行き過ぎ池杉
初桜 折りしも今日は 能日なり。
見よ、この腕に燦然と輝く腕章を。
風紀と力強く書かれた腕章は、学校内での一定の力を持つ権力の証。つまりこれをつけている俺は無敵というわけだ。
まだ霞がかかった時間、校門前で待機した俺は登校してくる生徒を品定めをするように睨めつける。
許可されていないものを持ち込んでいないか? 髪は適切な色か? 制服を着崩していないか?
「むむっ、そこの女子生徒!」
「え? な、なんですか?」
呼び止められた内気そうな女子生徒は俺が突きつけた指にビクリと怯えて一歩後退る。
俺の目線は足。もっと言えばスカートだ。ポケットからメジャーを取り出し、長さを測る。
「スカートが短い、膝小僧は隠すように!」
「え、きゃああっ!?」
女子の前でかがみ込み、スカートを少しめくってメジャーを押し付ける。大丈夫、中身は見えていない。だから大丈夫。
む、よく見ればカバンに装飾品が沢山。これは校則に反するのではないかな!?
「コラ!」
「あいたっ!?」
後ろから鈍器で殴られたかのような衝撃。吹き飛ばされた俺を他所に、チャンスとばかりに逃げていく女子生徒。
後頭部を抑えながら振り返ると、何故か怒っている一ノ瀬が立っていた。
「なんだ、一ノ瀬じゃないか。おはよう」
「朝からセクハラ紛いなことはやめなさいっ!」
セクハラ? いったい誰が?
キョロキョロと辺りを見回すが、それらしき人物はいない。その間も一ノ瀬は俺を睨みつけていた。
え、ひょっとして俺か? いやいや、そんなバカな。俺は服装の乱れをチェックしていただけで…………むむっ?
「一ノ瀬、スカートが短いんじゃないか?」
「……え? そんなことは……無いんじゃないかな」
「いや、短い。ほら」
「きゃあっ!?」
ふわりと揺れるスカートを抑えつけて長さを測る。メジャーで測ると……膝上10cm
やっぱり短いじゃないかっ!
咎めるべく屈んだ体勢のまま見上げると、顔を真っ赤にしてプルプルと震える一ノ瀬がいた。
「一ノ瀬も風紀委員なら、もっと身だしなみを決まりに則った長さにしてだな……」
「バカぁ!!」
側頭部に一ノ瀬のカバンがクリティカルヒット。俺はまたも吹き飛ばされていく。
走り去る彼女と入れ替わるように現れたのは……三年の、風紀委員長。
膝下の長いスカートで身だしなみが完璧な先輩は、倒れ伏す俺を冷ややかに見下ろす。
「貴方ですか」
「もしかして、俺の勤労さが話題になってるのですか」
これなら信用される日は近い。次の密告はさぞ上手くいくことだろう。
と思ったのだが。
「いえ、腕章を勝手につけて活動している風紀委員がいると聞いていたのですが。腕章は最上級生だけに許されたもの、勝手な行為は謹んでください」
俺の腕から腕章が奪われる。なんて横暴な!!
俺から奪った腕章をしげしげと眺める先輩。
「……これ、うちの学校のじゃないですね」
「俺が夜なべして作りました!」
「………………紛らわしい真似は以後慎むように。これは没収します」
「そんなご無体な!!」
しかし杓子定規な堅物風紀委員長は無慈悲にも俺から奪い去っていく。
まったく、これだから校則に囚われた亡霊は困る。何事も臨機応変じゃないのかね、まったくまったく。
まあいい。今回の目的は教師からの信用。そして、不良グループへの牽制だ。
女子のスカートの長さなんてどうでもいい、知るかそんなもの。ぺっ!
さしあたって、不良グループを監視するために隅のトイレを…………むむっ?
