大福の呪いは輪廻を越える
「だーいふっくーだーいふっくー」
車通りの多い大通り、両手をブンブンと振りながら楽しげに歩くリンネを隣に、のそのそと歩く俺。
陰と陽。喜怒哀楽で言えば喜びと哀。対照的な俺たちが向かう先はなんてことはない、コンビニだ。
リンネの強い希望で大福を買う羽目になったわけだが、自分で選びたいと言われて二人で行くことになった次第。
「っつーか、リンネお前外出られたんだな」
「当たり前じゃ、お主の家の地縛霊じゃないんじゃぞ」
単に引きこもりかと思ってた。
「っていうか、なんで俺の金で買わないといけないんだ」
「だってワシお金持ってないもーん」
俺の皮肉すら意に介さないほどのハイテンション。
まあ、いいか……イケメンになる機会をリンネが持ってこなければ、俺は卒業式の時に死んでたのかもしれないんだから。
「だーい、ふくー。大福食べたら大きな福ー。ふっくきったるー」
やたら上機嫌である。
………………うずうず。
「福食べたー。幸せになって大福食べたー」
足跡であろう大福の歌を口ずさみながら歩く姿はまるで年相応の少女に見える。
しかし中身は年齢不詳、いや人間であるかすら微妙なところだ。
「大福七つ食べたら~…………七福神…………!?」
んなバカな。
…………もう我慢できない!!
ドン、とリンネを車道に突き飛ばしてみる。
車の交通量が多いこの道路、すぐに彼女の目の前に車が迫りくる。しかし止まる素振りを見せないまま突っ込んでくるが……。
「にょわああああああっ!?」
なんと、リンネは空に飛び上がった!!
まぁある程度は予想してたけど。死ぬ度にイケメン矯正とかどう考えても人間が出来ることを超えている。
「な……なーにしとるんじゃ貴様はっ!? 死ぬかと思ったぞ!?」
「え、死ぬの?」
「いや多分死なんけど! でもビックリしたぞ!! なんでそんなことしたんじゃ!!」
「どうなるのかなと思って」
「サイコパスか貴様!? 生死の倫理観何処に置いてきた!!」
死ぬ度に~……なんてシステム持ってきた人に倫理観とか言われたくない。
ていうか、なんで車は止まろうとしなかったんだろう。目の前に子どもが飛び出してきたら普通止まるよな。
「もうぜっっっったいするなよ!」
ふわふわと浮かんでいたリンネが地上に降りて、また歩き出す。
さっきみたいな上機嫌な歌はもう口ずさまなかった。
「聞いとるのか麗人! 絶対するなよ!?」
「前向きに考慮したいと思います」
「次やったら問答無用で鼻低くするからな!」
職権乱用では?
リンネの反応は面白かったけど、結末的にはあんまり面白くなかったからたぶんもうやらない。
たぶんな、たぶん。
………………
…………
……
「おほぉ~~!」
コンビニにある冷蔵のショーケースで目を輝かせるリンネ。そこには種類は多くないが、確かに大福と書かれた和菓子が並んでいた。
「のう麗人? いくつまでならオッケーなんじゃ?」
「一個」
「少ないのぅ。ひもじぃのぅ」
チラッチラッ。横目で俺を見ながら大福に向き合うリンネ。
…………まあ、さっき悪戯した負い目もあるしな。
俺は片手を開いて、手のひらをリンネへと向ける。
「五個」
「イエス!! さすが麗人、太っ腹じゃ! 肥満体なのは伊達じゃないの!!」
「太っ腹ってそういう意味じゃないだろ!」
店内に俺の大声が響き渡る。静まり返る店内。
「麗人、言い忘れておったがの」
「ん?」
「ワシの姿、お主以外には誰にも見えておらん。もちろん声もな」
………………。
つまり、今の大声は。
「一人で来た客が突然大声を張り上げた異常者って感じじゃな」
…………だからそういうのは早く言えと。
なるほど、さっきの車が止まろうとしなかったのは、そもそもリンネのことが見えていないからか。
じゃあつまり、俺は何も無い場所を押した変人に見えていたということ…………?
まあいいか、どうせいつか死ぬからこの恥もリセットされる。問題ない。
……確かにリンネの言う通り俺の倫理観は狂ってるのかもしれない。
「選びきれないのう……。あんこを三つ? いやイチゴを三つ? 六個にすれば……いやいや、でも五個って約束したし……」
どっちを三個買おうか悩んでいる様子。
この俺の恥をなんとも思っていないんだろうな。別にいいけど。
しかし、そんなに悩むなら六個にしても――
「そうじゃ! 今回はあんこを三つにして、次死んだ時にイチゴを三つにすれば良い! どうせ巻き戻れば財布の中身も戻るわけだし、問題ないの!」
倫理観欠けてるのは俺か? それともあいつか?
悪用するのはダメなんじゃないのか。それとも悪用と判断するかどうかはリンネの胸三寸なのか?
