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本当のところは

「あたしね、周一さんが残っている理由わかるような気がする……」

 三杯目、ようやく店の雰囲気に慣れてきた咲子はカクテルメニューを広げていた。二人の前には、ピザやパスタ、サラダなど食べかけの皿が並んでいる。貴也がそれをきれいに片づけ、マスターが皿を片づけるのと同時に、チーズの盛り合わせを頼んでいた。

「明日も仕事だぞ?」

「わかってるって。マスター、ノンアルコールで何か作ってください」

 本当はもう一杯くらい飲もうと思っていたのだけれど、貴也に先手を打たれてしまった。

「にーちゃんが残っている理由って……」

「あ……うん、あのね」

 口を滑らせた自分を呪いながら、咲子は次の言葉を探した。


「お待たせいたしました」

 咲子がとまどっていたタイミングをはかっていたかのように、目の前に色鮮やかなグラスが置かれる。

 貴也にうながされて、咲子は口に出す台詞を変更した。

「あのね、周一さん、まだ仕事したかったんじゃないかな……? あたしたちが職場の話するとすごく嬉しそうでしょ。あたしたち二年目に入ったところで、ちょうど仕事が面白くなり始めたところでしょう? 周一さんは……もうすぐ三年目でこれからもっと面白くなるところだったんじゃないかな……」

 わかっている。自分の口が吐き出しているのが嘘だということくらい。それでも咲子はその嘘にしがみつくしかなかった。

 多分、周一が気にかけているのは仕事のことじゃない。それはわかっているのだけれど、どうしても口に出すことはできなかった。


「……仕事か」

 納得の表情で、貴也はグラスを口に運ぶ。

「気になってたんだろうな。でかいプロジェクトに入れたって喜んでたような話、かあさんから聞いたし」

「……そっか」

 うまくごまかせたことにほっとしながら、咲子は話題を変えた。

「悪いんだけど、今度の土曜日は予定入ってるから。夜遅くなら顔出せるかも。多摩川は日曜日でよかったよね?」

「デートかぁ?」

 グラスの中身を一気にあけて、貴也は次の注文を出す。同じ酒が出てきた。


「デート、か」

 それなら、今貴也とこうしている方がよほどデートらしいと思うけれど。

「小学生からの友人。仙川でひとり暮らし始めるらしくて、昼から彼女のとこに遊びに行くの」

「仙川か。あそこはいいな」

 京王線の中でも、仙川駅周辺はおしゃれな建物が多い。「京王線上の青山」なんて、咲子の周辺では言われているくらいだ。

 駅から少し離れれば、閑静な住宅街も広がっているし、駅前には商店街もあるし、生活しやすさと華やかさが奇妙に入り交じっている街でもある。


「久しぶりだから、楽しみにしているんだ」

「友人ってのはいいよな――」

 ふいに貴也が遠い目をする。貴也の幼い頃からの友人はばらばらになってしまっているのだ。主に漁業と農業で生計を立てている島は、高齢化と過疎化が進んでいる。若者は職をもとめて、村を離れるのだ。貴也もその一人ということになる。


「まあ、俺らのことは気にするな。にーちゃんがいなくなるわけじゃないんだからな」

「うん、そうだね。ごめん、日曜日は開けておくから」

 店を出て、二人は並んで歩く。別れるのはそれぞれの家の前だ。咲子は何回目かの話を切り出した。

「ねえ、たかちゃん。そろそろ割り勘にさせてくれない?」

「こういうのって、男が払うもんだろ」

「世間じゃそうかもしれないけど……彼氏でもないのに、悪いよ」

 ふいに貴也が足をとめた。つられて止った咲子は、腕を掴まれて思わず息を飲む。何か言いたそうにしていた貴也は、ごめん、と小さく言うと咲子の腕を解放した。


「でもさ、さきちゃんに払わせるわけにはいかないだろう。引きずり回しているの俺……俺とにーちゃんなんだし」

「嫌だったら最初から断るよ。あたしたち、そんな仲じゃないでしょ?」

 まただ。咲子は苦笑する。彼は時々ものすごく頼りなさげな風情を見せるのだ。咲子よりだいぶ大きいというのに。

「ん、ま、そうだけどな」

 口の中でもごもごと言って貴也はその先をうやむやにしてしまう。

 続けばいい――?

