問われる500円のモラル
またも巻き戻り新たな学校生活。
高校までの桜並木を通り、心躍らない新生活に胸を弾ませない。
しかし周囲の新入生は別だ。彼らは新しい環境に何かしらの期待をしているはず。
今度こそ風紀委員として教師たちに信頼され、人気者としてクラスの皆に気に入られなければならない。
過去の俺とは対極の存在を作り出すのは至難の業。しかし、やらなければ一ノ瀬の身の安全を保証できないのだ。
「おっはよ、麗人っ!!」
「つぁっ……!」
背中に強い衝撃が走る。
振り向けば、俺の背中に平手を張ったであろう一ノ瀬の姿。
「おはよう。……というか、今回は良いのか?」
「良いのかって……ああ、うん。今回は急に後から仲良くなるんじゃなくて、最初から仲良いアピールをしてやればいいんじゃないかなと思ってね」
どう転ぶかわからない。が、何もやらずに後悔するよりはマシだ。マキャヴェリもそう言っている。
「何周もするのも目新しさは無くなってくるけどさ、制服だけは毎回新しくなってるの良いよね」
「そうだなあ、でも新品だと肩周りが固くてな」
グルグルと肩を回すが、馴染んでいないため動かしづらい。
「てかさ、麗人の部屋のホワイトボードに書いてたけど、最初って体重三桁いってたんでしょ?」
「ああ」
「制服ってかなり大きいんじゃないの?」
と、思うじゃん?
しかし制服は何故か俺のサイズにピッタリ。
両手を広げて、制服をアピールしてみる。流石に30kgも変わればズボンなんてずり落ちるレベルだが、そうはならない。
「リンネが言うには『前からそうだった』ってことになるみたいだ。認識がすり替わるんだと」
「だからお母さんとか、麗人の体型とか顔が変わっても不思議に思わないんだ?」
「みたいだな」
なんてことを話していると到着する懐かしくもなんとも無い学び舎。
諸々の行事は端折り~、場所は移り教室内。
出席番号順の席に座り、一人ひとり自己紹介が始まるターンである。
「えー、池杉 麗人です。趣味は大福の買い歩きです、よろしくお願いします」
無難な挨拶を述べて、一礼して椅子に座る。
最初はここでウケておこうかと考えていたのだが、滑った時が目も当てられないのでやめておくことにした。
次は後ろに座る一ノ瀬の番である。
「一ノ瀬 深愛です。前に座ってるこいつとは腐れ縁ですので、こいつ共々よろしくお願いします」
ぺこり。
いやぺこりじゃなくて。
自己紹介の半分が俺の紹介でもあったのは気のせいか?
思わず振り向くと、一ノ瀬はイタズラめいた笑みを見せていた。なんで?
後はクラスメイトAからZまでの有象無象たちが自己紹介を済ませてLHRは終了。
「一ノ瀬さん。前の席の池杉……? くんって、知り合いだったの?」
「うん、昔からの付き合いでね。中学は別だったんだけど」
「そうなんだ。よろしくね池杉くん!」
一ノ瀬と同中らしき女子生徒が明るい笑顔を見せる。同年代だというのに、なんだその眩しさは。
さて、どう返そうか。かたっ苦しく返すか? それとも無視するか?
「うむ、よろしくしてやろう」
腕を組んで胸を張ることにした。唐突なアドリブに弱いことがどんどん露呈していってる感じがする。
「あいたっ」
「バカ」
すると、一ノ瀬に後頭部を叩かれた。しかしこれは叩かれてもしょうがないと我ながら思う。
「ごめんね、たまに……いや、頻繁かも。バカやるんだ」
「はい、頻繁にバカになる池杉です。よろしく」
「あはははっ、面白いね池杉くん!」
………………。
なんだって? 俺が面白い?
そんな事言われたの初めてだ。胸に染み入る感情、これは一体なんだろう?
「俺が……面白い…………?」
日頃から常にバカを言ってると罵られ、何かをしては白い目で見られ続けた俺が、面白い?
俺に感謝を見せるのは基本的に大福をあげた時だけ。あれ、俺って餌付け係か?
「わ……私だっていつも笑ってるじゃない!?」
「でも面と向かって言われたこと無いし……」
「面白いって! 麗人といると飽きないから!」
「………………ふう、今更言われてもねぇ」
ついでだから言っておくか、みたいな感じがしなくもない? みたいな?
