第二章 訪問 (1)
ペルリオン星系軍特殊部隊を殲滅した第二艦隊司令ロベルト・カーライルは、軍事衛星へ帰還後、すぐにアーサーのところに出頭し、その失態を詫びた。しかし、アーサーは咎めることはなく、今回の事でより一層、星系内の監視を強くする必要があることを感じる。
第二章 訪問
(1)
ペルリオン星系特殊部隊の殲滅を実施した第二艦隊は、第二軍事衛星ケルトに帰還すると司令官ロベルト・カーライル中将は、第一軍事衛星ミランにある、チェスター・アーサー大将のオフィスに向かった。
アンドリュー星系航宙軍四艦隊の総司令官ならば、首都星オリオンの星系軍本部ビルを居場所とすべきだが、チェスター自身が、第一艦隊の司令官でもあり、通常の居場所はミランの自分のオフィスとしている。星系軍本部ビルには、父であり第七三代軍事統括アルフレッド・アーサーがいる。
「申し訳ありません。宙賊を捕まえることが出来ませんでした」
「ロベルト、報告書は既に読んだ。状況からすれば仕方ないことだ。岩礁帯の中に艦隊は入ることが出来ない。逃げられでもしたら、我が星系の情報が漏れることになる」
一呼吸置くと
「ロベルト、ペルリオン星系の艦が我が星系のカイパーベルトの中に入ろうとしたことは、我が星系の星系情報が調べられているということだ。それも我が星系航宙軍が知らない宙域の情報だ。星系内全域を一度調査する必要がありそうだ。だが、今下手に騒いでは、ヤマモト代表のオフィーリア訪問にケチがつきかねない。まして、星系連合体ユニオンの土台を揺るがすことにもなる。第二艦隊内部にかん口令を敷いてくれ。私がオフィーリアから戻ってから対処しよう」
チェスターの言葉に
「既に艦隊内にはかん口令を敷いています」
そう言うと
「ロベルトに言うことでもなかったか」
と言って、目元を一度緩ました。そしてもう一度、目元を引き締めると
「ロベルト、私がオフィーリアに行っている間、リギル星系跳躍点方面の哨戒をお前に任せたい。あの星系は決して気を許すことが出来ない。ミールワッツ星系跳躍点方面をミハイルにペルリオン星系跳躍点方面をロングにする。オフィーリア星系へは私が行くから、それでよかろう。この通達は、次の艦隊司令定時報告の時に言う」
言葉を口にしながらチェスターは、ロベルトに“頼むぞ”という視線を送った。それから三〇分後、チェスターのオフィスをロベルトが後にすると、
「アンリ、私は、官舎に戻る」
デスクのスクリーンに映る大将付武官アンリ・オベロン中尉の顔を見ながら言った。チェスターは、エレカに乗りながら
“ペルリオンの特殊部隊を捕えることは出来なかったか。しかし、基地を爆破するとは考えたものだ。逃げられれば、我が星系の情報がペルリオンに漏れる。リギル星系にも、要らぬ形で漏れるかもしれない。それを考えれば、全艦破壊は仕方ないこと。しかし特殊部隊の隊長には会ってみたかった。今となっては詮無いことか”
考えに耽っている間に官舎に着いたチェスターは、アンリから連絡が入っていたのか、入り口に妻となったマリア・アフロデーテが迎えに出ていた。
チェスターは、マリアと一度視線を合わせた後、オベロン中尉に
「アンリ、ご苦労。今日はもう良い」
「はっ、失礼させて頂きます」
そう言うと既にエレカから降りているアンリは、アンドリュー星系航宙軍式敬礼をしながらチェスターの後ろ姿を見送った。
大将の住まいと言っても軍人の官舎だ。首都星オリオンならば、それなりの大きさの家を持てるが軍事衛星では、仕方がない。だが、まだ子供のいない二人には十分な広さだ。
妻のマリアは、独身時代、その美しさと気高さで男を寄せ付けなかったが、チェスターと結婚してからは、一人の女性としてそして妻としてチェスターを支えていた。
