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今さらな事実

「にーちゃん、成仏したのかな」

 もう一度店内の二人に視線をやって、美奈は丁寧に頭をさげた。

「成仏、できたのならいいね」

 今までに見た中で一番美しい光景を見たと咲子は思った。

 美奈も、新しい道を歩き始めている。六年間、胸に重苦しくのしかかっていた秘密をようやく白状できて、咲子も少しだけ楽になった。

 一人抱えた罪の意識を忘れ去ることはできないだろうけれど。


 支払いをすませた貴也を待って、バイクの後ろにまたがる。抱きついた体温をこれだけ意識したことはなかった。

「指輪、どうしようかな」

 赤信号で停車している間だけのバイクの前後の会話。

「こういう時ってどうするものなんだ?」

「海に投げるとか?」

 婚約破棄の時ならば、処分に困ったとしても処分するためのルートはあるのだろうけれど。こんな時にはどうしたらいいのか、咲子にはわからない。


 多摩川沿いに走って、狛江から調布方面へと出る。家についたのはもう少しで夕食になろうという時間帯だった。

「……このバイク、どうするの?」

「まだ乗るさ」

 ガレージにバイクをとめて、咲子が後部シートから滑り降りる。

「まだ乗るって……勝手に処分するつもりだったのかよ」

 あまりにも普通に、周一が姿をあらわす。

「……成仏したかと思ったよ」

 ヘルメットを所定の位置に戻しながら、貴也は苦笑した。


「勝手に殺すな」

 もう死んで六年たっているわけではあるけれど。

「じゃあにーちゃん、これをどうするんだよ」

 手のひらに乗せたケースを貴也は周一の前に差し出す。

「……海にでも投げるか?」

 咲子と同じ台詞をはいて、周一は笑った。

「投げちゃうの?」

 目を丸くして咲子は言う。自分でも同じ言葉を口にしていたくせに。


「それとも、さきちゃんにもらってもらおうかな……縁起悪いけどさ」

 悪びれない笑顔で、周一は言った。

「にーちゃん。さきちゃんを指輪でつるな!」

 貴也は周一をにらみつける。

「お前にはバイクをやっただろうが」

「そうかもしれないけどさあ……さきちゃんに指輪って違うだろっ」

 二人が顔を見合わせている間に、咲子は手をのばして指輪のケースをすくいあげる。取り戻そうと手をふる貴也を、するりとかわして周一に微笑みかけた。


「リフォームしても、いい?」

「リフォーム?」

 二人の声がそろった。

「うん。調布でも新宿でもリフォームしてくれる店はあると思うの。台のプラチナは下取りしてくれるだろうし、ダイヤの方は……うん、やっぱりネックレスにするのがいいかな」

