文化祭二日目
文化祭二日目~一般公開編~
今日は生徒会としての仕事もなく、クラスの出し物の手伝いに全力を出せる日。
…………なんて意気込んでみたはいいものの。
「じゃあ委員長、料理できるか?」
「ノー」
裏方担当の男子生徒に問われたが即座に否定。
出来て元々注文してある焼き菓子を並べるくらいだ。
「じゃあ、接客は?」
「ノー」
お次は接客担当の女子生徒、それも即座に否定。
初めての人間と喋るのは怖いのです。
俺を見る目がだんだんと無能を見る目に変わってくる。
だってしょうがないじゃん? ずっと生徒会の方にかかりっきりだったんだし。なんて正当化してみた所で、クラスの役に立てないことを赦免されることはなく。
俺に出来ることと言えば……。
「っしゃっせー……美味しっすよー……」
看板を持ってビラを撒くくらいしか出来なかった。
「ちょっと委員長! もっとやる気出して!?」
「うっせ、こんな雑用で満足できる訳ないだろ」
俺のやる気の無さを咎めに来た女子生徒に憮然と言い返す俺。
「雑用って大事なのよ? 掃除の人がサボってたらどうなる?」
「……汚くなる」
「道案内の人がいなかったら? 看板を持って立ってる人がいなかったら?」
「…………迷子になる」
「ね? 雑用大事」
「雑用……大事……」
無理やり納得させられた感はあるものの。
確かに雑用をおろそかにしては元も子もないとは思えてくる俺は単純なんだろうか。いやいいよ答えなくても。
「はい、だから頑張って委員長! 背筋伸ばして、声張って!」
「っしゃーせー!」
否定しなくなった俺も俺だが、改めて言わせて欲しい。
「俺、委員長じゃない」
しかし女子生徒はもうその場にいなかった。
一抹の虚しい気持ちを胸に秘め、改めて看板を握りしめる。
先程よりかは大声に客寄せを開始、まだ始まったばかりなので喫茶店に休憩する来場者は少ない。
クラスに見向きもされない歯痒さを少し感じながら、少しでも声を大きく張り上げ続けた。
………………
…………
……
そしてどれくらい時間が経ったか。
時刻を見れば昼過ぎ。ずっと声を出し続けて少し喉が痛くなってきた、普段これくらい声を出し続けることってあまりないしな。
「麗人、休憩だって」
教室から現れたのは一ノ瀬。周りが仮装ばかりなのに対し、制服姿だとそれはそれで何かの仮装なのかと思えてしまう。
「交代要員は……?」
「いないけど?」
……まあ、急遽割り当てられた雑用だしな。他のみんなは自分の役目があるみたいだ。
教室の裏側、邪魔にならないところに看板をビラをまとめておいておく。
中はそこそこ盛況……とは言い難いが、閑古鳥が鳴かないだけマシというものか。
「そういえばさ、母親が来るって言ってたんだけど」
「おばさん? うん、もう来てたけど?」
いつの間に。というか教室前で呼び込みしてるんだから声くらい掛けてくれよ母さん。
「一ノ瀬は? 一ノ瀬の両親とか来たり――」
「うちはそういうの無いから」
まるで昔の一ノ瀬のような冷たい声。だがそれも一瞬で、すぐに笑顔に切り替わる。
「置いてきた? じゃあ行こっか」
「……あ、ああ、行こう」
違和感を感じたものの、笑顔に見惚れた俺は改めて聞く機会を失う。
そんなこんなで、肩を並べて去って行く俺と一ノ瀬の背中を、クラスメイトたちはじっと眺めていた。
「行った? ふたりとも行った?」
「行った行った、一ノ瀬さん、上手くいくといいんだけど」
「っていうか委員長も委員長で鈍すぎ。わざと無視してんじゃないの? ってレベル」
「今日上手くいかなかったら私委員長殴る自信あるわ」
……なんていう話を、俺たちは聞こえていなかった。
初日はあちこち移動し続けていて、ほとんど鑑賞なんてする暇もなかったが。改めて見れば多種多様な出し物があるということがわかる。
なになに……執事喫茶、メイド喫茶……コスプレ喫茶……。
「喫茶店ばっかじゃねえか」
「そうなんだよね、だから客層がどうしても分散しちゃうみたいで」
初日が忙しそうだったのは、みんな慣れない接客だったからだろうか?
