野に放たれた誤解の性獣
ひそひそ……ひそひそ……。
自分の席に座る俺を遠巻きに眺めながら、なにやら噂話がまことしやかに行われている様子。
いや、違うな。噂されてる。
内容は確かめなくてもわかる。
そう、例のアレだ。
ひそひそ……ひそひそ……。
「おい、炭酸マーライオン来たぜ」
「炭酸マーライオン? なんだそれ」
「ファミレスで炭酸ぶちまけて、拭くふりをしながら一ノ瀬の胸を揉みしだいたんだってよ」
「は? クズじゃん」
半分くらい本当の話だから弁解のしようがない。
というか、今の俺が弁解したら余計に火に油を注ぐ展開になりかねない。
俺は仏像となってクラスの皆を心あたたかに見守ろうじゃないか。
「おい、炭酸マーライオンが笑ってるぜ……気色悪い」
「聞いたか? 池杉がファミレスで一ノ瀬を裸にしてゲヒゲヒ笑ってたらしい」
「俺はファミレスにいた女子全員を裸にして土下座させたって聞いたけど」
「マジで性獣じゃん」
おいおい尾ひれ付きすぎじゃないか。
このままじゃダーウィンの論が正しかった、ってくらい俺は魚に退化してしまいそうだ。
黙ってても勝手に噂が走り出し。黙ってたら油を注ぐ。俺にどうしろと!
背後の扉がガラリと開く。少しだけ首を動かすと、入ってきたのは一ノ瀬の様子。
教室内がまた一層ざわめく。俺への敵視は強くなり、一ノ瀬には俺から守るように女子生徒が囲い出す。
「一ノ瀬さん、大丈夫?」
「え、何が?」
「池杉に貞操と尊厳を奪われ尽くされたって、みんなが」
「…………はあ!?」
どうしてこんなことに。これじゃ人気者なんて夢のまた夢、今の俺はむしろ人類の敵レベルにまで落ちている。
いや、人類の敵ですらファンは少数いるだろう。俺はそれ以下だ。
俺は静かに椅子から立ち上がる。いつもの存在感がない俺ならば、立ったところで誰も気に留めないのだが。
今の俺は悪目立ちしすぎている、立っただけで周囲が距離を取るほどだ。
カバンを持ち――――全力で走り去った。
「あっ……麗人……!」
去り際に一ノ瀬の声が聞こえた気がしたが、俺は止まることなく逃げ出した。
………………
…………
……
「……はあ」
家の近くの公園にて。ベンチに座って項垂れる男子高校生。
平日の朝方ということもあり誰もいない。聞こえるのは鳥の鳴き声とたまに通る車の音。
あ、あと俺の溜め息。
「…………はあ~」
やり直したい。やり直せれば楽なのに。
普通の人って大変なんだな、失敗一つで何もかもが滑落していくのだから。
やり直す、という選択肢がある事自体を感謝したくなるほどに、いたたまれない。
「お、サボりか?」
「リンネか」
ふと横を見れば、銀髪のちっこい少女がいた。
俺の隣に腰掛けて、足をパタパタさせながら無言で座る。
「見た目が前より良くなったからって、意味あんのかな」
「そりゃあるじゃろ。ブサイクよりマシじゃ」
頭の中がぐちゃぐちゃで、気が付けば言葉が口をついて出てた。
いきなり話しかけたにも関わらず、リンネはちゃんと返事をしてくれる。
「見た目がマシになったからといっても、中身が変わったわけじゃない。結局俺は俺なんじゃないか」
「もちろん、麗人は麗人じゃ。人はそう簡単には変わらんし、変えようと思って変えられるものでもない」
だけどな、と一言いって俺の膝を叩く。
気遣いや慰めの言葉を簡単に言わないのは、リンネなりの優しさなんだと思う。
「だから努力が必要なんじゃ。努力は誰にでも出来ることではないし、お主には努力を繰り返すことが出来る環境もある。一度の失敗がなんじゃ、それで深愛が危険な目にあっても良いのか?」
「それは……ダメだけど」
「ならがむしゃらにやるしかなかろう。ワシはお主を評価しとるんじゃぞ。自己中心的で他人を寄せ付けなかったお主が、人のために何かをしようとしとることをな」
ああ、そうかもな。
前の俺はどうだったか、一ノ瀬が危ない目にあっても無視してたんだろうか?
