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嘘吐きには死を


 桜、それは春の訪れを知らせる桃色の花。


 風に乗せて花びらを運ぶ神秘的な光景は、この季節にしか見れない貴重な景色だ。


 ある者は新しい生活に胸を躍らせ、またある者は去りゆく学び舎に別れを告げる。


 そしてある者は――――散る前に死ぬ。



「お――!」


 Hit!!


――鼻筋が1%アップしました。



「れ――!」


 2Combo!!



「を――!」


 3Combo!!



「こ――!」


 4Combo!!



「ろ――!」


 5Combo!!

 Great!!



「し――!」


 6Combo!!

 Wonderful!!



「て――!」


 7Combo!!

 Amazing!!



「く――!」


 8Combo!!

 Fantastic!!



「れ――!」


 9Combo!!

 Perfect!!



――鼻筋が合計で9%アップしました。


 ワオ! コンボボーナス! 更に6%アップ!



 ………………


 そんなんあったんだ?


 ………………



「ふう」



 むくりとベッドから起き上がる。


 隣を見ると、妙に疲れた様子のリンネがベッド傍に立っていた。



「やってみると案外慣れてくるもんだな」


「自分の死に慣れてくるとは、げに恐ろしきはイケメンへの執着というべきか」


「死にゲーみたいなもんだ、ずっと挑戦してたらいずれはクリアできる、みたいな」


「自分の生死をゲームで例えたのはお主が初めてかもしれんの」



 提案してきた張本人のくせに何を言うか。


 毎日毎日ベッドから起き上がってはいるが、一日目を何日も繰り返しているため。寝た気はしていない。


 そのせいだろうか、妙に体がダルい。


 ベッドから起き上がり、肩をグルグルと回す。……なんか、疲れが溜まってる? 戻ってんのに?



「それもそのはず、肉体は成長しながら巻き戻ってはいるがな、精神は引き継いで巻き戻っておるのじゃ。だから精神的な疲弊は取り除くことが出来ぬ」


「ふむ……」



 しかしこれで鼻筋が合計16%良くなったことになる。鏡を見てみれば、潰れた団子っ鼻が高くなったような。


 後84%か。まだまだ先は長いな。



「だから、な? 今日は休もうではないか?」


「え、なんで?」



 どうせ巻き戻るんだから意味なくね?


