月明かりの交際
右手を差し出し頭を下げる。
それはまるで恋愛リアリティ番組のワンシーンのよう。
どんな返事だったとしても今までの関係には戻れない、それはとても怖いことだ。
……世の中の青年たちは凄いな。俺ならこの一回だけでも恐怖と緊張で心臓が口から飛び出そうだ。
校庭からは色んな音が流れてくる。それは音楽であったり、生徒同士がキャッキャと楽しみ騒ぎ合う声。
だけどここ、屋上は俺と一ノ瀬の二人だけ。一ノ瀬の小さな息遣いだけが聞こえてくる。
頭を下げてるため、一ノ瀬の表情が見えない。どんな表情をしてるんだろう?
喜びに顔を赤らめている? それとも嫌そうに顔をしかめてる?
顔をあげて確かめればいいんだろうけど……返事をもらうまで上げづらい雰囲気。
「麗人って……さ」
「……うん」
「最初の方、私のこと好きでもなんでもなかったよね?」
「それ、は…………」
事実だ。だけどそれを正直に言ってしまっていいものか。
この一連の出来事、すべては俺の分不相応な告白から始まったこと。
だっていうのに、本当は好きじゃ無かった、って言ってしまうと……今までの事が全部空々しくなる気がするんだ。だけど……嘘は吐くべきじゃないんだろう。
「……ああ、最初はそうだった」
「やっぱり? だと思った。私を見る目が今と全然違うんだもんね」
「そうかぁ……?」
見る目、と言われても違いは自分ではよくわからない。
心境の変化は確かにある。だけど、それだけで視線が変わるものだろうか?
「うん、最初は私のことオモチャ程度にしか思ってないと思ってたよ」
「それは言い過ぎじゃないか。オモチャは言いすぎだろ」
「ホントだって、先輩との出会いを邪魔した後は一向に関わろうとしてこないし」
そりゃ、あの時は関わる理由も無かったし…………って、いや、こういうことか。
自分がやりたいことをやった後は放置。なるほど、確かに飽きたオモチャみたいな対応かも。
でも一応先輩との仲を邪魔しないように、っていう考えもあったんだよ? いやマジで。
「でも、いつからかな。麗人が私を見る目が変わってきたのは」
「……いつだろうな、気が付けば毎日のように一緒にいて、それが当たり前になって」
「うん、離れてるのが想像つかなくなって、ね」
気が付けば目で追っていた。追っているとよく目があった。
向けられた笑顔がとても嬉しくて、胸が温かくなった。
気を抜けば涙がこぼれそうなほどの多幸感が全身を満たして、もっと見たくて追いかけ続けた。
「正直、私もそうだったんだよ。最初は麗人のこと好きでもなんでもなかった。自分勝手なやつ、とか。いけ好かない男! とか」
「…………そりゃ、な」
好かれるような事をしてなかったし、好かれるような見た目でもなかった。
だからこそやり直したんだし。
「……たぶん見た目のことを言ってるんだろうけど、そうじゃないからね」
「え?」
「まあ、見た目が良いとはお世辞にも言えな…………うん、言えないんだけど」
なんで二回言った?
「それよりも性根が腐ってたかも。見た目が悪いから人に好かれない、見た目が悪いから人に優しくされない。周りに嫌われてるのは見た目のせいだ、ってクダを巻き続けて好かれる努力をしてなかったところかな」
「…………あ~……」
わかる。我が事ながらすげぇわかる。
すべてを諦めてて、どうせブサイクだからっていう枕詞をつければすべてに理由がついた。
「でも、見た目が変わっていくにつれて内面も少しずつ変わっていった。それを踏まえるなら……見た目が良くなったのは、麗人の中身的には良かったのかもしれないけどね」
「俺もそう思う。立ってるだけで息切れとかしなくなったし」
「……それは病院行った方が良かったんじゃない? 今更だけどさ」
昔話に花を咲かせているのを腰を折るわけにはいかない。……が、そろそろ腰が限界に近づいてきた。
両足がプルプルと震える。
そんな俺の様子が見てわかっているのか、頭上からはクスリと笑う声が聞こえた。
「でも……今は好きだよ」
差し出した右手が包まれる。それは一ノ瀬の手だろうか。
「人に気を使えるようになったところも、それでいてふざけすぎてるところも。人のために頑張れるようになったところとか、考えすぎてて臆病なところとか。全部好き」
「一ノ瀬……」
顔を上げる。一ノ瀬の瞳は涙に濡れていて、それでいて……笑っていた。
月明かりに照らされる笑顔はとても綺麗で、俺は今までこういう笑顔の傍にいたかったんだと――
「いたたたたたっ!!」
ずっと同じ姿勢だった所為で動かすと腰に激痛がっ!
