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嫉妬なのかもしれない

 目当ての店は、調布駅から十分近く歩いた場所にあった。新鮮な魚が売り、らしい。

 席に着くなり、貴也に何を飲むかたずねてそれ以外のメンバーには確認もせず、利恵は生ビールをオーダーした。

 座敷というよりは掘りごたつのようになっている席で、脚を崩すことができるのはありがたかった。


 手際よく利恵が全員を貴也に紹介し、貴也は

「貴也と呼んでくれればいい」

 と、それ以外は特に補足するでもなく利恵の自己紹介にまかせておいた。

「まあ覚えている人はほとんどいないとは思うんだけど、彼、昔咲子の隣に住んでいたんだって」

 利恵はちょうど運ばれてきた生ビールを座敷の入口で受け取って、手早く全員に配って回る。こういう時には、本当にマメに動くのだ。


ひとまずの乾杯をすませてから、

「さっちゃんの家の隣だろ。俺、何となく覚えてる」

 自転車屋の息子、真二が言った。

「俺の記憶が間違ってなければだけど、あの頃はずいぶんちっちゃかったよな」

「……俺も思い出した」

 生ビールをごくりと飲んで笑う貴也。

「自転車屋のしんちゃん。ずいぶんいじめられたよなぁ」

 貴也が調布を離れたのには、体が弱かったことと、周囲の子どものいじめに耐えかねてのことだったという。けれど、貴也はそれを恨みに思っている風ではなかった。


「……あの時は、すまなかった。ちょっと意地悪しただけのつもりだったんだけど……やられた方にとっちゃたまったもんじゃないよな」

 と、苦笑いで真二は頭をさげる。

「白状すると、俺あの頃さっちゃんが好きでさー、いつも一緒に遊んでいる貴也が邪魔で」

「ひでぇな」

 貴也が笑った。

「あたし、全然知らなかった! それなら一回くらい告白してくれてもよかったのに」

 と咲子も調子を合わせる。


「小学校に入ったら、別の子に一目ぼれしたんだよ!」

「うわあ、幼い恋心って残酷!」

 刺身の盛り合わせに、サラダ、唐揚げに焼き魚など注文した料理が次々に運ばれてくる。

「まあ、こっちにいるのならよろしく」

 亮輔がグラスを掲げる。

「そうそう、せっかく知り合ったんだし。なあ、亜矢?」

 俊平は亜矢を呼ぶ。

珍しくもじもじとしていた亜矢は、

「うん、よろしく」

 と、ようやく笑顔を見せた。


「けっこうおいしいでしょ?」

 利恵は自信満々で周囲を見回す。

 おいしい、の声に満足した彼女は貴也に目をとめた。

「どう?」

「うん、うまい」

 知らない人ばかりに囲まれても貴也はそれほど気負っている気配はない。


「でもさー、たかちゃんのお父さんって今でも漁師やってるんでしょ? 取れたて食べちゃうとやっぱり違うなあって思ったりしない?」

 貴也がいましがた皿から取った刺身を、後を追うように取りながら咲子はたずねた。

「俺の舌はそこまで繊細じゃない。美味いものは美味いし、ここの魚は美味いと思う」

「そっか。ならよかった」

 貴也と食事に行く機会はたくさんあったけれど、こういう魚そのものを楽しむための店というのは行ったことがなかった。意図的に避けていたのではないかと思っていたのだけれど、どうやらそうではなかったらしい。


