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file1-5

 頭の中は、混乱を通り越して真っ白になった。

 頬がぴくりと引きつって、ふと我に返る。


『キミは死刑』


 ゲーテと名乗ったネコ男の台詞が、何度も脳内でリフレインする。

 冷静になれ、私。

 とにかく、私は居てはいけない場所に来てしまった。

 そして、それがこの世界の誰かにバレたら、『死刑』?


「有り得ない」

「有り得ねぇな」


 ひとり言のつもりがどこからともなく返事をされて、私は恐る恐る声のする方を見た。


「岩城……」


 だけど、本当の岩城じゃない。

 ゲーテの説明から考えれば、この世界の、岩城結人だ。


「まさか、今の話」


 聞いていたんじゃ。

 だとすれば、私は即刻、死刑!?

 青ざめる私の手を掴み、岩城は私を見下ろした。


「侵入者、はっけーん」

「なっ」


 逃げようともがいても、両手首を掴まれ引き寄せられる。


「らしくないから、おかしいと思ったんだよな」

「は、離してっ!」

「ヤダね」

「お願い、私、絶対どこかに隠れて見つからないようにするからっ。だから、見逃して」


 完全アウェイである立場を忘れ、岩城を睨みつけて私は強い口調で言った。

 いつものあの岩城なら、わかったよとすぐに手を離してくれるはずだった。


「アンタ、どういう目的でこっちに来たわけ?」

「え……?」

「女王陛下の暗殺、とか?」

「まさか!」

「あ、そ。なーんだ。異世界から来た救世主とか、そういうヒロインじゃないのかよ」


 つまんね、と息を吐いて手を解いてくれるのかと思いきや、ただじっと瞳を見つめられ、気まずくなって視線を逸らした。


「じゃあ、何でこっちに来たんだ?」

「何でって、私もよくわかんないの。気がついたら、あの中庭にいて……私だって、好きでこっちに来ちゃったわけじゃないし、早く帰りたいのっ」

「じゃあ、どこからどうやって帰るつもりだよ」

「それは……」


 わからない。

 だいたい私はここがどんな世界でどんな場所なのかも、よくわかっていないのに。


「訳ワカンナイまんま、いつまでひとりで隠れてられると思ってんの?」


 岩城の言葉に、急に不安が込み上げてきた。

 いつまで、だろう。

 一体、いつまでこんな場所にいなきゃいけないんだろう。


「ま、俺がかくまってやってもいいけど?」


 逸らしていた視線を岩城に戻すと、いかにも何か企んでいそうな顔で私を見下ろしてる。


「本当に……?」

「信じないなら、このまま女王陛下に突き出して、アンタを牢獄にぶち込むまでだ。俺はアンタが死刑になろうとどうなろうと、正直どうでもいいからね」

「そんな」

「さぁ、どうする?」


 答えは、決まってる。選択肢なんか、ない。

 生きて帰るためには、とにかくなんとか今の状況をしのぐしかない。


「本当に、その……かくまってくれるの?」


 なんとなく、この岩城のことを信用できないけど、とりあえず、だ。

 岩城はそうこなくちゃと、ますます怪しげに微笑んだ。


「そのかわり、条件がある。俺の言うことに、すべて従ってもらう」

「は!?」

「そして、アンタにそれを断る権利はない。いいな?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。それ、どういうこと?」

