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文化祭間近のトラブル……トラブル?


 校門の前についた辺りで、俺は首を上に向ける。


 そこには白基調の堂々としたアーチが置かれていた。


 装飾とかはまだまだ途中だが、大きなアーチがそこに立っているだけで壮観である。


 文化祭まで後数日、準備も大詰めといったところか。生徒会の風紀も当分休んでいるためにクラスの準備に励むことが出来、つつがなく進行していた。


 このペースでいけば問題なく完成することだろう。



「やっ、レイくん」


「どわっ」



 唐突に背後からのしかかってきたのは、呼び方でもわかる。美影先輩だ。


 時と場所を選ばないスキンシップは周囲の注目を集める……が、言うだけ無駄ということで諦めている俺である。



「頭、大丈夫かい?」


「どうして皆聞き方悪いかな」


「みんな……?」



 俺の背中から降りて、前に回り込む。


 そして首をこてんと倒し――



「ワタシ、イガイニ、トモダチ……?」



 いきなり闇を放たれた。闇の使い手ですか。困りましたね。



「違う違う、一ノ瀬だよ」


「なぁんだ」



 闇が霧散していく。唐突な生徒会長の闇落ちに周りの生徒たちは恐れおののいていたけれども、闇が去るや否や何事もなかったかのように歩き始めた。オープンワールドのモブかな?


 それとも、生徒会長の豹変を見過ぎた所為で慣れてしまったか? それはそれで悲しいね。


 改めてアーチを見上げる。こういう装飾を見ると、祭りが近いんだなと実感する。今までは特に参加していなかった文化祭、今回は楽しめればいいんだけども。



「文化祭前ともなると申請書とか教師からの圧力が多くてね、私は大忙しだよ」


「マジ? 後数日なのにまだ申請するものが?」


「まいったよ、やれ布が足りないとか木材を無駄に使ってしまって足りなくなったとか。予算も有限なんだけどもね、ヘタに許可を出すと教師からお小言が飛んでくるし」



 生徒会長、という立派な役職は実のところ生徒と教師の板挟み。中間管理職のような存在か。


 仕事が早く、どんなトラブルも難なく解決しているイメージだったが、実のところ努力して今の立場にいるはず、美影先輩にしては珍しい弱音を聞いているとそう実感させられる。



「事務仕事とか手伝おうか、俺のクラスは……俺がいなくても問題なくまわるし」


「本当かい? いやぁ、助かるよ。何頼もうかなぁ、肩揉み? 足揉み? 肩こりの原因の胸を支えてもらうのがいいかなぁ」


「事務仕事とかって言ったよな!? それに肩こりの原因は書類仕事が多いせいだろ!? だって――」


「だって…………? なんだい?」



 おっと、口が滑った。


 しかし核の部分まで言わなかったのは褒めてあげたい。


 凝るほど無いだろ。そこまで言ったが最後、俺は死んでいたかも。



「あ、そろそろ予鈴が鳴るぞう」



 おれ は にげだした!



「逃さない」



 しかし にげられなかった!


 俺の首に美影先輩の腕が絡みつく。ヘッドロックのように巻き付いた腕は、首を極めてはいないが体重をかけてもたれかかるように絡みつく。


 背中に柔らかい感触。しかし一ノ瀬と比べると遥かに物足りない感触。



「邪悪な気配を感じた」


「闇の人間は闇の気配を感じ取るんだなっていたたたたっ! 鎖骨をつねるな!!」



 地味に痛い。というか校門前で生徒会長がそんなドタバタしててもいいのか?


 ほら、周囲の生徒の注目を集めて、生徒会長としての威厳がだな……!



「大丈夫、私がレイくん絡みになると豹変するのは周知の事実だよ」


「周知させるなそんなもん!」



 ということは、こんな過剰なスキンシップに反応する人物はいないということ。


 なるほど、ならばこの柔らかさと暖かさを享受したとしても咎める人間は――



「…………楽しそうだこと」


「いや、いたわ」



 地鳴りの音が聞こえるほどの怒りを秘めた声が背後から聞こえた。振り向かなくてもわかる。


 何度も何度も聞いた声、俺にとっては母親より聞いた声。それはいいすぎかもしれんが。



「お、おはよう……一ノ瀬」


「おはよう、一ノ瀬くん」


「おはようございます、さようなら」



 俺と美影先輩の横をすり抜け、そのまま立ち去ろうとする。


 思わず腕を取った。足を止めさせられた一ノ瀬は振り返り、俺を睨みつける。



「なんか用?」



 冷たい声だった。それはまるで初期モデルの頃の忌み嫌われていた時を思い出すようで。


 ……あれ、変だな。前までは蔑むような口調にはゾクゾクしていたはずだけど。


 今は嫌で嫌でしょうがない。性癖が変化した?



