∞


 ノアレがぱっ、と手のひらを外へ向けると、まるで全身ぬるま湯に(ひた)ったような感覚がした。その違和感はすぐになくなるが、部屋の空気が変わっている。吹いてもいない風が止んだ、そんな感じだ。

「結界張ったのか」

「うんそう」

「どんな結界?」

 聞けば、くるりと振り返ったその幼馴染が、その小動物じみた目をぱちりと瞬かせて。

「外部からの衝撃吸収とー、あとは……何かしら、内部への魔法の不干渉?」

 なぜか疑問形で答えてきた。

「おかしいな結界張ったのってお前だった気がするんだけど」

「なに言ってんの当然アタシでしょ、眼鏡吹っ飛んだついでに頭も吹っ飛んだ? うふふ」

「とってつけたように可愛く笑ったってな、逆効果なんだよそれ。オレは今恐怖を感じてるぞ」

「それは素晴らしいわね! やっぱり美人だと迫力が増すんだわ、アタシってばさすが」

「何でもかんでも自画自賛するんじゃない、エセ美人」

 リースがしまった、と思った時には遅かった。逃げる間もなく彼は彼の言うところのエセ美人によって制裁が加えられることだろう。そう、現在進行形で彼女がぐしゃっと踏みつけている彼の研究ノートのように。

 だがまさかの予想に反して、少女は真剣な顔で頷く。

「そうね、アタシ美人じゃなかったわ」

 

「“美少女”だもんね!!」


 一瞬にしてきらきらしい笑顔になり放った言葉は、もちろんリースを呆然とさせるのには十分だったがしかし、直後にくるっと扉に向き直りそのまま大股で歩きだした彼女に慌てて我に返った。

「待て、ちょっおい、ノアレ!」

「待たないけど何?」

 有言実行。ノアレは返事をしつつも玄関扉をバターンッと開け放った。それはもう豪快に。

「お前っ、外に出る気か?」

「出る気っていうか出まーす ハイ出たっ!」

 言うが早いか扉を越え、ぴょんっと軽くジャンプしながら完全に外に出た。青年は扉の枠に手を置きながら外の少女に話しかける。

「ちょっと待て、結界張ったのってこの家だけなんだろ?」

「そうよ、だからあんたは出ちゃダメだからねヒョロヒョロマッド・サイエンティスト」

「その呼び名に反論したいが時間がなさそうだ、ノアレお前が出たらお前が」

 ゴッブォオッ!

 リースが言いかけた時、突風が吹いた。しかしどう見てもただの突風ではない、竜巻のように横へ巻いている風がそのまま突進してきたのだった。ちなみに本日の天気は牧歌的な晴れ模様である。

 窓枠に爪痕がつきそうなくらいがっしりとしがみつくリースは、結界があるためその突風も砂埃も自分には影響がないと知りつつ、それでも反射で目をつぶり、顔を伏せた。

 まぁ、そんなのは本当、杞憂でしかなく。

 扉の外の少女は、腰に手を当て胸をそらし、ニッと笑ってその突風を迎えた。それだけだった。

 ノアレに到達するかしないかの位置で突風はぱっ、とかき消えて、巻き込まれていた木の葉や砂がパラパラひらりと落ちていく。

 風に揺れていた亜麻色の髪をうしろへかきやり、顔を思いっきり空にそらして、

 「こぉーんな基本中の基本の技でアタシをどーにかしようなんてっ! 片腹痛いわアーッハハハハ!!」

 そう、ノアレが高らかに悪役ばりの顔でもって哄笑した時。

 竜巻が、上から降ってきた(・・・・・)

 笑顔から真顔になった自己申告の美少女は、

「おいマジか」

 と、とても美少女が言う言葉じゃない5文字をこぼし、そのまま降ってきた竜巻の中へと消えた。

「ノアレッ!!」

 思わず扉の枠から外に出した顔、リースの鼻先。

 ばっ、と手のひらをこちらに向けて突き出されたその白い小さな手。

 その持ち主の本体は、いまだ竜巻の中。

 けれど、なのに、声はありえない程の明瞭さをもってリースに届く。

「マジかよほんと……なんなの?」

 

