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 待ち合わせ場所の漁港の前まで行くと、既に彼女がいた。

 昨日と同じ茶色のコートで、目立ちにくいコーディネイトにしているようだった。それでも、彼女の姿は遠目からでも目をひいた。

 自販機にもたれかかるように、つまらなさそうに目を伏せながらタバコを咥える彼女にどう声をかけていいものか迷う。

 昨夜あんな別れ方をしたから、どう接すればいいのかわからない。

 ボクがそうして逡巡していると彼女もこちらに気づいたのか顔を上げて困ったような表情を見せる。

 うなじの辺りを掻きながら、目を泳がせて、逃げる口実を探しそうになる自分を必死でひきとめて、なんとか言葉を搾り出す。

「おはよう」

「うん……おはよう」

 やっと出てきた言葉はそれで撃ち止めで、気まずい空気のままボクらは原寺さんがくるのを待った。気づくと彼女はいつの間にかタバコをしまって、コロンを吹いていた。潮のにおいをかき消すように、甘いチョコレートのにおいが微かに香る。

 いつもならもっと濃く感じるはずのにおいに、ボクらの今の距離を感じた。

 鼻先をかすめる甘いにおいが消える頃、白い乗用車が一台、ボクらの前で止まった。原寺さんだろうか。この空気を多少でも変えてもらえないだろうかと期待して車を見つめていると、ドアを開けて出てきたのは、どこか見覚えのある男性だった。

 黒く長い髪を無造作に束ねただけの髪型はそれなりに似合っていて、黒ぶちのメガネは真新しく、その細い顔にはよく似合っていた、灰色のパーカーと青いジーンズという軽装なのは車を運転していたせいだろうか、少し肌寒そうだ。

 どこで見た顔だろうと考えていると、件の男性はこちらに近づいてきて軽快に手を振った。

「待たせたな」

 それは紛れもなく、原寺さんの声だった。

「え、……原寺、さん……?」

「ああ、流石にあの格好のままじゃ目立つから、軽くハサミいれて髭を剃ったくらいだけどな。いや、久しぶりの風呂は格別だった」

 たしかに、昨日の格好が酷すぎた、というのはあるけれど、まさかこんなさわやかな好青年になるとは予想していなかった。

 彼女の方もボクと同じく驚いているようでまじまじとその顔を見つめている。

「そんなに変か?」

「いえ、そんなことは」

「ならいこうか、あんまり外にいても寒いし」

「あ、はい」

 原寺さんがさっさと車へ戻っていくのについていって後部座席へと座る、暫くじっとその顔を見つめていた彼女もファーストインパクトから解放されて隣の席へと腰掛け、車はゆっくりと動き出す。

 昨日のスポーツカーに比べて車内はゆったりと、余裕のある作りで自然とボクと彼女の間に距離が開いていた。それを少しだけありがたいと思う。

「学校に向かえばいいんだっけ?」

「はい、お願いします」

 暫く車は走って、十分と経たないうちに学校へと辿り付く。校舎の前に止まると目立つので、近くのコンビニまでいってもらってそこで原寺さんには待ってもらうことにした。

「んじゃ、いってらっしゃい」

 コンビニに入って立ち読みを始める原寺さんの緊張感のなさを羨ましく思いながらすぐ近くの学校まで二人で歩く。

「私は基地から直接三つ運び出して、準備室に忍び込んで仕掛けたらそのまま帰るから」

「うん」

「君も全部持ち出してあの人と一緒に漁港に爆弾を仕掛けておいて」

「わかった」

 事務的な会話だけをして、校内へと入る。秘密基地でバッグに爆弾を詰めて、二手に別れた。彼女は実習棟へ、ボクは校外へ。

 肩にのしかかる重さに辟易としながらも、昨日に比べれば随分ましだと言い聞かせてコンビニまで歩く。車の前まで行くと、すぐにボクの存在に気づいた原寺さんが立ち読みをやめて会計へと向かう。手にしていた雑誌はボクらが学校に向かったときのものとは違っている辺り、結構速読なんだろうか。飲み物とお菓子を買って出てきた原寺さんと一緒に車に乗り込んで、文字通り肩の荷を降ろすと自然とため息が漏れた。

 車がコンビニをでて暫くして、赤信号に引っかかって止まる。

「なんかあったのか?」

 聞かれて、前に彼女にカマかけられたのを思い出す。あの時もため息をついて、それで態度に出すぎているといわれんだっけか。

「そんなにわかりやすいですかボク?」

「隠し事とか、嘘とか向いてないタイプなのは間違いないだろうな」

「そうですか」

 またため息が漏れる。信号が青に変わって、国道から旧道へと車が進路を変える。

「喧嘩したんです」

「喧嘩ね、ほう、そいつは意外だな」

 言いながら原寺さんは楽しそうに唇の端を吊り上げている。笑いをこらえるような表情。何というかこの人は何を話しても大抵楽しそうに聞いてるし、話すときも笑っている。実は実家の酒屋を告ぐことについても文句を言いつつも、案外それなりに楽しんでいるんではないかと邪推してしまう。

「原因は?」

「原寺さんとあまり一緒に居ない方がいいって言われて」

「それは正しいと思うけどな。俺がお前さんの立場だったらこんな怪しいおっさんに話を持ちかけられても信用する気にならないからな」

 クラクションを鳴らし始めるんじゃないかと思うくらいに上機嫌に彼は笑っている。

「それで、マリヤ。なんで俺を信用しようと思ったんだ?」

「半分は、原寺さんの態度というか、行動というか……体格差から考えてもボクら二人くらい、大した脅威でもなかったのに、力で解決しようとはしませんでしたし、余裕のある態度が気になったんです」

 あの、目の前で起こっていることを単純に興味と好奇心で見つめているような、余裕のある表情に、ボクは、もしかしたら彼女でもこの人にはかなわないんじゃないかと、そう思ってしまったのだ。

「もう半分は?」

「におい、というか、同じような思いや過去、そんなものを感じたんです。根拠なんてない勘みたいなものですが」

「俺が演技の得意な詐欺師だったらあっさり騙されてるところだな。もう少し警戒心をもって、自分を過信しすぎないことだ」

 自分のことなんてこれっぽっちも信用した覚えはないのだけれど、ボクは苦笑してかえすことしかできない。

「さて、ついたな」

 気づけば車は再び漁港の前へと戻ってきていた。重い鞄を肩にかけようと引っ張り出したところで、原寺さんがかわりにひょいと肩に担いでくれた。

「ありがとうございます」

「なに、気にするな」

 そのまま人がいないのを確認して柱の影に爆弾をセットして、カモフラージュに網をかけていく。原寺さんの手伝いのおかげで準備はさくさくと進んだ。

「ああ、しかし若いっていいな」

「何ですか急に」

 後ろでボクの作業を眺めていた原寺さんがもはやなくなった髭のあった虚空を撫でながらそんなことを言う。

「若いっていいことだなってそのまんま思っただけだよ」

「原寺さんだってまだ若いじゃないですか」

「十八超えたらもうだめさ。高校時代はよかったなって今でも俺は思うね」

「そうですか? ボクはそうは思いませんけど、進路とか、上手く言葉に出来ないけど悩みだってたくさんありますし、だからこんなことしてるわけで」

 話しながら爆弾のタイマーのセットを確認する。

 特に問題はなさそうだ。上から網をかぶせて二か所目のセットを終える。

「そりゃまぁ俺だって当時は子供してたわけだし、その辺のことはわかるさ。それを差し引いても若いっていいなって思うんだよ。金もないし、自由にならないことも多いけどな、何かを起すための力を、それだけの熱を持ってるんだよ。今こうしてしてることの様にな。それは歳をとったらどうあっても減っていくんだ」

