周囲の思惑
周一の告白は、咲子にとっては予想してはいたけれど受け入れたくないものだった。
だいたい六年間も連絡の取れなかった人間をどうやって見つけだすというのだ?
あれから貴也とともに周一の部屋を調べて回った。アルバムの中に何枚かの写真は見つけたものの、女性と二人で写っているものはなかった。
アルバムを周一に見せてみれば、ショートカットの可愛らしい女性をさして、これが彼女――太田美奈――と教えてくれる。
合コンをやった仲間たちともう一度集まり、BBQをしたときのものだという。彼女との写真はそれしかなかった。勤務先は、川崎にあるソフトウェア開発会社。そこで事務をしていたという。
見たくなかった。
けれど咲子は、写真から目をそらすことはできなかった。
これが周一の愛した人。
六年前に働いていた人は、まだいるだろうか。
どうやれば、彼女にたどりつくことができる?
「野田さん、どうしたの? 会議室の確保、まだできてないじゃない」
「……あ、すみません」
あわてて咲子は会議室を確保しようとパソコンの画面に向かった。
「あの、青木さん」
会議室を予約して、咲子はふぅ、とため息を吐き出した。
「今日、ため息が多いよね」
頭の上から、チョコレートがおりてきた。
「はい、頭が疲れている時は糖分、糖分」
「ありがとうございます」
「で、何?」
チョコレートの包装紙を剥いて口に放り込んでから、宮本さんはもう一度咲子にうながした。
「あのですね」
考えながら、咲子は言う。
「人を探したいと思ったら、どうします?」
「人を探す?」
「はい、長年連絡の取れなかった人を探したいんです」
「うーん」
隣の席について、青木さんはうぅんとうなりながらマウスを右手で動かした。
「そうねぇ、やっぱり今ならインターネットじゃない?」
「ネット、ですか」
「うん」
手際よく動く青木さんのディスプレイでは、社内で使っているアプリケーションが立ち上げられていた。
「人探し掲示板なんていうのもあるし、SNSで聞いたら案外早く見つかるかもね」
「SNSですか」
思いつかなかった。一応SNSは登録しているが、たまにログインするくらいで日記機能すらほとんど使っていない。
「そっかー、SNS、考えつきもしなかったです。ありがとうございます」
「そんなこと、どうでもいいから、さっさと仕事をしてちょうだい。今日、ミス多いよ?」
「……すみません……」
確かに今日はくだらないミスが多い。気を引き締めないと。
咲子はパソコンの画面をにらみつけて、『チェックジョブ!』の原稿を登録しにかかる。先週と同じ作業だ。入力内容を三回チェックして、青木さんに引き渡す。
それから『アルバイト アイ』に出す求人情報の原稿を作り始めた。毎週、ここの雑誌には求人情報を出しているような気がする。
『今日、早く終わりそう?』
昼休み、貴也の携帯にメールをうつ。
『今日は直帰じゃないから遅くなる』
返信はすぐに届いた。
『話したいことがあるから、終わったら連絡して』
咲子の方は今日はそれほど遅くならないうちに帰ることができるだろう。
注意深く原稿を作って、先輩のチェックを受ける。毎週の同じ作業も一年たてばそれなりに慣れてくるのだけれど。
昼休みのコーヒーが聞いたのか、午後の作業はそれほどつまらないミスはしないですんだ。
「夕食食べてく?」
同僚の誘いには、
「今日は用事があるから」
と首をふって、咲子は京王線のホームにかけこむ。貴也は遅くなるという。ゆっくり座って考えたかったから、普通電車に乗り込んだ。
途中で急行や準特急に追い越される分、朝より帰りは遅くなる。
SNS、か。
それほど使ったことはないけれど、有効な手段なのかもしれない。SNSで知り合って結婚した人もいるという噂を聞いたこともある。それほど身近な存在ではないけれど。