だが、夫の仕事柄、何日も会わないことが多い。それだけにチェスターが軍事衛星にいる時は、少しだけ、甘える態度を取る。
久々に数日の間、ミランにいる夫にマリアは、心の中でひと時の安らぎを覚えていた。マリアは、食事後、リビングのソファに座ると隣に座るチェスターに近付き優しく体を合わせると胸に顔を寄せた。
「チェスター、気を付けて下さいね。無事のお帰りを待っています」
妻を軽く抱擁しながら
「分かっている。オフィーリア星系まで、ミランから八日間。途中訓練を兼ねて航宙するから実際もう少しかかる。オフィーリア星系に到着してから二週間のセレモニーがある。星系移動に跳躍点から四日間程度だろう。往復で約四〇日間だ」
そう言うとマリアの瞳を見つめた。
第二艦隊がペルリオン星系の特殊部隊を殲滅させてから一か月後、第一軍事衛星ミランの宙港第三層では、第一艦隊と訪問団を送る為、祖父の第七二代軍事顧問ウイリアム・アーサー、第七三代軍事統括である父のアルフレッド・アーサーと星系評議委員が第一艦隊の出港を見送る為、首都星オリオンから来ていた。
チェスターは、連絡艇で仮ドックに行った後、新型航宙戦艦マルドーク級に乗艦する。
「チェスター、頼むぞ。今回の訪問は、ヤマモト代表が、星系連合体ユニオンの議長として臨む初めての訪問だ。成功すればオフィーリア星系もユニオンに組み込むことができるかもしれない。そうすれば揺れ動いている連合体の結束をもう一度強くできるチャンスになる」
チェスターの瞳を見つめて話す父であり第七三代軍事統括アルフレッド・アーサーは、そう言うと手を握った。
「アーサー軍事統括、心得ています。お任せ下さい」
父であるアルフレッドにしっかりと視線を返すと手を握り返しながら返答した。
通常の出港ならば第一艦隊司令官であるチェスター自身が第一軍事衛星ミランの宙港中央センターに出港許可を申請し、中央センターが了承後、各層の宙港センターが出港の指示を出す。
今回は、チェスター自身が連絡艇で仮ドックに行く為、宙港中央センターには、仮ドックから第一艦隊旗艦シュバイツアーに乗艦後、出港申請を出すことになっている。
チェスターが連絡艇に近付くとパイロットとアンリ・オベロン中尉が、入り口で敬礼をしながら待っていた。今回は戦闘や哨戒ではない。チェスターは、危険はないと考え、大将付武官であるアンリ・オベロン中尉も連れていくことにしている。
チェスターが、答礼をしながらシートに向かうとそれを確認したパイロットが、コクピットに向かった。アンリは、チェスターが座るのを待って、右後ろに座った。軍用艦艇ではないが、アッパーレベルの連絡艇である為、艇内のシートは二〇席ほどだ。パイロットが、
「アーサー閣下、発進します」
艦内スピーカから伝えると、ランチャーロックが、外れ、少しだけ沈む感覚が有った。やがてゆっくりと前進が始まった。
ドックヤードは、軍艦艇と共有の為、全長七〇〇メートルはある。連絡艇は七〇メートル程度なので、ゆっくりと誘導ビームに乗りながら前に進むのが分かる。スモークされた壁はまだ、白いままだ。
やがて、宙港のドックヤードから離れると壁の景色が徐々に外宇宙を映し出した。ミランから五〇〇キロ、すぐ目の前だ。
ミランの反対方向に骨のように片側二〇本、一本あたり全長七五〇メートル、全幅四五〇メートル、全高二五〇メートルのドームが、一〇〇メートルの間隔で伸びている。
そして左右に出ているドームの中心を直径二五〇メートル、全長一一キロの筒が通っており、ミラン側に連絡艇が係留できるオフィス棟、一片が五〇〇メートルの直方体が付いている。見ていると直方体を頭にした巨大な魚の骨に見えるのだ。