「ボクのはそんな熱だとか行動力だとか、そんなに大層なものじゃないですから。ただ、逃げたくて彼女の手伝いをしてるだけで」

「個人差はあるかもな。ただ、絶対誰もが最初は持ってるはずなんだよその熱を。自分にはなんでもできるっていう、万能感みたいな、世間知らずな自信というか、視野が狭いからこそ、知らないことがあるからこそ、出せる力ってものがあるんだ。俺にはもうそんなものはないからな、だからこうしてお前みたいに、この手伝いをやってみようと思ったんだよ」

 立ち上がって、最後の一か所へとボクらは向かう。屈みこんで爆弾の入ったダンボール箱を受け取って設定を始める。

「高校時代に戻って可愛い女の子に告白してぇなぁ」

「さっきまでの話台無しですね」

「やっぱ若いっていいよな」

 指をわきわきさせるその動きはいかにもキモイって言葉が似合う感じだ。

「もはや言葉の指す場所もかわってるじゃないですか」

「冗談だよ半分くらいは」

 たいそう面白そうに笑う原寺さんにため息をついて爆弾のセットをさっとすませる。そのままかついで来てもらった網を被せて、作業は終了だ。

「これで終わりか?」

「はい、ありがとうございました」

「明日ほんとにやるのか」

「そうですね」

 現実味が今ひとつ感じられない。明日ボクらはこの街を爆破して、どこかへと向かう。言葉にしてみるとよりいっそう陳腐で絵空事のようだ。

「それじゃ、またな」

「はい、明日もお願いします」

 軽く手を振って去っていく原寺さんに頭を下げる。彼が車に乗り込んだのを確認してボクも歩いて家まで帰る。

 歩きながら原寺さんが喋っていた事を思い出す。

 若い頃にだけある、何かを動かす熱。

 子供の頃のボクにならそれに近いものに覚えはあるかもしれない、夢とか、憧れとかそう言った類の思い。自分なら出来ると、なれると、根拠もなく信じていた。それがきっと原寺さんのいう熱なのだろう。

 それはもうボクの中にはなかった。

 夢を見ることはかっこ悪くて、無謀で、悪いことだと、いつから思うようになったのだろう。夢を持て、将来を見据えろと大人は言う、いつまでも夢をみてないで大人になれと大人は言う、どうすることが正解なのか。

 考えるのも面倒で僕は結局答えを持たないままずるずるとずるずるとそれ引きずっている。

 気づくともう家の前だった。

 なんだか異様に疲れていて、早く寝てしまいたい気分だ。

 家の鍵を取り出そうとポケットを漁っているところで、玄関の前に彼女が立っているのに気づいた。

 家の場所を教えた覚えはなかったけど、調べる事はそれ程難しいことではないし、彼女がボクの住所を知っていても不思議ではないのだけど、少しだけ驚いた。

「どうしたの」

 そう声をかけると、彼女はふせていた顔を上げてこちらに視線を向けた。

「終わった?」

「うん、そっちは大丈夫?」

「バッチリ」

 言葉の割に彼女の表情は暗い。

「ついに明日だね」

「うん……そうだね」

 答える彼女の言葉はやはり力なく、そうした原因がボクにもあると思うと、胸が痛んだ。だけど喧嘩なんてろくにしたことのないボクは、仲直りの仕方もわからないから、ただいつもと同じように彼女と話すことしかできない。

「マリヤ」

 名前を呼ばれて視線が会う。自信のない、弱々しい彼女の表情。彼女には似合わないと思った、昨日彼女を傷つけたばかりなのに、性懲りもなくそんな風にボクは彼女と彼女に対して抱く像を重ねていた。

「マリヤ、君は……」

 彼女はその先を口にするのを躊躇って、怯えているようだった。

 何を彼女が恐れているのか、ボクにはわからない。だから彼女の言葉が出てくるのを待った。

「君は何があっても私と一緒に来てくれる?」

 泣きそうな顔で彼女は言った。

 助けられるのはいつでもボクの方の筈なのに。

 ボクが彼女を支えなければ行けないと、そう思う日が来るなんて。

 それくらいに彼女の表情は弱々しくて。

「今更確認なんてしてなくても、当たり前でしょ。街を爆破して、どこまでも連れてってくれるんでしょ?」

 ボクがそう言うと彼女は少しだけ顔を歪ませて、

「そうだね、私がしっかりしないとね。君じゃ頼りないから。二人でどこまでもいこう」

 泣きそうな笑い顔でそう言った。

 彼女も、怖くて不安なんだ。

 ボクが思うほど彼女は強くない。

 きっとボクとそんなに変わらないはずなのに。

 たくさん彼女に頼ってしまった。

 ボクも、頼りないかもしれないけど、ボクも、彼女に頼られるように。

 そうなれたらいいなと思った。


 クリスマスイブの朝はいつもと同じようにやってきた。

 少しだけ遅く目を覚まして、シリアルと牛乳で朝食を済ませてシャワーを浴びる。そうしてようやく頭が回り始める。

 着替えは一応お気に入りの服にしてみた。もともと服にそれ程興味があるわけじゃあないから地味な組み合わせだけど。

 着替えや本、昔買った好きだったバンドのアルバムとか、嵩張らない程度に荷物をまとめていく、小さなスポーツバッグの中にボクの必要だと思うもの全てが収まる。

 部屋にはまだ色々なものが残されているけど、それらに執着も未練もなくて、こうして見ると案外、ボクが必要としているものの少なさに驚く。雑多に残った必要性の薄いそれらと、鞄の中の数少ない荷物は、まるでボクの薄っぺらさを証明しているようだ。

 纏めた荷物を玄関に置いてリビングに戻ってコーヒーをいれる。それをじっくりとゆっくりと味わいながら飲んで、冷蔵庫の扉にかけられたホワイトボードを見る。

 母の字で書かれた今日も遅くなると言う内容の簡素な文。ホワイトーボードのその文字を消しながら、そういえば、ここ最近母とまともに顔を合わせていないことに気づく。母の顔をおぼろげにしか思い出せないことに少し、罪悪感をを覚えた。

 もしかしたら、母の顔もこの家ももう見ることはないかもしれないと思うと、ちょっとだけ寂しい気持ちになる。

 家なんてもうずっと、眠るためだけの場所だった。

 ボクがテロリストになったことを知ったら母はどう思うだろうか。迷惑になるんじゃないかなんて、今更なことを思ったり。そう、今更だ、こんな土壇場になってようやくそんな考えに行き着くくらいにボクは家のことをどうでもいいと思っていたのだ。

