死ぬ度に少しずつ三人が幸せになっていく話
「……帰る? 帰るって、何処に?」
笑顔を見せながら立ち上がるリンネ。その何気ない仕草は、まるで買い物に行くような気軽さ。
だけど、未来から来たという彼女が帰る場所なんて一つしか無い。
「もちろん、お父さんとお母さんがいるところじゃ。ワシは麗人と深愛を幸せにするために今ここにいる、それはひいてはワシのためじゃ。今の二人が仲睦まじく幸せになったのであれば、ワシの両親も、きっと幸せにしてることじゃろう」
郷愁を見せるリンネの表情は、幸せな未来に思いを馳せて微笑む少女のよう。
……だけど。
……ああ、こういうのは言うべきじゃない。でも……。
「リンネ――」
行かないで欲しい。ずっとここにいて欲しい。
言葉にしようとしたその時、俺の左手がギュッと握られてるのを感じた。
見てみれば、深愛が涙ぐんだ目を見せながら静かに首を振っていた。
「……なんじゃ?」
「……………………いや、なんでもない。悪かったな、俺がブサイクなばっかりに迷惑かけて」
「…………本当にな! お主のブサイクがまさか周りにまで迷惑をかけるほどのブサイクだったとは!」
涙に濡れた声を出してるのは俺だけじゃない。
何周も何周も積み重ね、いつしかいるのが当たり前になっていた。
だけど、リンネは幸せな未来を掴むために独りで何周もしてきたんだ。その悲願がやっと叶うかもしれないのなら……俺の言い分は、わがままでしかない。
「……ぐす、リンネちゃん」
深愛は俺から手を離し、両手を広げる。それが何を意味するかは、言うまでもない。
「…………っ!」
リンネは弾かれたように深愛の胸の中へと飛び込んだ。
震える背中を撫でながら、深愛も静かに涙を流す。
どれくらい続いただろうか、リンネは深愛から離れると、俯いたまま俺に抱きついてきた。
まさか俺に来るとは思っていなかったので支えることは出来ず、仰向けに倒れる。すぐ下を見ればリンネの銀髪が視界に入る。
「………………」
別れは惜しい。けど……。
リンネの頭に手を添え、撫でた。何度も、何度も。
………………
…………
……
「…………はぁ~、いっぱい泣いたなっ! 塩大福が食べたい気分じゃ!」
「目の周りについたのを舐めながら大福食っとけ」
「わはは、その憎まれ口がもう聞けないかと思うと、少し寂しいぞ」
俺もだ。なんだかんだリンネの明るさに救われたのは俺なのだから。
ただただ、機械的に身体改造をしていったとしても、今の俺はいなかったはず。
「リンネちゃん、お母さんによろしくね」
「……なんか変な話じゃが、わかったぞ!」
「お父さんの言う事ちゃんと聞くんだぞ」
「うむ! 麗人の言うことは聞かないけどな!」
なんでだ。
……これがリンネが出来る、精一杯の明るさということはわかってる。
だから涙が流れても、笑顔で。
それが俺たちに出来る、最後の別れ。
「……ではな! 仲良くするんじゃぞ!」
歯を食いしばりながらリンネは部屋を出て行った。
シンとした室内。今にもリンネは帰ってきそうな感じがしたが…………帰ってくることは無かった。
「……麗人ぉ……っ!!」
「ああ、淋しくなるよ、本当……っ」
二人になった静かな部屋の中で、抱き合いながら涙を流しあった。
――――――――――
そして。
三年の月日が流れた。
「……っし、こんなもんかな」
高校を何事もなく卒業し、実家を出た俺は大学の近くに部屋を借りた。
今日が引っ越し初日、荷解きもある程度終えて新たな門出を一人密かに祝う。
意外だったのが両親だ。まさか実家を出ることを反対されるとは思ってなかった。最初の頃のように、俺に興味がない……というわけでは無いんだろうな。
とはいえ、電車で何時間もかけて通学するのは現実的じゃあない、なので最終的には認めてもらった。
「……さて」
部屋をぐるりと見回す。
実家で使ってた私物ばっかりなので、使い慣れた物ばかりだというのに。どことなく落ち着かない。
まだ住んでないので当たり前なんだが……自分の家じゃない、みたいな。
ここに彼女がいたら……どんな事を言っただろうか?
「…………」
「………………麗人ー? 何黄昏てんの?」
気が付けば背後に――深愛がいた。
動きやすいラフな格好で、少し長くなった髪を動きやすいように後ろに括っている。
「なんか知らない人の家にいるみたいな感覚で」
「なにそれ、そんなことより段ボール捨ててきたよ」
「ああ、ありがとう」
深愛は部屋の中をグルリと見回し、寝室で足が止まった。
「……なあ、やっぱりベッドもうひとつ買った方が……」
「無駄」
「でもシングルだし、流石に狭――」
「くっついて寝ればいいでしょ」
…………とまあ、こういう風に。
俺と深愛はめでたく同棲と相成ったわけだ。
リンネがいなくなったその後、俺と深愛はバイトに明け暮れた。
かねてからの深愛の希望、卒業と同時に家を出たいという願いを叶えるために。
平日は学校でしか会えない日が続いたし、休日もどちらかが出勤の日もあった。すれ違いで仲違いをする時もあったけど……それでもやっぱり今という日があるのは、乗り越えられたのは、深愛のことが……好きだから。
「……どしたの?」
深愛の顔をじっと見ていたんだろうか。訝しげに俺を見る。
そんな表情を見て、俺は思わず笑みを浮かべた。
「幸せだと思って」
「…………バカ、いきなり恥ずかしいじゃない」
顔を背ける深愛。
……なのだが、俺の方まで歩いてきたかと思うと、ギュッと抱きしめる。
「……私も」
何も言わずに深愛の背に手を回し、幸せな時間を全身で、全力で受け止めていた。
数分間そうしたあと、深愛はパッと離れて。
「引っ越し祝い用意したんだー」
そんな事を言う。だけど、それは俺も。
「俺もなんだけど」
置いてあった手提げの紙袋を手に取り、振り返って見せる…………すると。
「………………」
「………………」
どちらも同じ紙袋を持っていた。
それは俺たちの実家の近くにある……ちょっといい和菓子屋。
お互いに紙袋を交換し、中身を確認してみると。
「……やっぱり大福」
「考えることは一緒だな」
お互いに顔を見合わせ、笑い合う。
――――その時だった。
だーいふっくーだーいふっくー♪
気の抜けるような鼻歌が聞こえてくる。
「…………嘘だろ?」
「……まさか?」
だーいふっくーだーいふっくー♪
その鼻歌はどんどん近付いて来て。
「大福を食べに来たぞっ!!」
ガチャリと扉が開く。
そこには、銀色の髪の少女が、満面の笑顔で立っていた――
読んでいただきありがとうございました、これにて完結となります。
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