ホラー小説 【禁断の地下室】
第一章 異国の静けさ
護は、自分の好奇心が人生を狂わせることになるとは、まだ知らなかった。
二十五歳。
心理学を専攻する大学院生。
人の心の闇を「研究対象」として眺めてきた男。
日本の都会で育った護にとって、
アメリカの片田舎は別世界だった。
見渡す限りの畑。
夜になれば街灯すら消える闇。
人の気配より、風と虫の音が支配する土地。
ホームステイ先の家――
農場を営むジョンの家は、木造で古く、
どこか息を潜めているような家だった。
「地下室には、絶対に入るな」
初日に言われた言葉だけが、
妙に重く胸に残った。
第二章 写真のない家
家族は一見、理想的だった。
父・ジョンは寡黙で厳格。
母・エリザベスは穏やかで、いつも微笑んでいる。
娘のサラは、外の世界に憧れる年頃の少女。
だが、護はすぐに気づく。
この家には、過去が存在しない。
壁に写真がない。
アルバムもない。
子供の成長の痕跡が、どこにもない。
「写真は……?」
そう尋ねたとき、
ジョンは一瞬、視線を伏せた。
「過去は、人を弱くする」
その声は、
説明ではなく戒律だった。
第三章 地下からの声
夜。
家が眠りにつくと、
床下から音がした。
――ギシ……
――ゴト……
最初は、家鳴りだと思った。
だが、それは規則的すぎた。
まるで、
誰かが、助けを求めるように。
心理学を学ぶ護は、
自分の中の理性が警告するのを感じていた。
「深入りするな」
だが、同時に思った。
「真実を見なければならない」
第四章 禁断の扉
ある夜、
護は台所の棚の奥から鍵を見つけた。
地下室の鍵だ。
扉を開けた瞬間、
冷気が、肺の奥まで入り込んだ。
懐中電灯の光が、
闇を切り裂く。
そして――
鎖。
壁に繋がれた、
痩せ細った若い男。
「……助けて……」
その声は、
人の声だった。
彼の名は、ダニエル。
ジョンの長男だった。
第五章 狂気の父
「見せたくなかった……!」
怒号が地下に響く。
振り返った瞬間、
そこに立っていたジョンの顔は――
父親の顔ではなかった。
目は見開かれ、
口元は歪み、
理性の皮膚が剥がれ落ちていた。
「家族を守るためだ!!」
護は逃げた。
だが、
ジョンは追ってくる。
足音が、
背後で獣のように迫る。
「逃げるな!!
お前も、ここに属するんだ!!」
第六章 裏切り
唯一の希望。
保安官マイク。
護は縋るように訴えた。
「助けてください……!」
マイクは、静かに首を振った。
「……悪いな、護」
その目に、
迷いはなかった。
「俺も、家族なんだ」
次の瞬間、
護の腕は掴まれていた。
第七章 地下室の住人
鉄の扉が閉じる。
ガシャン
光が消える。
護は、
ダニエルの隣に鎖で繋がれた。
上から、
ジョンの声が降ってくる。
「ここで、静かに生きろ」
それは命令だった。
終章 闇に沈む声
外では、
護の失踪が噂になった。
だが、
誰も真実には辿り着けない。
町は静かに、
いつも通り回り続ける。
地下室では、
二つの呼吸だけが続いている。
希望は、
音を立てずに朽ちていく。
護とダニエルは、
今日も暗闇の中で生きている。
忘れ去られたまま。
【禁断の地下室 BAD END】




