君のためを思うなら
「一ノ瀬の家は何処だ?」
目を覚ますなりリンネに掴みかかる勢いで尋ねる。
ある程度想像はしていたのだろう、驚いた様子もなく、無感情な視線を俺にぶつけてくる。
「何をそんなに慌てておる。巻き戻ったことで無事に難を逃れたんじゃ。事を急く必要はあるのか?」
「ある。一ノ瀬のあの反応、普通じゃなかった。たぶん初めて遭遇したに違いない。だとしたら今頃まだ恐怖に怯えてるかもしれないし……二度とあんな目に遭わせないようにしないと」
「ふむ、あんなに自己中じゃった人間がのう、こうまで思いやれるようになるとは……」
「そんなのどうでもいいから!」
早く様子を見に行って確かめないと、気が気じゃない。
ファッションショーもかくやというレベルで制服に早着替えした俺は、リンネを引っ張って家を出た。
リンネに言われるがまま道を走っていく。
辿り着いた先はごくごく普通の五階建てマンション。リンネが指を差したのは、カーテンが閉じられた三階の角の部屋だった。
インターホンを押そうとしたが……それよりも早く、オートロックから慌てて出てきた人影があった。
「一ノ瀬!」
「あ……っ」
お互いに息が切れた状態で、顔を見つめ合ったまま息を整える。
なんて言えばいいだろうか、そればかり考えて頭の中をぐるぐると回り続けている。
「大丈夫?」
俺の喉を指差して、心配そうな視線を向ける。流石に俺より体力がある、息が整うのも俺より早いみたいだ。
かくいう俺はまだ少し息が切れてる。何度か頷いて大丈夫なことをアピールする。
「よかった」
本当に安心したんだろう、短くそう言って大きく息を吐いていた。……だが、何故?
一番怖い目にあったのは一ノ瀬だろう。なのにどうして、俺の身を案じているのか。
「い……一ノ瀬は?」
「え?」
「だ、大丈夫……だったか?」
まだ息も絶え絶えだったが、かろうじてそれだけ聞けた。
最初のきょとんとした表情から、少し微笑んで頷いた。
「麗人が助けてくれたしね」
本当ならもっとヒーローのように助けたかったが。
見た目も身長もハリボテのような俺は、何の役にも立てなかった。ただ死への恐怖が薄れただけの厄介なやつ。それが俺の自己評価だ。
「…………ふう……はあ、聞きたいことがある」
「行きながらでいい?」
ああ、と頷いて通学路まで進む。
「ワシは……もう帰っても良いのか?」
あ、リンネのこと忘れてた。そうだな、家を教えてもらったし……入学式についてきてもやることはないだろう。
「助かった。お礼に高い大福を通販で頼んでおいてやる」
「マジかっ! 困ったことがあったらいつでも言うんじゃぞ!」
とても現金な幼女であった。テンション高くスキップでもしかねない上機嫌で家まで帰っていく背中を見送り、俺と一ノ瀬は学校へと向かう。
「…………ああいうこと、前にもあったか?」
「ううん、初めてだった。……といっても、記憶を引き継ぐ前のことはわかんないけどね」
「それはそうだけど」
流石にあんな大事件があれば噂にもなるだろうが……特にそういったことは聞かなかった。
それに変わらず無愛想で、憎まれ口を叩いて、冷たい視線で俺を見下してた。男に乱暴されたとしたら、そんな対応にはならないはずだ。
だから、たぶん無いはず。
「原因はなんだろうな」
「大きな違いと言えば……先輩と知り合いになってないこと?」
そうだな。後は……友人に囲まれていないことか。
先輩はサッカー部のエースと聞く。そんな先輩と懇意の仲であり、そして常日頃から友人に囲まれる人気者。
しかし前回は? 見目麗しい美少女が、特定の一人としか仲良くしておらず、無防備にも一人でいる時間が多い……。
…………俺の所為、ということか?