「なあリンネ」
「なんじゃ~?」
「例えばだけどな、俺が全校生徒の女生徒にセクハラしまくった後一ノ瀬に殺された場合、俺にペナルティって無いよな? 一ノ瀬に殺されるっていう条件は満たしてるわけだし」
一度だけ俺を覗き見て、やれやれと肩を竦めて首を振るリンネ。なんかムカつく。
次にリンネが言う言葉は、おおよそ俺の予想通りだった。
「ダメじゃダメじゃ。そんな女の敵は大幅ペナルティじゃ」
「………………」
やっぱり職権乱用では?
リンネの意に反することをすればペナルティ。つまり逆を言えばボーナスもあるかもしれないってことか。
「よし、決めたっ! 今日はイチゴ三つにするぞ!!」
「はいはい」
レジを担当する店員が俺を見る眼差しは、異常者を見る目付きだった。
悲しきかなコンクリートジャングル、独り言すら許されない冷たい石のような世の中よ。
「だーいふっくーだーいふっくー♪」
さっきと同じ歌が始まるが、機嫌がまるで段違いだ。
絵に描いた餅……いや、頭の中に描いた大福より、手に持った大福というわけか。
「今食べてもよいか!?」
「行儀悪いからダメ。帰ってからにしなさい」
「ぶー」
文句を垂れるリンネだが、流石に容認できない。
仮にリンネが透明人間状態だとすると、俺の隣で大福が浮いてるかもしれないってことだろ?
俺が浮かしてると邪推されて研究所送りにされるかもしれない、それは困る!
「まあよい。これで愛すべき大福が遂に~ららら~」
小躍りしながら歩くリンネを眺めてのんびりと歩く。
一見すれば奇っ怪な行動にしか見えないが、誰にも見えていないというのは便利だな。どれだけ変な踊りをしても見られる心配はないんだから。
後は帰るだけ、そんなときだった。
「…………て! …………てよ!!」
道路の反対側から何やら揉める声がした。
興味をそそられた俺は足を止め、反対側の様子を伺う。
女が一人、そして男が三人。
女は嫌がっている様子を見せ、男たちは女を囲むように立ちはだかる。
「どうした麗人? 早く帰ろうぞ」
「ちょっと待て、なんか面白そうだ」
「ナンパを盗み見とは趣味が悪いの」
ナンパは明らかに失敗に見える。しかし力付くで連れ去ろうとしているらしく、男二人が女の片腕をそれぞれ掴んで引っ張っている。
女は腰を落とし、踏ん張って拒否。しかしそこは女性の力、引っ張る男の力には敵わないようだ。
俺を含め周囲は眺めている人がちらほらといる。しかし誰も助けようとしない。悲しきかなコンクリートジャングル。ここでも冷たい石のような世の中を遺憾なく発揮しているようだ。
「というか、あの女、一ノ瀬 深愛ではないか?」
「え? あ、ホントだ」
言われてみれば、引っ張られている女は一ノ瀬だった。
本気で嫌がっている様子で、時折周囲を見渡しては助けを求める視線を巡らせる。
しかし、いかつい男三人とあっては誰も好き好んで関わろうとはせず、視線が合うや足早に立ち去っていく。
「助けなくて良いのか?」
「俺が? なんで?」
助ける義理も特に無い。
「なんでって……好きな女だからじゃ……?」
「…………はっ!?」
良く考えてみれば今って死ぬチャンスじゃん!!
今の騒動に混ざってドサクサに一ノ瀬から突き飛ばされれば……!!
善は急げだ!! 道路を飛び越え、車の合間を縫って反対側へと向かう。
「あ、あああああぁっ!! せ、せめて大福は置いていってくれええええぇぇっ!!」
リンネの声が聞こえたがもはや引き返すことなど出来ず。
あと少しで反対側に辿り着こうという時だった。暴れたお陰で一ノ瀬は掴まれた手から一時解放された。
「きゃっ……!?」
しかしバランスを崩し、彼女の体は車道へ飛び出す。
そこに差し掛かるトラック。このままでは彼女の体はトラックにミンチにされてしまうだろう。
それだけは止めなければならない。だって彼女が死んでしまうと、俺はペナルティで巻き戻るしか方法が無くなってしまうのだ。
足を早める。彼女が地面に倒れてしまう前に、突き飛ばして歩道へと戻すのだ。
「え――?」
彼女が俺を視界に捉える。恐怖で潤んだ黒い瞳は涙を留め、わななく唇は半開き。
ドン、と体で突き飛ばす。
彼女の体は歩道へと転び、思ったよりも大きな騒動となった男たちは逃げ去っていく。
さて、後は俺が歩道に――
そう思った時には、俺の体は既にトラックで吹き飛んでいた。
――――うああああぁぁぁ……!! ワシの大福ぅぅぅぅ…………!!!
泣いてないでアナウンス仕事してくれ。
――――大福を無駄にしたから鼻筋を10%ダウンじゃぁぁ……。
おい待てや!!
――――嘘じゃぁ……。一ノ瀬 深愛を助けたファインプレーで鼻筋15%アップじゃー、大福ぅー。
助けたファインプレー……? そんなボーナスがあったのか……。
――――だいふく~。だいふく……。
大福なら巻き戻った後買ってやるから。今度は10個な。
――――絶対じゃぞ!! 嘘つくなよ!!
うるさ。
読んでいただきありがとうございます。
これからは月・水・金の20時頃に更新していこうと思います。
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