ヤベェ!イタズラだ逃げろ!!
「はいドーン!!!」
「おわっ!?」
俺の部屋でくつろいでいると、唐突にリンネが体当たりをしてきた。予想すらしていなかった俺は何の抵抗もできず、倒れ込む。そこには一ノ瀬がボーっとスマホをいじっていて……。
「きゃあっ!?」
倒れ込んでしまう。まるで押し倒すように倒れた俺が目を開くと、目の前に一ノ瀬の顔が間近にあった。
無言で見つめ合う。それは待ちかねたかのような、ピンク色の空気に包まれていて……。
……どうしてこんな状況になったのかを、思い出した。
「わ、悪い。大丈夫か? こらリンネぇ!!」
「にっげろー!!」
ダダダー、と走り去っていく。
まったく、なんなんだあいつは……。
――――――――――
「深愛ー、アレ取ってほしいのじゃー」
「ん、一番上の? オッケー」
また別の日。またも三人とも俺の部屋でくつろいでいると、リンネが一ノ瀬に向かって頼み事。それ自体は不思議なことじゃない、俺は特に気にせずに漫画を読みふけ……。
「麗人、えっちな本がはみ出てるぞ」
「何ぃ!?」
ちぃぃ! 一ノ瀬が来るってわかってる日は厳重に隠しているはずだというのに、今日は隠し方が甘かったっていうのか!?
幸いリンネは小声で教えてくれた。一ノ瀬は気付いていないようだ、隠すなら今がチャンスか。俺は慌てて立ち上がり、隠し場所の押し入れへと向かう。
「おりゃっ」
ところが。
慌てて向かった俺は足元がおろそか。リンネの足払いに簡単に引っかかってしまう。ローテーブルをなぎ倒しながらもんどり打って倒れる俺。ちなみにクソいてぇ。
「や、やりすぎたか……?」
リンネの心配そうな声を聞きながら、痛みでぼやけた視界を正常に戻そうとする。
そこはちょうど一ノ瀬の足元。スカートで背伸びをしていた彼女のスカートの中身が見え――
「ぶぎゃぁっ!!」
そうは問屋が卸さなかった。視界が正常に戻る前に俺の顔面は一ノ瀬に踏みつけられる。
メリメリと体重をかけられ、鼻っ面と眉間を踏まれている俺はのたうち回る。っていうか無言で人の顔踏みつけるとか、どうかしてるぞ!?
「はいどうぞ」
「あ、ありがとうなのじゃ……麗人…………大丈夫か~?」
「………………リンネぇ!!」
「に、にっげろー!!」
ダダダー、と部屋から走り去っていった。
俺の顔を踏みつけていた張本人は、すまし顔でスマホを弄りだしていた。
…………俺、被害者のはずなんだけどな?
――――――――――
汗をかいたので帰宅するなりひとっ風呂。
脱衣所で体を拭いていると、ガラリと扉が開いた。母親が何か用なのかと思ったが、そこに現れたのは…………一ノ瀬だった。
「……あ」
「…………」
ぽかんとした表情。俺がいるのを失念していたようだ。一ノ瀬の視線は少しずつ下へと下がり――
「キャーエッチ!!」
「ご、ごめん!」
慌てて閉められる。
タオルを腰に巻いて、扉越しに大声を張り上げた。
「風呂入るって言ったよな!?」
「あ、あれ……? 言ったっけ……?」
「言ったよ!? リンネに伝えといてくれって伝言頼んだし!」
「私は、風呂場に大福を忘れてきたから取ってきてくれないか、って言われて……」
風呂場に大福忘れるってどういう状況だよ。あるのかそんなこと。
……リンネならありえるか。じゃなくて!!
