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素直になれないふたり


 帰り道。


 西日が茜色に周囲を照らし、夜の訪れを知らせはじめる。


 そんな時間なら、買い物に行く人、買い物から帰る人、仕事から帰ってきた人や仕事に行く人。


 まあ、言ってしまえば色んな人がいるわけでして。



「あの、一ノ瀬……別にここまでしてもらわなくてもいいんだが」


「ダメ、頭打ったんだから」



 ぴっとりと、寄り添うように俺の体を支えてくれる。


 透明人間でもない俺たちは、もちろん、もちろん周囲の目に晒されているわけで。


 微笑ましく見てくる主婦たちや妬ましい視線を送る独り身。


 温かくて、柔らかくて。


 俺の頭が今クラクラしてるのは、一ノ瀬の匂いや柔らかさを味わっているからか、それとも頭を打ちすぎた後遺症なのか。


 後者であれば言い訳がたつ、後者であってほしいなぁ!!



「どうかした?」


「俺の愚かさを再認識してた」


「何を今更」



 失礼な、と反論したいところだが、薄く笑う一ノ瀬の横顔に見惚れてしまい、口から出た言葉を飲み込んでしまう。


 ああ、もう――



「俺の阿呆!!」


「麗人!?」



 ブロック塀に頭を打ち付ける。


 クラクラする。そうだ、やっぱりさっきのクラクラも後遺症なんだ、そうに違いない。



「気でも触れた!?」


「触れたかもなあ!!」


「なんでキレてんの……」



 そうこうしてる間に俺の家の前。


 家に入るために一ノ瀬から離れようとするが、がっちりホールドされていた。



「あの、家に入りたいんですが」


「部屋まで送るから大丈夫」


「あらやだ男らしい」



 美人ながらもキリッとした目。


 そんなエスコートをされたら、惚れてしまうじゃないか。



「俺の馬鹿!!」


「麗人!?」



 ブロック塀に頭を打ち付ける。


 クラクラする。池杉の表札が血に濡れていた。



「今日のあんた変だけど!?」


「ああ知ってるよ悪いか!?」


「なんでキレてんの……」



 歩く度に体力を自ら減らしていく俺は、結局一ノ瀬に支えられて部屋の前まで。


 俺を支えたまま一ノ瀬はガチャリと扉を開く。すると。



「こんぐらっちゅれーしょん……」



 目を閉じたリンネがパチパチと拍手をしながら出迎えてくれた。


 ……なにしてんだこいつ。



「こんぐらっちゅれーしょん、こんぐらっちゅれーしょん」



 ぱちぱち、ぱちぱち。


 なんかいやな、よかんがする。



「麗人、春の訪れが近いのう」


「…………」


「リンネちゃん……? 今秋だけど……」


「秋? いやいや、春の匂いがせんか、なあ麗――ぐふっ」



 倒れ込むようにリンネにラリアットをして部屋に押し込む。



「ハーフタイム」


「え、いや、ちょ……麗人!?」


「ま、待て……悪ふざけが過ぎた、もうやめるから……な? それ、なんじゃ、何持ってるんじゃ? ワシそれ初見なんじゃが……あ、あああああぁぁぁぁっ!!」



 部屋の中で何が行われているかは、想像に任せます。


 扉の前で呆気にとられた一ノ瀬が我を取り戻し、扉を叩き始めるまで一分。


 その時間があれば、リンネがすすり泣くには十分な時間だった。



「ひっく……ひっく、ぐすん。深愛ぁ、ワシ、ワシぃ……もぅ……」


「ケダモノ」


「誤解だ」



 扉の中で何があったのか、それは社外秘とさせていただこう。


 何はともあれ、口封じ…………いや、口止めには成功した俺。



「……高級大福」


「かしこまり」



 強請られもした俺であった。



「じゃあ、ゆっくり休みなよ。明日学校行く前に病院行くからね、準備を忘れずに」


「え、ちょっと待て。病院にまでついてくるつもりか?」


「そのつもりだったけど」



 過保護がすぎる。


 病院くらい一人で行けるさ。最後に行ったのいつだっけかな…………中学二年生の時に階段から滑って転んで骨を折ったときだろうか。


 あの時は母親に連れて行かれて、太り過ぎだと医者に叱られ、母親には泣かれた。


 うーん忘れたい思い出。


 …………あれ? 一人で行った経験、なくない?