確証はない。目立った違いを挙げてみた中で、最も確率が高そうと言うだけだ。
「今回、俺と親しくしない方がいいかもしれないな」
「……は? 何言ってんの?」
冷たい声だった。それはまるで昔の一ノ瀬を思い出すかのような声。
背筋が寒くなるのと、背筋がゾクゾクする。恐怖と快楽が混ざった感覚に怯えながらも、俺は続きを話す。
「元々、あの不良たちが一ノ瀬を襲うつもりなんだと仮定して、今までの一ノ瀬には先輩や友人が沢山いた。……つまり、手を出す隙が無かったんだとしたら? だけど前回は違った」
「だから襲われたっていうの? それを防ぐために、あんたから距離を取れって?」
そうだ、と頷く。
あれだけの恐怖を味わったんだ、即同意してくれるはず。
……と思っていたが、俺の予想に反して一ノ瀬の視線はキツい形に変わっていく。
まるで俺を咎めるような視線に。
「却下。私は私のやりたいようにやる」
「何言ってんだ、また襲われてもいいのか?」
「そしたら、また助けてくれるだろうしね」
何を言ってるんだろうか。
前回はたまたま見つけただけ、偶然と運が味方してくれたにすぎない。
もしも必須イベントなんだとしたら、毎回決まった日、決まった時間に起こってるんだ。
だが今まで起こったことがないんだとしたら。次いつ襲われるかは、見当がつかないということになる。
そんな状態でどうやって危険が迫る前に助ければいいのか。それよりも危険から遠ざかる方が良いだろう?
「ダメだ、俺とは距離を取った方がいい、それが一ノ瀬のためなんだ」
「私のためって……でも、私は……っ」
「悪い、でもこれは決定事項だ。一ノ瀬の身に危険が及ばないようにするためには、そうすることが一番良い」
「一番って…………私は、あんたさえ……麗人さえ………………っ」
言葉は最後まで紡がれることなく、一ノ瀬の顔は真っ赤に染まる。
続きの言葉を待っていたが、その言葉は最後まで言われることはなかった。
「バーカ! 間抜け! 誰があんたの言う事なんて聞くもんですか!!」
「いや、でもだな……」
「うるさい! ちくわが喉に詰まって窒息死しろ!!」
捨て台詞のように罵り、俺を置いて走り去っていった。
最後の言葉はどうかと思うが、これが一番良いはず。
俺の死に戻りに巻き込まれたのは事故だ、本来は前回のように親密な仲になるような間柄じゃあない。
だから、これで元通り。これで一ノ瀬に危険は降りかからないはずだ。
胸に走る微かな痛みを掴むようにしながら、俺は学校へと向かう。
今日は入学式。新入生にとっては晴れ舞台なのだ。
………………
…………
……
「あの」
翌日のことだ。
後ろから背中を何度も指でノックされる感触を味わっている。
誰かはわかってる。最初の席順は出席番号順だ、何周してもそれは変わらない。
つまり、後ろにいるのは……。
「関わらない方が良いって言ったよな?」
振り返る。そこにいるのは不貞腐れた一ノ瀬だった。
唇を突き出し、不満げに俺の背中を指でつつき続ける。
「麗人の言うことは聞かない、とも言った。私は私のやりたいようにやる」
「それホラー映画だと死亡フラグだからな」
「巻き戻ればいいだけだし」
簡単に言うなあ。確かに巻き戻れば全てなかったことになる、なるが……。
心に負った傷は癒えない。一度傷をつけられたら、無かったことにはならないんだ。
「手遅れになるのが嫌なんだ、わからないか?」
「わかる」
「なら……」
「だからって我慢するのは嫌。幸せを手放した先の平和なんて、幸せじゃないし」
絶対に起こるイベントだと決まってるなら気をつけようはあるが……。
ランダムで起こり得るのだとしたら、一体どうすればいいのか。
「対策できるのは、何度でも巻き戻れる麗人だけなんだから。頑張って助けてね?」
「いやいやいやいや」
……さて、どうしたものか。
俺から距離を取ったとしても、一ノ瀬は関係なく距離を詰めてくるだろう。
更に俺が距離をとっても、それは一ノ瀬が孤立してしまうだけで特にメリットはない。
だが、そうだな……。誰もがやりたいようにやるのなら。
「やってみるしかない、か」
空を見上げて、一人呟く。
視界はまるで俺の考えを応援するかのように、澄み渡っていた。
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