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あの頃と変わったもの

 川崎について、駐車場に車を入れる。雨はまだ降り続いていた。二人が向かったのは『チネチッタ』、イタリアを模した町並みが作られている一角にある映画館だ。

 チケットは先に貴也が手配していた。開始の時間までの間に昼食をすませ、並ぶ店をひやかして歩く。

 雑貨屋で咲子はトイカメラを買い、貴也はガムを買った。


 ハリウッドのアクション映画はシリーズ三作目だった。超能力を持ったヒーローが悪の組織と戦う――前作の内容から続いているものの、見ていないからといって楽しめないできてはなかった。

 大きなポップコーンとコーラを二人分買った貴也は、膝の上にポップコーンの容器を抱えてご満悦で、ときおり咲子が取りやすいように容器の位置をずらしてくれる。

 やっぱりデートみたいだと咲子は思った。食べきらないかと思ったが、貴也の食欲は旺盛で、映画が終わるまでにポップコーンの大半を平らげた。


「悪いな、つき合わせて」

 家族へのお土産にドーナツを買って、二人は再び車に乗り込む。帰り道は少し渋滞していた。

「ううん。楽しかった。映画なんて久しぶりだったけど」

 これで夜景でも見て帰れば完全なデートコースだ、なんて心のどこかで思いながら、咲子は返す。

 貴也は手を伸ばして、来たときと同じようにラジオをつけた。今度は、二人が高校生だった頃流行っていたポップスが流れてきた。


「懐かしいね、この曲」

 五人のガールズグループの曲。CDを貸し借りしてクラス中で聞いて、ビデオを繰り返し見て昼休みに振り付けを真似して踊ったりした。

 そのグループも、今は解散してメンバーは女優にバラエティタレント、結婚して引退と別々の道を歩んでいる。

「……そうだな」

 貴也も懐かしく感じているのだろう。その顔が変わるのを咲子は見た。


 家の前につくと、雨は激しさを増していた。

「今日はありがとう」

 運転席の方に回って、咲子は礼を言う。それからドーナツの箱を大事に抱えて家の中に入った。


 家に入ると、煮物を煮ている香りが漂ってきた。

「おかえり。どうだった、デート?」

「そんなんじゃないよ。はい、おみやげ」

 ドーナツを受け取って、典子は笑った。

「あれがデートじゃないなら何だというの? でもまあありがと」

 テーブルに置かれたドーナツの箱を開けて、典子は中身を確認した。

「デートなんかじゃ、ないよ」

 もう一度繰り返して、咲子は冷蔵庫をあけた。


「ああ――今日、祐子さん仕事なんだって。貴也君誘ってらっしゃいよ」

「今から?」

 祐子の仕事は土日も出勤になる。彼女が不在というのは、ごく当たり前のことなのだけど。

「どうせ、全部払ってもらったんでしょ。ああいうタイプ、女の子に財布を出させたりしないもん」

 母は鋭い。何度も咲子は財布を出そうとしたのだ。そのたびに断られて――今日は雑貨屋で買ったトイカメラの分しかお金を使っていない。


「お礼お礼。ほら、呼んでらっしゃい」

 携帯電話を取ろうとする咲子の腕を典子はぴしゃりと叩いた。

「呼んでらっしゃい」

 母の思惑がわからないまま、咲子は玄関へと向かう。

 雨の中、隣家のガレージのシャッターはあいていた。あかりもついている。

 そこだろうと予測をした場所に、貴也はいた。


「……やっぱり」

「どうした?」

 バイクの横に貴也は座っていた。

「うちのお母さんが一緒に夕飯どうぞって」

「……ありがたいな」

 にこりとする貴也に、

「ずるい」

 という周一の声がかぶさる。

「俺も典子さんの手料理食いたい!」

 貴也の隣に座った周一は不満そうな声をあげた。


「にーちゃんは食えないだろ」

「……そうだけどさ」

 身体がなくなっていては、食べるというわけにもいかないだろう。

 ぶうっとむくれた周一は年より幼く見える。咲子はその顔に思わず見とれた。


「そういや、映画どうだった?」

 興味深そうに周一はたずねる。

