色々とありまして
「勇者、もう一度行くわよ」
「でも、届かない」
言いながら気付く。ああ、これはスチルマ戦の頃の夢なんだな、と。自分の夢の中の出来事なのだが。
「いいから跳んで!早くしないとまた攻撃し出しちゃうから」
助走をつけてもう一度跳ぶ。
「エリラ」
どこからか吹いてきた風に乗って、僕の体は高く跳んだ。スチルマを越すほどに。 しかし、上昇気流は一転して突き落とすような風に 変わった。
あれ?記憶ではエリンだった気はずだけれど……。目の前にスチルマの体が迫ってきた。
そこで勇者は目が覚めた。あれから8年が経った。それでもまだ昨日のことのように思えるほど冒険の日々をはっきりと覚えている。そして、その後に行った二度目の冒険のことも。
「勇者、ご飯にするわよ」
「あぁ、今行くよ」
結婚して3年、勇者という職はもう無い。ただの、僕とお父さんとおじいちゃんの名前だ。いま僕は農家として、自分達が必要な分だけを作っている。今日の朝食も、取れたての自家製野菜だ。
食べながら聞いてみる。
「リザベラは冒険のこと覚えてる?」
言い忘れてたけれど、僕の奥さんはリザベラだ。
「あの時の勇者は全然リザの気持ち気付いてくれなかったわね」
「しょうがないだろ、まだ子供だったんだから」
「何も変わってない気もするけどね。リザ結構アピールしてたのになぁ」
そうなのだ。冒険の途中からリザベラのあの"きらきらした目"が僕にも向けられていたのだけれど、ちっとも気付かなかったのだ。プロポーズもリザベラからだった。
『やっぱり勇者には私が必要よね。いいわ、いつも側にいてあげる』
「なに照れてるのよ」
「何でもないさ。ところで、はぐれスチルマと戦ったとき覚えてる?」
「えぇ。そんなこともあったわね」
「あの時僕をなんか呪文で助けてくれたよね」
「ああ、エリン?」
「そうそう。じゃあ、なんでもないや。そろそろ畑に行こうかな?」
「その言い方気になるわ。そろそろ『ナダ』が起きる頃だから行くわね」
「もうナダも五ヶ月だっけか」
「大きくなったわね」
「ついこの前生まれたばかりなのにね。健やかに育って欲しいものだ。我が子も待っているし、いってくるよ」
「いってらっしゃい」
少し歩けば、小さいながらも自慢の畑に着く。今は夏なので、ウリ科の野菜が主に出来てきている。新鮮な野菜は触ると少し痛い。野菜も生きているんだなぁと実感させられる。植物は面白い。リザベラがあれほど関心を持つのもわかってきた。今は産休で休みをもらっているが、リザベラは実家の薬屋を手伝っている。それからお客が二割ほど増えたとか。
一度目の冒険の後、リザベラは一月に一度のペースで家に来ていた。冒険の話をしたり、家で食事を食べたり。僕以外の皆はリザベラが何度も来る理由を当然分かっていたらしいが(そして僕も分かっているものだと思ってたらしい)、友達が遊びにきた位にしか思っていなかった。
そしてそんな事が二年続いて、話していてもやはり謎は解決しないということで、勇者の最初で最後になるであろう"二度目の冒険"に行くことになった。村を出た直後、装備を忘れて戻ったことは今でも散々からかわれるネタのひとつだ。勇者はあの時の冒険を思い出していた。
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手入れだけはしていたので錆は無いが、僕の腕はいくらか錆び付いていた。もっとも、魔物は一匹も倒さなかったわけだが。
久々に出た村の外。二年前と同じく、魔物は寄ってこない。相変わらずスライムはぷよぷよしていた。
カダルナ城に着くと、再び王様に呼ばれた。リザベラは門番と話して待っていた。
「二年ぶりかのぉ、勇者」
「ご無沙汰しております。王様から頂いたこの楯のお陰で、無事に帰ってくることができました」
「ほう、それは良かった。ところで今回はなぜまた冒険を?」
「前回の冒険でわからなかった謎がありましたので。そして、ここや今まで行った街の様子が気になりまして」
「そうか。気を付けるのじゃよ」
「はい」
そう、今回はちゃんと目的のある冒険なのだ。
