第四話 噂
校内は、朝からざわめいていた。
「ねえ、本当に付き合ってるの?」
「契約って聞いたけど……それ、ありなの?」
「でもさ、カイルが否定しなかったって」
視線が、背中に刺さる。
通り過ぎるたび、ひそひそ声が追いかけてくる。
セレーナは俯いたまま、歩調を速めた。
否定しなかったのは、カイルだ。
否定できないのは、自分だ。
契約。
それは紛れもない事実で、言い訳にも盾にもならない。
胸の奥が、鈍く痛んだ。
廊下の角を曲がったところで、誰かが立ちはだかった。
「……ちょっと、いい?」
カイルの名を口にすることが多い女子だった。
柔らかく整えた髪と、張りついたような笑顔。
「ね、噂……本当なの?」
「契約って、どういう意味?」
答えを探す前に、視線が突き刺さる。
「演技でしょ? だってあなた……」
一瞬の間。
「釣り合ってないもの」
息が、止まった。
「カイルは、ちゃんとした未来がある人だから」
「軽い気持ちで隣に立つなら、やめてあげて」
何も言い返せなかった。
言い返す資格が、ある気がしなかった。
夜の講義室は、昼よりも広く感じた。
照明魔石の淡い光が、机と床の境目をぼかしている。
セレーナは杖を握り、呪文を唱えた。
魔力が広がり、歪む。
形を保てないまま、消えた。
「……今日、変だ」
低い声。
顔を上げると、カイルがこちらを見ていた。
「昼、何かあっただろ」
探るような視線。
心配しているのが、隠しきれていない。
「……別に」
視線を逸らす。
「契約だし、関係ないでしょ。気にしないで」
空気が、きしんだ。
カイルはしばらく黙っていた。
拳を一度、強く握りしめてから、低く言う。
「そんな言い方、ないだろ」
セレーナは笑った。
喉がひりつくような、弱い笑み。
「私、あなたの隣にいる理由ないよね」
「演技でも……もっと上手くやれる人の方が、よかったんじゃない?」
顔を伏せる。
床に落ちる影だけが、揺れた。
椅子が引かれる音。
足音が近づく。
肩に、手が置かれた。
驚くほど、静かで、あたたかい。
「……」
言葉はなかった。
それなのに、胸の奥で、何かが崩れた。
この距離は、戻れない。
優しさが、逃げ場を奪っていく。
「……お前に何かあったら、困る」
ずるい。
そんなふうに言われたら。
どちらも動けなかった。
契約の内側で、真実が触れてしまった夜。
二人はただ、互いの体温を感じていた。




