第二章 訪問 (4)
チェスターは、迎えに来たオフィーリア星系航宙軍の後を付いて行きながら、オフィーリア星系の経済力と軍事力を星系内を通行する艦で判断していた。そして、オフィーリア星系は、独自の航宙艦開発力を持つことを知り、今回の訪問を構えていかないと危険だと感じる。そしてオフィーリア星系の軍事衛星プロシオンを見て、アンドリューや近隣星系とも違う衛星に驚きを隠せなかった。
第二章 訪問
(4)
「中尉行きましょう」
ヤマグチが、声をかけるとオベロンは、一度視線を大尉に合すともう一度敬礼をした。士官食堂に戻ると
「もう一時間が経ちます。如何でしたか。初めて見る艦内は」
サトミは、壁にあるドリンクサーバーからジュースを二つ取り出すと片方をアンリの前に置いて自分は反対側の椅子に座った。そして“じっ”と顔を見ると
「オベロン中尉、覚えていませんか」
「えっ」
自分を“じーっ”と見る目の前に座る可愛い女性を見ながら全く記憶のない顔に何と答えてよいかわからず、ただ見返していると
「もう結構です。ここからは一人で帰りますよね」
そう言ってサトミが立ち上がった。少し勢いをつけて立ち上がった拍子にサトミが、椅子から落ちるように腰を落とすと
「きゃっ」
と言って、真っ赤な顔をしながら声を出した。士官食堂にいる周りの人間が“どうしたんだ”という顔でアンリを見ている。
“まずい”と思いながらテーブルの反対側に回ってサトミに手を差し伸べた時だった。「あっ、君はあの時の」
どこかで一度同じことをしたような姿勢を取った記憶が頭の中に蘇った。記憶の底にしまい込んでいたような情景が一挙に甦った。
第一軍事衛星ミランでアンリは、アーサーを官舎まで送った後、まだ時間の早かったこともあり、基地内の食堂にはいかず、ミランの商用地区にあるレストラン“パープルオレンジ”で食事をしようとエレカを走らせ、ミッドウエイA15通りから歩こうとしていた時だった。
目の前を歩く女性がいきなりエレカの電磁レールにヒールが引っかかり前のめりに転んだ。スカートがめくりあがって可愛いお尻とピンクのパンティが丸見えになった状況をアンリは“運がいいのか悪いのか”しっかりと見てしまった。
見ようとしてみた訳ではないが、その前の女性はアンリと視線を合すと真っ赤な顔をしながらスカートを下げた。
そして起きようとした時、目の前の男性が、手を伸ばしてくれたのである。アンリは、手を引いて起こすと、エレカの電磁レールに挟まっているヒールを取ろうとして膝を曲げてヒールに伸ばすと
「結構です。自分でします」
と言って、目の前の女性が座った時と、また足の間から見えてしまった。今度はアンリが恥ずかしくなって立ち上がり見ているとヒールがやはり取れないようだ。
結局、アンリが力ずくでぬいたが、“ぽこっ”と音がしてしっかりとヒールが取れてしまった。アンリは平謝りに誤ったが、
「もういいです」
と言って、その場をその女性は立ち去ったのだ。
その情景が頭の中に蘇ると段々顔が赤くなってきた。アンリの顔を見ながらサトミは
「何を思い出しているんですか」
まだ、起き上がっていない目の前のタマグチ准尉を見て
「いや、あの・・・」
「手を引くなら早く引いてください」
なぜか、アンリの手をしっかりと握っているヤマグチ准尉が言うと“あっ”と思って勢いよく引いた。
そこまでは良かったのだが、その拍子に思い切りアンリの胸に飛び込むようなった。ヤマグチ准尉の紺色のレーダー管制官の制服が盛り上がる胸が思い切りぶつかってきた。
勢いヤマグチ准尉を受け止めて抱くような姿勢になった。アンリは、またまた“あっ”と思ったが、腕の中にいる女性も離れない。もっとも自分が背中を抱いている形になっているからだ。
「おーっ、サトミ。昼から、すごーい」
サトミの後ろから声を出しながら近づいて来た女性を目の前にしてやっとアンリは手をほどくと
「ナオコ。違う、違う、これは・・・」
「サトミ。何が違うの。二人で抱き合っていたのは事実でしょ」
よく見ると周りも面白そうに自分たちを見ている。“まずい”と思ったアンリは、
「あっ、ヤマグチ准尉、ありがとうございました。僕はもう戻ります」
「えっ」
と言う声に
「サトミ。誰、この人」
「アーサー閣下付の武官。オベロン中尉です」
「えっ」
やっとアンリの胸の徽章に気づいたナオコが敬礼の姿勢を取ると
「敬礼はいいです」
その声に手を下すと
「オベロン中尉殿、この状況でヤマグチ准尉を一人にするのはどうかと思いますが」
と言って周りを見た。