一ノ瀬から手を離して座り込む。本当なら横になりたいところだが、流石にそれはばっちぃ。
「……まったく、締まらないんだから」
「これでも頑張ったと褒めて欲しい」
足を投げ出して座り込む俺の前にしゃがみ込んだ一ノ瀬。
そのまま俺を――そっと抱きしめた。
「好きだよ麗人」
「……ありがとう。俺も、好きだ」
俺も手を回す。温かくて柔らかい感触が、胸の中に確かに沁み入る。
……が、ふと気付く。
いや、今こういう事を聞くのは野暮か。やめとこう。
「……何か変なこと考えてるでしょ?」
「……………………いやぁ、何もぉ?」
「麗人が似たのかリンネちゃんが似たのか、二人とも誤魔化し方似てるよね」
つまり俺が子どもっぽいと言いたいのか!?
反論したいところだが、俺が変なことを考えているのはもはやバレている。
抱きしめた姿勢のまま聞いてみた。
「先輩のことは、もういいのかなって……」
「………………」
俺から離れていく。暖かった胸元が急に寒くなった。
真正面に俺の顔を覗き込み――俺の両頬を引っ張る。
「いひゃいいひゃい」
「バカなんじゃないの? 私、もう何周も出会ってないのに」
「へ、そうにゃの?」
でもあれって強制イベントだろ? 何処にいても発生する強制イベントだろ?
避ける方法があるのか?
「簡単よ、家にいればいいんだから」
「…………あぁ、流石に家の中に入っては来ないか……」
「家の前で壁に話しかけてる不思議な集団と同じ学校の上級生ならいたけどね」
「なにそれ見たかった」
あわよくば動画に撮っておきたい。
「…………寒くなってきたね」
「そうだな、帰るか」
「………………ホントにこの朴念仁…………いや、麗人っぽいけど」
何かブツブツ言っていた。
腰の痛みも少し引いてきたことだし、立ち上がる。
俺の隣に立ち、腕に抱きついてきた。前にもされたことはある抱きつき行為だけども、今は意味合いが違う。
「一ノ瀬の家まで送るよ」
「ありがと……でも、彼女になっても苗字呼び?」
「あー……………………み、深愛……」
「めっちゃ照れてる。ウケる」
「うっせ、早く帰るぞ!」
はいはい、とか言いながら俺の腕への力を強め、そのまま校庭を横切って帰ろうとする。
俺と一ノ瀬……深愛の姿を見つけたのか、同じクラスの人間からの悲喜こもごもな叫び声が聞こえてきた。
深愛は女子生徒数人に向けて指を二本立て、ピースサインを向けている。……なんのピース?
「麗人は気にしなくていいの」
「さいですか」
そう言われたら追求はしづらい。
そのまま深愛の家へと向かう。数回だけだけど足を運んだことのある深愛の家。
迷うことなく向かうと、目的地の前で人影を見つけた。それと同時に深愛の腕は俺の腕から離れていく。
「……あら、おかえり深愛ちゃん」
「………………ただいまかえりました」
深愛の低い声が、耳にこびりついて離れない。
そして俺はようやく気付いた。
俺は深愛のことを何も知らなかったんだと。
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