SNSを使ってうまくいくだろうか。それとも貴也は賛成してくれるだろうか。
ほかに手がかりはないわけだけど――これでだめなら探偵でも雇うしかないわけだ。
「最近、たかちゃんとずいぶん仲がいいんじゃない?」
母と娘二人きりの食卓で典子は言う。今日も父親は残業だ。
「つき合ってるの?」
「そういうわけじゃないけど」
「仲いいのはいいんだけど。だらしない関係にはならないようにしなさいよね? つき合うとか結婚するとかなら大歓迎だから」
「歓迎ですか」
「あら、いいじゃない。かっこいいもん」
母親の心配もわからないわけじゃない。週末は土日ともに二人で出かけ、平日も一緒に夕食を食べて帰ってくることもあれば、二人でガレージにいることも多い。
はっきりいえば、つき合っている二人以上に顔を合わせている回数は多いだろう。
メイクを落とし、長袖のTシャツにジーンズで貴也の帰りを待つ。
『飯食い終わった』
と、連絡が入ったのは、夜十時を回ろうかという頃だった。
「ちょっとガレージ行ってくる」
あわててジャケットを羽織って飛び出す娘を見送って、
「らぶらぶじゃないの」
と、典子はつぶやくと、お茶をいれるためにやかんを火にかけた。
貴也は長袖のTシャツに、ジーンズだけだった。寒くはないのだろうか、それを口に出す前に周一の姿がゆらりとバイクの側にあらわれる。
「何か、手がかりはあった?」
身を乗り出すようにして、周一がたずねる。
「一日、二日でそうそう見つかるわけないだろ」
憮然として貴也がこたえた時。
「さきちゃん、悪いわね。息子が何かにつきあわせているんでしょう?」
マグカップに温かいココアをいれて祐子がガレージに姿をあらわした。
「このバイク、ちゃんと動いているのね」
二人にカップを手渡し、祐子は周一のバイクに目をむける。彼女の目には周一の姿はうつっていない。
「何度も処分しようと思ったのだけど、そのたびに貴也に懇願されたのよね。お金は払うから維持してくれって」
それから祐子は、咲子を見て言った。
「貴也につき合ってくれてありがとう。このバイクが動いているのを見るのは、わたしも嬉しい」
あまり遅くならないように、とだけ言い残して祐子は家の中へと戻っていく。
咲子は両手を暖めようとするかのようにマグカップを両手で包み込んだ。甘い香りが立ち上る。
「あのね、SNS使ってみたらどうかなって。会社の先輩に聞いたんだけど」
「SNSか……それは俺も考えたんだけどな」
ココアのカップに寄せた貴也の鼻にしわがよっている。
「そううまくいくもんかな?」
「やってみなければ、わからないんじゃない?」
「いや、俺も仕事関連で名前売りたいから実名登録で使っているSNSもあるけどさ」
貴也はカップの中身をちびちびと空にしていく。
「そうねぇ……でも、ほかに手ってある?」
「思いつかないな」
二人の会話についていけない様子で、周一が口をはさんだ。
「ところでSNSって……なんだ?」
周一がなくなった頃からSNSは存在していたのだが、今ほどは一般的ではなかったのだ。どうやら周一は
「ネット上で、知人探したり、同じ趣味持ってる人間と知り合いになれるサービスだよ」
「最近は便利なんだな」
「でもいろんな会社がやってるからな――SNS使うにしてもどこを使うのが一番いいのか」
空になったマグカップを床において、貴也は嘆息する。
「どこまで正直に書くかっていうのも問題だよね」
温かいココアが、身体の中からあたためてくれる。
「さきちゃんSNSって使ってるか?」
「一応登録はしてるけどって感じ。ほとんど使ってない」
「じゃあそっちは俺にまかせてもらえるかな。俺の方が慣れているだろうし」
それだけ言うと、今日はここまでとばかりに貴也は咲子をガレージの外へと送り出したのだった。