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ジンギスカンに行こう

 咲子が住んでいるのは調布市だ。新宿から八王子へとつながっている京王線の沿線で、緑は多いしそれなりに交通の便もいい。

 バスを使えば、新宿から箱根の方までつながっている小田急線を使うこともできる。

 何年か前には新撰組関連で町おこしを試みたことがあったのだが、それがうまくいったかどうかはわからない。今は妖怪マンガ一色に染まっている。

 不景気の風もどこへやら、新築マンションの建設ラッシュで流入してくる人の数は増えているらしい。

 

 新宿方面から柴崎――国領――布田――調布と続く駅の中で、急行や特急がとまるのは調布だけだ。咲子は国領駅と布田駅のちょうど中間あたりに住んでいて、国領駅まで歩いて通勤している。

 普通電車を使っても新宿までは四十分程度ということもあり、咲子は朝は普通電車を使うことにしている。帰りは柴崎駅より一つ新宿よりのつつじヶ丘駅まで急行に乗り、つつじヶ丘駅で待っている普通電車に乗り換えて帰ってくる。

 貴也が新宿で働くというのなら、確かに実家に戻ってくるという選択は悪くはないのだ。


「たかちゃん、いつ戻ってきたんですか?」

 貴也を見送って咲子は祐子を自宅へと誘った。祐子と典子は隣人という以上に仲がいい。

「三月から新宿の本社に勤務になったらしいわ。ちょっと移動の時期としては半端らしいんだけど」

 新しくいれたコーヒーと、茶菓子がリビングのテーブルに並ぶ。

「この間までは横浜の方にいたらしいんだけどね。何でも人手が足りないとかで」

「いたらしいって……?」

 典子の言葉に、祐子は手をぱたぱたと左右に手をふる。


「息子なんてそんなものよ。メールだってめったによこさないし。電話だって出てくれないし。最後に会ったのなんてお正月だからって帰った島でよ? 都内で会ったことなんて何回あったかしら」

「そういうものなの?」

 典子の子どもは咲子一人だ。娘しかいない彼女には息子を持つ母親の気持ちなんてわからない。

「ねえ、島って? どこの島?」

「あんた何も知らないのねぇ」

 典子はあきれたように首をふった。


「だって何も聞いてないもん」

 仏頂面で咲子はコーヒーカップに砂糖を追加する。

「たかちゃんと祐子さん音信不通だとばっかり思いこんでたし」

「なんで?」

「だって離婚したんでしょう? 祐子さんとおじさん」

 咲子の台詞に母親二人は顔を見合わせる。出てきた言葉は同じだった。

「あらやだ!」

 はもったそれに、また顔を見合わせて二人は笑った。


「どうりでたかちゃんのことを聞いてこないと思ったら」

 と典子。

「離婚はしてないわよ。別居してただけ。貴也ってば体が弱くてねぇ」

 体が小さく、病弱だった貴也は当時いじめられていたのだという。咲子はぜんぜん気がついていなかったのだけれど。

 そこで空気のいいところで暮らそうと父親の故郷である式根島と、調布に別れて住むことにしたのだとか。

 そこまでする必要はなかったのかもしれないけれど。家の中にいる時はいつもふさぎこんでいる息子を父も母も心配していた。


 当時大学病院で看護士として働いていた祐子は仕事にやりがいを感じていたこと、長男である周一が中学にあがって高校進学を意識し始めていたことから調布に残り――父と次男だけが島へわたったのだという。

「まああの頃はおじいちゃんとおばあちゃんも存命だったしね」

 冷めかけたコーヒーを祐子は飲んだ。


「わたしも周一もしょっちゅう島へ行ってたから――それほど寂しさは感じていなかったし」

 咲子が気づいていなかっただけで、二人とも数ヶ月に一度は島に行っていた。調布飛行場から飛行機を使えば、それほど時間はかからない。フェリーを使うという手もある。

「でもまあ、久しぶりに息子と暮らすというのは悪くはないわ。あんなに大きくなるとは予想もしてなかったけど」

「男前になったわよねぇ」

 典子は言った。

「ねえ、今夜焼き肉に行かない?」

 ふいに祐子がきりだす。


「あの子お肉が食べたいっていうのよ。息子と二人で焼き肉っていうのも悪くはないけど、久しぶりの再会を祝しましょうよ」

「いいわね」

 典子が同意する。

「うちのお父さんも焼き肉は好きだし――そうだ! ジンギスカンなんてどう?」

「あの店少し遠くない?」

「歩きよ、歩き。どうせビールたくさん飲んでお肉食べるんでしょう? その分カロリー消費しないと」

 

