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平和の裏側に潜む悪意


 とある朝のことだった。



「…………ん?」



 カーテンが開いた眩しさに目を開く。……リンネか?


 しかし視界にはリンネの服装ではなく…………うちの学校の女の制服?



「おはよ」


「……おはよう…………?」



 一ノ瀬だった。……なんで一ノ瀬がここに?


 俺が起きたと知るや掛け布団を剥ぎ取られる。布団の中に残った微かなぬくもりが無くなり、朝の寒気が俺の体温を奪い去っていく。


 取られた掛け布団を奪おうとしたが、持ったままベッドから離れていく。うう……寒い。


 同居人であるリンネは、少し離れたところでニヤニヤと笑っていた。二人で朝っぱらからイタズラか……?



「ほら、顔洗ってきなさい」


「寒い…………寒いよ……」



 無理やり立たされ、部屋の外に追い出された。


 …………眠いし、何が起こってるのかさっぱり理解できないし、寒いし。とりあえず言われた通り顔を洗うとしよう。


 何故か母親が顔を覗かせて大はしゃぎしていた。


 顔を洗い、歯を磨き。身支度を整えたところで、頭の中には一つの疑問が。



「なんで一ノ瀬がここに!?」


「やっぱ男の子だと早いね。もう終わったんだ」


「じゃなくて! なんで!?」


「ワシが招き入れた。えっへん」



 え、リンネが? でもリンネって他の人には見えないよな? 不法侵入?


 そこまで考えたところで、母親がやたらとはしゃいでいたのを思い出す。



「家の前で待ってたらね、おばさんが出てきて『起こしてあげて』って言われて」


「リンネ関係ないじゃん!!」


「えっへん」



 無い胸を張られても何の貢献もしていない。


 いや、というか当事者の俺を他所に、どんなことになっているんだと。



「でももう時間ないよ」


「うわ、ホントだ………………詳しいことは、行きながら聞かせてもらおう」


「じゃあ外に出てるから」



 俺の返事を待たずに部屋を出て、階段を降りていく物音。


 …………マジで、なんでいるんだ……?



「んで、なんでリンネはニヤニヤしてんの」


「さあてのう。自分で考えたらどうじゃ」



 自分で考えて、か。


 朝に起こしに来る。それは美少女ゲームでは大体幼馴染の鉄板業務とも言える。


 つまり、俺と一ノ瀬は幼馴染だった……!?


 んなわけない。高校で初めて顔を見たのだ、そんなわけはない。


 幼馴染に憧れてる、とか? 意味がわからん。


 そんなことを考えながらも制服に袖を通し、準備はバッチリ完了。


 とりあえず、行くか。



「じゃあ行ってきます」


「いってらーじゃ」



 雑な挨拶を後頭部に受けて、俺も外に出る。


 母親の口が裂けるかのような満月の笑みが非常に腹立たしい。



「お待たせ」


「ううん」



 それだけ言って隣を歩き始める。


 横顔を見る。風に揺れてハートのピアスがチラチラと顔を見せ、髪は太陽に反射して煌めいている。


 カバンから水の入ったペットボトルを取り出し、飲み始める。


 あ、もしかして、いやまさか?


 思ったことをそのまま聞いてみることにした。



「一ノ瀬って俺のこと好きなのか?」


「ぶっ!!」



 水を吹き出した。汚いなぁ。


 ハンカチを取り出して手渡す。むせながら受け取り、口元を拭いて俺を睨み付ける。



「な、何をいきなり……っ!!」



 咳き込みながら言うその顔は真っ赤に染まっていた。



「いやだって、最近ずっと一緒にいるし、今日なんて朝起こしに来たし」



 今までを考えるとありえないことだ。宝くじの一等が当たる方がまだ確率が高い。


 となれば、多少なりとも自惚れてしまうのは仕方のないことだと思わないか?


 そう思っていたのだが。



「んなワケないでしょ、遅刻しそうだから起こしに来てあげただけ」



 まだ少し息も絶え絶えに、一ノ瀬は髪をかきあげて言う。


 ……ま、そうだな。そんな夢みたいな話無いか。



「そうだな、一ノ瀬には先輩がいるしな。起こしに来てくれて助かった」


「…………」



 自惚れるのも大概にしておかないと。いくら顔が少し整ったからと言って、中身はすべてが0%の時のままなのだから。


 誰かに慕われることなんてあるわけがない。



「あうちっ!?」



 ふくらはぎを蹴られましたよ!?



