鈍感系主人公のもどかしさたるや
我真理を得たり。
一ノ瀬から不良を遠ざけるためには、隅のトイレで日常的に行われている悪いゴニョゴニョな内容や、グループチャットの内容を白日のもとに晒すことが出来れば、然るべき沙汰が下り一ノ瀬には平和が訪れるであろう。
占い師、池杉麗人による天啓である。
と、いうわけで。
「密告者になるヨ!」
何故か気が付けば俺の部屋にいる一ノ瀬に向けてキメ顔を見せる。
「ふーん」
おや? 反応が芳しく無いな。どうした? 最近耳掃除サボってるのか?
はい、ではもう一度。
「俺、密告者に――!」
「うるさい!」
はい。なんか機嫌悪いな。
ローテーブルの前に座ってるものの、テーブルを指先でずっとトントンと叩き続けている。
苛立ちを隠すことなく見せ続けているのには、何か理由があるんだろう。
「リンネ、リンネ」
小声で漫画を読み耽る幼女に声を掛ける。
しかし集中しすぎて聞いちゃいなかった。こそこそとリンネに話しかけたのが気に入らないのか、俺をジロリと睨む。
「ど、どうかしましたか……?」
観念して本人に直接聞くことにした。
ビクビクと怯える様子はさながら一ノ瀬に仕える使用人のよう。
さしずめ彼女は傍若無人な悪役令嬢ってところか。
「つまんない」
「は?」
唐突に言い放たれた5文字の言葉の意味が捉えきれず、気の抜けた問い返しが思わず口から出る。
それが気に入らなかったのだろう、一ノ瀬の視線は剣呑さが増した。
「前回、不良になってたから楽しくなかった、って言ってんの」
「……ですけど、クラスメイトに囲まれていたではありませんか……?」
「勝手に寄ってくるだけだし。私はのんびりしてたかったのに」
なるほど。平穏を思うがままに味わいたかったのに、人気者体質がそうはさせないと。
持ってるだけいいじゃないか……と思わなくもないが、俺としても誰彼構わず囲まれるのは疲れそうだ。
「ま、今回からは不良になる必要は無さそうだけど」
「ホント?」
ああ、と頷いて前回得た情報を共有する。
話している最中に漫画を読み終わったリンネが和菓子を催促してきたので饅頭を渡しておいた。
「……サイテー」
「俺に言われても」
特にグループチャットの内容辺りに嫌悪感を見せていた。まあ、当事者の一人でもあるだろうから良い気はしないだろうな。
とりあえず、これを良い感じの時に密告して発覚まで持っていけば、相応の罰が下るはず。
そうなれば一ノ瀬に構っている暇も無くなり、自然にたち消える……と思われる、たぶん、おそらく。
「その期間までは特にやることもないし、いつも通りに過ごせばいいんじゃないかな」
「よしっ! じゃあ前回の不足分を今回補わなくちゃね!」
不足分? と首を傾げる。なんか足りなかったっけ?
……と考えたところで、一つの結論に思い至った。
「ああ、先輩のことか」
「…………」
……おや? 何故か睨まれてますよ?
リンネにまで睨まれていた。
「死ね」
「あいよっ…………………………って、まだ早い。今回の考えの正しさを証明してからでないと」
危ない危ない、ついつい実行しそうになった。パブロフの犬とはこのことか。
睨まれるのをそのままにして見つめ返すと、盛大な溜息を吐かれた。
「とってもありがたいんだけど……どうして、私のためにそこまでするの?」
「そりゃあ……巻き込んじまったからだろ」
巻き込んで、一から友人関係を何度も何度も構築するのが面倒になったから、唯一その手間が省ける俺に来ているだけに過ぎないはずだ。
記憶が毎度毎度リセットされていたら、その都度友人を作り直していただろうし。
今友人に囲まれていないのは、間違いなく俺の所為だ。
「それだけ?」
「え……それだけ、って……」
それ以外の理由がいるのか?