「日本語は通じるんだろ?」

「茶化さないでよっ」

「俺は、いたって本気ですが?」


 いつまでたっても離してくれない手が、その証拠と言わんばかりに、痛いほどの強い力で私の手首を掴んだままだ。

 無駄な抵抗だと判っていながら、私はもがいて顔を歪ませる。

 理不尽な条件には納得できないけれど、仕方なく私は口を開いた。


「じゃあ……私は、どうしたらいいの」

「え? 声が小さくて聞こえないんですけど」

「だからっ、まず何をしたらいいのよっ!」

「んじゃ、交渉成立ってことで」


 彼の力から急に放たれて、私は勢い余って数歩後ずさる。

 ひりひりする痛みとうっすら赤い痕の残る腕をさすり、私は唇を噛んだ。


「とりあえず、その服、だよな。それは、女王陛下しか着ることを許されてない制服だ。鈴葉と同じものをメイドに用意させるから、俺の部屋で待っててくれ」

「アンタの、部屋?」


 こっちを向いた岩城は、すぐさま口をへの字に曲げて、ふっと息を吐いた。


「アンタ、じゃねぇよ。俺のことは結人って呼べ」


 それに似たような台詞、さっき中庭で聞いた気がする。

 この程度のことなら簡単、さらりと従えるけど。


「で……結人の部屋は、どこなの」

「三階の北側、右の一番奥だ」

「ちょうど音楽室の真下ってこと?」

「あぁ、そう。三階の南側は女王の部屋で、扉の前にはボディーガードがふたり常駐してるから、あまり近づかない方がいい」

「わかった」

「その並びに鈴葉の部屋もある。他のやつらは誤魔化せたとしても、本人に会うのは絶対タブーだから気をつけろ」

「うん」


 あのピアノを弾いていた『私』を思い出して、すぐにかき消した。

 他人から私はあんなふうに見えているのかと恥ずかしい一方で、とにかく気持ちが悪い。

 自分の他に、もうひとりの自分がいるなんて。

 それが意図的に動いてくれるならまだしも、まったく別の存在なのだから。

 肩をすくめたところで、岩城、いや結人が目の前に立ちはだかった。

 そして次の瞬間には腰を抱き寄せられ、顎をくいと持ち上げられる。


「じゃあ、これから仲良くやろうぜ。鈴葉姫」


 まるで馬鹿にしてるみたいな台詞に、何か言い返そうと口を開いた。

 だけど、そこにあるのは、岩城の優しい笑顔で。

 妙な錯覚に胸を突かれ、とたんに顔が上気していくのがわかる。

 顎を持ち上げる指を振り払おうとするよりも先に、私の頬、かぎりなく唇に近い場所に結人のやわらかい唇が触れた。


「なっ……」


 何すんのよ!

 そう叫ぼうと開いた口を、結人の唇に塞がれる。

 抗おうとするのに、口の中で繰り広げられる今まで知ることのなかった感覚に、ぐるり、目が回って指先に上手く力が入らない。

 何だ、何なんだ、コレ!?

 ようやく開放された口で、私は何度も息をした。


「まさかオマエ、キス初めて?」


 頭上からの結人の声に、私は返す言葉もなく、たぶん、異様に赤くなってるだろう顔を上げるわけにもいかず。

 情けないことにがくがく震える身体を、どうすることもできなかった。


「すげー可愛い」

「わーっ!!」


 今度は耳の輪郭を何かでなぞられて、私は絶叫して結人を突き放すと、猛スピードで三メートル以上の距離をとった。


「ち、ちょっと待って! こういうの、ナシっ」

「今更何言ってんだよ。鈴葉は俺の言いなりになるって、交渉成立したじゃん」

「言いなり……!?」

「あ、今エロいこと想像しただろ」

「してないっ!」


 一体、コイツ、何考えてんの!?

 白い歯を見せて、岩城と同じように笑顔を見せたって、その中身はまるで別人だ。


「それじゃ、俺の部屋で待ってて。検討を祈るよ、鈴葉姫」


 ひらひらと手を振って、結人は私に背を向けると、何か思い出したようにまたこっちを向いた。


「あと、もし誰かに会って話しかけられても、とにかくクールにやり過ごせよ。こっちの鈴葉は、今の姫のように可愛らしく赤くなるなんてこと、絶対にないからな」

「わ、わ、わかったわよっ」


 結人の背中が廊下を曲がって見えなくなると、私はがっくりと力が抜けて、その場にへたり込んだ。


「何なんだ……この世界は」


 場所は学校、だけどそれは中世ヨーロッパの城を思わせるように姿を変え、同じく見知った顔ばかりの登場人物も人格やスタイルが全く違う。

 そんな世界が存在したってかまわない。

 だけど。

 どうして私がこんなところに、迷い込まなきゃいけないわけ!?



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