「なんかムカついたから」



 ほらな、慕われてたんだったら蹴られるはずがないのだ。


 たぶんせっかく起こしに来てやったというのに歩くのが遅いのがいけないのだろう。そうと決まれば早足だ。



「ちょ、いきなり早いっ!」


「遅れますわよっ!」



 謎のお嬢様言葉を喋りながら学校へ向かう俺と、そんな俺を罵りながら早歩きをする一ノ瀬。


 通学路で繰り広げられる奇行は、さぞ目についたという。


 そしてその後。


 休み時間や昼休みに至るまで、一ノ瀬は俺の近くにいた。


 何を喋るでもない。特に一緒に何かをするでもない。ただただ近くにいた。


 何かあるのかと思って一ノ瀬の顔を見ていると『何?』と睨まれるだけである。


 問いかけることも出来ず、そしてそのまま放課後へ――



「…………あれ?」



 いない。


 ひょっとして待ってるのかと思ったが。


 トイレから戻ってきたときには、教室には既に誰もいなかった。


 夕焼けが染める教室内、中には俺と、俺のカバンだけ。



「……あれ?」



 疑問の声がもう一度出る。一ノ瀬のカバンがある。


 ということは先に帰ったわけではないのか。


 じゃあ一ノ瀬もトイレだろうか。ちょっと待ってようかな。


 …………そんな考えが起こるくらいには、一緒にいるのが当たり前になっていた。


 何かすることがあるわけじゃない、窓から下を見下ろす。そこは運動場、陸上部が走ったり走らなかったり、まあなんか色々していた。


 そんな視界の隅。



「…………」



 あの後ろ姿は一ノ瀬だ、間違いない。


 周囲には男が……何人だ、五人以上はいる。


 取り囲むようにしながら、学校外へと歩いて行っていた。誰だろう、友達か?


 いや、今回は一ノ瀬はほとんど友だちを作っていない。ずっと俺といたからわかる。


 じゃあ……?


 そんな時だった、一ノ瀬に一番近い男の顔が見えた。



「――っ」



 心臓が跳ね上がる。


 あの男は、この前トイレで一ノ瀬について聞いてきた……。


 嫌な予感がする。


 慌てて階段を駆け下りて、見かけた方向へと走っていく。


 しかし辿り着いた時にはもういない。一体何処に?


 運動場……いやあんな目立つ集団が見晴らしの良い場所を通っていくわけがない。


 となると、校舎裏の方だろうか。足を進めてみると。



「……こっちか」



 普段施錠されている学外へと出る通用口が開いていた。


 ……間違いない、こっちだ。


 しかし、そこから何処へ? 左右を見ても手がかり一つ無い。



「あれは……っ!」



 曲がっていく集団が見えた。その集団は同じ制服を着ている。


 あれに違いない、もし違っていたら…………いや、まずは足を動かせ。


 そこは住宅街……なのだが、高齢化に伴い空き家が増えた、閑散とした住宅街だった。


 中でも、雑草が生い茂った古めかしい洋館めいた空き家が目を引く。門が開いているのも怪しさ満点だ。


 間違っていたら手遅れになるかもしれない。…………どうする?


 いや、迷ってる暇も惜しい。行くしか無いだろう。


 もしかしたら違うかもしれない。ここじゃないかもしれない。


――――という懸念は杞憂に終わった。


 踏みしめられた雑草がまるで獣道のように形作られている。


 ドアノブを回してみる。…………鍵が開いてる。


 お邪魔します、と心の中で呟いて、足音を立てないように進んでいたが……。



「はなし…………てっ!!」



 一ノ瀬の声だ!!


 足音を立てないようにしてる場合じゃない、ドタドタと音を立てて声の方向へと向かう。



「麗人……! 助け、てっ……!!」



 そこは、息が出来なくなるほどの光景だった。


 男が複数人、一ノ瀬を羽交い締めにしてい下品に笑っていた。これから何が起こるかなど、想像したくもない。



「……あ? 誰だお前」



「一ノ瀬!!」



 多勢に無勢、もちろん勝ち目などないし、勝てる算段があるわけもない。


 だけど。


 ビビってなんていられない。


 微かに震える足を踏み出し、一ノ瀬を助けるために羽交い締めにしてる男を引き剥がそうとする。


 だが。



「……っ!」


「麗人っ!」



 横から殴りつけられ、俺は無様にも床に転がる。その様子を見て男たちが高笑いした。


 立ち上がろうとした俺の腹部に誰かの足が突き刺さる。



「ちょーどいーや、こうなりゃ公開ショーと行こうぜ。ギャハハハハ!!」



 何を? 聞きたくもない。


 助けないと……!! だが、俺の背中に乗った足が俺が立ち上がるのを阻む。



「麗人……っ、麗人っ!! いやあああぁぁっ!!」



 一ノ瀬の悲鳴。聞きたくない、思わず耳を塞ぎたくなる。


 悔しさから目から涙が溢れる。痛みなんて大した問題じゃない、そんなことよりも助けたいんだ。


 そんな時だった、地面に何か落ちているのに気がついた。……これは、ガラスの破片?


 ……そうだ、こうすれば!


 踏みつけられた体を動かし、腕だけは自由になった。


 目の前にあるガラスの破片を手に取り、それを――――喉に突き刺す。


 痛みと共に視界が霞む。


 突如俺が自傷行為に走ったことで、男たちは慌てて距離を取った。


 一ノ瀬は……無事か?


 最後に見た光景は、涙を流しながら俺に駆け寄る一ノ瀬の姿だった。



――――うむ、ギリギリだったがよく助けたな。今回はボーナスで――――


 そんなことはどうでもいい、早く巻き戻してくれ!


――よいのか?


 俺には確かめないといけないことがあるんだ。

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