してただろうな。俺はそういうヤツ……だった。
俺には関係のないこと、とまるで言い訳みたいに脳内で呟き続け、自分の選択の正しさを捻じ曲げていくように。
「それに、ブサイクだった時の方がもっと酷いこと言われてたじゃろ? それに比べれば、今なんて通りすがりの幼稚園児にからかわれる程度のはずじゃ」
「確かに。ママーブサイクが歩いてるーって指差された時は笑うしか無かった」
しかもそういう時さ、母親は『見ちゃいけません!』っていうじゃん、普通。
その時の子供の母親は『あらほんと』って同調してたし、嘘でも叱ってやれよ。失礼だろその子供。
「相談料は大福でいいぞ」
「今日はとびっきりの買ってやるか」
「いやっほーい」
今回失敗してしまったのなら、次同じことをしなければいい。
言うのは簡単だが、俺は出来るようになるまで繰り返すことが出来る特権を持ってる。
なら使わなきゃ損だよな?
どうせ俺は一ノ瀬が安全に過ごす未来を作れるまで、邁進するしかないのだから。
「リンネ」
「んー?」
「ありがとな」
「礼はいらん。大福をよこせ!」
いつもと同じ変わらない態度に、笑みが漏れる。
大福の歌を口ずさみながら先導するリンネの背中を追いかけながら、沈んでいた気分が少し晴れていることに気付いた。
リンネに感謝しつつ、この気持ちは大福で返そうと心に固く誓いながら。
…………だからって。
「その求める量はおかしくないか!?」
「とびっきりの量の大福じゃろ!?」
「勝手に『量』を付け足すな! そんな金ねぇぞ!?」
「うそつきぃ!!」
傍から見れば一人で喚いている男。異常者扱いされながら店員に注意され、買える限りの大福を買って退店するのであった。
………………
…………
……
「ちょっと、何処行ってたの!」
家の前に帰って来る。すると何故か一ノ瀬がぷりぷりと怒りながら待っていた。
あれ、もう学校終わったっけ? 時間を確認するがまだ昼前。
「学校は?」
「噂話がどんどん大きくなってって、もう嫌だから逃げてきた」
最終的には俺はファミレスの中で悪魔の角を生やしながら一ノ瀬を犯していたらしい。
誰もおかしいって思わないのか? 普通気付くよな?
「もう、勝手に想像されてるのが恥ずかしいやらムカつくやらで居心地悪いから早退したの。それなのに麗人いないし」
「ああ……リンネとコンビニ行ってた」
「見ろ深愛! いっぱいの大福じゃぞ!」
まるで戦利品のように顔を綻ばせて大福を見せるリンネの頭を、一ノ瀬は笑顔を見せながら撫でる。
年の離れた姉妹のような光景だった。
「電話番号も知らないしIDも知らないし。連絡とりようが無いっていうのも不便だと思わない?」
「登録しても巻き戻る度にリセットされるからなぁ」
最初の方こそ交換していたが、次第に面倒くさくなって交換しなくなったんだった。
それでなくとも毎日のように顔を合わせてるのだから、必要なくなってきたともいえる。
「こんなんじゃもうやりにくいじゃない? だからもう巻き戻った方が手っ取り早いかと思って来たんだけど」
「確かに。ここから俺がどう挽回していくか相談板で聞いてみたが、全員に死ねとしか言われなかった」
じゃあ戻るか。こんなこともあろうかとロープは常備しているのだ。
慣れた手つきでロープを結び、準備完了。
「ちょ……ちょっと待った麗人! ワシまだ食べてない!」
「じゃあ食べ終わってからにする?」
「そうだな」
頷くと、リンネは笑顔を咲かせてひょいぱくひょいぱくと大福を食べ始めた。
おいおい、大福とは言えちゃんと噛まないと……。
「う…………っ!!」
「大変! リンネちゃんが喉に詰まらせた!」
「いわんこっちゃない!」
一ノ瀬が背中を叩くが詰まりは取れず。
かくなる上は戻ったことで詰まっていた事実を戻そうと、俺はロープへと飛びかかる。
――――げっほげっほ!! げぇっほ、げほっ!! あー……口元が1%アップじゃ…………えっほっ!!
うるさ。
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目元 69 / 100%
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鼻筋 69 / 100%
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口元 71 / 100% 70 → 71%
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身長 175 / 177cm
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体重 70 / 70kg
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