表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/42

file3-2

 そこにいる、もうひとりの自分の姿を愕然と見つめる岩城に結人が近づくと、今度は結人がジャージ姿の岩城の胸座を掴んだ。


「邪魔すんじゃねぇよ」

「なっ……」

「ナニしようとしてたか、想像くらいつくだろ?」


 挑発的な態度の結人に、岩城が掴まれた腕を払いのける。


「お前、誰だ」

「誰だって? 笑わせんな、自分の顔忘れたのかよ?」


 顔を突き合わせている結人と岩城は、同じ骨格に髪型、目元に唇、指先、声、全てがシンメトリーであるはずなのに。

 ほんのわずかに違う動き、流れ、そして音。

 微妙なズレが生じてふたりは別の空気を纏い、同一人物であるにもかかわらず、きっと双子なんて存在より簡単に見分けられる。


「……どうなってんだ」


 青ざめた岩城が唇を噛んでこっちを向いた。

 私は慌ててシーツの下でシャツのボタンをなおすと、ベッドを降り岩城のそばへ向かう。


「岩城、どうしてここに」

「どうしてって……学習室に行っても鈴葉がいないから、ケータイ掛けたんだよ。そしたら、知らない男の声で、鈴葉が今、音楽室で大変な目に遭ってるって」


 髪の毛をくしゃりと握りながら、俯いていた岩城が顔を上げる。

 眉をひそめ、今まで見たことのない鋭い眼差しが私を貫いた。


「だから、来てみたら……なんでそんなカッコしてんだよ。意味わかんねぇ」

「これは……」


 まず何から説明したらいいんだろう。

 私自身も突然現れた岩城に動揺してる。

 こんな男子の制服を着ていることも、そんなことよりたぶん見られてしまったあの場面も、何もかも覆い隠してしまいたい。

 見られたことが恥ずかしいなんて可愛い気持ちじゃなく、罪悪感ばかり込み上げてきて、この状況をどう伝えたらいいのかわからなかった。


「オマエさぁ、好きな女を前に、そんな態度しかとれないワケ? んなんだから、いつまでたってもオトモダチなんだよ」


 結人が横から私の身体を抱きしめると、いつもの手馴れた感じで私の頬にキスをする。


「ち、ちょっと、結人っ」

「心配して駆けつけたんだろ? だったら、鈴葉が無事ならそれでいいんだって、こうして抱きしめてやればいいじゃん。一方的にテメーの気持ちだけ押し付けてんじゃねぇよ」

「るせーな、鈴葉から離れろよっ。嫌がってるだろ」


 岩城は私の腕を引っ張り、でも結人が離すまいと私を抱きしめる力を強くした。

 目の前にはいがみ合う岩城と結人。

 もう、ワケわかんないっ。


「ふたりともっ、痛いから離して!」


 手を離してくれたのは岩城だけで、結人はそんな岩城を嘲った。


「鈴葉、コイツ、ホントに俺なのか? ありえねぇんだけど」

「結人も、いい加減ふざけないで」

「ふざけてなんかないよ。俺はただ鈴葉と続きがしたいだけ」

「だからっ!」


 力任せに結人の顔を押しやると、やっと身体が自由になって、私は肩で大きく息をした。


「とりあえず、みんな、落ち着こう」


 私は両手を広げてふたりを抑えるようなポーズをしたけれど、そんな自分が一番混乱しているような気がする。

 それぞれ違う表情で憮然としているふたりは、互いに顔を背け、そして同時に私を見た。

 責めるような彼らの視線に、思わず頬が引きつる。

 その時、まるで助け舟のようにドアをノックする音がした。


「失礼いたします」


 春日さんの声だ。

 ドアのほうを見遣れば、両開きの扉は片方だけが大きく開かれたままで、気を使ってか春日さんはその影から声をかけているようだった。


「ゲーテ様より、騒がしいので見てくるようにと仰せ使いましたので、お伺いしたのですが……入ってもよろしいでしょうか」


 まずい。ヤバイ。

 私はともかく、結人がふたりいるのを見られてしまえば岩城の運命は、私と同じ。

 ……侵入者は、死刑。

 冷や汗の浮かぶ額を押さえる私に、事情のわからない岩城は首をかしげ、それを見かねたように結人が小さく息を吐き出すと、ひとり、ドアのほうへ向かった。


「ごめん、ペットが一匹増えちゃってさ。さらに言うこと聞かないヤツだから、今、部屋に入ってくるのは危険だよ」


 ちらりとこっちを見遣りながらそんなことを言うから、もちろん反論しそうになる岩城の口を強引に押さえ、私たちはチェストの陰に隠れて身を屈めた。


「鈴葉、一体何なんだよっ」


 声を潜め、それでも露骨に嫌な顔をしたまま聞いてくる岩城に、いつかゲーテに言われた台詞を思い出した。


「この世に全く同じ人間がふたりいるのは、おかしいと思わない?」

「は?」

「岩城がふたりいるなんて、絶対にありえないでしょ」

「言ってる意味わかんねぇよ」