「普通こういうのって逆じゃない? 俺が一ノ瀬の裸を見るのが王道展開なんじゃ?」
「スケベ、変態、隠し子、童貞、覗き魔」
「嘘をちょいちょい混ぜて本当っぽく言うのやめろ」
まったく、とんだアクシデントだ。口には出さないが覗いたのは一ノ瀬だからな。
なるはやで服を着て、脱衣所を出る。そこには顔を真っ赤にした一ノ瀬が立ち尽くしていた。
「顔赤いな……」
「うっさい、ばか、すけべ、露出狂」
肩にボスボスとパンチを繰り出される。
力のないそれは特に痛くなく、俺はされるがまま。しばらくそうしていると、視界の端に映る影があった。
それは透き通るような銀色の髪。重力に従い滑り落ちながら、キラキラときらめかせ。髪の持ち主はと言うと。
「く、くくくっ……作戦成功じゃぁ……」
してやったりと含み笑いを見せていた。
「お前の仕業かリンネぇ!!」
「にっげろー!!」
ダダダー、と走り去っていく。まったく、なんなんだ最近のあいつは。
取り残されたのは、まだ真っ赤な一ノ瀬と微妙な空気だけだった。
――――――――――
「おいリンネ」
そして数日後。今日は一ノ瀬もおらず、俺の部屋にはリンネと二人っきり。
和菓子の通販カタログを目を輝かせながら穴が空くほど見ている幼女の背中へと声を投げかける。
「なんじゃ? 大福の時間か?」
「そんな時間今まであったか?」
長い事一緒にいるが初耳なんだが。
ってそうじゃなくて。
「お前、最近どういうつもりなんだ」
「どういうつもりとは?」
「俺と一ノ瀬へのイタズラっていうか、ちょっかいだよ。最近目に余るぞ」
被害は主に俺が食らってるんだが。
突き飛ばされたり転んだり踏まれたり裸見られたり。
俺への肉体的なダメージと精神的な疲労はどんどんと蓄積していっている。
「別に~?」
案の定というべきか、目を泳がせてしらばっくれる。
しかし今回の俺には切り札があった。
「正直に言えば、そのよだれでべっちょべちょのページの和菓子を一つ買ってやらなくもないぞ」
「マジ!? このフルーツ大福詰め合わせでも良いのか!?」
…………思ったより高かった。高校生には辛い金額だ。しかし男に二言はない!
声を出したら値段に戦慄して震えそうなので胸を張り腕を組んで頷いておく。
それでも足はガクブルだ。
「……あれじゃ、麗人と深愛の仲を少しでも近付けようと思ってな」
甘味のためなら自分の秘め事すらバラす少女、リンネ。その潔さは良し、しかし聞き捨てならない事を言っていた。
仲を近付ける? 何のために?
というか、なんで幼女がそんなお節介を焼くのか。
「それに、一ノ瀬には先輩がだな」
「まだ言っとるんかそれ! 毎日のように麗人の家にいるのに、ありえると思っとるのか!?」
それはそう。だが直接聞いていない以上は俺が勝手に判断が出来るわけもなく。
客観的に見れば俺と一ノ瀬は仲が良く見える…………んだろう、たぶん、おそらく。
しかし、しかしだな。
「俺には自信がない。自信を持ったことがない」
「……それは胸を張って言うことなのか?」
言うことではない……が、事実なのだからしょうがない。
どれだけ見栄えがマシになろうと中身は俺のまま。虐げられ、見下され、笑われてきた俺なんだ。
そんな俺がどうやって自信を持てと? 持てるわけがない。
言外に察するのは自惚れに等しい、だから言われてもいないことを勝手に推測して期待することは出来ないのだ。
「俺は卑屈な人生が長かったからな」
「悲しいことを笑顔で言う男よな」
「ほっとけ」
でも。
全員そうなんじゃないだろうか、とも思う。
誰もが相手の気持ちの真意なんて図れない。だけど皆一縷の望みを賭けて告白したり、プロポーズしたり。
そういう、一歩踏み出す気持ち。それを人は勇気と呼ぶのかもしれない。
「じゃあ、深愛が何かを言うまでずっと待つつもりなのか?」
「……それは……」
良くない……よな。
だが、一言二言内心を話しただけで自信なんて持てるわけもなく。
残ったのは、言い表せない不安だけ。
「麗人」
いつの間にか近くにいたリンネが、俺の右手を両手で握る。
温かく小さな手が俺の右手を包み込み、少し微笑んだ表情を見せた。
「大丈夫じゃ」
短くそう言う。ふざけているわけでもなく、迷いのない声。
何が? と聞こうと思った。だがリンネの瞳にウソはなく、とても力強い。
「ワシが保証する」
「……そうかな」
「そうじゃ。自分が信じられないなら、ワシを信じるが良い。ワシがお主を保証してやろう、お主なら大丈夫じゃ」
それは、随分と心強い、な。
頑なだった胸にこんがらがった気持ちが、少し解けた気がした。
「もしダメなら、ママに頼んで慰めてもらうよう言ってやるから」
「その発言で全部台無しだよ」
……でも。ありがとう。
口には出さないが、心の奥底で礼を言う。
聞こえないはずの心の声を聞き取ったのか、明るい笑顔を見せてリンネは頷くのであった。
…………いや、こいつ聞こえるんだった!
「いいんじゃよ麗人~?」
「う、うるさいうるさいっ!!」
ギャーギャーと騒がしくなるが、心の中はとても暖かかった。
読んでいただきありがとうございます。
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