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「ま、鈴葉がちゃんと約束を守ってくれたら、考えてやってもいいけどね」


 それはつまり、中断された行為の続きをするってことだ。


「もし、できなかったら……?」


 私が聞くと、結人は不満そうにこっちを睨む。


「コイツが現れたとたんに、随分強気なこと聞くんだな。けど、できないならもちろん、このままお前らを侵入者として突き出すよ。ふたりで仲良く、女王陛下に食われりゃいいじゃん」

「そんな」

「悪いけど、一切妥協しないよ。いくら愛する鈴葉姫の頼みでも、相手がコイツじゃあね」


 どうする? と聞きながら、結人は私の顎を指先で持ち上げた。

 決断を迫る決して優しくない眼差しが、私の返事を待っている。


「約束って、何だよ」


 結人の手首を岩城が掴み、再び一触即発、険悪な雰囲気になった時、岩城のポケットでケータイが揺れた。

 バイブレーションと共に、着信音が部屋に響く。

 ケータイを取り出し、ディスプレイを見た岩城が、あ、と声を上げた。


「鈴葉のケータイからだ」

「え!? うそ」


 岩城の言うとおり、ディスプレイには「鈴葉」の文字がある。

 私と岩城は目を合わせてから、岩城が通話に出た。


「はい……」

『鈴葉さんは、無事でしたか』


 ケータイから漏れる声は間違いなく、あの猫男、ゲーテだ。

 あぁと返事をする岩城から強引ケータイを奪い取ると、耳を疑いたくなるような台詞が聞こえてきた。


『それは、ある意味、残念でしたね』

「それ、どういうこと?」

『おや、鈴葉さん。この携帯電話はあなたのものだったのですね。随分とうるさく鳴るものですから、つい通話に出てしまいましたが。まさか岩城結人までも自ら望んでこちらにやってくるとは、面白い展開になりましたね』

「面白いとか、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 岩城まで巻き込んで、どうするつもり!?」

「それはそれは、人聞きの悪いことを言いますね」


 通話がプツリと切れると同時に部屋のドアが開かれ、私のケータイを振りながら、ゲーテが現れた。

 フリップを閉じながらこちらに来ると、失礼と岩城と結人の間を裂いて私にケータイを差し出した。


「落し物には気をつけて、子猫ちゃん」


 ケータイを受け取ろうとした手を不意に引き寄せられて、ゲーテの青い瞳が近づいた。

 嫌なヤツだけど、きれいな顔をしているとはずっと思っていた。

 すっと通った鼻筋も、形の良い唇も。その、吸い込まれそうな透き通ったブルーの瞳も。

 ネコ耳と尻尾がなきゃ、それなりにイケメンなのに。

 そんなことを考えたのは一瞬で、いつのまにか、私の頬にはその柔らかな唇が触れていた。


「あ!?」

「え!?」

「は!?」


 結人、岩城、私はそれぞれ奇妙な悲鳴を上げた。


「な、な、な、何すんの!?」

「キスしただけですよ?」


 うろたえ、立ち上がった私の手から、絨毯の上にケータイが落ちる。


「テメー、何してんだよ!」

「だからキスです。もう何度も鈴葉さんにキスしている結人様に、そんなことを聞かれるとは」


 胸に掴みかかった結人をなだめるように、その手をぽんぽんと撫で、ゲーテは平然と笑ってる。

 っていうか、岩城の前で、何てこと言うの!