 そんなわけで、五人そろってジンギスカンを食べさせてくれる店に入ったのは午後六時を回った頃だった。

 まずは生ビール。

「再会を祝してかんぱーい!」

 祐子が音頭をとる。息子が戻ってきたのがよほど嬉しいのだろう。

 咲子の父親の武志の隣に典子、さらにその隣に祐子。祐子と向かい合う位置に貴也が座って、咲子は両親の前だ。

「ジンギスカンなんてひさしぶりだなあ」

 店の従業員がラム肉と野菜を鍋にセットして立ち去る。

「さきちゃん酒飲めるんだ?」

「まあ、それなりに」

 下戸というほどではないが、強いと言えるほどでもない。それなりに楽しく飲める程度だ。


「たかちゃんは?」

「まあまあ」

 貴也はぐいと生ビールのジョッキをあける。

「おかわりは?」

「もらう」

 新しい生ビールと追加のラム肉、サラダを注文した。

「新しい職場はいつから?」

 咲子の問いに、

「明日」

 と短く貴也は返した。


 咲子は二杯目で適度に酔いが回り始めたのを感じる。

「ほどほどにしておきなさいよ?」

「わかってる」

 親三人も、食欲は旺盛だったが、やはり一番は貴也だった。体が大きいだけあって、一人で三人前をぺろりと平らげる。

「あなたたち、いい感じじゃないの」

 酔いの回った典子が口を滑らした。

「このままつきあっちゃえば? 咲子、あんたほら前の何だっけ、尚之君? 彼にふられ――」

「黙ってて」

 咲子は典子の言葉を封じた。


「いいじゃない、つきあっちゃえばー」

 祐子の方もいい気分になっている。

「ねえ貴也、あんたも今彼女――」

「うるさい」

 今まで存在感を発揮していなかった武志が口を挟んだ。

「典子、そういうのは、若いのにまかせておけ。咲子はともかく貴也君には迷惑だろう」

 咲子はむすっとした顔で、最後のラム肉を自分の皿へとさらった。

「咲子はともかくって何よ、咲子はって」


 もめたのは会計の時になってからだった。

「今までこの店こんなに高くついたことなかったのに!」

「一人増えたからじゃないの?」

「一人増えたからって今までの二倍近いって――」

 やれやれと頭をふって、貴也は自分の財布を出す。

「原因は俺だろ。みんなの倍は飲み食いしてる。酒だけでもけっこうな量になってるし」

 ぎゃあぎゃあ騒いでいる母二人を後目に、さっさと会計をすませ、貴也は店の外に出る。


「そんなつもりじゃ」

 典子があわてて後を追おうとする。

「いいのよ」

 祐子が引きとめた。

「あの子に払わせておけば」

 典子と祐子が先に行き、その後を武志が続く。

「悪いわね。うちの親がなんだかくだらないこと言って」

「それを言うなら、うちの母親もだろ」

 ごく自然の流れで咲子と貴也が並んで歩くことになった。


「いいさ別に」

 ポケットに手をつっこんで、貴也は歩く。見上げた顔に酔った気配はなかった。ジョッキで五六杯は飲んでいるはずなのに。

「そういや何時の電車で通勤しているんだ?」

 ふいに貴也がたずねた。

「七時三十三分に国領を出るやつ。何で?」

「たいした意味はない――つつじヶ丘で乗り換えるのか?」

「乗り換えない。急行なんかに乗ったら本読むスペースもないもん」

「そうか」

「二人とも早くきなさーい!」

 前の方から、酔った母親たちが二人を手招きした。

 

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