確かにまだ見て“コソコソ”話している。仕方なくアンリは、またサトミと一緒にテーブルに座った。もちろんナオコも一緒である。
結局解放されたのは、それから二〇分後、サトミが管制勤務交代の時間になってからである。
アンリは司令フロアのドアを開けるとドアが開く音に気付いたのかヘンドル主席参謀、ハーランド副参謀、クーリッジ副参謀が自分の顔を見て“ニヤニヤ”している。
「オベロン中尉。士官食堂でヤマグチ准尉と抱き合っていたな。第一艦隊一の美人女性と抱き合うなんて艦隊男性士官全員を敵に回したぞ」
笑いながら言うヘンドルに
「抱き合うなんて、・・。事故です」
「事故。おかしいな。そういう風には見えなかったぞ」
「えっ」
という顔をすると
「ちょっと、士官食堂に顔を出したのだが、たまたま、お前たちが抱き合っていたぞ。それも結構長い間」
「えーっ、長い間だなんて。ほんの一〇秒位です」
「一〇秒もあの素敵なヤマグチ准尉と抱き合えば十分だ」
“助けて”という思いでアーサー司令官を見るとスコープビジョンを見ているが、どう見てもその横顔は目元が緩んでいる。タフト艦長も同様だ。仕方なく主席参謀の言葉を無視してオブザーバシートに座ると
「ヘンドル主席参謀、オベロン中尉、いい匂いしていますね」
ハーランド副参謀の言葉に“あっ”と思うと抱き付かれた時にヤマグチ准尉のにおいが映ったのを思い出して、アンリは顔を赤くしながら下を向いてしまった。
アンリ・オベロン中尉とサトミ・ヤマグチ准尉に恋のキューピットが二人の心に矢を刺してから二日後、
「アーサー司令官、オフィーリア星系からの迎えです」
既に、スコープビジョンに映し出されている艦隊を見ながらタフト艦長からの声を聞いた。ハインリヒ級軽巡航艦二隻とヘーメラー級駆逐艦一〇隻だ。
“たったあれだけか。宙賊に襲われたら、対応できるのか。それともこの星系は平和なのか”そんな思いで見ていると
「通信が入りました」
「読んでくれ」
「オフィーリア星系へようこそ。我々の後に付いて来てくれ」
“何と簡単なメッセージだ”そう思いながらも
「“了解した”と返信してくれ」
「はっ」
と言うとタフトは通信管制官に指示を出した。
一〇分後、オフィーリア星系の迎えの艦が一八〇度回頭するとゆっくりと進宙し始めた。
アンドリュー星系軍からは、旗艦シュバイツアーと僚艦ウエブリエル、エンリル級航宙巡航戦艦五隻、ロックウッド級航宙重巡航艦一〇隻、ハインリヒ級航宙軽巡航艦一〇隻、ヘーメラー級航宙駆逐艦二〇隻、ライト級高速補給艦五隻、陸戦隊を乗せた輸送艦一〇隻と訪問団を乗せた特別輸送艦一隻だ。この編成はオフィーリアへの表敬の意味もあるが、威圧も隠されている。
一行はカイパーベルトの中に入ると〇.一光速でゆっくりと進宙し始めた。アーサーは、スコープビジョンの右下に見えるXJP1を見ながら“オフィーリア星系は、あの跳躍点に対して何も言っていない。何を考えているんだ”そう思いながら前を見ていると、だんだんと輸送艦とその護衛に付いている航宙駆逐艦の姿が目立つようになった。
“迎えに来たのは、リギル星系からに技術供与による艦だったが、あれは独自の技術によるものか”明らかにヘーメラー級とは違った形状を持つ艦が、輸送艦と思われる艦の前と横に併走しながら進宙していた。
大きさは、ヘーメラー級航宙駆逐艦と変わらないが、形状と装備が違う。縦長の箱状の形状で艦先頭部分に粒子砲が四門付いている。
チェスターが見たのは、オフィーリア星系で独自に開発したミスーリア級航宙駆逐艦、全長二五〇メートル、全幅九〇メートル、全高六〇メートル、艦前部に口径八メートルの荷電粒子砲を四門、艦両舷に長さ二〇メートルの腕を伸ばし、中距離ミサイル発射管一〇門ずつを備え、またアンチミサイル発射管一二門を後部に備えている。艦後部は、核融合推進エンジンが四基を備えている。ヘーメラー級より最新の航宙駆逐艦だ。
航路は惑星公転軌道を上から近付いて行った。第六惑星がスコープビジョンの左下に見えてきた。オフィーリア恒星の光を受けて茶褐色に染まっている。惑星表面の風速が強いのか、惑星表面のガスが反時計回りに流れているのが分かる。
輸送艦が、多く航宙している。チェスターは、“この星系は、ビジネスが活発なのだな。我が星系以外にもマリアルーテ星系との貿易が多いのか。第四惑星と第五惑星宙域の輸送艦が多いのは、資源が豊富に取れるということだ。良い星系だ。しかし、ここまでの間にも宙賊らしき艦はなかった。豊かなのだな”そう思いながらスコープビジョンを見ていると
「アーサー司令官、後一五時間で首都星クレメントに到着します」
