レクイエムを唱えた日
夫婦は、どんなに長くいても愛のカタチは日々変わって行くものだと私は思います。それが傍から見て歪んでいるように見えても当の本人たちからすれば、当たり前のカタチだったり。というのが愛のカタチは様々だという事なんじゃないのかなと思います。時が経つと愛することも慣れてしまいがちの生活で、出逢った頃を思い出すせば、また好きになれるだなんて、ドラマの中だけだと思うし、実際思い出したところでその時の感情なんては後々、ほとんどが美化されているものだと思う。
だからこそ、今いる恋人、夫婦、パートナーを後ででなく、今こそ大事にして思い出をアップデートしていかないといけないと私は思う。
私は夫が嫌いだ。
もちろん、好きだったから結婚した。
たくさんの場所に行ったし、たくさんの思い出も作った。その末、嫌いという結果になった。日々の生活で、何千回言ったであろう電気のつけっぱなし、水の出しっぱ、冷蔵庫が半開きのまま音が鳴っているのにも気づかない。「気をつけろ!」と言ってもその数分後にはまた同じことの繰り返し。結婚生活13年目、人生100年時代。この生活が半世紀以上続くのかと思うと逃げたくなる。そんな、逃げ出したい気持ちもありつつ、でもお金の面では離婚したところで生活していけないので仕方なく現状維持の蕪崎京子であった。
今日もまた、臭い靴下が転がっていて、半ケツ出してあの頃の色気もクソもない蕪崎誠太が寝転んでいた。
「ねぇ、頼んだシャンプー買ってきてくれた?」京子は朝、誠太が家を出る前に頼んだのだ。「あ、ごめん明日買ってくるよ。」…あ、明日?と、もう今日使う分はないのは知っているのに、今日は自分もどうやって洗うんですか?なんていうイライラが募る。そして私に追い打ちをかけるように「今日はボトル水入れてバシャバシャすれば使えるっしょ」といつも大量に使う誠太がトドメを刺す。
プチンッ!「いやいや、お前がいつも大量に使ってるから無くなったんだけど!水を入れて傘増ししたところで私が入る頃にはもうねぇだろーがよ!」沸々と湧き上がる怒り。さすがにやべぇなと思った誠太は、「あ、じゃあ行くよコンビニでいいよね」言葉を振り絞って言った。私は「じゃあ、じゃねぇよ!あたりめぇだろ!」と怒りながらもお金を渡して見送った。ちなみに、うちは誠太がお金の使い方が大下手くそなので、お小遣い制である。
この前も、よくわからない“こけし”を買ってきたり、京子が喜ぶと思ってと、出張先で木彫りのクマを買ってきた。喜ぶわけねぇだろうがバカ。まぁ何かを買ってこようと言う気持ち“だけ”はありがたいが。
「ただいま!」ウキウキで帰ってきた誠太がコンビニでアイスやお菓子を買うのはまぁまだ、いい。問題はシャンプーだ。
ガバッと袋を開けたら、男性用のスースーするやつ。おいおい、なんだよこれ。一応買ってきてくれたのでお礼は言うが文句しかねぇよ。ニコニコで誠太が
「リンスインだからこれで一本で済むね!しかもこれ安売りだったんだぜ」と、あぁ一から言わないとダメな人だった。私が悪かったね。と呆れ顔で、「あーそーだね」
誠太はなんで喜んでくれないんだろ?とわからない表情をした。そんなことは数分で忘れる頭の中がお花畑でもあった。
私たちには子供がいない、結婚した時から決めたことだ。だから、老後どうなろうがどっちかが介護をして残った方が施設に入るみたいなそんなことをぼんやりだが二人で決めた。なので、常に二人のこの空間は、当然会話もなくなる。TVが付いていたら、面白いね。という会話。毎週同じ番組を観ているので、同じ会話、同じリアクション。それ以外はスマホをイジイジして決まった時間に寝る。たまにお休みの前日、誠太が寝たことを確認して、サブスクで映画を観ることが今の楽しみ。
誠太の誕生日の日、私は毎年送り合ってる手紙とお気に入りのブランドのお財布をプレゼントした。その日は、貯金を崩してちょっといい焼肉屋さんにも連れて行った。美味しかったね、ありがとう!という言葉と共にいい思い出になった。
そして、ついに来た。私の誕生日、何をくれるのだろうとワクワクさせて胸踊らせる。
ガチャッ!扉が開く。「ただいま!今日は誕生日だからこれ買ってきたよ!」と期待に胸を膨らます。
ガバッと袋を開けるとそこにはスーパーの8個入りのお寿司のお弁当。
「これ、二つで20%OFFだよ!安くない?お寿司好きだよな」とその後に毎年のお手紙を渡されたが、破り捨てたくなった。プレゼントは割引のお寿司のみらしい。どうやら私は割引の女らしい。もう怒るのもバカらしくなって、その日は何を言われてもスルーをする京子であった。
また、同じ日々が続いていく、ひと月、ふた月と過ぎて行ったある日。バタバタバタ廊下から誠太が駆けてくる。ガチャ!「京子!明日休みだろ?旅行にいこう!」と言われた。随分珍しいことをいうもんだと驚いたが「う、うんいいけど」どうせなにも考えてないんだろうと思ったけど、たまにはいいかなと思い承諾をした。
日帰りの旅行で、温泉に浸かったり、お買い物をしたり。両家の実家にお土産も買って、珍しくちゃんと計画もしてくれたのだ。「なんだか次の日雪降っちゃうのかと思ったよ」高校からの親友の芽衣子に言う。
「いい旦那様じゃない」と素敵な旦那がいるアピールをした後、私の誕生日の話をしたら大爆笑。腹抱えながら笑っていた。「でも、いいじゃない。私なんて誕生日忘れられてたぐらいだよ。手紙送り合うなんて、そんなこと付き合いたて以外にしないよ」と言われ、まだ、他と比べたらいい方なのかなって思う。
思い返せば、たまに「京子、愛してるよ」と言われるが、私は「ハイハイ」と受け流していたな。それも長続きしていた秘訣ではあったのかな。なんて思いながら、会計でのいつものこっちが奢るよ論争。店員さんをちょいと困らせて、今日のところは芽衣子と別れた。
帰り道、たまには愛してるよの一言があってもいいのかなと交差点を待っていた。
すると、突然。 ドンッ!
