栗まんじゅうの恨み
「忘れた」
自室にて。
ローテーブルの上に開いたノートの前で、ボールペンを握りながら俺は一言そう呟いた。
「は? なんじゃ藪から棒に。勉強か?」
そうじゃない。
もう何度死んで蘇ったか、最初の方の授業内容は文字通り死ぬほど聞いているので、教師のモノマネをしながら喋ることが出来るくらいだ。
しないけど。
まあ、おかげで三年生の授業内容は忘れちゃったけどな! アハハッ!!
…………今それはどうでもよくて。
このノートには、死ぬ度に変化したパーセンテージを記入しておいたのだが、死に戻りする度に白紙に戻る。
しかし今回、段々と流れ作業になってきた所為で、記入を忘れてしまった。
「上がったり下がったり上がったり下がったり。もう今何が何%なのかわかったもんじゃありませんよ!?」
「お、おう……落ち着け」
いかん、少し取り乱してしまったようだ。
「ふっふっふ……」
深呼吸をしている間に、ベッドに腰掛けていたリンネは何故か不敵に笑っていた。
ベッドからぴょんと飛び降りて、クローゼットをゴソゴソと漁る。
あ、そこには秘蔵のエッチ本が……っ!
いや、あれを隠したのは二年の頃か。じゃあ今は無いわ。
「じゃじゃーん!」
クローゼットから引っ張り出してきたのはホワイトボード。
明らかにクローゼットのサイズより大きいホワイトボードだった。
「それどうやって出した?」
「そんな事は問題ではない!」
果たしてそうだろうか。
ホワイトボードには項目が五つ、横には数字が記されている。
「こんなこともあろうかと、とな! 一度言ってみたかったんじゃぁ!!」
そりゃよかったですね。
上機嫌でホワイトボードをバンバンと叩き、俺を注目させる。
「ここには、お主が死んだ際の変動が自動で更新されるスグレモノじゃ!」
ほう、そりゃ凄い。凄いが。
今まで俺がせこせこノートに書き込むの見てたよな。
「なんで最初から出してくれなかったんだ?」
「無駄な努力をするのが面白…………じゃなくて、自ら覚えようとする、その頑張りを無かったことにはしたくなかったからの!」
前半が完全にノイズになっていて褒められた気はしなかったが。
切り替えていこう。自動更新されるらしいこいつがあれば、今後は必死こいて覚えておく必要はなさそうだ。
えーと……なになに?
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
目元 0 / 100%
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
鼻筋 31 / 100%
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
口元 0 / 100%
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
身長 152 / 177cm
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
体重 113/ 70kg
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
………………。
俺こんなに小さかったっけ!?
「デブじゃのう」
「うるせぃやぃ!!」
というか、パーセンテージはわかるけど、身長と体重の数字はなんだろうか。
「それは目標の身長と体重じゃな。そこでストップするようになっておるぞ」
「身長はもっとあっても良いんだけど」
それこそ2メートルとか。
しかし俺の密かな希望に対して、リンネは首を振って拒否を示す。
「ダメじゃダメじゃ。過ぎたるは及ばざるが如し、今ただでさえキモい麗人がデカくなったところで、今度はデカくてキモい麗人になるぞ」
キモいって言う必要あったか?
ダメって言うだけで良くなかったか?