「こらそこーっ! 学校に必要のないものを持ってくるんじゃないっ!!」
何処からか取り出したホイッスルを首に引っ掛け、ピピーッと吹いて警笛を鳴らす。
その笛も戻ってきた風紀委員長に没収されたのは言うまでもない。
………………
…………
……
さて、結果を報告と行こうか。結果は…………。
失敗した。
何故かって? 最初は上手く行くと思ってたんだけどな。
教師からの信頼も厚く、葉っぱを紙で巻いたアレも現行犯。もっといえばスマホを奪い取りグループチャットの履歴も白日のもとに晒したのだが。
「あいつ、あれだろ。行き過ぎ風紀委員の……池杉?」
「行き過ぎの池杉って。ギャグかよ」
「どうせ捏造したんじゃねえの?」
「ありえる、実績欲しさに捏造とかしそうだよな」
「相手が不良だからって信用されるかもっていう考えが浅ましいよね」
「わかる、なりふり構わないっていうか、必死過ぎてウケる」
いやウケてる場合か。
しかし頼みの綱は教師。俺は教師陣へと目を向ける…………が。
「まあ、現行犯は現行犯ですが……退学にするほどかと言われると……」
「それにグループチャットの文言も実際に行動に移してるわけではないですしなぁ」
「悪ふざけの妄想といいましょうか、それに過度な反応を見せるのは如何なものかと」
「とはいえ現行犯ではありますから……一週間の停学程度、でしょうか」
なんと。
教師連中がここまで日和っていたとは。それほどまでに問題を起こしたくないのだろうか!
「こ、小林先生様……!」
最後の砦、担任の小林教諭に子犬のような視線を向ける。
「すまんな池杉、信用はしてるが……今のこの空気では、俺だけではどうしようもない」
しかし効果は今ひとつのようだ!
俺を白い目で見る生徒たちの集団の中に、見知った顔を見かけた。一ノ瀬だ。
「…………ふんっ」
ぷい、とそっぽを向かれた。
そ、そんなバカな……っ!! やっぱり一ノ瀬に対しても規則を厳しくしたのがいけなかったのか……!?
そういえば最近あまり交流がなかったような……?
孤立無援、五里霧中、四面楚歌。
生徒も教師も去っていき、残ったのは項垂れる俺と不良連中。
その後の展開がどうなったかは言うまでもないだろう。
……まあ、とはいえ……だ。
一旦の解決は見せた。グループチャットの内容を明らかにされたことで、不良たちは実際に行動を移すことは出来なくなった。
不良たちは一ノ瀬に乱暴を働くことはせずに、代わりと言えばなんだが……俺をイジメのターゲットにしたようだ。
教師からは腫れ物扱い、生徒からは嫌われ者の俺は格好の的だったようだ。
しかしこれは発想の転換。一ノ瀬が無事ならそれでも良いのかもしれないな。
自己犠牲……といえば美談だが、ぶっちゃけこれは行き過ぎた風紀委員の報いとも言える。
――――本来ならばマイナスじゃがなぁ……ボードの更新もめんどくさいし、プラマイゼロで良いかのう。
そんな適当で良いのか…………って、あれ? 俺死んだの?
――なんじゃ、気付いておらんかったのか。
………………
…………
……
「え? いつの間に。おはよう」
ベッドから起き上がるのと同時に疑問を投げかける。
「ぐっもーじゃ。イジメの度が過ぎて、階段から落とされたんじゃぞ」
「あー……あったような、なかったような……?」
と、いうことはまたやり直しか……。
いやだがしかし、前回の反省を活かす機会とも言える。
ぶつぶつと考えながらのんびりと準備をする。制服に袖を通し、外に出ると……そこには一ノ瀬が。なんか久々だなぁ。
「…………どうやって巻き戻ったの?」
「なんか、イジメが高じて……っていう結果らしい。正直記憶にあんまり残ってない」
「……やっぱり、私が味方しなかったから……?」
「違うと思う。あそこで一ノ瀬一人俺に味方しても意味は無かっただろうし…………それに、今だから思えるけど、前回の俺って相当鬱陶しかったろ」
「うん」
即答かい。まあいいけど。
まあ前回も散々な目にはあったが、無駄にはならなかった。
次は……そう。
「一ノ瀬、今回俺は…………人気者になるヨ!!」