「だーかーらっ、ここは私たちがいた世界とは、全っ然違う世界なの。だけど、ここには、私たちの世界とは別の岩城も私も存在してて……」

「……夢、なのか」


 必死に説明する目の前で、自分の頬をつまみながらそんなことを言うから、私は岩城の耳を思いきり引っ張った。


「いてーっ!!」

「夢なんかじゃないわよっ! バカっ」


 思わず大きな声が出て、私はすぐさま自分で自分の口を覆った。

 しかし、時すでに遅し。


「鈴葉様、いらっしゃるのですか?」

「え? いや……そう、この前、動画撮ったんだよ。それ観てたんだ」


 結人の辛うじてのフォローに、春日さんの微妙な返事が聞こえる。


「もう一度、鈴葉様にお礼を言いたくて……もしいらっしゃるのでしたらと思いまして」

「あぁ。……それなら、もうあまり関らない方がアンタのためになる」

「え……あ、そ、そう……ですか。そう、ですよね」


 その声から、笑顔を作りながらも躊躇っている春日さんの表情が浮かぶ。


「わたくしのような者が、大変失礼いたしました」


 そんなことないと思うのは、私が違う世界の人間だから。

 ゲーテがどんなふうに、もうひとりの私の記憶を操作したかはわからない。

 でも今後、これ以上自分から彼女に関るのはやめようと思う。結人が言うように、そうするほうがきっと春日さんのためだ。


「鈴葉」


 結人と春日さんの会話に耳を傾けていた私を、岩城が呼ぶ。

 顔を上げると、岩城は今までの表情とは一変して呆然と口を開けたまま、ぐるりと部屋を見渡していた。


「ここ、音楽室じゃないのか?」


 幾分冷静さを取り戻したのか、確かめるようにそう聞くと、こくりと岩城の喉の突起が大きく上下する。

 同じように私も気持ちを切り替えて、深呼吸してから口を開いた。


「残念ながら、音楽室はこの部屋の真上だよ。でも、私たちの学校の音楽室じゃないけどね」

「ごめん、鈴葉、もう一回最初から説明してくれ」


 髪をぐしゃぐしゃと掻いてから、情けない目をして岩城は気の抜けた息を吐いた。

 それから私は、この世界について自分が今知りえることを、なんとか岩城に伝えた。

 ここがある人物が作り上げた空想世界であり、全てはその人物の思うがままで、現実とはかけ離れた空間だということ。

 私たちはどういうわけだかそこに迷い込み、見つかれば侵入者として死刑になるかもしれないこと。

 死刑とは、首を切り落とされるとか、そんなことじゃなく、チョコレートにされて食べられてしまうこと。

 馬鹿らしいけれど、本当のことで、そしてそのある人物というのが、私のクラスメイトの林田玲果であるということ。


「で、こっち世界では私と岩城は女王陛下と呼ばれる林田さんの愛人で、なんだかよくわかんないけど、こっちの私は男装してるの。だから、私も誰かに会った時のカモフラージュとして、彼女と同じようにこんな格好してるわけ」


 岩城は眉間に深い皺を寄せ、黙ったままゆっくりと首を捻った。


「上手く説明できないけど、とにかく私たちはこの世界の人間じゃないことを、誰にも悟られちゃダメなの。それだけは、絶対、ダメ」

「けど……アイツは、鈴葉が、その……こっちの世界の人間じゃないってわかってるんだろ?」

「それは……ちょっと事情があって、黙っていてくれてるんだけど」


 何か言いたそうにしながらも、岩城は小さく頷いた。

 岩城のいうアイツとは、結人のことだ。

 絶対服従するという条件付きで、結人に黙っていてもらっているなんて、とても今、岩城に告白できない。


「鈴葉のケータイ持ってんのも、アイツなのか?」

「え? あ……」


 つい大きな声を出してしまいそうになるのを、必死でこらえて岩城を見る。


「私のケータイに、誰か出たんだよね?」

「あぁ、うん」

「よくいえば紳士的だけど、ちょっとムカつくような嫌味な感じじゃなかった?」

「確かに話の内容のわりには、淡々としてたかもな」


 私が大変な目に遭っていることを知っていて、そんな話し方をするのは、ひとりしかいない。

 あの人物が私のケータイを持っているのなら、いくら探しても見つからないわけだ。

 でも、だとしたら、元の世界とこっちの世界で通話できたってこと?

 それに、ここに来てからもう三日目になるのに、岩城はまるで、私たちが一緒に帰る約束をしたあの日からやって来たみたいで。

 まだこの世界を理解できず混乱している岩城と目を合わせたとき、ふと視界に足元が見えて顔を上げた。


「メイドはなんとか誤魔化したけど、俺、ソイツをかくまうつもりはないからな」


 腕を組んで見下ろす結人は、冷たく突き放すようにそう言ったあと、私に視線をよこしてニヤリと笑った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