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変わらない日常(良くない意味で)


 チャイムが鳴る。それは授業を知らせる音色。


 幾度となく聞いた授業内容は、色褪せる事なく俺の頭に深く根を張っている。


 まあ、何度も一年生を繰り返してるしな。おかげで二年生と三年生の内容何も覚えてないけど。


 板書する速度も早くなっていき、おかげでパラパラ漫画を描く余裕もあるってもんだ。見ろこれ、上手く出来ただろ。



「麗人、何してんの…………って、なにそれ」


「俺が描いたパラパラ漫画」



 教師が立ち去るのとほぼ同時に一ノ瀬がやってきた。


 名前順だった席の配置時は真後ろだったのだが、席替えと共に遠く離れた……んだけれども、何故か休み時間になる度に足しげく俺のところにまでやってくる。


 今までは休み時間になる度に先輩のところへ行っていたはずだが、どういう心境の変化だろうか。



「へえ~、面白い。よく出来てるね」


「そりゃどーも。っていうか一ノ瀬、先輩のところは?」


「ん~?」



 いや、んー、じゃなくて。


 今回は先輩とほとんどコンタクトを取っていない。それだと付き合うことは出来ないはずなのに、一ノ瀬は焦っている様子はない。


 それどころか俺のパラパラ漫画を読んでケラケラ笑って勝手に何かを描き足しているほどだ。


 俺の傑作がっ!!



「見て、どう?」


「……むむ…………大変遺憾だが、更に良くなったと言うしかなかろう」


「やったっ」



 ……まあ、俺がとやかく言うことでもないか。


 ふと肩の力を抜いて背もたれにもたれかかると、周囲から妙に視線を注がれているのを感じる。


 キョロキョロ。見てみればクラスメイトが奇異の視線を送ってくるじゃありませんか。


 え、みんなそんなに俺のパラパラ漫画見たいのか?