「あいやしかしだ、しかしだよ一ノ瀬氏。それがし一人で通院などお茶の子さいさい。リンネの手を捻るようなもの」


「誰が赤子じゃ!」


「…………迷惑?」



 ふざけて言ったにも関わらず、マジトーンで上目遣い。



「あ、いや、そんなんじゃないけど……」



 おかげで変な空気になっちゃうじゃないか。


 ほら、リンネが隣でニヤニヤしてる!!



「あっそ、じゃ決定ね。朝来るから」


「このやろう謀ったな!!」


「深愛ぁー、もう帰るのか?」


「うん、もう私に出来ること無さそうだし」



 おう、帰れ帰れ!!


 いつものようにふざけて言いそうになった俺だが、先程の上目遣いを思い出して言葉を急いで飲み込んだ。


 しかし、ここはふざけておいた方が良かったのかもしれない。その事を後で俺は後悔することになる。



「どうかしたの、リンネちゃん?」


「いやなに、一つ聞きたいことがあっての」



 とことこと俺の隣にやってきたリンネ。俺を指差して、とんでもないことをのたまった。



「深愛よ、麗人のこと好きか?」


「はぁん!?」


「なぁんっ!?」



 まず叫んだのは俺、続いて一ノ瀬。


 俺達二人とも目を丸くして、リンネとお互いを交互に見比べる。


 一ノ瀬の顔は真っ赤に染まり、たぶん俺の顔も真っ赤になっている。いったいぜんたいなんてことを!!



「どうなんじゃ?」


「待て待てリンネ、一ノ瀬には先輩がだな……」


「麗人には聞いておらん、黙っとれ意気地なしが」



 なにおう。


 言い返そうとしたが、俺の邪な心が首をもたげて言葉を続けることが出来なかった。


 邪な心って何かって? それは……。


 一ノ瀬がどう答えるのかが気になった。


 真っ赤にして俯く一ノ瀬。少なからず先を期待している俺にとって、彼女が何をいうかは心の拠り所となるだろう。



「わ……私は……」


「深愛は?」


「麗人のことを……」



 ……俺のことを?


 ごくりと生唾を飲み込む。やけに飲み下しにくかったのは、今の部屋の空気が重苦しいからか。


 ぶっちゃけ緊張がピークに達しているからか。



「す……」



 歯の隙間から空気が漏れるような音だけが短く聞こえた。


 俯いていて顔色は窺えない。でも耳は真っ赤。



「す………………好きでもなんでもないけど!?」


「……………………ぉぉう」



 キッパリと言い切った。


 ああ、ああ。知っていたともさ。


 俺にとって一ノ瀬は高嶺の花。友人関係にはなれても、その先にはなれないことはな。



「ふむ。じゃあ麗人は?」


「え、俺?」


「そうじゃ、アオハル真っ只中の麗人くんは、どうなんじゃ?」



 この流れで俺に聞く? ここで俺だけ肯定的な意見出した所で、空気が冷えっ冷えになるだけじゃない?


 自分では大きく拒否をしたというのに、一ノ瀬は何故か身を乗り出す勢いで返事を待ってるし。



「お……俺だって、好きじゃないけど……?」


「………………だよね」



 何故かがっくりとした声で一ノ瀬が呟いた。


 真剣な目をしたリンネにウソを付くのは心苦しいが、こんな空気で正直にはなれない。


 そんな俺の心情を知ってか知らずか、リンネの顔はどんどんと険しくなっていく。



「……そうか」


「じゃ……じゃあ、私帰るから、また明日ね!」


「お、俺……風呂にでも入ってこようかな、秋だっていうのに汗かいたし!」



 こうして二人はバタバタと部屋を出ていく。俺の部屋に残されたのはリンネ一人。


 その少女が、低い声でぽつりと呟いた。



「……なんじゃあいつら、恋愛臆病者か? ただの、ちきんの二人なのか? せっかく正直になる機会を与えてやったというのに、それをいとも簡単に無にしおって……許さんぞ、絶対許さんからな……」



 わなわな。


 部屋に一人立ち尽くすリンネは怒りで震えていた。


 右の握りこぶしを空に掲げ、声高で叫ぶ。



「ワシが、恋のきゅーぴっどになってやろう! 何がなんでもくっつけてやるからな!!」

読んでいただきありがとうございます。


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