ひとつはもちろんフィドリャの真相とイルーガスの真相を確かめること。
もうひとつは、街の様子や魔物の様子を見てまわること。二年間リザベラと話してきて、よく話題に上がるのは行った先々の人達の事だった。それに魔王五代目無き今、恐らくは六代目になっているのだろうが、魔王五代目に頼まれた以上は魔物の事も確かめておきたかった。本当は魔物の前に姿を現さない方が良かったのかもしれないが。
城を出て、聖水を頂いてからキナヴィアルに入る。やはりあの時と同じで、沢山の商人で賑わっていた。街の外れに行ってみると、クリューの墓を作ったところに、数本の花が供えてあった。僕達も花屋で、真っ白な百合を買った。
街を出るときにチラッと見ただけだが、あの病院は繁盛しているらしかった。
雪山は積雪が少なかったからか、それほど寒く無かった。また、陰から脅かして来る魔物がいて、今度は二人でちょっと大袈裟に驚いて見せたら、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。こんな人懐っこい魔物も居るのになと思った。
ナダネス村に着く頃には季節は夏に変わっていた。空気が綺麗なことと、星空が近くで見れるような美しさということで、密かに観光地として浸透しはじめているようだ。今年は作物の出来が良く、ヤスラデンの被害も無いそうだった。やはりこの村の空気は美味しかった。
ナダネス村を出ると、魔物の敵対心がむき出しになってきた。二年前の恨みを晴らそう、といったところか。リザベラとずっと話して決めたことだが、僕達は一切抵抗をしなかった。僕達にはもう魔物を攻撃する資格は無いだろうし、出来ない。防御と回復の魔法を使って、魔物達の気がすむまで殴られ続けた。気が済むことは永遠に無いのだろうが、皆敵わないと思ったのかある程度攻撃すると去っていった。これが罪滅ぼしだとは微塵も考えてはいないが、今僕達に出来る事はこのくらいしか考えつかなかった。
そして、目的のひとつ、フィドリャに着いた。丘の上まで着くと、タリスが立っていた。
「勇者、リザベラ、久しぶりだ」
「タリス、元気でいたかい?」
「もちろん。街のみんな元気だ」
「良かった。ちょっと調べたいことがあってまたフィドリャに行きたいんだけれどいいかな?」
「勇者リザベラならいつでも歓迎さ。長老話してくる」
降りて薄暗さに目が慣れてくると、何一つ変わらないフィドリャの街並みが見えた。長老の家に行くと、寝たきりになってしまった長老が待っていた。
「わしこんな体なってしまったが、勇者リザベラ一段と成長した」
「二年経ちましたからね。長老さん、前に話してくれた伝説についての本などは無いでしょうか?」
「本?…………あったような気する。確か一代目書いていったはずだ。わしら字読めんから誰も読まないが」
ここでも一代目が書いたものが出てくるのか。ともかく、あると言うなら読まなければ。
「この部屋奥倉庫なってる。そこあるじゃろう」
「ありがとうございます」
そしてリザベラと二人で倉庫内を探した。魔王の所にあったような手記が置いてあった。まさか一代目はこの事を予期していたのではないか、そんな考えが頭をよぎった。
手記によれば、やはりこのフィドリャには鉱石があるそうで、一代目は丁度シルジレッドが襲ってきた所に居合わせたようだ。そして、大量の魔物はシルジレッドの人間が命令して操っていたらしい。まるで軍隊を指揮する司令官のようだと書かれていた。100年以上前から魔物を操る事ができていたとは恐ろしい。
「長老さん、この丘の秘密について、やっぱり何も聞いたことは無いですか?」
「……すまんの。思い出せん。話すこと少ない話だから」
「そうですよね。では、この丘から鉱石が採れるということは?」
「!?聞いたことある。そうか、秘密鉱石ことじゃったのか!そうか、思い出したわい。……勇者、前話した伝説間違っていたのかもしれん」
「思い出せたのなら良かったです。嫌な事は誰しも忘れたいものです。これからも守っていってください。そしていつまでもお元気で」
「もちろんじゃ」