 と思っていたのだが、聞こえてくるヒソヒソ話は俺の予想しているタイプのものではなかった。



「一ノ瀬さんが、あんなに楽しそうに……?」

「クソ、変わってほしいくらいだ……っていうか誰だあいつ」

「あいつ誰だっけ? あんなヤツクラスにいたか?」

「深愛、最近来ないと思ったら……誰だっけあの人?」

「池……本? 池山? なんかそんな名前だったような……杉山?」



 おいおい、俺忍びの者か。誰にも知られていないじゃないか。


 見た目がまともになってきたとはいえ、社交スキルはゼロどころかマイナス。


 友人一人作ることすら出来ない俺の認知度は地の底にあるようだ。



「麗人?」



 周りの声に耳をそばだてていると、俺の顔を覗き込むようにしていた。


 近い近い。のけぞって距離を離すと、周囲の男子からは恨めしそうな視線と唸り声が聞こえる。


 ……そうだよな、一ノ瀬って見た目は美人だし、気さくで人当たりも良い。俺以外には。


 そりゃあ人気も出るってもんよ。



「ちょっと、聞いてる?」


「わかったからちょっと離れてくれ」


「なっ……何その言い草!」



 確かに言い方は悪かったかもしれない。しかし空気を読むのだ少女よ。


 気付くのだ、周囲の視線を。ほれ、そこの友人がなにか言いたげな視線を送ってきておるぞよ。



「そこ立つぼんやりとした学友。なにか聞きたいことでもあるのかい」



 一ノ瀬の友人らしきクラスメイトに声を掛ける。


 声を掛けられたことに気付いた彼女は、おずおずと近寄ってきて、爆弾を放り投げてきた。



「深愛と…………誰だっけ……は、付き合ってるの?」


「は…………はぁ!?」


「………………」



 驚いた一ノ瀬は奇声を上げ、俺は反対に無言。この期に及んで『誰だっけ』はないだろう。


 ちなみにクールぶっているわけではない。まともに話せないだけだ。ここにリンネがいたら情けないと言ってくること請け合いだ。



「そ、そそそそそそそんなワケないじゃない!!」



 慌てて否定。逆にそれが真実味を帯びさせる。


 周囲はざわめき始める。人当たりは良いが肝心なところまでは踏み込ませない距離感を取っていた高嶺の花が、男の話題で顔を真っ赤にさせているときたもんだ。


 密かに一ノ瀬を好きな男もいただろう。彼らを傷心させるわけにはいかない。



「ありがとう、名も知らぬお嬢さん。わたくしめのパラパラ漫画の評価をしていただいて……」



 席を立ち上がり、恭しく礼をする。



「え……え?」



 突如芝居がかった喋り方をする俺に、目を白黒とさせる。顔を真っ赤にしたり驚いたり、忙しい奴め。


 周りに聞こえるように割と大きな声で言ったが、さて周りの反応はどうか……?



「なんだ、パラパラ漫画か」

「パラパラ漫画じゃしょうがないな」

「評価かー、一ノ瀬さんも優しいし」

「俺もパラパラ漫画を描けばワンチャンあるってことか……!?」

「そうか、パラパラ漫画か……」



 納得するんかい。


 なんだパラパラ漫画じゃしょうがないって。自分で言っておいてなんだがしょうがないのか?