 そのくせこうして今になって不安になったり、悲しく思うのは感傷だろうか。

 空になったコーヒーカップを洗ってどうしようか考える。まだ、夜までは随分と時間があった。

 暫く考えて、最後くらい親孝行をしてみてもいいかもしれないなんて思い浮かんだ。今日はクリスマスなわけだし。感傷だろうと何だろうと、それがボクの心であることにはかわりない。


 ブラリと家を出て、海沿いの道を歩いていく。

 空は高く、灰色の曇り空。その色を映す海もまた灰色で、波は高く荒れている。

 これまで何度も目にしてきた風景。

 だけど一度として同じものではなかった風景。

 どうせ見納めになるのなら綺麗な青い海を見たかった、なんて思うのは贅沢だろうか。

 二十分ほど黙々と歩いても人の姿はやはり殆どなく、ボクは目的地である小さなスーパーに辿り付く。ボクが生まれる前からずっとここにある古い店だ。

 最近ではコンビニや、少し遠い所に出来た大型のスーパーに客を取られていると耳にしていたけど、なるほど、確かに駐車場に止まる車の数は疎らで、時間が悪いと言うのもあるかもしれないけど、それにしても少なすぎるのは確かだろう。

 まぁボクにはどうでもいいことなんだけど。

 入り口で古くなったけど綺麗に掃除してあるカゴを手にとって店内へと入る。

 ボロいなりに暖房は効いていて店内は暖かい。

 客入りはやはり少なくて、パートのおばさんがお客さんと雑談で盛り上がったりしている。別にそれ自体はどうでもいいんだけど狭い通路を塞ぐのは勘弁してほしい。その一画を避けて商品棚の間をすりぬけて買い物をすまして行く

 事前に携帯でメモしておいた通りに買い物を済ませるとカゴの中身は思った以上の大荷物になっていた。会計を終えてから袋に詰めかえる作業は中々に骨が折れた。

 帰り道、両手に感じる重さは昨日、一昨日とボクが運んだ爆弾よりも重く、指に食い込むビニール袋が痛い。

 だけど、それ程苦痛に感じないのは何故だろう。

 元々料理も買い物も嫌いじゃないし、気分が高揚しているせいかもしれない。

 家に帰っても、当たり前だけど、だれも家にはいない。いつ帰ってくるのかもわからないし、そもそも帰ってこない日だってある。

 すぐに必要なもの以外はいったん冷蔵庫にしまってさっさと料理の準備にとりかかる。

 食べる人もいないかもしれないクリスマスの晩餐の用意を。


 久しぶりの料理にはそれなりの根気と、時間が必要だった。

 まず、自分の家のキッチンなのに調理器具の位置がまったくわからないことに焦る。

 包丁やまな板はすぐに見つかったものの、軽量スプーンやカップにかんしてはキッチンの引き出しと言う引き出しと戸棚をひっくり返してなぜか冷凍庫から発掘された、意味がわからない。

 久しく出番のなかった大皿やオーブンはすっかりと埃を被っていて、掃除からやるはめになった。

 調味料はどこかと探してみれば、出てくるのは賞味期限の切れたものばかりで結局近くのコンビニに再び買い出しにいって各種揃える羽目になってしまった。

 そうして四苦八苦しながらも料理するのはやはり楽しかった。

 一人で自分のために作る料理は、インスタントですら億劫なのに。

 きっとクリスマスの浮かれた空気のせいだろう。

 買って来た材料を使い切る程の料理が完成することにはもう日が沈み、外はすっかりと暗くなっていた。我ながらよくがんばったと思う。

 母はこれで少しくらい、喜んでくれるのだろうか。

 ボクにはそれを確かめる術もないけど。

 期待ぐらいはしてもいいじゃないか。

 作り終えた料理にラップをかけて冷蔵庫へとしまう。

 最後に、冷蔵庫にかけられたホワイトボードを手にとって書置きを残す。いつもの汚い字じゃなくて、できるだけきれいで読みやすい字を心がける。

 何度か書きなおして、丸っこい可愛らしい字になってしまったものの「暖めて食べてください」とそれだけを書き残した。

 ホワイトボードを元の場所にかけなおして時計を見るとちょうどいい時間になっていた。

 半日ほど料理をしていたわりに不思議と疲れはない。

 コートを着て玄関に置いておいた荷物を肩からかけて家を出る。

 鍵をしっかりと閉めて、まじまじと我が家を眺める。

 近くに建つ他の家と大差のないコピーされた背景みたいな家。

 だけど一目で我が家とわかるのは培った時間の賜物なのか。

 鍵を郵便受けの中に放り込んで歩き出す。

 もうきっと戻ってはこないだろう。


 待ち合わせ場所の漁港にはまだ誰の姿もなかった。

 いつもボクより早い彼女の姿もない。珍しいこともあるものだと思いながら時間が経つのを待つ。

 曇り空には星一つなくて、月も見えない暗い夜だった。

 暫くして原寺さんが昨日と同じ車でやってきた。

「よう」

「こんばんは、今日もお世話になります」

「おう、それにしても結構な荷物だな」

 ボクの肩からさげるスポーツバッグを指差しながら原寺さんが驚いたように言う。

「逃走用ですから」

 そうおどけて見せると、

「いいね、羨ましいぜ本当」

 笑いながら、本気か冗談かはわからないけど、悔しそうにそう言う。

「原寺さんも逃げればいいじゃないですか、車あるんですし」

「そうだなぁ、足も金だってあるし、どっかに行こうと思えばきっとどこにだっていけるんだろうなってのは、思う」

「じゃあ、なんでしないんですか」

「まぁ、勇気とか、熱とか、思い切りとか、そう言うものが足りないんだろうな、やっぱり。どこかしら行きたいと思ってもそりゃ、若い頃の衝動に比べたら微々たるもんで、諦めたり、妥協しちまってるのさ。思うだけで本気にはなれなくなっちまったんだよ」

「ボクだって、本当はそんなものですよ」

 彼女がいたから、彼女が一緒に行こうと言ってくれたから、ボクは決断できたのだ。

「結構でかい差だとおもうけどな。ともかく、そろそろ冷えるし出発しよう」

 まだ彼女が来ていないのに? と思ったらいつの間にか彼女はボクの後ろでタバコを咥えて立っていた。いつの間に来ていたのだろう。

「話しの途中で割り込むのもどうかと思ってね」

 咥えていたタバコをケースに戻して彼女が隣に立つ。

 彼女が着ているのはあの日、視察にいったときと同じ真新しいダッフルコートとチェニックの組み合わせで、寒そうだけどやはりとてもよく似合っている。

「新市街の中央公園でいいんだよな?」

「おねがいします」

 二人で後部座席に乗り込むと、車はゆっくりと走り出す。

 窓の外を眺めながら彼女が差し出してきた手にボクの手を重ねる。

 車のスピードが徐々に上がっていく、ボクらの最後の夜へと向かって。

 イブの夜のせいか車の交通量は普段より多く、度々信号で足止めを食らう。急いでいるわけでもないし、別にそれはかまわないのだけど。

 何度目かの停車で原寺さんが思い出したように呟く。

「そうだ、忘れるところだった」

 何事かと首をかしげていると、彼は助手席の下から紙袋を取り出してボクらの方へと差し出す。

「なんですかこれ?」

「とりあえずまず受け取ってくれるか?」

 信号をちらちらと気にする原寺さんの手からそれを受け取る。

 すぐに信号が青に変わり、再び車の列が流れ始める。

「悪い子にはサンタがこないからな、変わりに俺からのプレゼントだよ」

 クリスマスプレゼントなんていつぶりだろうか。

 妙に嬉しくなってボクはその紙袋を見つめる。

「中身見てもいいですか?」

「おう」

 許可を得て早速中身を確かめる。紙袋の中には丁寧にラッピングされた小包が入っていた。はやる気持を抑えながらその包みをきれいに解いていくと、なかから出てきたのはいかにも高そうなそろいの白い手袋とマフラーだった。

