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えっちないじめっ子


 入学式ももはや何度目か。


 ダイジェストでお送りした後、俺はコンビニに寄って自室へと戻る。


 普段であれば薄暗い部屋の中、今はリンネがカーテンを開き、部屋の空気を入れ替えてくれたおかげで埃っぽくない空気が俺の体を通っていった。


 リンネはベッドの上に座り、壁を向いたまま俺の方を見ようともしない。


 それもそのはず、先日の大福の一件が尾を引いていて、俺の顔を見ようともしなければ口を利こうともしない。


 プイと背中を向けて座る小さな体は、全身で怒りを表現していた。



「……ご所望の品です」



 リンネの後ろにガサリとコンビニの袋を置いて、出来るだけ下手に出る。


 ペナルティもボーナスもリンネの胸一つ。であるならば、出来るだけ彼女のご機嫌を取るのが正しい行い。


 これも世のため俺のため。こんなちびっこに下手に出るという苦渋はベロベロに舐めてやるわ。



「………………」



 リンネの首だけ動いた。横目で近くに置いた袋を確認しているようだ。


 また壁を向いたかと思うと、手だけがわきわきと蠢く。どうやら袋を手探りで求めているようだ。やがて袋に触れた指は、自分の胸元に手繰り寄せる。


 ガサガサと中身を確認する。怒りを表現していたはずの闇を抱いた背中は、光りに包まれていくのがわかった。



「おお~……! 大福っ! イチゴとあんこ三つずつ……! よいのかっ!?」


「ああ、この前迷惑かけたしな」



 輝いた表情で振り返り、愛しい相手のように両手で包みながら、まるで神に捧げるが如く天上へと掲げる。


 俺と目が合う。


 咳払いを二度して、輝いた表情は敢えて仏頂面へ。



「んっ、んんっ……! ……まあ? こうまでされれば? 許してやらなくもない、的な?」


「ありがたき幸せ」


「今回のことで反省したじゃろ、今後はワシのことをよ~~く敬うのじゃぞ」


「…………へいへい」


「なんか言ったか?」



 滅相もない。


 首を緩やかに横に振りながら、リンネの様子を伺う。


 俺をジト目で見ていたのも一瞬だけ。袋の中から大福を一つずつ取り出し、ペリペリと包装を剥がしていく。


 小さな手に握られる大きな大福、片手はあんこ、片手はいちご。



「いただきまあああすっ!!」



 勢いよくかぷり、とかぶりついた。


 輝いていた瞳は更に輝き。まるで星でも飛び出すのかと言うくらいキラキラと煌めいていく。



「ん~~~~~っ!!」



 じたばたじたばた。


 さぞ美味なのだろう。噛み切ることなく大福を咥えたまま身を捩る。おかげでベッドの上は粉だらけだい。


 まあいいけど。



「うみゃいっ! これ以上美味い物がこの世に存在するだろうか、いやないっ!!」



 自分の言葉を反語で否定しつつ、もう片手の大福にもかぶりつく。



「こっちはイチゴ! イチゴの甘み…………いや、酸味……? …………とにかく美味いっ!」



 食レポド下手か。


 しかし喜んでいるのだけは表情だけでなく体全体で見て取れる。その喜びようを見ていると、前回申し訳ないことをしたと思う反面。


 早く本題にいかせてくれという焦れったさも感じる次第。


 最初だけは勢いよくパクついていたリンネだったが、無くなっていくにつれて食べる速度が遅くなる。



「もう満腹か?」


「いやー……無くなってしまうのが惜しくての。ちょっとずつ食べてるのじゃ」



 みみっちい。


 先程よりも少しテンションを下げて、それでもなお喜んだ表情をしているのだが。



「また買ってやるから。どうせ死んだら財布の中身は元通りだし」


「……それもそうじゃな! 約束じゃぞ!」



 パクリ。最後の一欠片を口に放り込んだ。


 満足そうな顔を見せながらお腹をひと撫で、どうやら腹心地は満たされたようだ。



「で、質問いいか?」


「なんじゃ、ワシは今機嫌が良い。なんでも答えてやるぞ」



 その表情で機嫌が悪いわけ無いだろ。


 まあそれはともかく。



「ボーナスってなんだ?」


「賞与とも呼ばれておるな。基本的に学生のお主には関係のないものじゃが――」


「そうじゃねえよバカ。この前一ノ瀬を助けた時に、お前ボーナスって言ってただろ?」



 言ったっけ? みたいな顔をされた。うそん。


 しかし思い当たるフシがあったのだろう。目を開いて何度か頷き、俺を指差す。



「あー、あーあーあーあれな。一ノ瀬 深愛を死の間際から救ったじゃろ? ああいう人助けになるような行為は普段の巻き戻りよりも還元率が良い仕様になっておる」


「じゃあ、ちょっと前の連続で死んだ時のコンボボーナスっていうのは?」


「あれはノリじゃ。ぶっちゃけ取り消しても良い」


「やめてください」



 つまり、一ノ瀬が危ない所を助けた方が、普段よりも多めに数値が貰えるということか。


 ………………。



「ま、気にしなくてもいいや。初日に連続で死んだ方が効率良さそうだし」


「自分の死に関することなのに効率とか言っちゃうお主の今後が心配じゃのう」