タフト艦長からの定時報告に頷くと司令官シートを立った。艦内時間二〇時。
「タフト艦長、私は自室にて休む」
そう言うとオブザーバシートに座るオベロン中尉に
「アンリ、お前も休みなさい」
そう言って、アンリのシートの脇を通った。
「アーサー司令官、首都星クレメントまで後一時間です」
既にスコープビジョンの中央スクリーンに主都星が大きく映されていた。衛星ナイツが三〇万キロの距離を隔てて浮かんでいる。首都星の周りには八つの衛星があった。オフィーリアからの連絡では、軍事衛星が四つ。商用衛星が四つと聞いている。
“我が星系と同じ規模の軍事力があるのか。経済力は同じようだが。ヤマモト代表はオフィーリアをユニオンに組み込もうとしているが、これだけの経済力と独自で戦闘艦を作れるだけの技術力。果たして、代表の考え通りに進むのか”星系内に入り既に三日目。オフィーリアの星系内航路を進みながらチェスターは考えていた。
「首都星クレメントまで、後三〇分です」
タフト艦長の声に頷きながらスコープビジョンに映る青い星を見ていた。やがて、訪問団の艦隊が、徐々に速度を落とし始めた。
“あれが、軍事衛星”自星系にある軍事衛星や商用衛星は、円盤状で厚みのある形状をしている。だが、オフィーリアの人工衛星は、球体だ。それも表面が光り輝いている。
「アーサー司令官。プロシオンまで後二〇分です」
光り輝く球体が首都星クレメントの上空一〇〇〇キロに浮かんでいる。
プロシオン・・首都星クレメントの回転に合わせて移動している静止衛星。直径一〇キロ球体形の人工衛星。
球体の周りは光り輝く強化軽合金クリスタルパネルで覆われている。恒星オフィーリアの恒星風を受け、それをエネルギーに変換する為のパネルである。球体の半径五キロの内、外側二キロが航宙艦のドックヤードと航宙軍基地になっている。
各艦のドックは、奥行き六〇〇メートル、一辺が二〇〇メートルの四角形の直方体の形をしたスロット形式になっている。球体赤道面から上下の極に向けて、航宙戦艦と航宙母艦が第一層、重巡航艦、軽巡航艦が第二層、そして球体上方極部に向けて航宙駆逐艦、哨戒艦、輸送艦、特設艦の第三層がある。民間艇は、第三層を使用している。
そのドックヤードから内側六キロの間に外側から、資材地区、工業地区、商用地区と居住地区、そして中心に球体衛星の重力を生み出すグラビティユニットがある。
水と食料は、球体両極の強化軽合金クリスタルパネル下にある広大な田園牧草地帯が、人口衛星に住む人たちの空気と食料を生み出してくれる自給自足を可能にした人工衛星だ。
アーサーは、自星系とあまりにも違う形に驚きながらも“独自の技術力を持つ星系。ヤマモト代表の思い通りにはなるまい”と思うようになっていた。
やがて、この宙域まで案内をしていた艦隊の各艦がプロシオンに近付くと、まるで球体に穴が開いた様に球体表面のスロットが開くとスロットの端にある誘導塔から出るビームによってゆっくりと中に入って行った。
「アーサー司令官、リンドン・カーター代表からのメッセージです」
声の方向に振り向くとタフト艦長が頷いた。
やがて、アーサーの座る司令フロアの中心に3Dの映像が浮かび上がった。太った男とその隣に背の高い男、そして代表と同じ位の背の高さの女性が立っていた。
「アーサー閣下、初めまして。私は、オフィーリア星系評議会代表リンドン・カーターです。ようこそオフィーリア星系へ。早速ですが、訪問団の方々の輸送艦をプロシオンに入港させて下さい。アーサー閣下の乗艦されている艦は、我が星系の宙港には入りません。シャルンホルスト級航宙戦艦以下の艦艇での入港をお願いします」
「分かりました。表敬訪問に航宙戦艦と言うわけにはいきません。ハインリヒ級軽巡航艦にて入港させて頂きます」
その言葉に一瞬、主席参謀を始めとする主だった人間が驚く顔を見せたが、
「アーサー閣下のスロットにお出迎えに伺います」
“訪問団の方へは行かないのか”そう思いながらも
「分かりました」
と答えると
「では、お待ちしております」
そう言って、カーター代表の映像が消えた。
「司令官。軽巡航艦では、万一の時に・・」
そこまで言ったヘンドル主席参謀の言葉を制するように
「ヘンドル、大丈夫だ。ミュールも一緒だ。心配するな」
そう言って、みんなが安心するように少しだけ目元を緩めた。
いよいよ、チェスターは、軍事衛星プロシオンに入港します。そして向かえに出たオフィーリア星系の代表部の行動に違和感を感じます。
次号、オフィーリアでの展開をお楽しみに。