 まぁいいか。予鈴ももうすぐだ、トイレに行っておこうっと。



「あ、麗人……」



 背後から少し淋しげな声がしたが、聞こえないふりをした。




――――――――――




 帰り道。学校の校門前にいたリンネと合流してコンビニへと向かう。


 何しにコンビニへ、って? そりゃリンネの和菓子よ、毎日バカにならない出費だぜ。


 本来であれば目立つ出で立ちのリンネだが、俺と一ノ瀬以外には見えないため騒がれることはない。



「麗人、どうじゃった。今日の学び舎は?」


「古風なおかんか。いつも通りだよ」


「嘘じゃん、最後の方なんかよそよそしかったもん」



 隣の一ノ瀬が少し頬を膨らませて不満げに俺を見る。


 ……ああ、気にしてたんだ。


 だって、一緒にいて友達に噂とかされると恥ずかしいし……一ノ瀬が。


 そう考えた上で少し距離を取ったわけだが、まあ確かに説明は必要だったか。



「あのままだと付き合ってるって勘違いされるんだぞ?」


「それは…………嫌だけど」


「だろ?」



 だから必要な行為だったのだ。そんな不満そうにされても困る。



「……というか、なんで嫌なんじゃ?」


「なんでって……」



 一ノ瀬には好きな人がいるんだ。


 そんな状態で勘違いされてしまうと、上手くいくものもいかないってもんだ。そりゃよくない。



「だって、一ノ瀬には先輩が――うっ」


「麗人!?」



 その時だった。突如後ろから衝撃が走る。


 俺は前を転がりながら突然の痛みに耐えていると、少し離れたところから下品な笑い声が聞こえてきた。



「ギャハハハハ!! よう池杉ぃ!!」



 中学時代のいじめっ子だった。


 うずくまりながら目線だけを上げると、男二人と女一人のいつもどおりのメンツ。



「ちょ……あんたたち、何してんの!?」



 一ノ瀬が罵声を浴びせかけ、俺を蹴った相手にビンタをする。だが。



「ブタ杉よぉ、最近会えなくて寂しいじゃねぇかあ。俺泣いちゃうぜ?」


「そうそう、会えなくてストレスが溜まっちまうよ」


「久々に会えたんだし殴らせなよ、ね?」



 まるで効いていないかのように無視していた。


 まったく、好き勝手に言いやがって。


 しかし、何度巻き戻ってもイジメられるというトラウマに慣れることはなく、勝手に手足が震える。


 それでも、もうやり込められるのは嫌だ。せめて口だけでも去勢は張り続ける。



「そんなにストレスが溜まってるんなら、お互いを殴れば良いんじゃないか?」



 口答えしたのが気に入らないのだろう、いじめっ子ABCの顔が歪む。



「あんた、ブタ杉如きが……………………あれ……別に太ってない」



 いじめっ子唯一の女が俺を見て毒気を抜かれたような表情を見せる。


 それどころか。



「むしろ割とタイプ……なんでイジメてたんだっけ?」


「そりゃ、太ってて醜いからだろ…………でも、あれぇ?」



 人を蹴り飛ばしておいて疑問符を上げるのは何事か。


 ……とはいえ、正直これにも慣れた。



「もういいスか」


「あ、ああ……」



 背を向ける。今度は蹴り飛ばされることはなく、遠ざかっていく。



「今日は被害少なめじゃったの」



 やがて姿が小さくなってから、リンネが声を発した。それがきっかけとなり、俺は全身に溜めた息を大きく吐き出していく。


 やっべ……怖かったあ……!!



「……そうだな、前はトランスボックスに頭を打ってえらいことになったし」


「あの時はあのまま死んじゃうのかと思ったの、ぬははは」


「……笑い事じゃないでしょ!」



 たしかに笑い事じゃない。一ノ瀬の剣幕はもっともだ。



「なにあの人たち、なんでいきなり蹴ってくるの!?」


「ああ、それはな……」



 屈み込んで、リンネに背中の靴跡を払ってもらいつつ、俺は至極マジメな顔をして一ノ瀬を見た。


 俺の表情を見て、ごくりと生唾を呑み込むのがわかる。



「あいつらは――――いじめっ子だ」


「………………それ見たまんまじゃない?」


「そうだな」


「そうだなじゃなくて!!」



 めっちゃ怒るじゃん。


 しかし、一言で説明するとそうなる。



「あいつらはこの日、絶対俺に蹴りを入れるんだ。それはもう決まってることらしい」


「らしいって……」


「一ノ瀬が決まった日にナンパされるだろ。あれと同じで起こるイベントが決まってるみたいなんだな」



 まだ太ってて醜い時は蹴られる以外にも色々やられたが、今となっては出会い頭の一発だけで済んでいる。


 痛いことは痛い。だが一ノ瀬よりはマシだと思っているのだ。


 知らない人間に絡まれ、先輩に助けられるとはいえ一時は死ぬ寸前までいくのだ。それに比べたら大したことはない。


 正直、たまたま出会って蹴られるのかと思い込んでいたが、一ノ瀬のナンパワープを見て確信に変わった。


 俺が蹴られるのも決まったイベントなのだろう。



「っていうか、あいつら……一ノ瀬を無視してたな」


「え? あ、確かに……」



 手のひらにはまだ引っ叩いた衝撃が残っているのだろう。自分の右手を見つめている。


 俺は一ノ瀬がナンパしてる時は無視されて、一ノ瀬は俺が蹴られる時に無視されていた。


 これは一体……?


 俺と一ノ瀬は二人でリンネを見る。



「……お? てっきり気付いておるもんだと思ったが。気付いてて遊んでおるのかと」


「何も知りませんが?」


「ふむ、そうか。まあ端的に言えば、二人共その場には『居ない』のじゃ」



 …………なるほど。


 どういうことだ?



「深愛がナンパされる時、本来麗人はその場におらんかった。いたらまた事情も変わっとるじゃろうし、ひょっとしたら深愛は車道に突き飛ばされてないかもしれぬ」


「俺がイジメられる時は一ノ瀬が傍にいない、と……?」


「そうじゃ。女連れをイジメるたわけはおらんじゃろうしな。いや、いるにはいるかもしれんが」


「だから麗人が目の前でアホな事をしてても、私が叩いても、まるで居ないように扱われるってことなの?」



 そうじゃ、と頷くリンネ。なるほどなぁ。


 毎日毎日、行動によって色んなイベントが様変わりしているが、そういった出来事だけは不変であるし、その場にいても無視されるのも確定ということか。


 ……ていうか、どっちもいらんイベントだけ確定なんだな。一ノ瀬は先輩に出会えるからプラスなのかもしれないが。



「じゃが大丈夫、プラスとなる変わらないこともあるんじゃぞ?」


「それは一体?」


「それはな…………ワシが大福を食べられるということじゃ!!」


「――――今日は和菓子なし」


「そんなぁぁぁ!!」

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