「いいんですかこれ? 高そうに見えますけど」

「俺が使うにも可愛すぎるだろ。大人しく使ってくれ」

 照れるように笑う原寺さんに一度頭を下げてからさっそく手袋を手に取って、彼女はマフラーの方に手を伸ばした。暖かくて手触りがよくて、安物とは違うなとしみじみと思う。マフラーを巻いた彼女も目を細めてその真っ白なそれをじっと見つめている。

「ありがとうございます、こんないいものを」

「気にすんな、俺も感謝してんだ。夢見させてもらってな」

 上機嫌で笑う彼に応えるかの様に車も軽快に夜の道を走っていく。新市街に近づくにつれ車の量もまたいっそうと増えて行く。

 闇の中にうっすらと浮かび上がる車内の光景。

 一人で車を運転する男の人。家族で談笑しながら進むバン。助手席の女性を気遣いながらゆっくりと車を進める若い男の人。彼らも皆向かう先は同じ。

 都会の焼き増し、下手糞な劣化コピーの街並み、半端な偽者ばかりの集まるそこ、彼女や原寺さんやボクがそこをどんなに嫌ったところで、そこにはたしかに、たくさんの幸せが、本物の幸せがあるのもまた事実で、ボクらはそれを、これから壊しにいくのだ。ボクらのまだよくわからない、形のない、幸せを探すために。

 静かにしている彼女の方を見るとボクと同じように窓の外を眺めて何かを考えているようだった。

 やがて、外の光景にぽつぽつと明かりが増え始める。

 クリスマスカラーにライトアップされた街の光。

 一際明るい駅前を抜けて車は市街の中心へと向かう。

 そうして車は目的地である公園の前でゆっくりと止まった。

「着いたぞ」

 その言葉にボクは、ぎゅっと強く手を握り締めて、大きく深呼吸を一回。

 そうして彼女と一緒に車を降りる。少し遅れて、原寺さんも車のエンジンを止めて運転席から降りてくる。

 ボクは彼の前に立って深く、頭を下げる。

「ここまで、ありがとうございました」

「だから気にすんなって。無理に手伝わせてくれなんていって悪かったな」

「いえ、本当に助かりました」

 実際原寺さんの助けがなかったら、爆弾を運ぶだけで相当な苦労を強いられたことだろう。

「ならいいんだけどよ」

 そうして、ボクも彼も、言葉が途切れた。

 なにか相応しい言葉はないかと迷う内に時間は過ぎていく。

 寒い夜だ。

 車から出るてから急速に体が冷えて行くのがわかる。

 でも手だけは暖かい。

 もう一度きちんとお礼を言うべきか、少しだけ悩んで、やめた。

 きっと言葉が出てこないのは、もう言うべきことがないからだ。

 この人には何も言わなくても全て見透かされているような、言葉にしなくてもいろんなことが伝わっているような、そんな気がする。

「それじゃまたな。派手な花火期待してるぜ」

「はい、それではまた」

 原寺さんがまた、と、そう言ってくれたことが嬉しかった。

 もう帰って来る事もないだろうと思っていたけど、もし、ボクらが無事に時効を迎えてはれて堂々と街を歩けるようになったら、またここに戻ってきて、真面目に家業を継いだ彼を見学してからかうのも面白いかもしれない。

 彼女が肩からかける爆弾の入った鞄を一つ受け取ってボクらは原寺さんに背を向けて歩き出す。暫く進んだところで、彼女がぴたりと足を止めた。

「どうかした?」

「忘れ物。少しだけ待ってて」

 彼女はそう言って駆け出すと今まさに車に乗り込もうとしていた原寺さんを引きとめて何かを話した後、すぐに戻ってきた。

「忘れ物は?」

「大丈夫」

 彼女が頷いたのを受けて、再び歩き出す。もう後ろを振り返る事もない。

 二十二時を少し過ぎたクリスマスイブの夜。

 ボクらの用意したクリスマスプレゼントが街を爆破するまで、あと二時間を切っていた。


 盆地特有の冷たい風に身を震わせながら、二人で夜の公園を歩いた。思った以上の寒さに長いマフラーの端と端を分け合い、手袋も右手と左手に、何もつけていない手は二人で繋いで寒さを凌ぐ。

 こんな時間なのに、いやこんな時間だからこそか、公園はたくさんのカップルで賑わっている。皆幸せそうに肩を寄せ合って何事か喋っているようだ。

 ボクはやっぱり愛とかそういうものはよくわからないので、どうしてあの人達はあんなに幸せそうなのかと疑問に思っていた。

 そんな人の波を掻い潜り、人気の少ない場所に爆弾を仕掛けていく。

 最後の一つはあのボートのある池の前、ベンチの下にそれとなく目立たないように置いた。

 そのベンチに二人で並んで座って、道行く人達を眺めていた。

 寒さに肩を寄せ合う恋人達と同じように、ボクらも寒さから逃れようと互いに体を寄せ合う。彼女の体温がすぐ傍で感じられると、それだけでとても暖かく感じられる。

「マリヤ」

 唐突に彼女に名前を呼ばれる。

「何?」

「寒くない?」

「寒くないよ」

「私と同じだ」

 彼女はフフっと笑うと、続けてふざけたことをいう。

「なんか恋人みたいな会話だ」

「そう? こういうのってもっとよくわかんなくて甘くてくどい会話をしてるんじゃないの?」

 そういう経験はないから、よくわかんないけど。

 知識としてあるのはドラマや漫画の作り物めいたうそ臭い言葉達だけで、でもきっと誰もが最初はそういう知識しかなくて、相応しい言葉を知らないわけで、皆それを当たり前のように使うものだと思っていた。借り物の言葉に、本当の自分の気持を乗せて、使うのだと。

 よく、わかんないけど。

「じゃあマリヤだったらこんな時どんなこと言うの?」

 言われて考えてみる。

 将来こんなシチュエーションが訪れた時……そんな未来あるわけないし、想像もできないけど、そんな時がもし来たらボクは何と言うんだろう。

 クリスマスイブの夜、隣には大切な人。

 繋いだ手、二人で分け合うマフラー。

 好きだとか愛してるとか、一生大切にするだとか、そんな言葉はとてもじゃないけど言えそうにない。

 今のボクには、もしかしたら将来のボクにも使えない言葉かもしれない。

 それは自分の思いを相手に告げる言葉だ。愛や恋どころか、自分の心すらも理解できないボクにはどうあっても使える言葉ではない。それは責任を伴う重い誓いのような言葉だから。