 間違いなく今の台詞を聞いていたであろう岩城は、床に転がる私のケータイを拾い、立ち上がると一度何か考えるように俯いてから顔を上げた。


「……こんなとこ、早く帰ろう」


 感情を押さえ込んだような瞳で無理に口角を上げてる。

 本当は聞きたいことがあるくせに、たぶん私のことを思って踏み込んでこない。

 これが本物の岩城で、安堵するべきなのに、胸の奥が針の先でわずかに突かれたように痛い。

 岩城の手からケータイを受け取り、私はただ黙って頷いた。


「鈴葉さんは既にご理解していただけていると思いますが、簡単に帰ることなどできませんよ」


 ゲーテの声と共に指を鳴らす音が聞こえ、次の瞬間、ゲーテに掴みかかっていたはずの結人が、ゆっくりとまるで眠るように瞳を閉じ、脱力してゲーテの身体に寄りかかった。

 滑り落ちそうになる結人の身体をゲーテが支えると、そのまま静かに床に横たえた。


「結人……!?」

「大丈夫です。これ以上のことを彼に聞かせると、後々面倒なことになりますから、しばらく眠って頂くことにしました」

「マジで、どうなってんだよ……」


 混乱を通り越して苛立ったように言い捨て、岩城は私とゲーテを交互に見た。


「鈴葉さんのように、徐々に経験値を積んでからお話するのが一番わかりやすい方法なのですが、掻い摘んで簡単にご説明しましょう」


 ゲーテは岩城と私をソファへ促すと、いつの間にかテーブルの上に用意されたティーセットのポットから湯気の立つ紅茶を三人分カップに入れた。

 ゲーテの後ろには、この部屋になかったはずのひとりがけのソファが存在して、ゲーテは静かにそこへ腰を下ろすと、紅茶の香りを確かめてから、目を伏せカップに口をつける。

 もちろん岩城が呑気にカップに手をつけることなんかなくて、それは私も同じだった。


「ぼくはこの保護区管理人、ゲーテと申します。以後、お見知りおきを」


 いつか私にしたのと同じような自己紹介をすると、やはり帽子を脱いでネコ耳を露にした。

 ぴくりと岩城の身体が反応したものの、リアクションできずに目を見開いたまま固まっている。

 そしてすかさずこっちを見るから、私もどう言葉をかけたらいいかわからずに、ただ小さく頷いた。


「さて岩城くん、突然ですが、キミの望みはなんですか?」

「え……そんな急に聞かれても」

「常日頃、こうだったらいいのにと願っていることですよ。たとえば、そう、鈴葉さんを彼女にしたいとか、さっきぼくがしたように、彼女にキスをしたいとか、結人様がやっていたように彼女を脱がして組み敷いて、セ」

「ちょーっと待ってっ!! 今それは関係ないでしょっ!!」


 思わず立ち上がって、ギリギリのところでゲーテの言葉を遮った。

 岩城の反応を見るのが怖くて、でも気になって様子を伺えば、俯いたまま膝の上に置かれた拳が小刻みに震えてる。


「おや、そんなに興奮しないでください、鈴葉さん。ぼくはたとえばの話をしてるんですから」


 たとえるなら、違う話にしてほしい。

 こんな時でも穏やかな笑みを絶やさないゲーテは、相当な悪趣味だ。


「もしそんな想像をしているとしても、なかなか実現させることは難しいですよね」

「何が、言いたいんだよ」

「つまり、人間が抱えている妄想を現実にしてしまう世界こそ、この空想遊戯保護区なのです」

「んなの、あるわけねぇだろ」

「では、あそこでだらしなく眠っているもうひとりのあなたの存在を、どう説明できますか?」


 振り返れば、ゲーテの言うとおり、結人は口を半開きにして寝息を立てながら眠ってる。


「ちなみに現在この世界は、鈴葉さんと同じクラスの林田玲果の妄想世界であり、彼女の妄想の中には、キミや鈴葉さんが登場人物として存在している。ただそれだけのことなのです」

「じゃあ、どうしてそいつの世界にこの俺や鈴葉が……」


 岩城の不安そうな目が私を見るから、立ったままだった私は力が抜けたようにソファに座った。


「それは、キミたちがここに来ることを望んだからです」


 じっと私たちを見つめるゲーテの瞳が怪しく光って、岩城の喉が静かに上下するのがわかった。

 私も背筋が寒くなるようで、肩をすくめた。


「岩城くんの場合は、明らかに鈴葉さんが引っ張り込んだというのは否めませんが、ね」

「あ、私が……?」

「ここに来る途中、彼の名前を呼んだでしょう? 彼はそれに応えて繋がるはずのない電話を掛けてきた。そして、どうしても鈴葉さんに会いたいという岩城くんの気持ちが、この世界への扉を開いたのでしょう」


 岩城が私を見ているのはわかっていたけど、目を合わせることができずに私は俯いた。

 岩城の小さな溜息が、私の耳に届く。


「べつに……そんなのどうだっていいよ。とにかく、俺は早く元の場所に戻りたい」

「それならば、本当にキミが胸の中にしまい込んでいる望みを、ぼくに叶えさせてください。でなければ元の世界に帰してあげることができないのですよ。それがこの世界の管理人であるぼくの仕事であり、使命なのでね。この世界にやってくる人間は皆、心に決して叶わない欲望を抱えた者。岩城結人くん、鈴葉さんに呼ばれて来たとはいえ、キミもまた、そんな人間のひとりなのです」


 ゲーテの視線が岩城から私に移って、にっこりと笑う。

 黙ったままの岩城を見かねてか、ゲーテは立ち上がりポケットから時計を取り出した。


「ぼくも色々と忙しいので、ゆっくり考えておいてください。あと、結人様には今夜一晩眠って頂きますので、どうぞご安心を」


 そして、ゲーテは静かに部屋を出て行った。

 私と岩城と、いびきをかき始めた結人と、気まずい空気を残して。



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