「これ、なんで鼻筋しか上がってないんだ?」
「ランダムじゃよ」
ランダムなのに鼻筋しか上がらないっていうのもある意味凄い確率だが。
しかしゼロの項目が多いし、身長も体重もまだまだ目標には程遠い。
まだまだ先は長そうだ。
ボードを見ながら考えていると、リンネはクローゼットにボードを押し込んでいく。
物理的に無理だろうというそのサイズは、何故か吸い込まれるようにクローゼットに入っていった。
中身を検めて見る。が、ホワイトボードの姿は影も形も無い。
……まあ、気にしてもしょうがないか。
「ちなみに、今後見たかったらワシに大福を献上するのじゃぞ」
「え、マジで?」
「マジじゃ。展望台の望遠鏡を見るが如しじゃ。従量課金制じゃ」
その例え通じる人いるのかな。
リンネの表情を見てみると、いずれ献上されるであろう大福を夢見ているのか恍惚な表情を見せている。
…………しょうがない。
「リンネさまー、数字を忘れちゃったんで見たいですぅー」
「む? もう忘れたのか? まったくしょうがないのう麗人は、まったくまったく」
まったくまったくうるさいな。
とは言え、今ここに大福はない。
「買いに行くとするかの!」
上機嫌なリンネと共に、またもコンビニに赴くのであった。
………………あったが。
「う…………売り切れ!?」
この世の終わりかというくらい項垂れるリンネ。
ショーケースに縋って泣きつくような、そんなポーズだった。
その姿は見ていて思わずにやけてしまうほどだ。
「おーいおいおい……おーいおいおい…………!」
ガチ泣きだった。
流石にちょっと引く。
「り……リンネ、栗まんじゅうあるぞ?」
小声で話しかける。
リンネの姿は誰にも見えていないため、こんな面白おかしい泣き崩れる姿は俺にしか見えていない。
違う棚から和菓子を見つけ、リンネに見せてみる。
「嫌じゃあ! 大福が良いのじゃぁ!!」
まるで駄々っ子のようだった。
ともすれば床に転がってジタバタ暴れかねないリンネの雰囲気に、俺は面倒だが新しい提案をする。
「他の店に見に行ってみるか?」
「そうしよう!」
ガバリと起き上がった。現金なヤツめ。
とりあえず手に持った栗まんじゅうだけ会計を済ませ、ポケットにねじ込んで退店する。
隣を歩くリンネだが………………視線は俺のポケットに吸い寄せられるようにガン見していた。
「それ、いつ食べるのじゃ?」
「帰ってからだけど」
「ふうん」
と言いながらもガン見。
なんだかんだ言いながら興味はあるようだ。超常現象を引き起こす人間の枠を超えた存在だと言うのに、こういう姿を見ていると本当に幼女に思えてきてしまい、俺は思わず失笑する。
「おい麗人、あれ」
「え?」
リンネが指を差した方向を見てみる。
すると、郵便局員の人がポストから手紙を回収していた。
どう考えても俺には関係ない。
「おいリンネ、一体何が――」
「むっ!? これはこれで美味いのう!! 優しい甘さがあるが……やっぱりワシは大福がナンバーワンかの!」
俺のポケットから栗まんじゅうを盗み食べていた。
………………。
いや、良いんだよ? 本当はリンネにどうかと思って手に取っただけだから。
後で食べようと思って、とりあえず買っただけだからさ? 別に無くなったとしても問題はないし?
でもさ、ちょっと意地汚いよね? 怒りの所為か……いや怒ってないんだけど、俺の腹の虫も鳴き始めた。
「リンネ」
「……はっ!? いや、これは……そのぉ…………」
「大福無し」
「許してほしいのじゃぁ!!」
許しません。
そのまま無言で違うコンビニに向かう。後ろではリンネが謝ってきたり甘えてきたりしていたが、全部無視した。
そしてコンビニに到着。目的であった大福を買って、店を出る。
「………………」
「………………」
大福と俺を交互に見るリンネ。上目遣いで申し訳無さそうな顔をしていた。
コンビニの裏手に周り、俺は大福の包装を剥がしていく。
空気に晒される大福にかぶりつこうと…………。
「ぁ…………!」
消え入りそうな抗議の声。見ればリンネが目に涙を溜めてるじゃないか。
…………はあ。
「ほら」
「……よいのか?」
「ああ」
短く言うと。花が咲いたような笑顔を見せながら大福を受け取りパクつく。
「ありがとうなのじゃ、麗人」
「……ああ」
礼を言うにはまだ早いけどな。
大福が一つ。食べ終わるのはすぐである。
「ごちそうさまなのじゃ!」
「よし、それじゃ――」
俺は道路に飛び出す。
「なにいいいぃぃぃいっ!?」
リンネの驚いた声と共に、俺は意識を手放した。
――じ、自殺なので、鼻筋がマイナス1%……。
え、なんか言ったか?
――…………大福くれたから、その……鼻筋が、プラス5%……。
あーあ、死ぬ前に栗まんじゅう食べたかったなー!
――く……クソ! 鼻筋プラス19%じゃ!! 持ってけドロボー!!
あざーす!!
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
目元 0 / 100%
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
鼻筋 31 / 100% → 50 / 100% New!!
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
口元 0 / 100%
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
身長 152 / 177cm
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷
体重 113/ 70kg
◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