看板を置きに入った時に見た教室内は、客もまばらだった気がするが。
「……なんだこれ、人間射的?」
「なんだろ……入ってみようか?」
ネーミングに興味をそそられた俺たちは中に入ってみる。
教室内の中央にはビニールマット。片側には板で作ったすべり台のような傾斜、反対側にはボーリングのピンを模したような物があった。
「これは……」
「いらっしゃいませぇ!!」
呆気にとられているとハイテンションに出迎えられる。
勢いに仰け反っていると、あれよあれよと店内に引き込まれていった。
「ルールは至ってシンプルです、すべり台の木の板から滑っていって、どれだけのピンを倒せたかで豪華賞品が貰えます!」
「売り切れ必至のゲームハード……の箱を見様見真似で作ったただの段ボール?」
「そりゃそうです、本物を置く予算なんて降りる訳ありませんからね」
そりゃそうだ。じゃなくて。
誰かの手作りの模造品の為に滑るというのか? しかも箱だけ。……いや、ただ滑るだけなら失うものも特に無いし、問題ないのかもしれないが。
「面白そうじゃない? 私やってみようかな」
「えっと……一年だよね? ちょっと聞いてもいい?」
そういえばここは二年の教室か。先輩の教室だった。
「はい、なんですか?」
「スカートの中って……見えても平気なヤツ履いてる? 制服の下にインナーは?」
「…………どういうことですか?」
「ほら、これ頭から滑っていく奴だからね、見えちゃうから……」
なるほど、確かに。
こりゃ楽しくなってきたぞぅ。
「麗人」
「嘘だろ?」
なるほど、こりゃ楽しくなくなってきたぞぅ。
俺は回れ右して教室を出て行こうとするが、がっしと腕を掴まれる。片腕は一ノ瀬に、もう片腕は先輩に。
「あ、悪質な客引きだ! 違法行為違法行為!!」
「一回だけ、ね? お願い?」
一ノ瀬の懇願。聞いてしまいそうになるのが困ったものだ。
「お願い?」
先輩の懇願。なるほど、聞きたくなくなってきた。
「後でおやつ買ってあげるから」
「子どもか俺は」
……はあ、まあいいか。滑るだけで満足するんだろ?
小さく溜め息を吐いてやる意思を見せる。教室にいた先輩たちはテンションのボルテージが一気にマックス。
まるで俺たちが今日初めての客みたいな盛り上がりだった。
「まずは木の板に寝そべって」
言われた通り寝そべろうとまずは手を添える。
……なんかぬちゃっとした。
「ちょ、先輩? これなんか――」
「今よ!!」
俺の両脇を男子生徒が抱え上げ、俺は滑り台という名の射出装置にセットアップされる。
上半身と下半身が粘土の高い液体に濡れる、とても不快。かなり不快。
「ちょ、キモいんだけど!?」
「発射ぁ!!」
「聞けやぁ!!」
両脇の男子生徒が手を離すと、滑りやすい液体と慣性によって俺は教室端へと滑っていく。
中央に敷かれたビニールマットには同じ液体が塗られているようで、俺の滑る速度は加速度的に上がっていく。
っていうか早すぎない? このままじゃ頭からぶつかるんだが……!?
「ぐあああああっ!!」
「麗人ー!?」
慌てて姿勢を変えて、背中を丸めて衝撃に備える。
ボーリングのピンを模したのは段ボールだったようで、俺の背中がぐしゃぐしゃと破壊しながら教室の壁へと押し潰していく。
背中に激しい衝撃を受けながら、胸元についた液体を指ですくってみると…………ローション?
「どう? 人間射的?」
「人間……ボーリングの間違いでは?」
「……そうかも?」
一ノ瀬がやらなくて……良かった。
よろよろと立ち上がった俺は――――人間射的の営業停止を教師に訴えかけるのだった。
「なんでぇ!?」
「怪我人出るわ!!」
しかも体中ローションだらけで気持ち悪いし!
ちなみに俺が初日通して初めての客だったらしい。これよく許可降りたな。
――――――――――
キャンプファイヤーの周囲に生徒が集まる。
めいめいのグループを作りながらキャンプファイヤーを囲み、それぞれ楽しんでいるようだ。
「火に吸い寄せられる蛾みたいだな」
「言い方もうちょっと無いわけ?」
それを俺と一ノ瀬は、屋上から眺めていた。
楽しかった休憩時間もあっという間に終わり、客寄せをしていると時間は瞬く間に過ぎていった。
気が付けばすべて終わり、残すイベントも後夜祭のキャンプファイヤー。
「…………」
「……どうした、俺のことじっと見て」
「…………いや、一人だけジャージでバカみたいだなって」
「言い方もうちょっと無いのか?」
ローションが落ちなかったんだからしょうがない。
ぬるぬるてかてかで客寄せするわけにはいかんだろう。
……まあ、それはともかく。
実は、ずっと考えていたことがある。奇しくもここは屋上だ、以前……おこなった場所と……同じ場所。
拒否されるかもしれない、そうすると今の関係は壊れてしまうだろう。だから待ち続けるのも選択のうちだったが……。
「一ノ瀬」
「ん? どうしたの?」
それは男らしくない。
だから…………。
「俺と、付き合ってください」
それは始まりのやり直し。
最初に同じことを言った時は、事故によって巻き戻った。それからというもの、何かと巻き戻れば解決することばかりだったが、今回はそうもいかない。
一ノ瀬も記憶を引き継いでいるのだ、つまりもう……やり直しはきかない。
「……麗人」
「どうか俺と、付き合ってください」
どう答えられても関係は変わってしまう。
だけど……もう我慢なんて出来るわけがなかったんだ。