「こぉーんな、ちょびっとパターン変えただけの技、」

「この天才的美少女ノアレちゃんの背景にもならないんだけどっ!?」

 憤慨した声が響いた途端、その感情を表すように竜巻がぶわっと膨張し、そして周りへ向かってはじけた。

 草木や家を囲っている柵が吹き飛ぶだろうその突風は、なぜか草を揺らしもしない。

 だが威力はちゃんとあった。

「ぅぐッあ、」

 ドガッという音と共に、比較的近くに建っていた民家の壁が砕ける。一部だけ。

 そして無理やり肺から出されたような低い声。

 見えない何かを吹っ飛ばして民家の壁に激突させたのだ。

 さてはあの砕けた部分にいるのが今回の敵か、とリースは目をこらす。じっと見ても見えないけれど、何というか人間の性だ。

 一方で、ノアレはそっちを見ようともせず大股で地団駄を踏んでいた。

「何なのよもう! この美少女に対してなんだから、2回目はせめて花びらとか混ぜるべきでしょ!? 方向変えただけとか! ださっ! だっさ! 爆弾式電撃混ぜ込んだり創意工夫をこらしてよ!」

「……なんだその、爆弾式電撃って」

 目をこらしていたリースだったが、目の前でわめく少女につい目を移した。

 そしてふと思い出す。

「あれか? この前お前をまな板呼ばわりした子供にふわふわ飛ばしてはじけさせてアフロにした、あの電撃みたいなやつか?」

 あの子供は恐らく、『好きな子にほどつっかかる』の典型だったと思われる。

 思春期男子によくあるあれだ。

 自称美少女のノアレだが、見た目だけなら確かに美少女なのだ。言動で台無しだが。

 なのでノアレの見た目年齢に近い年の子供がよく、被害に遭う。

 そう、被害だ。

 見た目にドギマギしてつっかかり、それに対しての報復を受ける。例えばそう、アフロにされる。

 リースをひと睨みしてから視線を前方にやり、腕組みをするノアレ。

「不愉快な記憶をどーもありがとう。あれもそうだし、まぁ一定の条件下で発動させるやつよ」

 例えばこんなの。

 

 そう言い少女は手のひらを上に向け、丸い玉を発生させた。その中には小さな雷が入っていて、パチパチと音を立てている。

 ノアレは口を、まるで遠くに伝えるように大きく開けた。

「『姿を見せない臆病者、けれど温度は隠せない。臆病者の生に近づき、そしてあなたはおしおきを』」

 歌うような言葉が終わった途端、その小さな雷の玉はふわりと手から離れそして。

 ノアレとリースの、すぐ近くではじけた。


 バンッ!!


 どうやら敵はすぐ近くまで来ていたようだ。

 一瞬白く()けた視界に、鼓膜が破れそうなほどの音が響く。

「…………っ、お、いノアレ何してるんだっ、目と耳がバカになったらどうしてくれる!」

「なーに言ってんの結界内にいるクセにぃ。大体ノアレちゃんがいるんだからバカになってもヘーキヘーキ、ちょちょいのちょいよ」

 まるで意に介さない少女へ更に怒ろうとした青年は、はっとする。

 結界内の自分。結界外の、

「っノアレお前」

「リースもしもアタシがアタシの魔法で怪我したんじゃないかとかそんなマヌケな心配してるならその頭、バカになってるわよ。目と耳より先に気にすべきだわ」

「ムカつく」

「ふふん」

 戻った視界で不敵に笑う幼馴染に、不覚にも安堵した。バカにされっぱなしなのにまだ心配している自分にもムカつくリースである。

「さて、『臆病者』さん。もう隠れてる意味がないんじゃない?」

 そう言って空中を見る少女。そこには何も無いのに、まるで視線が合っているかのような確かさでもって見ている。

「それともまだ足りないの、『おしおき』?」

 笑う。

 愛らしい少女の顔が、尖った笑い方をする。

 凄絶というには不足だけれど、怖がらせるには十分な、そんな表情だ。

 

 そこに立っているのは、『魔女』という表現がぴったりな少女だ。

 魔法を使えない人々が知らない事を知り、出来ない事が出来る、そして何だか得体の知れない者。

 多かれ少なかれ、いつの時代も相手に畏怖(いふ)の感情を与える存在。

 リースの幼馴染は、ときどきそうやって『魔女』になり、彼女が気に食わない相手などを怖がらせるのだ。

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