 だからボクは、

「来年もクリスマスをこうやって二人で過ごしたいね」

 自分の今の素直な気持を、自信をもっていえる精一杯の心を、希望を、願いを、告げた。

「マリヤらしいね、でもそれって甘いの?」

「さぁ? よくわかんないな」

 クスクスと彼女が笑う、つられるようにボクも笑った。

 ひとしきりそうして笑った後彼女が立ち上がる。

 マフラーで繋がったボクもそれに合わせて立ち上がる。

「そろそろ行こうか」

「どこに?」

「ここじゃ危ないし、せっかくだから街の光景がよく見えるところにいこう」

 爆発の瞬間をどうせなら特等席で、その考えに賛成してボクらは夜の街をブラブラと歩き出す。

 公園を出て、明るい繁華街から人通りの少ない路地裏へ抜ける。暫く歩いて、この辺りでは背の高い、四階建ての空きビルに侵入することになった。彼女のお得意のピッキングで裏口から忍び込み非常階段を通って屋上へと上る。

 狭い屋上には風を遮る物はなくて、冷たい風が強く吹いていた。

 下界の明かりも音も届かないその場所は静かで暗くて、どこかあの日の森の静寂に似ている気がした。

 二人で歩いて屋上の端、柵を乗り越えて、そこに背を預けるようにして座り込む。

 高所から見下ろす新市街の夜景は様々な光に彩られていた。

 ファストフード店の看板の赤い光、いかがわしいお店の煌びやかなネオン、電灯の弱々しい白い光、光が浮かび上がらせるパチンコの文字、お城みたいなホテルの立ち上る淡いオレンジの光。

 明かりの少ない郊外の遠景、闇の中にぼんやりと浮かぶ、煙突と小さな廃アパート。

 もうすぐ崩れ去って行くそれは今でもあるのかないのか判別し辛いくらいだ。公園には相変わらず人が多いみたいで、光を立ち上らせる噴水の前に人が特に集中しているようだった。

 零時までもうそれ程時間はなかった。刻一刻と時間は迫る。

 どうしようもない寂しさを感じる。

 何に対してそう思うのかわからないけど、ただただ寂しい。

 この街を去ることに対してなのだろうか。生まれてからずっと過ごしてきた大嫌いな街のはずなのに。ずっどどこかに行きたいと願い、もうすぐそれが叶うのに。

 隣に座る彼女の手に、手を重ねる。その暖かさに心が落ち着く。確かに彼女が隣にいると感じる。

 大丈夫だ、ボクはきっと、彼女といっしょならどこにでもいける。

 一際強い風が吹く、刺すような冷たい風。それよりも冷たい何かが頬をかすめる。

 拭いとって見るとそれは水滴だった。

 こんな日にも雨だなんてついてないなと思いながら視線を上げると、

 ハラハラと、白い、無数の粒が降り注ぎ始めていた。

「……雪だ」

 掠れた声が小さく響く。

 ずっと待っていた雪。

 雨よりも暖かいそれ。

 ホワイトクリスマスだなんて出来すぎている気がする、はかったようなタイミングで降り始めたそれは、まるでボクらを祝福しているかのようだ。

「悪い子のところにもプレゼントは届くんだね」

「そうみたいだね」

 静かに降り注ぐそれを黙って眺めていた。

 彼女がタバコを取り出してマッチで火をつける。

 甘いにおいが屋上に広がる。

 全ての始まりのにおい。

 吐き出された煙は雪と同じ白で、歪な線を闇の中に描いて、虚空へと消えていく。変わりに匂いだけが残る。チョコレートのような甘い彼女のにおいだけが。

 彼女がタバコを片手に口を開く。

「この三ヶ月間楽しかったよ、本当に楽しかった」

「そうだね、ボクも楽しかったよ」

 思い出す彼女との記憶。

 それほど長い時間を過ごしたわけではない、最初からこんな関係だったわけじゃない。彼女がボクと変わらないことに気づいたのはほんのつい最近で、だけど、それでももうかけがえのない大切な人で。

「君と初めて話したときにああやっとかって思った。私はずっと君と話したかったのに切欠がなかった。どういう風の吹き回しで君が私と関わる気になったのか、未だにそれが不思議なんだ」

「ただ、あの物置から、甘いにおいがしたから気になって」

 ボクがそういうと彼女は表情を崩して笑みを浮かべながら、気だるげにしみじみと呟く。

「そうだね、そうだった……」

 それはどこか納得していないようなそんな感情を含んだ言葉のように感じられた。

 時間が迫っている。

 少しずつ、少しずつ。

 その時が来たらボクはどうするのだろう、どうなるだろう、なにか変わるだろうか、それはその時になってみないとわからない。

 ただ、一つだけ、決めていたことがあった。

 その時が来たら必ずやろうと思っていること。

 彼女の名前を聞こう。

 ずっと聞きそびれていたそれを。

 彼女はどんな反応を見せるだろうか。

 呆れるだろうか? 怒るだろうか? 笑うだろうか? それとも気づいていたよと余裕を持って返すのだろうか。

 それは少しだけ未来の、幸せな想像だ。その時が来るのをボクはただ、じっとまつ。

 ジリジリと彼女の咥えるタバコが短くなっていく。時間が迫る。

 もうすぐ日付が変わる。

 これから起こることを見逃さないよう、目を見開く。

 彼女がボクの手を握る。

 ボクも握り返す。

 色んな思いや気持が交差して、胸が苦しくなる。

 もうすぐ、ほら、あと、十秒で。

 心の中でゆっくりと数える。

 胸はそれ以上の速さで、鼓動を打つ。

 もうすぐ、もう、今にでも。

 そして、迎える十二月二十五日、クリスマス当日。

 そして――そして……


 何も……何も……変わらなかった。

 轟音も閃光も、何一つ起きない。

 アパートも、煙突も、公園もそのままそこにあって、ただ静かに、人々はいつものように過ごしている。

 慌てて時計を確認してみても時刻に間違いはない。

 すがる様に彼女の方を見た。

 もう殆どフィルターまで燃え尽きたタバコを彼女は携帯灰皿に押し付けて、困ったようにうなじの辺りを掻いた。

 彼女が言葉を捜すときの癖。

 ボクはただ彼女が口を開くのを待った。

 少しずつ雪は大粒になる。

 まるでボクの中の熱を冷まそうとするかのように。

 やがて彼女が口を開く。

「ああ、残念だ」

 力ない笑みで彼女は続ける。

「どうやらここが私の限界みたいだよマリヤ」

 彼女が何を言っているのかわからなかった。だからただ、その言葉に耳を傾けた。

「もしかしたらって期待してたんだけどね。君が決断を下したときから最後はこうなるってわかってたはずなのに」

 視線を下げて言葉を切った彼女にボクは疑問を投げかける。わからないことだらけ、というか全部わからない。彼女は一体何の話をしているんだろう。

「決断を下した時から? 意味がわからない」

 彼女はボクの問いかけに答えないまま立ち上がる。ボクもマフラーに引かれて同じように立ち上がった。向かい合うとちょうど、視線がぶつかる。

「もう逃げるのはおしまいだよマリヤ。君はもう、選択し、決断することが出来る。もう私は必要ないんだ」

 彼女の瞳は真剣そのもので、言葉の意味はまったく、全然わからないけど、ただ彼女がボクをからかおうとしたり、騙そうとしているわけではないことだけはわかった。

「君は初めて私を見た時どう思った?」

「完璧な人間だと思った、作り物めいてるって、こんな人間はいるはずないって」

「そうだね、それで、こうして会って話してみたら?」

「案外ルーズで、タバコも吸うし、欠点もある普通の同じ歳の人間だって思った」

「そう、何から何まで君が思い描いた通りに」

 そこで彼女は言葉を切った、時間を空けるように。

 肩や頭に溶けきらない雪が薄く積もる。

 それを払いながらボクは言葉の意味を探る。

 彼女は胸ポケットから取り出したシガレットケースから再びタバコを取り出してマッチで火をつけて一服を始める。立ち上る煙は、彼女の艶やかな黒髪の登頂部辺りで霧散して消えていく。