こうしてフィドリャの伝説は再び正された。
シルジレッドには入れなかった。当たり前だ。僕達も入りたくない。いや、本当は職人さんにこのステライトの剣のお礼がしたかった。
出来るなら魔物を操るのを止めさせたいが、聞く耳を持たないだろう、僕達を倒すための守衛隊なのだから。
魔法を使うリザベラの体力も無くなりかけた頃、イルーガスに着いた。二年前より少しは復興しているようだが、それでも街は荒れている。あの男性はまだこの街に住んでいて、今回も泊めてくれた。
黒い魔物達の数は減っていた。聞いてみると、
「突然現れてから5年。そろそろ寿命だったんじゃないかな?繁殖していないのは幸いだった」
との答えが。そして、何か書物が無いかとも聞いてみた。
「図書館はあったんだが今は何も残っていない。研究所跡なら何か見つかるかもしれないな。街の入口を真っ直ぐ行って、二つ目の道を左に曲がれば、やたらでかくて壊れた建物が見えてくる」
行ってみると、ほとんど跡地としか見えないが、壊れる前は確かに大きかったんだろうと思った。僕の家の100倍はありそうだ。そして更に、囲いで覆われたこれまた大きい庭まで付いていた。頑丈らしく、囲いの一部は残っていた。
「何の研究をしてたんだろうな」
「ここはどこよりも酷い壊れ方をしているわね」
「爆心地らしいな。よく囲いとこの金庫残ったよな」
「きっとそれほど重要なものなのよね」
金庫はリザベラのエリンで開いた。中からは研究結果などが書かれた紙が何枚か出てきた。手にとって読んでみる。
「魔物の遺伝子、細胞変化、No.005の黒化現象、実験体a群の耐久性…」
「魔物の実験をしていたのかしら」
「どうやらそうみたいだな。生体実験…かな」
よくもそんなことが思い付くもんだ。研究者の脳は不可解だ。
「勇者、紙私にも見せて……!?これはクローン?005ってこの絵、キトレニンじゃないかしら。黒化って…まさか」
慌てて図鑑を取り出すリザベラ。
新種のキトレニンのページを開き、レポートと見比べる。
「勇者、このキトレニンって似てない?」
普通のキトレニンと変わらない容姿、だが真っ黒な毛。僕も間近で見たあの毛の色にそっくりだった。
「似てるな。…もしやここでは魔物を造り出していた?」
二人とも黙って考え込む。
そんな事が起きていたのか?!生物を人間が造り出す。そして造り出しておいて、制御が出来ない。そうしてこの爆発は起きたのだろうか?
「これが新種の真相なのか」
「紙しか残っていないから分からないけれど、きっとそうでしょうね。爆発は天罰だったのかしら。それとも魔王が?」
「前者だと僕は信じるね。もうこれ以上調べても何も出てこないようだし、そろそろカヴィエントに引き返そうよ」
「そうね。魔物の街には行かない方が良いでしょうし。メーナ」
気がついたら僕とリザベラはカヴィエント村にいた。
「あ、言い忘れてたけど、旅の途中で移動の魔法覚えたのよ。一番長くいた場所まで移動できる魔法なんだけどね」
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結局真相は分からずじまいだったけれど、前の冒険とはまた違う世界を見ることができたな。なんて懐かしみながら収穫をしていると、既に日が紅く染まっていた。
「ただいま」
野菜と共に帰宅する。リザベラが笑顔で出迎えてくれた。
「おかえりなさい。今日もお疲れさま。ナダちょうど寝ちゃったところなの」
「今日も元気にしてた?」
「もう大変だったんだから」
「そりゃあ良かった。ちょっと寝顔を覗いてくる」
「起こさないでね」
ナダはぐっすり眠っている。子供の寝顔ほど幸せに満ちた顔を見たことがない。この子が15歳になるまでは、リザベラ譲りのそのキラキラした瞳を全力で護ろう。そして、時が来たら、全部話した上でこの世界を託そう。"魔物"と"人間"、相成れない二つの存在が、どうすれば一つの世界で生きて行けるのか。僕とリザベラが出した答え以外にも道はいくらでもあるだろう。ただそれまでは、いろんな事を見て聞いて知ってほしい。
それまでは……
「おやすみ、ナダ」