 終わってしまえばいい――?

 本当はどちらを望んでいるのだろう? 咲子は何回も自分に問いかけてみる。答えが出てこないのはわかっていても。


 仙川駅を出てすぐ一本立っている桜の木は、盛りを少し過ぎたところだった。

「咲子! やーん、久しぶりっ!」

 小学校からの同級生であり、長年の親友でもある篠田利恵が、木のすぐ下で手をふっていた。

「ランチいこ! ランチ!」

 きれいに巻いた髪は、かなり明るい色に染められている。それなりに大手の企業で働いている咲子と違って、個人経営の小さな会社で働いている利恵の服装に関する基準はかなり緩いものらしい。

「駅からちょっと離れているんだけどね、おいしいピザの店があるからそこに行こうと思って。まだそんなにまたないですむと思うんだ」


 利恵は咲子を半ばひきずるようにして、目的の店へと引っ張っていく。

「このあたりもだいぶ変わったね」

「そうでしょう? なんだかお洒落タウンになっちゃって、昔の面影がないというかなんというか」

 そう言いながらも、利恵自身も悪い気はしていないらしい。


 昼間からワインをボトルで注文する。この後車を運転する予定はないし、利恵の部屋に直行だ。

「最近どうよ?」

 利恵が目元まで持ち上げたグラスの中で、赤い色が揺れる。

「どうって?」

「彼氏とか、結婚とか、何かないの? おもしろいネタ」

「そういう利恵こそどうなの?」

「なーんも、ない」

 けたけたと笑って利恵は空になっている咲子のグラスにワインを注いだ。


「ああ、そう言えば利恵知ってたっけ? うちの隣にいた男の子」

「そんな子いたっけ?」

「うん。引っ越しで遠くに行ってたんだけど、新宿で働くことになったからってまだ戻ってきたの」

「へー、いい男? それってチャンスじゃない?」

 注文したピザが運ばれてくる。店員が目の前でそれを八等分に切り分けてくれる。その動作を横目で見ながら咲子は言った。

「うん、たぶん、見方によってはいい男」

「うわー、いいな。変わってよ」

「何を変わるのよ」


 苦笑いで咲子はピザの一切れを自分の皿に取り分ける。この店自慢のマルゲリータ。うん、おいしい。

「どうしたらいいのか、わかんない」

 思わず口からこぼれ出た。

「何? 何、何? 悩んじゃっているの?」

 好奇心丸出しの顔で利恵は身を乗り出す。

「悩んでいる、というか……払わせてくれないんだよね」

 さすがに周一のことは口にできなかった。そのかわり、貴也とのことにしぼって話をする。


 最近、しばしば一緒に出かけるのだけれど――全て彼が費用を出してくれるということを。

「それって、咲子に気があるってことじゃない」

「……そういうわけじゃ……」

 貴也が咲子とつながりを持ちたがるのは、周一のことがあるからだ。周一がいなければ、きっと咲子と出かける理由なんてない。


「じゃあ出かけなきゃいいじゃない。誘いに乗るから相手もつけあがるんでしょ」

「……それはわかってるんだけど……」

 貴也とのつながりがきれたら、周一とのつながりもなくなってしまう。それは耐えられそうもなかった。

「家も隣同士だし、気まずくなるのも困るわけ。だから……」

 親同士のつながりを理由にあげている自分はずるい。


「ねえ」

 ボトルの大半を一人で空にした利恵が、咲子に提案を持ち出してきた。

「あのね、調布に住んでる同級生ってまだいっぱいいるじゃない? みんなで飲もうか。ちょっと合コンっぽい感じで」

 本人を見ないと、これ以上は何も言えない、と利恵は言う。

「そう――そうだね、そういう機会があればいいかも」

 流されているのかも、と思いながら咲子は利恵の提案に乗った。 


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