 ほっとけ、誰の所為だと思ってる。


 とりあえずスタンスとしてはいつも通り。もしも可能ならば、一ノ瀬を助けた方が美味しい、ってことだな。



「じゃあ、ワシは腹も膨れたし寝るとしようかの」


「歯は磨かないのか?」


「ワシを誰じゃと思うておる、虫歯なんぞとはついぞ縁がないわ! ついぞ!!」



 そうですか。じゃあ俺はこのまま家に居ても仕方ないし、外で一ノ瀬を探して殺してもらうとしようかな。


 機会があれば助けるってことで。


 ………………



 …………



 ……



「おい池杉ぃ!!」



 繁華街のど真ん中。朗らかな日中に似つかわしくない刺々しい怒声が響き渡った。


 池杉? 誰か呼ばれてるよ? 池杉って人ー?



「テメ無視してんじゃねえぞコラァ!!」


「うっ」



 背中から突如衝撃。


 滑って転んで駐輪中の自転車を薙ぎ倒していく。


 むくりと起き上がると、三人組の男女が俺を見てゲラゲラと笑っていた。



「久しぶりじゃねえか。二週間ぶりくらいか?」



 二週間を久しぶりと思えるなんて。どれだけ俺が恋しかったんだろうか。


 この男二人と女一人。中学で同じクラスだった奴らで、えーと……名前が…………なんだっけ。


 いじめっ子ABCでいいや。



「豚杉如きが無視してんじゃねえぞ」


「イケてない杉の癖に道の真ん中歩くとか意味わかんないんですけど」



 せめてどっちかに統一してくれ。


 …………しかし、妙だな。


 中学校の最後の一年間、俺はこいつらにイジメられ続けてきた。


 殴られ蹴られるは当たり前、物は隠されるわ捨てられるわ汚されるわ。


 正直言って、こいつらは俺の恐怖の象徴だった。明日行ったら何をされるんだろう、と怯えて生きてきた。


 だというのに。今こうやって目の前にしたとしても、何故か恐怖がない。


 俺の中では三年以上経ってるからだろうか。いやそれとも……。



「なんか喋れや」


「ぐっ」



 リーダー格の男が俺のお腹をパーンチ。


 いや、痛いは痛いんだけどね? 死ぬより痛くないっていうか。


 ……ああ、そうか! 何度も何度も死んだことで、変に恐怖耐性がついたってことか。なるほど納得。



「……なんか、たった二週間で生意気な面構えになりやがったなお前」


「そうか? 男子三日会わざれば刮目して見よ、って奴じゃないか?」


「男子…………?」



 おいそこの女子勉強しろ。


 と、言ったところで聞くわけもなく。彼らは弱者を甚振り暴力だけで毎日元気に過ごしてきた青少年たちだ。勉学に励めというのは些か難題なのかもしれない。



「テメェ誰に口利いてやがる?」


「えぇ……質問に答えただけなのに……理不尽過ぎません?」



 中学の時とは受け答えが違うのだろう。イライラがどんどん増幅していってるのがわかる。


 あの時は泣いて震えることしか出来なかったしな……。


 今は、死ぬより怖いものはないって考えがあるから、ちょっとやそっとじゃ怖くない。



「マジで殺すぞ」



 は? 殺す?


――俺を?



「ばっ……! まままままままマジでやめてくれよ、絶対だぞ!!」



 ペナルティ食らっちゃうじゃないか!!


 1%ならまだ良い、いや良くはないけど。でももっと大きな数字だったら?


 …………想像するだけで震えるってもんよ。



「ぷっ……ぎゃははははっ!! ビビって震えてんじゃねえか!!」


「だっせえ! イキった結果がこれとかよ!」



 自分に都合の良い解釈をしてくれてるようだ。それならそれで構わない。


 とりあえず殺されずにここを切り抜ける方法を――――この女?


 指を差してゲラゲラと下品に笑うこの元同級生。良く見れば中々に美人。


 もしかして、こいつに殺されればあるいは……!?



「あんた……そこのあんた!!」


「あ? アタシに言ってんの? 誰にそんな口の利き方してるかわかってんの?」



 今そんな事はいい。俺が望むのはたった一つだ。



「おっぱい見せてくれ!!」


「――――は?」



 全員の笑い声が止まる。


 ぽかんとした表情で俺を見つめる。なんなら周りの通行人すら俺を信じられないものを見るような目で見ていた。



「俺をエロい気分にさせてくれ! 欲情させてくれ、興奮させてくれ!!」


「ヒッ――!!」



 一歩踏み出す。一歩下がられた。おい待て逃げんな。



「頼む! 見せてくれれば上がると思うんだ!!」


「あ、ああああアガる!? アガるって何が!?」



 惜しい、そっちじゃない。



「パンツでも良いぞ、何処か見せてくれ。そうすれば俺は……!」


「キモい!!」



 ドンッ。



「あっ」



 車道へレッツゴー。


 毎度おなじみの衝撃と共に俺は巻き戻っていく。



――鼻筋が1%ダウンじゃ。


 なんで!?


――煽りすぎじゃ。やり過ぎ厳禁じゃぞ。


 ……しょんぼり。


 煽った自覚はある俺だった。

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