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微妙な関係

 バイクを飛ばしてたどりついたのは、千葉県の南端だった。

「この店、魚がうまいんだってさ」

 目の前が海という絶好のロケーションの店の前にバイクをとめ、貴也は咲子を店内へと誘う。取り残される周一に目をむければ、「いってらっしゃい」と手をふられた。どうせ、彼は食べることはできないのだ。

 二人がバイクから十メートルほど離れると、周一の姿が見えなくなる。

「やっぱ十メートルが限界か」

 貴也は肩をすくめた。


 咲子は身を震わせた。早朝出発。たくさん着こんで、下着は防寒の物を身につけてきたのだけど、それでも身体は冷え切っている。

「たかちゃんは……寒くないの?」

「寒いけど、まあ、慣れってやつ」

 二人が通されたのは、ちょうど二人の乗ってきたバイクが目の前にくる席だった。窓越しに周一が手をふっている。その姿は当然二人にしか見えていない。

「間に遮蔽物があっても大丈夫なんだね」

 咲子は店の人からは見えないようにこっそり周一に手をふり返す。にこりとして周一はしゃがみこんで海の景色を眺めているようだった。


「この店なんだ」

 貴也が言った。

「にーちゃん、もう一度この店から海を見てみたかったんだってさ」

「……思い出の店なんだね」

 周一は、この店に誰と来たのだろう。いわれのない嫉妬心がちくりと咲子の胸を突き刺す。

 運ばれてきた刺身定食は、たしかに美味だった。都内で食べるのとは値段もぜんぜん違う。都内で同じレベルの魚を食べようと思ったら、倍近く取られるんじゃないかと咲子は思った。


「悪かったな、つき合わせて」

 二人分の会計をすませた貴也が言う。

「自分の分は払うよ? この間だって全部払ってもらって……」

「いいって。つき合わせているのはこっちなんだから」

 つき合わされているわけではなくて、咲子も周一と一緒にいたいだけなのだけれど――それを貴也に言ったら気味悪がられてしまうかもしれない。

「次、うまいプリンがあるらしいから、そこ回って帰ろうぜ」

 そう言って、貴也はバイクを回す。


 帰り道のファミリーレストランに入った時も、貴也は咲子に財布を出させようとはしなかった。

 今日一日だけで彼の出費はけっこうなものになったはずだ。それでも、彼はかたくなに咲子から代金を受け取るのは断った。

「まだ付き合ってもらわなきゃならないから」

 と、財布を出そうとするたびに言われた。


 家に帰りついたのは真夜中近かった。途中、ファミリーレストランの駐車場で、三人そろって話し込んでしまったのが原因だ。

 途中、二人しかいないはずなのにもう一人いるようにふるまっている貴也と咲子に不振な視線が向けられているのに気がついてようやく腰をあげた。


「にーちゃんと話すのは、ガレージの中だけにした方がよさそうだな」

「……そうだね」

 近所のコンビニエンスストアで缶チューハイを買ってきて乾杯。一応周一の前にもビールの缶を置いてみたのだが、やはり飲めないわけで、ビールはどんどんぬるくなっている。


「明日は雨か」

 携帯電話を取り出した貴也はつぶやいた。

「雨じゃバイクは出せないな」

「なら、ここで一日おしゃべりする?」

 グレープフルーツサワーを流し込みながら、咲子は言った。

「休みの日に一日ここにこもっていることないよ」

 それを却下したのは周一だった。

「映画でも見てくれば? 二人で」


 言った本人に悪気がないのはわかっている。でも、貴也と二人で映画というのはどうなのだろう。どう返したものかと咲子が悩んでいる間に、

「んじゃ、そうするか?」

 邪気のない笑顔で貴也がたずねた。

 んじゃって何だよ、と思いながらも咲子は今公開されている映画を頭の中で確認する。

 確か、ハリウッドの大作アクションが公開されていた。一人で見に行くほどではないけれど、気になっていないといえば嘘になる。


 これが、涙なしには見られないラブストーリーだったら貴也を誘う気にはならなかっただろう。どう贔屓目に見ても、ラブストーリーが似合うタイプではない。

「見たい映画がないってわけじゃないの」

 と咲子は言った。そしてタイトルをあげると――貴也は身を乗り出して食いついてくる。

「見たかった! それ超見たかった!」

 そんなわけで、気がついたら映画に行く約束を取りつけられていた。


 翌朝。目覚ましに咲子が起こされた時には全身筋肉痛だった。一日バイクの後部座席にいるという経験などしたことがない。憧れの「周一さんの後ろ」というのは、実際にやってみたらそれほど美しいものでもなかったのかもしれない。

 とりあえず、今日は何を着ていこう?

 咲子はクローゼットの前に立つ。窓の外は雨。ワンピースを着ていくとか自殺行為だ。だいたい貴也の前で可愛くしたって意味ない気がする。昨日、ヘルメットの中でぼさぼさになった髪だの汚れた顔だのを見られているのだし。

 大き目の黒いニットに細身のジーンズ、ダウンコートでよしとした。よく考えたら、何度も一緒に自宅で食事をしている関係でもあるわけで、いまさら必要以上に装って見せる必要も感じられない。


 今日も祐子の軽自動車を借りての外出だった。助手席に乗るのが咲子だと聞いた祐子は大喜びで、

「一晩帰ってこなくてもかまわないからね!」

 と、(一応)よそのお嬢さんを連れ出そうとしている息子に言うのはどうかと思われる台詞を口にしていた。

 ガレージでは、周一が手をふって二人を見送っている。さすがに祐子の前でそれにこたえるわけにはいかなくて、咲子は目を伏せた。


 車の中は静かだった。どちらも口を開こうとしない。

 ワイパーだけが規則正しく行ったりきたりして、一生懸命窓を磨いている。水滴がフロントガラスを流れ落ちていく。

「この車、今時CDなんだよな」

 ふいに貴也が言った。

「何か聞きたいのがあれば、勝手に入れて」

 咲子は、傍らにおいてあったCDケースを手に取った。今の気分に合ったものはない。

「ラジオは?」

 信号でとまったタイミングで貴也がラジオのスイッチを入れた。

 よく耳にする、けれどタイトルは知らない洋楽が流れてくる。貴也はそれでよしとしたようで、そのままハンドルに腕を戻した。


 咲子は、前方に集中している貴也の横顔を見つめる。彫りの深い顔立ち。冬だというのによく日に焼けているのは、夏に営業で歩き回ったからだろうか。髪は短すぎず長すぎず、営業らしく清潔感にあふれた形に整えられている。

 生真面目な顔でハンドルを握っているわりに、指だけはラジオから流れてくる音にあわせてリズムを刻んでいる。 奇妙だ、と咲子は思った。咲子が気にしているのはこの人の兄なのに。その人はもう手が届かなくて、まるで代理を務めているかのような弟とこうして車で二人きりで出かけている。


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