一ノ瀬をしげしげと眺める。茶色のセミロングの髪がよく似合う、可愛らしい顔立ち。
学校じゃないから隠そうとしていない、トレードマークでもあるハートのピアス。
こんな近い距離で凝視できる時が来るなんて思っても見なかった。徐々に頬が赤みをましていくところすら見られるなんて、レア物どころじゃない。
「うーん、そうだな…………大切な存在、だからか」
「…………え?」
「うん、うん……そうだ、一ノ瀬が大事だからだな」
「そ、そそそそそれって、どういうこと?」
「どういうことって……一ノ瀬は俺にとって、唯一の友人なんだよ」
「………………はぁ?」
赤みがスゥーッと消えていく。驚いていた表情は死んでいき、無表情で俺を見つめる。
「俺、ああいう見た目とこういう性格もあって、友人って今まで誰もいなかったんだよな。でも今は一ノ瀬だけが俺をちゃんと見てくれてる。ありがたいよ、ほんと」
「ワシは!?」
「はいはい、リンネも」
友人なんていらない。どうせ俺のことをバカにしてるに決まってる。
そうやって尖って生きてきて、年寄りになっても変わっていないんだろう、そう思ってた。
だから今こうやって俺を見て、俺の名前を呼んでくれる友人は、とても貴重だ。
それに一ノ瀬には先輩がいるしな。俺は友人スタンスから動くことはないだろう。
「………………はあ、もう……この……殴ってやろうかな……っ」
「どうした、ストレスか?」
「誰のせいだと!」
俺の肩をパンチする。勢いは良かったが、痛みは微々たるもの。
諦めたように大きく息を吐いた一ノ瀬は、さっきまでのような不機嫌さを全面に出してくることはなく。
「まあ、精々私を守ってみせなさい」
悪役令嬢よろしく尊大に言うのであった。
「お任せあれ」
その言葉に俺は使用人のように恭しく言うのだが…………。
結論から言うと。
失敗した。
いや、石を投げるのは後にして欲しい、少し聞いて欲しい。
いつものように隅のトイレに引きこもってるのを確認した俺は、担任をトイレに誘導しようとした。
……したのだが!
『池杉、また悪ふざけか?』『おい、次の準備があるんだが』『あれだろ、トイレに閉じ込めて水かける気だろ』
などなど。
平たく言えば、俺の普段の行いが悪いせいで何も信じてくれなかったのだ。
そうやって連れて行くのに手間取ったおかげで、察知した不良たちは諸々の証拠隠滅を図っていた。
どちらに軍配が上がったのかは言うまでもない。グループチャットの履歴はすべて消されており、吸った後のタバ…………いや、紙に葉っぱを巻いたアレもすべて処分されていたのだ。
『バカな事言ってないで、真面目に勉強しろよ』
呆れながら立ち去っていった小林教諭の後ろ姿を俺は生涯忘れないだろう。
後に残されたのは、密告した俺と密告された不良集団。
どうなったのかは言うまでもない。
……と、いうわけで。
「次にやることは決めました」
「え!? 痛くないの!?」
ズタボロの俺を見て一ノ瀬は驚いた声を上げた。でも大丈夫だ、問題ない。
「死ぬより痛くないし」
「反応に困る返しやめて……けど、本当に大丈夫なの?」
大丈夫大丈夫。あちこち痛みが走ってるし、歯は何本か無くなったし、口の中がズタズタで水すら飲めない状態だけど。
へーきへーき。
そんなことよりも、だ。
「次、俺は…………風紀委員になるヨ!」
「……一応聞くけど、なんで?」
「今回、俺は教師からの信頼度が地の底で俺の熱弁虚しく空振りに終わってしまった」
普段の振る舞い方が良くないとは言わないで欲しい。思っても言わないで欲しい。
「だから! 風紀委員として真面目に仕事をする俺を見れば、教師連中の俺を見る目が変わるだろうという想定だ!」
「…………ああ、そう」
思ったよりも反応が芳しく無かった。俺の顔を見てはいるが、思考は事ここに非ずって感じだ。
いや、興味がないと言うよりこれは……上の空ってやつか?
「そう、そうか…………よし、じゃあ戻りましょ!」
「ん……? あ、ああっ!!」
というわけで巻き戻る。また入学式まで。
――――…………。
あれ? 今回は何処が上がるんだ?
――朴念仁には無しじゃ。反省せい!
……なんで!?
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