チェスターの乗った連絡艇が、近付くとオフィス棟に見える連絡艇のドックヤードの一つの入り口が開いた。パイロットがオフィス棟の管制官と連絡を取ったのだろう。
連絡艇が、近付くと誘導ビームが出た。連絡艇の先端にあるレシーバがビームを受信するとゆっくりと引かれるよう連絡艇は、オフィス棟に入って行った。
完全に入ると入り口が閉まり、ランチャーロックがされる音がした。チェスターがその音を耳にした少し後、艦内スピーカから
「アーサー閣下、連絡艇が仮ドックオフィス棟に到着しました」
そのアナウンスと共に連絡艇のドアがゆっくりと開いた。
チェスターがシートから立ち上がり、ドアに向かうとオベロン中尉も同時に立ち上がった。
アンリは、以前チェスターと一緒にこの仮ドックに来ている。マルドーク級の説明をして貰う為だ。だが、今回は外宇宙に出る初めての経験だ。それだけに自分が仕える大将から今回の件を言われた時は、驚いた。
「アンリ、今回のオフィーリア訪問には、お前も連れていく。戦闘でも哨戒でもない。安全な航宙だ。お前も一度、星系間航宙を経験しておくといいだろう」
優しく微笑みながら言うチェスターに驚きの顔を隠せないでいると
「いやか」
「いっ、いえ。とても光栄です。閣下」
「そうか、それでは、準備をしておきなさい。出発は一か月後だ」
オフィス棟に移動通路に乗りながら言われた時のことを思い出しているとやがて移動通路が、ドックヤードの方向に向かった。
ドックヤードの通路は、マルドーク級航宙戦艦の腕のように両脇についている新型ミレニアン発着層の上にある。自分が乗艦する第一艦隊旗艦シュバイツアーの方向に移動しながらアンリが周りを見ると、やはり多くの航宙軍兵士が乗り込む姿が見えた。
と言ってもオフィス棟から出ている中心通路は一一キロ、隅まで見えるわけではないが、マルドーク級航宙戦艦の巨体が並ぶ景色は、ミランのシャルンホルスト級航宙戦艦とは違った、様相を呈していた。
「アンリ、お前は、私と同じ司令フロアのオブザーバシートを利用しなさい。艦内の部屋は、オブザーバ用だ」
「えっ、しかし、自分は、中尉で・・」
「構わない。お前は私のそばにいるのが仕事だ。IDも通るようにしてある」
そう言って、チェスターは微笑んだ。やがて、移動通路の途中。ちょうど後部主砲を通り過ぎたところで艦内に入った。
艦内に入って左に三〇メートル程歩くと、更に左にある三つのエレベータの一番手前の右壁にあるプレートにチェスターがIDをかざすとドアが開いた。
「アンリ。お前もIDをかざせば開く」
そう言ってほほ笑むと司令フロアのボタンを押した。エレベータが少しの間上昇するとやがてドアが開いた。右に一〇メートル程歩くとチェスターは、壁にあるプレートにIDをかざした。
ドアが開くと艦長ウイリアム・タフト大佐、主席参謀マクシミリアン・ヘンドル大佐、副参謀ハロルド・ハーランド中佐、同じく副参謀カルビン・クーリッジ中佐がアンドリュー星系航宙軍式敬礼をしていた。
チェスターが答礼すると
「アーサー司令官。出港します」
そう言って敬礼を止めて前を見た。アーサーがアンリに司令官シートの右後ろにあるシートを指さして
「オベロン中尉、そこのシートを利用しなさい」
そう言って自分も司令官シートへ座った。
やがて、第一艦隊旗艦シュバイツアーと共に、僚艦一九隻のマルドーク級航宙戦艦と二〇隻のエンリル級航宙巡航戦艦が第一軍事衛星ミランの指定宙域に来るとチェスターはヘッドセットにあるマイクを口元にして
「第一軍事衛星ミラン宙港中央センター、こちら第一艦隊司令官チェスター・アーサー。第一艦隊の出港を申請する」
少しのラグの後、
「こちら、第一軍事衛星ミラン宙港中央センター。第一艦隊の出港を許可する。各層の艦艇は各層宙港センターの指示に従い、出港して下さい」