 六年前は、形見分けには参加できなかったのだった。咲子はただの隣人でしかなかったから。


「じゃあ俺もバイクのレバー変えたい。今のやつ、いまいち握りにくいんだよ」

「さっさと変えればいいじゃないか」

「いじったらにーちゃん嫌がるかと思ったんだよ」

 どさくさまぎれに咲子はポケットにケースを滑り込ませた。

「明日、新宿まで行ってくるから」

 そう宣言した咲子に周一は指を二本立てて見せ、貴也はつまらなそうな顔になった。


 翌日、咲子は新宿のジュエリーリフォーム店を訪れた。予想通り、台のプラチナは時価で下取りされ、リフォーム後の代金から割り引いてくれるという。

 周一が購入していたのは、婚約指輪というよりはファッションリングに近いものだった。ダイヤモンドのサイズもそれほど大きなものではない。

「こんな感じでどう?」

 店の主は、さらさらとスケッチブックを取り出していくつかのデザインを描く。金とプラチナを絡ませた螺旋の中央に石をはめこんだデザインが咲子の目をひいた。


 それは周一の美奈への想い。咲子の周一への想い。そして、これから先どうなるのか見えない未来を暗示しているように見えた。

 咲子が自分を閉じこめた呪縛からとき放たれて、自分の足で歩いていく未来。


「このデザインにしてください」

「ここに石を追加することもできるけど?」

「あ、それもいいな。ちょうどいいサイズの石あります?」

 螺旋の何箇所かに小粒のダイヤを追加した。思っていたよりも値段は高くなったけれど、こんな時の言い訳は「自分へのご褒美」だ。

 高島屋の中のティールームでお茶をして、それから帰ることにする。

 仕上がりは十日後だという話だった。


 貴也の方も、バイクのレバーを注文し、自分好みに改造することにしたようだった。

 改造するとどうなるのか咲子にはわからないのだけれど。


 太田美奈と再会してから一週間後。二人は神代植物公園を訪れていた。ちょうど春夏のバラが盛りとなっている時期だ。

 熱帯の植物や睡蓮などを展示している大温室前のバラ園は人がいっぱいだった。

 今日は調布駅まで歩いて出て、調布駅前のパルコのレストラン街で早めの昼食をすませ、そこからバスに乗ってきた。

「あっついねぇ」

 温室前の芝生からバラ園を見下ろしながら、咲子は言う。五月下旬だというのに、もう真夏日を記録しそうな勢いで気温があがっている。日焼け止めは念入りに塗り込んできたから一安心だけど。

 

 赤、白、黄、ピンクに紫。さまざまな色のバラが最高の美を誇っている。一言で赤と言っても褐色に近いような色から真紅、ピンクに近い色と株によって色が違う。香りもそれぞれで、行き交う人々は花にカメラを向けたり、花を近づけて香りを楽しんだりと、それぞれのやり方で花を楽しんでいた。


「リフォームもうすぐ終わるんだって?」 

 バスで来たのをいいことに、売店でビールを買い込んできた貴也がたずねた。

「うん。来週中に取りに行くつもり」

「いいのが仕上がるとよいな」

「期待してる」

 咲子を見つめていた貴也の目が、仕上がったネックレスが飾るであろう鎖骨の間に落ちた。しばらくそこにとどまった視線を外して、片手を咲子の顎にあてて顔を近づけようとする。


 貴也の意図するところをわかっていて、咲子は顔をそらせることはなかった。

 むしろそのまま瞼を閉じて、貴也の意図を受け入れようとする。 

「いちゃいちゃすんなってーの」

 耳元からかけられた声に貴也は飛び上がる。

「何でにーちゃんがここにいるんだよ!」

「うん、何でだろうな?」

 二人の間に割り込んだ周一の顔には悪びれた様子は全くない。


 考え込んでいた貴也が、ぽんと手を叩いた。

「あれだ!」

 傍らに置いてあったヒップバックの中から、バイクのレバーを取り出す。

「注文してた部品、今朝届いてさ。家出る前に取り付けたんだよ。んで、古いほうこっちに放り込んで……出すの忘れた」

 三人は顔を見合わせた。

「……ってことは、周一さんバイクから十メートルっていう限界関係なくなるんじゃない?」

「たぶん、部品から十メートルなんだろうな」


 大学時代からこつこつ貯金して、免許を取って、バイクを購入して。

 友人と過ごした大学時代も。彼女と過ごした時も。ずっとあのバイクは周一とともにあったから。

 だから、これは彼にとってはとても大切なものであることは容易にわかる。


「案外鈍いよな、にーちゃんも」

 むすりとして貴也は二本のレバーをバックに放り込む。

「もっと早く気づいていれば、さきちゃん連れ出すのにいちいちバイクに乗らないですんだのに」

「気にしないで。最初は怖かったけど、だいぶ慣れたし……それに、教習所通ってもいいかな……なんて」

 周一を失った後、美奈がそうしたように。

「そうだよ、さきちゃんも免許取ったらいい。楽しいぞー」

「無責任にあおるなよにーちゃん。危険な乗り物だってにーちゃんも知ってるだろ?」

 兄弟の反応は完璧に正反対で――咲子は笑い声をあげた。

 温室から出てきた人が、何がそんなにおかしいのかと咲子に視線を投げているのも気づかないままで。

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