「ねえねえ、場所かわってよ」

 亜矢が咲子にささやいた。

「付き合ってるわけじゃないんでしょう? かわって」

「……まあ、いいけど」

 亮輔と俊平はなにやら数学の問題を語り合っているし、そこに入った貴也もそれほど二人の会話についていけてないというわけではなさそうだ。

真二は亜矢と場所を変わった咲子と利恵の真ん中で、今年の夏は休みを合わせて海に行こうかなどと言い始めている。


「ねね、貴也君ってどこで働いているの?」

 露骨に貴也に狙いを定めた視線になって亜矢は、貴也の気を引こうとしている。

「新宿」

 貴也の方はつれないものだ。

「そういや、彼氏とか彼女以外の人を連れてくるのは初めてだったよなあ」

 真二が言った。

「仲間内でくっついたり離れたりするよりいいんじゃないの?」

 そう返しながら、咲子は胸が重苦しくなるのを感じていた。

連れて来なければよかった。そうすれば、貴也と他の人が話しているのなんて見なくてすんでいたのに。


あのバイクに乗って、どこまでも風に乗って、どこまでも。着いた先では、周一が変わらない笑顔を見せてくれて。

いや、出かける必要なんてないのだ。バイクをガレージの壁際ぎりぎりにとめておけば、周一もリビングにあがることができる。

コンビニでポテトチップスとビールを買って、最新のDVDを借りて、そのままリビングで過ごしたっていい。どんな映画を見たって周一は喜んでくれるし、あっさりホームシアターをそろえた貴也のおかげで、自分の家で見るよりはるかに迫力の音声で楽しめた。


「さっちゃん」

 真二が咲子をつついた。

「目がすわってる」

「……そんなつもりはなかった。ごめん」

 貴也にじゃれついている亜矢からそっと目をそらして、咲子はドリンクメニューを開く。この店は梅酒が豊富だった。黒蜜のなんとか、とか。黄金の梅酒、とか。他の店ではあまり見かけないような梅酒も充実している。

「梅酒、ソーダで割ろうかな」

「このゴールデン梅酒って気になるよね。何がゴールデンなのかさっぱりだけど」

 利恵が真二を挟んだ向こう側からメニューを覗き込む。


咲子はもう一度亜矢に目をやった。

咲子の目から見ても亜矢は可愛い。大きな目はくりっとしていて、毎日丹念にあげているまつげはくるんとしていて。黒目が大きく見えるカラーコンタクトを使っているけれど、うるっとして見える瞳にはどきりとさせられることがある。

 今の貴也はそれほど気にしていないように見えるけれど、もう少ししたら、亜矢の魅力にころっといってしまうんじゃないだろうか。そんな気がしてならない。


「さっちゃん」

 亮輔がテーブルの向こう側から、食べ物のメニューを差し出す。

「もうちょい追加。マグロとアボカドのタルタルとかどう?」

「それなら、二皿ほしい。あたし、一人でいけるもん」

 マグロもアボカドも利恵の好物だ。

「一人で食う気かよ。じゃあ三皿。俺も一人で食いたい」

 俊平も、もう一つのメニューを開く。


「マグロばっかり食ってもしょうがないだろうよ……この店、干物とかもうまいんだぜ?」

 亮輔は、干物が並ぶページをさした。

「ホッケとか超でかいの。北海道から直送だとかで」

「ゲソ食べたい、ゲソ」

「もー、そんなおじさんぽいメニューばかり頼まないでよ! タルタル食べたいんだってば!」

 だんだん収集がつかなくなってきた。


咲子は隣に視線をなげる。亜矢は露骨に貴也に腕を絡め始めていた。ぎゅっと唇を結んで、咲子はメニューを睨みつける。

「全部頼んで食べきれるの?」

 一応、言ってみた。答えはわかっているけれど。

「食える!」

 力強く俊平に断言されて、咲子は店員を呼ぶべく身を乗り出した。


早めに切り上げる予定の宴会は、真夜中近くまで続いた。亜矢はよほど貴也が気に入ったらしく、腕を掴んで放そうとしない。

「貴也君に送ってもらう!」

 の一点張りで、とうとう貴也は亜矢と一緒にタクシーに乗り込むことになった。

「俺が責任もって送り届けるから」

 と、真二が一緒に乗り込んだのは何らかの責任を感じていたのかもしれない。貴也の隣に行きたいという亜矢と咲きこの席を変わらせたのは彼だったから。


「あいつも露骨だなー。いい男見ると」

 亮輔がため息をついた。

「あれ、さっちゃんの彼氏だろ? 悪いことしたな」

 俊平も気まずそうな顔になっている。

「違うんだ……まだ、ね」

 まだ、と言った自分に驚いていると

「好きなんでしょ。正直におなりよ」

 ぐりぐりと利恵に頭を撫でまわされた。

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