「凄い、これが出港風景だ」
アンリが、初めて見る出港風景に驚きながら多元スペクトル分析されたスコープビジョンに映るミランを見ていると三層ある宙港から艦艇が順次出港してきた。宙港を完全に離れるまでは、誘導ビームに従っている。それが離れると指定航路に従い、旗艦シュバイツアーの周りに集まってきた。
先頭にビーンズ級哨戒艦一九二隻が展開した。その後をヘーメラー級航宙駆逐艦一九二隻が着いた。そしてハインリッヒ級航宙軽巡航艦六四隻が上下左右、四つのグループに展開すると、ロックウッド級重巡航艦六四隻、テルマー級巡航戦艦二〇隻、新型航宙戦艦エンリル級二〇隻、エリザベート級航宙母艦三二隻、シャルンホルスト級航宙戦艦二〇隻、新型航宙戦艦マルドーク級二〇隻、そしてその後ろにライト級高速補給艦二四隻と訪問団三〇〇名を乗せた特別輸送艦一隻、陸戦隊三〇〇〇名を乗せた輸送艦一〇隻が着いた。総艦数六五九隻だ。
チェスターは、ミランから外宇宙方向の所定の位置に展開した標準航宙隊形の第一艦隊をスコープビジョンに見ると口元にあるマイクに向かって
「こちら、第一艦隊司令官チェスター・アーサー大将だ。第一艦隊は、これからオフィーリア星系に向け発進する」
そう言ってマイクを上げると艦長シートに座るタフト艦長が、
「発進します」
と告げた。
WGC3050、09/01
チェスター・アーサー率いるアンドリュー星系航宙軍第一艦隊は、アヤコ・ヤマモト星系代表を始めとする三〇〇名の訪問団を連れ、オフィーリア星系に向け発進した。
「凄い、これが宇宙」
管制フロアとオベロン中尉が座るオブザーバシートがある司令フロアからは、正面横三〇メートル縦一〇メートル、左右それぞれ横一〇メートル縦一〇メートルの多元スペクトルスコープビジョンが見えた。そこには、ADSWGCNo(西銀河天体番号)が付された遠距離の天体やガス、そして単体の恒星などが、映し出されていた。
オフィーリア星系方面跳躍点は、アンドリュー恒星を中心にペルリオン星系方面跳躍点の真反対の位置にある。ペルリオン星系方面跳躍点からアンドリュー恒星を中心に時計回りにミールワッツ星系方面跳躍点、リギル星系方面跳躍点、そしてオフィーリア星系方面跳躍点だ。実際には、惑星公転軌道面を基準にしてペルリオン星系方面跳躍点とオフィーリア星系方面跳躍点が上方にミールワッツ星系方面跳躍点とリギル星系方面跳躍点が下方にある。
第一艦隊は、アンドリュー恒星を左舷後方に見ながら星系内を進宙し始めた。まだ、星系内なので標準航宙隊形〇.一光速だ。
航路管制官が跳躍点までの有人監視衛星と連絡を取合っている声が聞こえてくる。各管制官が意識する為に意図的に管制フロアに流しているのだ。
アンリ・オベロン中尉は、その声を聞きながらスクリーンビジョンに映る映像を見ていた。オフィーリア星系へは、カイパーベルトまで八光時、そして跳躍点まで三光時だ。
艦隊の進宙が、アンドリュー恒星を中心とした星系マップの中で映し出されている。星系内では恒星を中心とした映像が映し出される。外宇宙に出ると艦隊を中心とした映像に切り替わる。
宇宙の広さからすれば、艦速〇.一光速は、あまりにも遅い。まるで大きな海の中で揺れる木の葉程度の速度だ。だが、星系内では、軍艦艇だけではなく、民間船も含め色々な艦艇がいる。全艦は航法に則って進宙する。第一艦隊は、星系内をゆっくりと進んでいた。
アーサーは、訪問団三百人を引き連れオフィーリア星系への訪問に出発した。いつも自分も身の回りの世話をするオペロン中尉を今回は同行させた。次回は、アンドリュー星系からオフィーリア星系へ行く航路を描きます。お楽しみに。