「あんたね!!」
「ヒィお助け!!」
大袈裟に頭を庇う素振り。俺と一ノ瀬のやり取りを見て、一ノ瀬の友人はケタケタと笑っていた。
その笑い声という灯火に誘われるように、クラスの人間がちらほらと集まりつつある。なんだこいつら蛾か?
こうして、一ノ瀬の友人と一ノ瀬に救われる形で、初めて俺はクラスの輪の中に入れた気がした。
………………
…………
……
その後。
クラスの風紀委員にもなり、真面目に職務にあたりつつも生徒の不利益になることはしないように務めていく。
前は真面目に風紀を取り締まりすぎたのが良くなかったみたいだしな。軽く注意するだけに留めておいたり、風紀に厳しい先生と共に取り締まる場合は前もって生徒に教えてあげたり。
そうすることでどちらの顔も立てつつ、尚且つどちらの信頼も得続けていた。
それでいて不良グループに対する牽制も忘れない。
隅のトイレでモクッてる現場に突撃し、風紀委員として注意し続け俺の存在をアピールし続ける。
怒りの矛先を俺に向けさせ、一ノ瀬に興味を向かせないようにするためだ。
こんな学校生活は初めてだ。
正直、楽しい。
休み時間になるたびに誰かと喋り、班を組む時もあぶれることはない。
初期モデルの時は美術の時間とかは悲惨だったな。お互いの顔を見て写生しましょう……ってアレだ。
あぶれた俺と、もう一人の女子生徒。必然的に組まされることとなるのだが。
あろうことか俺の顔を見てマジ泣き。赤子のような泣きじゃくりっぷりだった。
『無理~! 見れない~!! 見たくない~!!!』
と、そんな感じで泣き続けるため。女子生徒は仕方なく担当教師の顔を模写っていた。
ちなみに俺は掃除用具のモップを描いた。その時の俺を見る一ノ瀬のゴミクズを見るような目といったらもう……。
「覚えてないなー」
「最初の方だからな、一ノ瀬の記憶はないし」
だから覚えてなくてもしょうがないし、覚えていて欲しい記憶でもない。
何なら俺も忘れてしまいたい忌まわしい過去だが、強烈過ぎて逆に忘れられない。
大福を買うためにコンビニへ向かいながら、二人並んで歩く。これも最早いつもの光景だ。
「そういえば、今回先輩のことは?」
コンタクトの角度を変えて、様々なアタックを繰り返している……らしいが。
最近どころか、ここ何周かずっと一緒にいるため先輩にコンタクトを取っている様子があまり見られない。
「んー……別にいいかな」
「……先輩のこと、まだ好きなんだよな?」
一ノ瀬を見ていると、まだ先輩に恋心を抱いているようには見えない。
まあ、対人経験の少ない俺だし、俺には見えない何かがあるのかもしれないけども。
「ん~……いや……どうなんだろぉ……」
煮えきらない返事。その言葉に対して返答しようとしたが。
「あ!! 500円玉!!」
道端に燦然と輝く大きな硬貨。
もちろん俺は飛びつくようにして拾い上げた。
「やったぜ」
「交番に届けないの?」
……なんですと?
届けた方が良いヤツですか?
ひょんなことからモラルを問われ始めた俺。硬貨を握りしめて俺は思考に耽る。
落ちた硬貨を拾い、懐にしまう。一応これは遺失物等横領罪にあたる。
とはいえ、バカ正直に守っている人が過半数かというと、そういうわけでもない。
ぶっちゃけ俺も懐に入れてしまいたい。しかし一ノ瀬の視線が懐に入れることを許さない。
「………………………………交番、行きます」
「うん、行こ」
血を吐くような決断であった。
手に汗握る苦渋の決断、強く握りしめた硬貨は――――俺の手からスポーンと飛んでいく。
甲高い、気持ちの良い音。いや言ってる場合か!
硬貨は縦に落ち、そのままコロコロ……コロコロ……コロコロコロコロ…………。
「あ、ああああああっ!!」
どんどん加速して転がっていく硬貨。俺の足では追いつけない。
「俺の金ええええええぇぇ!!」
叫び声は虚しく大きな硬貨は水平線に消えていってしまいましたとさ。
「……やれやれ」
「そんな風に締めるのやめてもらえますぅ!?」