「まあまあ。アメコミ原作の映画でCGとかもすごくてさ。シリーズ三作目」

「俺も見たかったなぁ」

 映画館では、バイクから十メートル以内という制限距離を保つわけにもいかない。


「三作目ってことは俺も知ってるやつ?」

「一作目の公開があたしが大学生の時だったから……」

 周一は、一作目から見ていないということになる。

「つまんない、見てみたかった!」

 周一はいっそう不満そうな顔になる。

「絶対、俺が死んでからの方が世の中おもしろくなってるよ。貴也の携帯だって、すごい高機能だし。ゲームもできるんだろ、それ」

 周一の目は、貴也の携帯電話を心底うらやましがっていた。


「俺の携帯なんて、通話とメールくらいしかできなかったのにさー」

 ぎゅっと、咲子は胸を捕まれたような気がした。あの事故さえなかったら、周一だって同じように高機能な携帯電話を持って、映画に行って、彼女の一人くらいいたかもしれない。

 ……いや、いただろう。

 咲子は頭に浮かんだ光景を追い払うように頭をふった。


「ねえ、たかちゃんDVDのプレイヤー持ってなかったっけ?」

「……持ってる。録画もできるぞ」

「映画館に行くのは無理だけど……DVDなら見られるんじゃないかな? ガレージだとちょっと暗いけど、バイクを壁ぎりぎりにとめればリビングまでいけるんじゃないかな?」

「さきちゃん、賢い!」

 手をたたいた周一の笑顔がまぶしい。


「んじゃ、うちでご飯食べて……調布と国領のレンタル屋どっちが近いんだっけ?」

「車出す。国領の方が駐車場広かったな」

 普段は食事の時に酒をかかさない二人が、ビールも缶チューハイも断ったのに典子は驚いたようだった。

「暇だからさ。たかちゃんちでDVD見ようと思って。お母さんも来る?」

 一応、母親も誘ってみた。


「遠慮しとく。あまり遅くならないようにね。若い二人の邪魔しちゃ悪いもの」

 ふふふ、と意味深どころか露骨に愉快そうな顔をして、典子は食後の後かたづけにかかった。なんだか、母親たちは期待してしまっているような気がする。

「うーん、理解があるというか。もう少し娘の貞操を心配してもいいと思うんだけどなあ」

「俺を男だと認識していないんじゃないか?」

 貴也と咲子は顔を見合わせたのだが、一応もう一人いるわけで、母親の期待に応えることはできそうもなかった――応える気もないけど。


「わ、今家の中こんなになってるのな」

 六年ぶりにリビングに足を踏み入れた周一は、目を丸くした。

「完全に模様替えしたな」

 ベージュのカーテン、白いソファ。床には白いラグが敷かれている。

「ねえ、あたしここでいいの?」

 ソファの中央を咲子にすすめて、周一は隣、貴也は床の上に席を占めた。


「何だよ、貴也まだ食うのか」

 あきれた顔で周一は同じ年の弟に視線を向ける。

「うちでもご飯三杯食べてた」

「育ち盛りなんだよ!」

 食事時に我慢した分、テーブルには酒の缶と乾き物のつまみが並ぶ。

「なんだか、あたしたち飲んでばっかりのような気もする」

 と、咲子はぼやいたのだったが、咲子が酒飲みなのは今に始まったことではなくて、飲酒解禁年齢になったとたん飲みまくっているのだから今さらだ。


「今、こんなになっているのなー」

 手際よく貴也がDVDをセットしているのを見ながら、周一は感心したように言った。

「せっかくだから、ホームシアターにするか。今あれもそんなに高くないんだろ?」

 貴也は兄をふり返って胸をそらす。

「……たかちゃん、お金持ちだよね」


 先日のバイク用品一式といい、今日の費用をぽんと出したことといい、貴也の金銭感覚は少し咲子のものとは違っているような気がする。

「……自宅だしな。最低限の生活費入れればいいし、そんなに使うとこもないんだよ」

 貢ぐ相手もいないし、と笑った貴也の視線はまっすぐ咲子を捕らえていた。

 それに咲子は気がつかないふりをする。それはずるいとわかっていても。

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