 深く、長く、煙を吐き出した彼女がまた口を開く。

「色々おかしいと思わない? そんな人がわざわざこんなににおいの強いタバコを校内で吸ったり、わざわざ手間のかかる脅迫をしてみたり。出来すぎてる、都合がよすぎてるって思ったことはない?」

 何かが、ひび割れるような、そんな音がした。

 騙し絵のもう一方が急に見えるようになったそんな感覚。

 見えていなかったもの、いや、見えていてずっと目を逸らして逃げてきたものが目の前に浮かび上がってくる。

 違和感や、その兆候は常にあった。

 思い返せばいくらでも浮かび上がってくる。

 ただずっと目を背けていた。

 彼女は……

「わかったろう? 私はもうこれで本当に君とはいられないんだ」

 彼女は笑う、泣きそうな顔で。

 信じられなかった。

 だってそうだとしたら、あまりにも馬鹿らしくて、一体ボクは何をしてきたっていうんだろう。

 だけど、ボクの中にある記憶は確かに本物で、過ごした時間と、感じた思いは、ちゃんと強く残っている。

 それは紛い物じゃない。

「私も君と行きたかった。そんなこと願ってはいけないのに」

 それはボクと同じ思いだ。

 当たり前だ、だって、そうだろう?

 滑稽で、馬鹿らしくて、酷く醜くて。

 だけど、それでも、すがりたかった、ボクにとって彼女はそれだけの存在だったから。

「だったら、だったら一緒にいてよ。ボクは、一人でなんて生きていけないよ。誰かを頼って、誰かに委ねて、自分で決断も下せない弱い人間だよ。決めることも変わる事も怖くてずっとずっと逃げ続けて、何一つわかっちゃいない子供なんだ、君がいないと、だめなんだ、ボクは君じゃないから……一人じゃどこへも行けやしないんだ」

 どうしようもない思いを吐き出す。

 自分の確かな気持を、確認し、自分自身へ言い聞かせる。

 もっと強く。

 彼女がいないとだめだって、そう自分を納得させないと。

「大丈夫だよマリヤ。君ならどこへでも行けるよ。私といっしょだから、どこへだって、どこまでも行けるよ」

 彼女はそんな思いを振り切るように、笑顔でそう言う。

 自分の心なのに思い通りにいかない、もどかしい、だれか教えて、本当に正しいことを。

「そんなの嘘だ、ここがボク達の限界なんでしょ? 何もかえられはしないんでしょ? こんなちっぽけな街でずっと暮らしていくことしか、ボクにはできないんでしょ? ボクは何になれるの? 何になるの? 何かを願ってもいいの? 何を願えばいいの? ボク自身も、誰もが納得する答えはどこにあるの? 教えてよ……君はボクの理想なんだから、皆、知ってるんでしょう?」

 それは、無意味な問いかけだった。自分が一番よく知っていた。矛盾だらけの言葉だった。どうしようもなくボクは半端で壊れかけていた。

 もしかしたらこれはボクがボクを壊さないための安全装置だったのかもしれない。

「君が本当に望むのなら、世界はきっと君の思い描く通りに変わるよ」

 それは全てを持っている人間の言葉だ。

 出来るから、出来る。

 その人からしたら当たり前の言葉。

 持たないものを知らない、持つものの言葉。

 彼女らしい言葉。

 だけどそれを本当に紡いでいるのは……

 もう何がなんだかわからない。

 ボクはその場にへたり込んだ。内腿に触れる薄く積もった雪が冷たい。

 彼女はマフラーを外してボクの首に丁寧に巻いた。暖かくて、甘い香りがした。

 彼女はそうして手袋も外してボクに手渡すと、背を向けて歩き出す。

 かけるべき言葉をボクは捜す。

 だけど、やっぱりいつものように相応しい言葉なんて出てこなくて、だけど、かわりに、ずっと聞きそびれていたことを、思い出して、何かを考える前にその言葉が口をついて出ていた。

「君の名前は?」

 間抜けな問いだった。本当に今更で、どうしようもない問いだ。

 だけど彼女はその問いを笑うことはなかった。ずっと、待っていたかのように、笑みを作って振り返る。

 そうして、淀みなく言葉を紡ぐ。

「私の名前もね、マリヤって言うんだ」

 一際強く風が吹いた。彼女の髪が靡く、甘いチョコレートの香りがボクの鼻腔をくすぐる。

「さようならマリヤ」

 少しかすれた特徴的な声。

 いったいどっちの声だったのだろう。

 その声が虚空に消えたとき、彼女はもういなくなっていた。

 甘い甘い、チョコレートのにおいだけが、ずっと、ずっと、残っていた。


 ビルの屋上から非常階段を下りて、さて鍵をどうしたものかと悩む。生憎とピッキングの知識は持ち合わせていない。仕方がないのでそのまま放置して公園へと戻った。零時を過ぎてしまってもう終電はないし、ボクはあてもなく公園の中央へとふらふらと向かった。

 カップルの数は随分と減っていた、雪が降ってきたせいもあるだろうけど、今頃きっとせいなる夜に勤しんでいるのだろう。

 くだらないな。

 ため息をついて爆弾を仕掛けていたベンチの前まで戻る。

 どこからともなくジングルベルが聞こえた。

 まさかと思ってセットした紙袋の中身を見れば、デジタル時計とつながったラジカセが入っていた。一体何がしたかったんだろう。子供騙しもいい所だ。

 紙袋を投げ出してため息を吐く。空虚な疲れが体を満たしていた。

 今晩はここで過ごすことになるのだろうか。

 明日の朝凍死してなければいいのだけど。

 そうやって寒さに震えながらベンチの上で体を丸めていると、見覚えのある人が、傘をさして歩いてきた。

「よう」

「原寺さん」

 相変わらず彼は笑っていた。

 もしかしてこの人も……なんてことを考えてゾッとした。

 頭を振ってその考えを否定する。もしそうだとしたら色んなことのつじつまが合わなくなる。いやでも、今だけでもわりとおかしなところはいくつかあるわけで……考えるだけ無駄だ、やめよう、色々怖いし。