「い……一緒に教室に行こうぜ!」


「……背中にぶら下げたまま?」


「行こう行こう」



 行けるか。美影先輩を振り落とした後、一ノ瀬の隣に立つ。


 それはまるで何事もなかったかのように振る舞ったが、一ノ瀬が俺を睨む視線は変わらない。



「レイくーん、今日手伝ってくれるのかい?」


「書類仕事ならね!」


「さっき、胸を支えてくれるって言ったじゃないか!」


「ふうん?」


「言ってねえよ!?」



 一ノ瀬の前で事実を捻じ曲げるのはやめていただきたい。


 いや、いなければ良いという問題でもないのだが、特にやめてほしい。



「じゃ、先に行くから」


「あ、おい、一ノ瀬」



 ついて行こうとしたが、体を軽く突き飛ばされる。


 倒れるほどでもない、十分に踏ん張れるほどの弱さだったが、それは明確な拒絶。足は拒絶に従い止まってしまう。



「ばーか」


「…………」



 去っていく背中をただ見送るしか無い。


 そこでようやく美影先輩が一言。



「……私、またやりすぎたかい?」


「………………ええ、かなり」



 気付くのが遅い。……だが美影先輩も距離の測り方を学んでいる最中なので、あまり強くはいえない。


 とはいえ、一ノ瀬と距離が空いてしまったのは……心苦しいものがあった。



 ………………



 …………



 ……




 それから。


 一ノ瀬は俺と話すこともなく、顔を合わせることも無かった。


 毎日のように一緒にいた二人が一切の関わりを持とうとしないのは教室内でも噂になっているらしく、遠巻きに眺められている視線が気になった。


 謝る機会を逃したまま午後になり、学校中が文化祭準備のモードに入る。


 一ノ瀬は自分の担当作業に没頭し、もはや俺からも話しかけられる雰囲気では無かった。


 出来ることがない俺は生徒会へ。そこには生徒会役員のいつメンと、バツの悪そうな美影先輩。


 俺の顔色を見てまだ仲直りをしていないのを察したのか、いつものようなダル絡みはせずに黙々と書類仕事を振ってきていた。


 そして、夕方。


 事務作業もあらかた終わり、後は帰宅するだけ。



「……はあ」



 溜め息。明日には仲直りが出来たらいいんだけどな。


 そのまま正門を抜け、帰路へ――



「おつかれ」


「……………………びっくりした」



 アーチの陰に一ノ瀬が立っていた。死角となっていて全然気付かなかった。


 一ノ瀬の表情は仏頂面、まだ怒っているようだ。謝ってもいないし当然と言えば当然か。



「何してんの? 帰らないの?」


「え、あ、帰る帰る」



 先を歩いて行った一ノ瀬を追いかけ、隣を歩く。


 そこはいつもの立ち位置で、落ち着くはず……なんだが、やはり落ち着かないまま。



「あの、一ノ瀬……」


「別に聞きたくない」



 にべもない。取り付く島がないとはこのことか。



「どうせ美影先輩に無理やりされた、とか言うんでしょ」


「いや、実際そうなんだが」


「情けない。女の力も振り解けないなんて」



 それも実際そうなんだが。事実陳列罪はやめてほしい。



「あー、もう。されるがままの麗人にもムカつくし、それに…………それに妬いてる自分もムカつく」


「……最後、なんて?」


「なんでもない、バカ。アホ、死ね」



 聞き取れなかっただけでそこまでいうか。


 ……ん? いや、違う。これは久々のチャンスなのか!?



「かしこまり!!」


「え……? あ、違っ、そうじゃなくて!!」


「冗談だ」


「…………」



 強めの力で肩を叩かれた。割と痛い。


 久々に戻れるチャンスかと思ったが、今は戻るメリットが薄い。


 もちろん自分の顔が整っていくのは快感だ。でもそれよりも今の人間関係が気に入ってる。


 それがまたやり直しなのは、ちょっと面倒。



「……あー、もう……麗人!!」


「あ、はい」


「文化祭の自由時間、私に付き合うこと。それでチャラ!」



 それが折り合いか。


 だが悲しいかな。



「……俺、ほとんどの時間、風紀として見回りなんだけど……」


「……っ! …………っ!!」


「痛い痛い痛い!! 無言で叩き続けるな!」



 一ノ瀬の機嫌が直るまで、俺の背中と肩には犠牲になってもらうしかないようだ。


 そして、文化祭が始まる――

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