はっじまっるよーっ!!
「お待たせしました……焦れに焦れた人もいるじゃろう、素直になれない思春期が二人、お互い素直になれずに拗れ続け、そのせいでお互い動く気配もなく静観の構えに入ったようじゃ。
だがこのままではいかん。このままでは二人がくっつくのが早いか、人類が火星に住むのが早いかわかったもんじゃないしの。
これより…………ワシの、ワシによる、ワシのための恋のきゅーぴっど作戦。はっじまっるよーっ!!」
「なんか言ってたか?」
「ううん、何もぉ?」
変だな、俺の部屋からボソボソと話し声が聞こえたような気がしたから扉を開けてみたんだが。
中には真っ暗な部屋にリンネがぽつんといただけだった。……気のせいかな?
「今日も文化祭の準備で遅くなるからな、良い子にして待ってるんだぞ?」
「人を子ども扱いしおってからに!」
だって見た目子どもそのものじゃん。
しかしなんだろうか、今のリンネからは子どもらしからぬオーラが漂っているというか。いや、ある意味子どもらしいオーラというか。なんというか、その……。
何かを企んでる気配がする。
「…………」
「どうしたんじゃ? 早く行かぬと遅刻するぞ?」
「……行ってきます」
こうして見ているだけで看破は難しい。リンネの違和感の正体は掴めないが、ここは引き下がるしかないみたいだ。
「ふっふっふ……見とれよ、ワシの見事な手腕を……はーっはっはっはっ!!」
「なんか言ったか?」
「ううん、何もぉ?」
違和感しかないチビっ子だった。
とにかく、そろそろ出ないと遅刻してしまう。軽く急ぎながら家を出る。今日も今日とて良い天気、朝から太陽が歓迎するかのように日差しを容赦なく向けてくる。砂になってしまいそうだ。
家を出て少し歩くと、春になれば桜が舞い散る桜並木に出る。そこまでくればたくさんの生徒が通学に溢れかえり、俺もその中に埋もれていく。
「麗人、おはよ」
「ああ、おはよう一ノ瀬」
後ろからパタパタと急ぐ足音が聞こえたと思ったら、音の正体は一ノ瀬だった。
ごく自然に隣へと並び、柔らかな笑顔を向けてくる。俺としても、一ノ瀬が隣にいるのはごく自然なものだと感じている節がある。自惚れるなよ俺。
「頭大丈夫?」
「いきなり失礼だなチミは!?」
「え? あ、いやそうじゃなくて、頭の怪我は大丈夫だったの? って」
「なんだそれか」
会うなり罵倒されたのかと思った。普通の人ならありえないが、一ノ瀬なら……たまにありえるからな、うん。だが今回は違うようだ、今回はな。良かった良かった。
「超デカいたんこぶが出来たくらいだって」
ほれ、と頭を向けてみる。
俺の頭に手を這わせると、頭に痛みが走る。たんこぶに触れた痛みだった。
「ホントだ、おっきくて、硬い……」
「たんこぶな、たんこぶの話な」
「頭がデカいとでも言えば良かった?」
「失礼だなチミは!?」
しかしこれに関しては俺にも責任の一端はあるかもしれない。ここは痛み分けということにしておこう。
血が流れていたとはいえ、後遺症らしい後遺症は何もなく。壁に頭をぶつけてはいけません、というごくごく当たり前な説教を受けただけの診察だった。
「……っていうか一緒に行ったよな、病院?」
「行ったけどさ、診察を受けた後に調子悪くなったりしてないかっていう質問だったんだけど?」
「最初からそう言ってほしかった」
他愛のない事を話しながら歩いていると、周囲からヒソヒソと話し声が聞こえてくるのがわかる。
それは俺達とは関係ないグループの雑談…………ではなく。耳をそばだてると俺に関係のある話題のようだ。
やれ『一ノ瀬の隣にいるやつは誰だよ』とか。
やれ『一ノ瀬と付き合いたい』だの。
やれ『一ノ瀬のクラスは喫茶店だからメイド服を着るのか』など。
主に一ノ瀬の話だった。まあ……口の悪さゆえに忘れがちだが、人気あるんだよな……。
過去の周回では大体が人に囲まれてたし、告白する男子生徒も後を絶たず、彼女が通る道すべてに玉砕した男子生徒が累々と倒れていたとかいないとか。
後半は明らかに誇張なのは間違いないが、まあそれくらい人気者ということだろう。
「ん? どしたの?」
「んにゃ、なんでも」
分不相応。そんな四文字が俺の頭の中を駆け巡った。
勝手に比べて勝手に諦めて、口に出せば殴られること間違いなしのネガティブ思考。
自分に自信がない俺は、しかしやっぱり考えてしまうわけで――
「おはよう!!」
バシン、と頭に衝撃。
声からわかる…………美影先輩だ。
「頭の具合はどうかな? 悪いかな、良くないかな。ん? あれ、どうしたんだい、こんなところでうずくまって。他の人の迷惑になるよ、早く立って愛しの学び舎へと赴こうじゃないか」
「た、たんこぶ…………カバンの金具のとこ……うおぉぉ…………」
とんでもない激痛だった。背後から頭頂部にカバンを振り下ろされた俺は、よりにもよって硬くて痛い部分がたんこぶに直撃したのだ。
こんなことで泣きたくないのに痛みで涙目になるのがわかる。
「ちょ、ちょっと麗人大丈夫!? 会長、頭怪我したの知ってるのに頭に攻撃するとか正気ですか!?」
「す、すまない。会えた嬉しさではしゃぎすぎてしまった。大丈夫かいレイくん、おっぱい揉んどくかい?」
「揉……………………………………まない」
いきなり何を言い出すんだこの人は。あんまり無い癖に。
首が勝手に縦に振りそうになったのを気力で抑えつけた。誰か俺を褒めてくれないかな。
「随分悩んだね」
「違うぞ、何を言ったのか理解できなかっただけだぞ、受け入れるつもりなんて無かったんだぞ」
「どーだか」
たんこぶを押さえつつ弁明する中、俺の背後では新たなヒソヒソ話がまことしやかに行われていた。
「一ノ瀬さんの次は生徒会長だと……!? あいつ一体何者だ!?」
「前世でどんな徳を積んだら、ああいう風になれるんだ!?」
「あいつの頭に俺の頭ぶつけたら、入れ替われるかなぁ~」
俺のたんこぶが危ない、逃げなければ!