 どっちみち目の前に原寺さんがいて、それを認識しているという事実は揺るがないのだし。

 彼はベンチに腰掛けることなく、傘をこちへと差し出す。

「どうした、また喧嘩したのか」

 その一言に思い出す。

 そうか、そういえば、この人は。

「知っていたんですか?」

 そう聞くと彼は一瞬だけ驚いた表情を見せて、すぐにいつもの表情に戻ると、普段どおりの口調で答えた。

「まぁな」

「何で、相手しようなんて思ったんですか? キモチ悪いとか思わなかったんですか」

「言ったろう、興味があったからだよ、そのことも含めてな。それに見てて危なっかしかったからな」

「大人みたいですね」

「お前より歳とってるだけだよ。それで、どうしたんだ」

 話が最初に戻る。この人はきっと大体のことは察しているはずだ。

 出会ったときからそうだけどこの人には絶対にかなわないような、そんな気がする。

「いなくなっちゃいました」

 出来るだけなんでもないことのように告げる。

「そうか、結局ろくに話せなかったな」

 そう呟くと、彼は何かを思い出したかのようにポケットを漁って、そこから銀色に鈍く光るそれを取り出して見せた。

「プレゼントのお返しにって貰ったんだが、いるか?」

 それは、ジッポのライターだった。いつも彼女がタバコを吸うときに使っていた、それ。細い指に重厚で無骨なデザインは少し不恰好で、背伸びをしているようにも見えた。

 手を伸ばして、触れる。

 冷たい感触。

 自分の手には少し重いそれを、再び原寺さんの手に返す。

「いらないのか?」

「はい。原寺さんが持っていてください」

 彼女がこれを彼に渡したのならそれにはきっと意味があるはずだ。

 それに、彼女が確かに存在したのだという証を、他の人にも持っていてほしかった。

「んじゃ、帰るか」

「……帰らないと、駄目ですかね」

 日常に帰りたくなかった。

 負けを認めてしまう気がして。

 それに、あんな料理を作って出てきた手前、帰るのが恥ずかしいという思いもあった。

「なら、一人で逃げてみたらどうだ」

 笑いながら彼はそんなことを言うけど、この人はわかっているはずだ。そんなことボク一人では決してできないということを。

 彼女がいたから出来た、一人になってしまった今、とてもそんな大それたことは出来そうにない。やはりここがボクの限界のようだ。

「終電、もうないだろ、送っていくぞ」

「お願いします」

 そうして公園の前に止めてあった原寺さんの車の後部座席に乗り込んで、公園を後にした。

 隣に彼女がいないと車の中はとても広く感じた。それが無性に悲しかった。

 暖房も効いている、マフラーに手袋も一人でつけているのに、とても寒く感じる。微かに香る甘いにおいに涙が零れそうになる。

「マリヤ」

 名前を呼ばれてハッとする。

 だけどボクの名前を呼んだのは原寺さんで、いや、それが当たり前なんだけど、酷く、落胆した。

 そんな様子を見て彼は苦笑しながら、

「よかったら聞かせてくれよ、お前らの話」

 そう言った。

「つまんないですよ」

 はたから見たら何の変化もない、ただの奇行にしか映っていなかったであろう日々。

 かけがえのない時間だったけど、他人には無為にしか映らない時間。

「聞きたいんだよ」

「変わってますね」

「今更つーか、お互い様だろ」

「それも、そうですね」

 示し合わせたように笑いが漏れる。

 彼女について知っていることはあまりにも少ない。

 知っているのは名前と、タバコを吸うことと、この街が嫌いで、同じように色んなことに悩んでいたこと。

 そんなこと位しかわからない。

 おかしな話だった。

 彼女について語れることはあまりない。

 ただ、二人で過ごした時間なら、それなりにあるし、その時間の記憶は色濃く頭の中に残っている。

 ゆっくりと話し始める。

 初めて出会った日のことから。

 甘い香りから始まる、不思議な話。

 出来る限り、正確に、忠実に、その記憶を思い描き、言葉へと起こしていく。過不足のないよう、丁寧に丁寧に伝えた。

 自分の口から紡がれるそれは、秘密基地で過ごした不思議な時間を想起させるようなゆったりとした不思議な話だった。

 あまり多くを語らない内に車は高校の前で止まった。

 それに合わせて、きりのいいところで話を止める。

「ここでいいんだろ?」

「はい」

 車を降りて原寺さんにお礼を言おうと体を向けると、彼もまた車を降りていた。

「また続き聞かせてくれよ」

 言いながら原寺さんは小さな四角い紙を差し出した。

 受け取って眺めて見ると、それは名刺だった。原寺都という名前と、携帯の番号と大学と学部名がかいてあるシンプルなものだ。

「なんだか、大人みたいですね」

「だろ? がんばって偽装してんだよ俺も。だからお前もがんばれなんていったりはしねーけど、あんまり考えすぎるなよ、結局なるようにしかならんからな」

「身も蓋もない」

「現実なんて味気ないもんさ、だから夢は甘いんだ。とにかく、こうやって周りさえ騙してのらりくらりやってれば、案外なんとかなるもんだ」

 そういっていつもの笑みを浮かべる彼もまた、やはり同じなんだなと思う。いろんな事に悩んで、馬鹿をして、同じように子供の時間を過ごした、同胞。

 本当は大人達だって、多分、そんなに変わらないんだ。ある日突然いろんなことがわかって大人に変わるんじゃなくて、大人の真似をして、フリをして、長く生き続けただけにすぎないのだろう。

「ありがとうございました」

 色んな感謝の気持を込めて頭を深く下げる。

「おう、それじゃ、またなマリヤ」

 姿勢を戻すと彼はもう片手を上げて歩き出している。

「はい、また」

 見えないのは承知で手を振り返す。

 彼が車に乗り込んで、そのナンバープレートが見えなくなるまでずっとそのまま見送っていた。


 そうしてまた、一人になった。

 旧市街の夜はやはり、暗くて静かだ。その上雪のせいかいつも以上に音がない気がする。

 歩いても歩いても、聞こえるのは靴が雪を踏む音と、波の音だけ。

 歩いた後に残る足跡は一つだけ。

 歩いて、歩いて。

 少しずつ、狭くなる歩幅。

 ゆっくりと、ゆっくりと、このまま家につかなければいいのに。

 だけど足は止まることはなく、やがて、家が見える。

 寝ていてくれればいいという願いも空しく、我が家の明かりはしっかりと点いていた。

 未だに帰りたくない気持が強い、なんて往生際が悪いんだろう。

 逃げ出したい、いつだって、そう。

 だけど、もう一緒に、連れていってくれる人はいない。

 だから、向き合わないと。

 甘い香りがする。

 意を決して、ドアを開いた。

 鍵は開いていた。

 もう見る事はないと思っていた、我が家の玄関。

 後ろ手にドアを閉めると、バタバタという廊下を走る音が聞こえる。

 姿が見えるより早く、言葉が飛んでくる。

「こんな時間までどこいってたの」

 言葉に続いて現れたのは、母だ。久しぶりにみたその顔を思わずまじまじと見てしまう。親子だけど顔はあまり似ていない、母は歳の割に若くてきれいだ。気の強そうなつり気味の目は、少し彼女に似ている気がする。顔だけじゃなくて、性格だってびっくりするくらい似ていない、母はどんなことでもはっきりと言う、自分に自信をもった人間だ。その性格のおかげなのか、子供をもちながらもまだまだ仕事を現役で頑張っている。