聞くだけでも、鈍い音が響いた。
向こうの道だったし夜だったからよく見えなかったが、二人が車に轢かれ倒れている。ぼんやりとだが、小さい子を抱いたまま転がっていた。周りには血の海が溜まっていた。人通りも多かったので、すぐに救急車を呼んでいる人がいたり、野次馬がいたり。
「か・・ざぎせいた」ドキッとした。倒れてるその人は救急車を呼んでくれてる人にか細い声で言った。
よくは聞こえなかったが、確かに聞こえた。「せいた」血の気が引いた。履いていたヒールを脱ぎ捨て、野次馬を払い除けた。
そこには、誠太が小学生ぐらいにの女の子を抱きながら転がっていた。「わ、私妻です」名前の確認をしながら、頭から止まらない血を通行人の男の人と抑えながら「止まれ!止まれ!」と心のなかで何回も神様に願った。救急車が来て、誠太はICUに入ることになった。助けた女の子はかすり傷で済んだらしい。それは良かった。でも、そんな事どうでもいい。どうでもいいという事はないけど。誠太が目を覚まさない、酷く頭を打ったらしい。
面会できる日は、ずーっと手を握った。目覚めてと願いながら。帰って来い!と言い続けた。
「ご臨終です」
誠太が死んだ。
え、なんで?何が起こったの。わからない…
プツンッ
私の意識が飛んだ。まるで、昔のTVの電源を消す時のように、電源ボタンを押してからほんの数秒完全に画面が真っ暗になるまで時間がかかるように。
鏡で自分の姿を見た。目のまわりが腫れていていた。喉は枯れている。そこにはお母さんがいた。
どうやら私は発狂したあと、ショックで意識が飛んだらしい。
そうだ、誠太死んだんだ。
今まで満たされない幸せの器が、一気に空っぽになった。
母の支えもありながら誠太の元に駆け寄った。
出し切ったと思った涙はまた溢れ出てくる。
「ねぇ・・・ 私ね、帰ってきたら、愛してるって言おうって思ってたの」
手を握る。
数年ぶりに握ったが大きい手だ。
冷たくなる手を強く握りながら言う。
「…愛してる」
「いってらっしゃい…」
なにもかも終わって、ボーッとしてTVの録画を眺めていた。
「熟年離婚を阻止!考えよう夫婦のあり方!」
これが再生済みだった。
なるほど、これを見ていきなり旅行行こうなだなんて言い出したんだな。なんだか、誠太らしいと思った。
そういえば、誕生日にくれた手紙読んでなかったな。
開いてみると、
誕生日おめでとう!愛してるよ!
今度、京子の愛してるも聞きたいな〜
なんて、少ない文書だ。
もう少し言おうと思うタイミングがはやければなんて、もうどうしようもない。
思えば、私が誠太に出逢っていなければ、今住んでいる家に住んでなかったら、帰り道が事故現場じゃなかったら。なんて思っても思ってもどうしようもならない事が頭をよぎる。
その日、誠太が夢に出てきた。いつものニコニコの笑顔でこう言った。
「京子、愛してる、伝わったよ。ありがとう。俺ずっと聞きたかったんだ…。
鎮魂歌ラテン語で安息をって言う意味だって。歌ではないけど、俺は京子の愛してるっていうその言葉だけで安らぎが持てるよ。なんてね。元気でいろよ」
朝目覚めてカーテンを開けた時、その日は季節外れの雪が降っていた。
おわり
ご愛読いただきありがとうございます。
自分でも一通り読み直したのですが、誠太の本名のなかに「ぎせい」という文字が入っているのは、たまたまで、故意にやったわけではありません。
私の父はざっくり言うと亭主関白で、今の時代にそぐわないなと思います。それでも母はたまに怒りながらも毎日、炊事洗濯を欠かさずやります。だからそれが親の夫婦のカタチだと私は思います。
私は、結婚もしていないので想像で思い描くことしかできないですが、100%の理想の生活はきっといつになってもできないもので、我慢をしなくてはならない場面が夫婦になるとたくさんあると思います。それを嫌々ながらも許しあえて、まぁこの人でもいっかという人を自分のパートナーにしたいなと私は思う。