初期ロットの俺とは比べ物にならないほど、充実した登校風景だった。頭は痛かったけどな。
――――――――――
そして放課後…………からの夜まで。
刻限ギリギリまで準備に励んだ俺たち一同。装飾もなんとか形になって、メニューの手配も十分。服飾も準備万端、何のトラブルもなくつつがなく進行しているようだ。
皆の疲れがピークに達しながらも、非日常的な準備期間が楽しいらしく、あちらこちらのグループで話に花が咲いている。
だが、それがピタリと止まる。何故か?
校門に少女がいたからだ。それもとびっきりの美少女。
月に照らされる銀髪はまるで月の光のよう。そう、銀髪でお気付きだろう。
リンネだった。
服装はいつもの古風なものではなく、俺がもしも女の子だったら~などという虚しい妄想で母親が買っておいてそのままにしていた洋服を着ていた。
その服を着ていることもそうだし、それに周囲の話し声がピタリと止まり全員の視線がリンネに注がれているのを見る限り。
……見えてるんだろうな。
そして俺に気付いたリンネは、
「――あっ、お兄ちゃん!!」
太陽のような笑顔を見せて俺をそう呼んだ。
「ぐふっ」
お兄ちゃん、この単語は俺の腹部に深く刺さる。それはそれは深く刺さる。
お兄ちゃん、なんと甘美な響きか。お兄ちゃん、それはなんと背徳な言葉なのか。
俺の腹部からは血液がとめどなく流れていく。もちろんただの例え話だけども。
「深愛お姉ちゃん!!」
「あふん」
俺と同じクリティカルヒットを受けた一ノ瀬。そのまま昇天していきそうな悦に入った表情だった。
「寂しくなったから迎えに来ちゃった、帰ろ?」
「…………」
「…………」
急な口撃で魂が抜けた俺たちは、リンネに引かれるがまま帰路へとつく。
そんな時も、背後で聞こえるヒソヒソ話は俺の耳に良く届いていた。
「なに、あれ池杉くんの妹さん……? めっちゃ可愛いんだけど」
「池杉くんと結婚すれば、あの子のお姉ちゃんになれる……ってこと……!?」
「………………あいつ殺せば立場乗っ取れるかなあ」
「その計画俺も混ぜてくれないか」
物騒なやつらがいた。逃げろ俺。
呆然と見送るクラスメイトたち、力なき俺と一ノ瀬をズルズルと引きずっていったリンネは、クラスメイトの姿が見えなくなった頃に少女らしい様相を崩す。
「あー、肩凝るわい。お主たちもしゃんとせんかっ!」
いつものリンネだ。徐々に体力が回復していく。
「……な、なんの真似だ……さっきのは……」
しかしまだ回復しきっていなかった。
「暇だから迎えに来ただけじゃ。大福買って帰ろうではないか!」
「……大福を待ちきれなかっただけか?」
「…………そ、そんなことないぞ?」
俺が回復したのを見届けてから、リンネは一ノ瀬の隣にトコトコと歩いていく。
そして手を繋ぐ。
「たまには手を繋ぐのじゃ!」
「か、かわいい……うん、そうしよ」
「深愛の空いた手は麗人と繋ぐんじゃぞ?」
「うん!」
うんじゃないが。リンネの可愛さにやられて素直100%になっていた。
そして俺に向かって手を出す一ノ瀬。
「…………」
リンネと一ノ瀬が俺を見る。
ここで繋ぐのは簡単だ、流れに乗ってしまえばいいのだから。
しかし気まずい、恥ずかしい、俺の役目じゃない気がしてしまう。
そんな変な意地と理性に負けた俺は、二人の要望には答えずに二人の背後にまわる。
「三人で手を繋いで横に広がったら、他の通行人に迷惑だから」
「それもそうね」
「なっ……!?」
俺の常識を振りかざした逃げ口上で正気を取り戻したのか、一ノ瀬は簡単に受け入れた。
リンネはリンネで一ノ瀬を驚いた表情で見ながら、手を引かれながらトコトコと歩いて行く。
………………なんだったんだ、あいつは。
この時の俺は、リンネは大福を欲しがっているだけだと思っていた。待ちきれずに来ただけなのだと。
だが、大福が欲しいだけなら姿を見せたり、手を繋ぎたがる理由は無いんじゃないか、ということに気付いていなかった。
ここからリンネの攻勢が更に強まることを、俺と一ノ瀬は知る由もない。
「ぬぅぅぅぅ……!! 見とれよぉ、麗人のアホぉ……!!」
「リンネちゃん、何か言った?」
「ううん、何もぉ?」