 そんな母が目を吊り上げて怒っているのだから、当然それなりに怖い。

「まったく今何時だと思ってるの? あんな大量の料理作って出て行って、てっきり自殺にでもいったのかと心配で心配でしかたなかったのよ? まぁ、無事に帰ってきたからいいものの、まったく、何か言うことはないの?」

 捲くし立てられて焦る頭で考えて、出てきた言葉は。

「……ただいま」

 間違ってはいないけど、普通謝るのが先なんじゃないかなって、自分で言ってから思う。

「間違ってはないけど……呆れた子ねまったく」

 母も同感だったらしく、ため息を吐いて呆れていた。結果的には母の怒りを霧散出来たようだし、よしとしよう。ほっと胸をなでおろしていると母が思い出したように口を開く。

「おかえり万理也」

 当たり前のやり取り。

 だけど、とても懐かしい言葉。

 靴を脱いで冷えた体を震わせながら家へと上がる。

「それで何してたのこんな時間まで」

「友達と一緒にいた」

 母と並び立って、ダイニングの方へ向かう。

「へぇ、あんたに友達がいたのね。てっきりそういうのはいない子だと思ってたけど」

 失礼だけど、その通りだから反論も出来やしない。

 ずっと子供に興味なんてない人だと思っていたのに、この人はちゃんと見ていたんだ。ああ、やっぱり親子なんだって、そう実感する。

「そのマフラーと手袋はその友達から?」

「これは、違う人から貰った」

「違う人? その人は友達じゃないの?」

 問われて考える。

 原寺さんとは一体どういう関係なんだろう。

 母に説明するのに適切な言葉を捜してみても、頭の中には浮かんでこない。

 まぁきっといずれそのうち、答えが見つかるだろ。

「なんだろう、変な人、かな……?」

「変な人と付き合うのはやめたほうがいいんじゃないの? 詳しく説明しなさいよ」

「えぇ……」

 めんどくさいなって思う反面、聞いてほしい気持もあった。

 上手く彼女のことや爆弾のことはごまかして話さないと。

 どこから話そう、何から、話そう。

 もう夜も遅いから、話しきれないかもしれない。

 そうしたら、明日もこうして母と話すのだろうか。

 マフラーから微かに甘い香りを感じる。

 そのにおいはやがて、暖かな料理のにおいにかき消され、もう香ることはなかった。


 そうして日常へボクは帰ってきた。


 年末は珍しく母と過ごした。家事の殆どを引きうけて、母と積もる話をした、たいした話じゃなかったけど話題は尽きなかった。

 年が明けて暫く、雪が降り止む頃に学校へと向かった。流石にこう雪が積もっていては部活にならないのか運動部の姿もなく、部室棟へは難なく侵入できた。

 久しぶり、と言ってもせいぜい二週間ぶりに訪れた秘密基地は、最後に訪れた時と同じように暗幕でしきられたスペースと、お茶をいれるための道具が残されていた。

 しまってあったコンロを引っ張り出してコーヒーをいれる。

 一人だと毛布を羽織ってみても部屋は寒くて、酷く静かだった。

 秘密基地を出た後、そのままあの日、試作の爆弾を爆破した森まで歩いて向かった。途中何度も転びかけ、というか、転んで、打ち身を作りながらたどり着いた場所は、雪こそ積もっているものの抉れた地面や、吹き飛んだ倒木はそのままそこにあった。

 それはつまり、確かに爆弾の製造には成功していた事を物語っている。

 彼女が確かに存在した証。

 体が震える。彼女は一体何者だったのだろうか?


 新学期が始まって、学校に彼女がいない光景に違和感を感じた。あるべきものがそこにない、ピースのかけてしまったパズルを眺めているかのような、不思議な気分。

 それから数日たってもやっぱりどうにも信じられないような気がして、かつて彼女の取り巻きであった、後ろの席の女子生徒に思い切って彼女の話を振った。

 髪が長くて、チョコレートみたいな香りがして、水泳部に所属する、文武両道の同学年の子を知らないかって。

「誰それ、そんな人この学校にいるの? いるんだったら是非あって見たいけど」

 当たり前な、わかりきった答えが帰ってきた、やっぱり彼女はいない。

 どんなにその痕跡を残していようとも。


 それから、少しして、学校で友達が出来た。

 件の彼女の取り巻きだった、後ろの席の女子生徒。あの話を切欠になんとなく話すことが多くなって、打ち解けてしまえば結局、同じだった。まだ話してはくれないし、もしかしたら話すこともないかもしれないけど、皆同じ様に色んな悩みを抱えて、必死に向かい合ったり逃げ出したり、そうやって少しずつ前に進もうとしている同胞なのだと気付いた。

 あの話のおかげで、友人達からは少し不思議な電波な子だって思われてるみたいだけど、実際少しどころか電波なわけで。

 もしかしたら、いつかあの話を友人達にすることもあるのかもしれない。


 彼女の話と言えば、原寺さんとはあれからちょくちょく連絡をとって会ったり、車でどこかに連れていってもらったりしながら、約束していた彼女の話を語った。

 彼は話している間は、真剣に耳を傾けて、極力余計な物音や、喋るといったことはしようとしなかった。その時間はやはり、どこか彼女と過ごした秘密基地での時間を思い出させた。

 全てを話し終えても、彼との関係は続いた。少しだけ年上で、数年分物知りな彼はいろんな事を教えてくれた。相談に乗ってくれた。相変わらず逆立ちしたってこの人にはかなわないだろうなって思っている。

 母や、友人に原寺さんとの仲を勘ぐられることが度々あった。

 だけど、原寺さんとはそんな関係ではない気がする。

 だって未だに、愛とか、恋とか、そんな言葉の意味や使い方はわからなかったし、相変わらず自分の素直な正直な気持だってよくわからないのだから。

 この関係に名前がつくのはきっと、まだ、先のことだと思う。


 あの日から何事もなかったかのように日々は過ぎていく。

 一年がすぎて、再びそれと対峙する。

 二年の冬、逃げ場のない、真っ白な紙の、四角い枠。

 まだ、そこに書くべき正解は自分の中にはなかった。

 ただもう逃げられないことだけは確かだった。

 一緒に逃げ出してくれる人はもう、いないから。

 狭く四角い枠の中に、彼女の姿を思い浮かべる。

 その理想を言葉にする術はなく、明確な答えにはなり得ないけれど。

 彼女なら多分、そのまま就職はしない気がした。

 だから進学を選んだ。

 少し大人になった大学生の彼女の姿を想像して、自分の姿を鏡に映す。

 髪が長くなった、ちょっとだけ背が伸びた、ニキビが消えて、あの日の「私」に近づいている気がした。

 そうして鏡を見るたびにあの不思議な日々を思い出す。

 夢のような甘い香りに包まれながら、マリヤという不器用な少女と共に過ごした時間を。

 ただその時にすがることはない。

 いずれまた会える。

 その確信があったから。


 私は彼女の姿を、理想を、追い続ける。

 また出会う日のために。

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