 しかしそう言うリンネの表情は疲労が色濃く出ている。


 ああそうか、こいつも俺と同じく不眠不休で巻き戻り続けてるから……。



「頼むのじゃぁ! 寝たいのじゃ!!」



 必死の懇願だった。涙ながらに頼み込む幼女の姿に。


 俺は引いた。



「なんでじゃ! そこは心打たれて譲る場面じゃろ!」


「だって……鼻水まで出てるし」


「え、うそ」



 ティッシュを手渡す。


 リンネが鼻を噛んでいる間、自分の体を見つめ直す。


 目、鼻、口、身長と体重。100%ずつとして合計500%


 ペナルティを一度も受けずに順調に上げていったとしても合計で500回のやり直しが必要になる。


 そして今はまだ16%。リンネの言う通り頭が重いくらいには疲れてるみたいだし……。



「わかった。今日くらいは休むか」


「っ!? 真か!? 吐いたツバは飲むなよ!?」



 表現が汚い。


 しかし、たまにはこういう日も良いだろう。俺は頷いて制服に袖を通していく。


 何回着ても新品のままっていうのはずっと綺麗な反面、新品特有の硬さがあっていけない。



「あ、でも事故る可能性もあるからな?」


「わかったのじゃ!」



 言うが早いか俺の布団に潜り込み、仰向けになって目を閉じた。



「おやすみなのじゃ…………すやぁ」


「はっや」



 今まで見た中で一番安らかな表情だった。


 ……そうか、こいつも付き合わされてるおかげで、しんどかったんだな。


 それはそれは…………。


 …………まあどうでもいいか。休むだけ休んだらまた頑張ってもらおう。


 リビングへと向かい、母親といつもと同じ会話を繰り返す。


 そして朝食を早々に済ませ、何度繰り返しても変わらない入学式を終わらせ、後は帰るだけ。


 普段であれば登校中に声を掛けて車に轢かれるか、校内で見つけて階段から落ちるかの二択を繰り返してきたが。


 今日だけは休む約束をしたしな、出来るだけ会わないようにしないと。


 会ったら死にたくなるし。



「………………」



 パブロフの犬状態で死を選ぶ俺も相当おかしくなっているようだ。


 …………さて、というわけでいつもとは違う通路を通って帰ろう。学校内だとまだ会う可能性があるからな、危険だ。


 踵を返し、遠回りをして帰ろうと思ったら。



「きゃっ……!?」



 振り返った瞬間誰かにぶつかった。


 ぶつかった相手は転び、俺も転ぶ。俺に衝撃を堪えきれるほどの脚力は無いのだ。


 お互いに尻もちをついて、尻の痛みを堪えながらぶつかった相手を見ると。



「ったた……」



 同じく尻を擦りながら目を細める少女。いや美少女。


 細めた目が開き、ぶつかった相手を捉える。つまり俺。



「………………」


「………………」



 一番会いたくなかった相手に出会ってしまった。


 自称地毛の明るい茶髪、肩より少し下に切り揃えられたセミロングの髪は、ぶつかった衝撃で少し乱れていた。


 神に愛されたとしか思えない顔立ちは、近くで見るとより一層目を奪われる。思わず生唾を呑み込むほどだ。


 真っ赤なハートのピアスを揺らしながら、真っ黒な瞳で俺を覗き込む。


 一年生とは思えない豊満な胸は、毎日見ているツルペタ幼女とは雲泥の差。まるで関東平野と劔岳だ。


 艷やかな唇が揺れる。ああ、その艶めかしい唇から言葉が放たれるのだろう。一体何を喋るというのか。



「キッショ、豚じゃん」



 ………………。


 ああ、そうだ。そういう性格だった。綺麗な唇から紡がれるとんでもない毒に、俺は少し面食らう。



「一ノ瀬さん? ちょっと大丈夫?」


「大丈夫なわけないじゃん、せっかくの新しい制服が脂ぎった豚とぶつかってもう汚れちゃったもん」



 美少女は隣に立つ友人の手を借りて立ち上がる。


 尻もちをついたままの俺を見下すように冷たい目をして、俺の横を通り過ぎていった。


 最近話しかけて死ぬだけだったからね、忘れてたよね。



 一ノ瀬 深愛。


 今年の新入生、つまり俺と同い年の同級生だ。


 誰もが振り返る美貌とは裏腹に、とんでもなくトゲトゲした性格。


 仲が良い友人には誰よりも優しく接する彼女だが、嫌いな相手は蛇蝎の如く嫌う。主に俺。


 ちなみに過去の三年間、俺が何かしたというわけではない。


 単に見た目で嫌われていただけだ。



「うううう……」



 いかん、禁断症状が。


 度重なるリトライの影響で、顔を見たらアクションを起こさないといけないという強迫観念が俺を襲う。


 しかし駄目だ。今日は休むとリンネと約束をしたのだから。


 だから駄目なんだ。そう、今から立ち上がるのは帰るためなのだ、そうだそうだ。


 立ち上がって、まっすぐ進んで家に帰ろう。リンネの寝顔を見て、顔に落書きでもして過ごそうじゃないか。



「…………」



 おいおい俺よ。何処に行くんだい? どうして回れ右をするのかな?


 そっちにはあの一ノ瀬がいるんだよ? そっちに向かってどうする気だい?



「俺を殺してくれえええぇぇぇっ!!!」


「ひっ!? いやああああぁぁぁ!!」



 ドン、と突き飛ばされ、向かう先は階段下。


 俺は突き飛ばしてくれた張本人に向かってサムズアップを向け、そのまま落下。



――うーん……むにゃむにゃ…………美味しい物、食べたいのう……。


 おいアナウンス忘れてるぞ。



 ………………


 …………


 ……



「申し訳ない」


「まったくもう! まったくまったくまったくもう!! 約束したじゃろ!?」



 ベッドから起き上がるよりも早く俺は謝罪する。


 仰向けになったまま目を開くと、怒り狂ったリンネがいた。



「死が俺を呼んでたんだ」


「中二病か?」



 本人を目の前にしたら抗えない本能があった。死ぬのが本能とか間違ってる気がしないでもない。


 だが約束を破ってしまったのは事実、ここは甘んじて謝ってやるのが大人の対応というもの。



「償いをしてやろう」


「なんで謝るはずのお主が上から目線なんじゃ……でも、そうじゃな…………食物を供えるのであれば許してやらなくもない」



 どちらも上から目線で一歩も譲る気はない。


 まあ、しょうがないか。今回は俺が悪いし。



「何が欲しいんだ?」


「うーん、そうさの…………大福が欲しいぞ!!」


「わかった帰る時に買ってくる」


「頼んだ!!」



 笑顔で喜ぶリンネを見て、俺は思う。


――――今日また死んだら、どんな反応をするんだろう、と。

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