運命の人、とかいう伝説のキーワード
ぷりぷりぷりぷり。
目の前の女性からは頭から湯気が出るほど怒りを見せている。
先輩は何度やっても大学生になったらイケない道へと進んでしまう、何度繰り返しても結末は一緒。
そのことに、ぷりぷりと怒っていた。
「もう、なんなの……っ! 何があってもご自慢の下腹部を威風堂々と使いたがる! ジャパンのユニバーシティーはただれた場所なの!?」
怒りすぎて怒り方が変になっていた。
あと先輩がただれてるだけであって、大学はただれていない、決して。念の為、あしからず。
数日前先輩に会わないようにしたのだが、結局ワープまでして現れたナンパと先輩。二組の登場人物を見て、上手くいかない怒りがぶり返してきたようだ。
そんな怒りっぷりを、俺とリンネは離れたところで饅頭を食べながら眺める。
ああ、熱いお茶が美味い。
「ちょっと! 呑気にお茶を飲んでないで考えて!?」
「そんなことよりも、せっかく母さんが持ってきてくれたんだ。一ノ瀬もどうだ?」
「いただきます!!」
怒りながらかぶりつく。
ベッドに座る俺とリンネの前を、食べながらウロウロと歩き回る。行儀悪いね。
しかし、そう………………。
「なんで俺の部屋に!?」
「あんたが招いたんでしょ!?」
そうだっけ?
えーと……確か……。
今日は休日、昼まで惰眠を貪るべく外界の全ての雑音をシャットアウトした状態で意識を右脳のシナプスにコンタクトを取っている真っ最中だったはず。
そんな時だった。家の真下から大声で俺を呼ぶ声が聞こえたのは。
小学生でも今どきやらないような行為をこんな住宅街でされた日には、俺の周囲の評判はガタ落ちだ。元々落ちる評判もないって? うるさいなぁ。
慌てた俺は一ノ瀬を家に招いた。寝ぼけていたんだろう。
一ノ瀬を二階に上げて、身支度を整えていると母さんが何事かと聞いてきた。女性が尋ねてきたと正直に答えたら今度は母さんが慌てるターンだった。
そんなこんなで、部屋に上がるなりぷりぷりと怒り狂っているわけだが。
「深愛よ、こんな話を知っておるか?」
「知らない!」
「まだ何も言っておらん」
リンネに対してもキツめの態度。思っていたよりも余裕がないみたいだ。
一ノ瀬を一言呼ぶと、細くなった視線をキッと向けてくるが、その視線をリンネへと向けさせる。
小さな幼女に向かって怒鳴ってしまったのをようやく理解したのか、何も言わずに二度、三度と深呼吸。
まあ見た目だけ幼女で中身は得体の知れない和菓子モンスターなんだが。
「………………」
おっと、リンネが無言でこちらを見ている。口は災いの元ってやつだね、ハハッ!
少し落ち着いたのだろう、細く尖った目は柔らかくなり、ローテーブルの傍に腰を落ち着けた。
それを見て、リンネは言葉を紡ぎ始める。
「……正直、今から言うのは酷なことかもしれん。しかしそろそろ知っておいた方が良さそうでな」
「酷なこと?」
リンネは頷き、ベッドからぴょんと飛び降りる。
一ノ瀬の向かいに座り、テーブルを指先でトントンと何回か叩く。
「運命と言う言葉を知っておるな?」
「有名な音楽家の……」
「人には誰しも運命というものがある」
俺の言葉は無視ですか。まあいいけど。
カーテンを開き、窓を開く。部屋にこもった空気が、外の清涼な空気が浄化していく。
外で誰かが笑っている声がした。
「人それぞれに、こうなるべき『運命』というものがある。先輩とやらは、元より大学に入れば――そうなってしまう『運命』だったのじゃろう」
だからこそ、どれだけ繰り返しても同じ結果になる。過程はどうあれ、同じ結果に。
つまりはそういうことか。
「でも、運命を変えて見せる、とか運命は切り開くもの、とか……」
「ああ、そうじゃな。そういうのは得てして絶対的不利な状況に陥った者が現状を打破するために言う言葉じゃが…………もし、切り開くこと自体も運命だったとしたら?」
「元々上手くいく予定だった、ってことか?」
俺の言葉に、今度は頷く。良かった、俺の言葉が聞こえていないわけじゃなかったんだね。
運命を打ち砕く、とか大体アニメ・ゲームのセリフだが……まあ、登場人物が努力してハッピーエンド。これは大体の作品の王道であり不文律ではある。
決まってる、といえば決まってる未来ではあるが……。
「じゃあ、私が何をやっても絶対に下腹部を使いたがるのは……」
言い方他に無かったんか。
「ああ、下腹部を擦り切れるほど使いたがるのは運命に他ならぬ」
まあなんて下世話な! まだ昼間ですよ?
「それこそ運命を変えたければ、それを為せるのは――――本当の『運命の人』になるじゃろうな」
「つまり……私は先輩にとって運命の人じゃ…………」
「…………そういうことじゃ」
一ノ瀬にとっては聞きたくない言葉でしかない。
しかしずっと言わないまま、という訳にもいかないのだろう。
彼女がどう反応するのかわからない。リンネの表情は、一ノ瀬の顔を伺うように恐る恐るといった表情だった。
しかし、ふと疑問が湧く。
「なんで今さら言うんだ? もっと早くに言ってたら、一ノ瀬だって無駄に努力する必要も無かったろうに」
「それは…………」
リンネは口ごもる。いや、厳密には口ごもったわけではなかった。
言いづらそうに口をもごつかせた。何か言いにくいことでもあるんだろうか?
黙っていたとと思ったら、いたずらっぽいを笑みを見せる。
「……必死に頑張る姿が面白くてな。もっと見ていたかったんじゃが!」
「おま――…………いや、それは流石にダメだろ。人の恋心を弄ぶようなことは」
「そうじゃな、反省しとる」
「お尻出しなさい!」
「いやじゃぁ!!」
本当に叩くつもりはないが、人が頑張っているのを見て面白がる節があるのも事実。
俺になら構わないが、人によってはそれが琴線に触れる可能性だってある。やるなら俺だけにしてもらわないと。
「いや、でもじゃな。今ならもう言ってもいいと思ったんじゃ」
「なんで今?」
「それは…………深愛が一番わかっとるじゃろ?」
黙っていた一ノ瀬に、二人とも顔を向ける。
テーブルの前で、両膝に握り拳を乗せているが、俯いているので表情は窺い知ることは出来ない。
「……一ノ瀬?」
「り…………リンネちゃん!?」
「お、おうっ!?」
ガバリと顔を上げる。
その顔は真っ赤に染まっていた。暑いのか? 外から風が入ってきて涼しいくらいだが。
「今日、私の家に泊まらない!?」
「……なんですと?」
いきなりと言えばいきなりの提案。
誰からの質問に答えることもなく、提案したのはまさかのお泊り。
しかし悲しいかな、リンネにはそうもいかない非情な現実があるのだ。
「一ノ瀬、残念だが……」
「え……ダメなの?」
「ああ、リンネはこの地に縛られている地縛霊。離れたくても離れることが――あいたっ」
リンネがベッドに飛び乗り、頭を叩かれた。
小さな子どもの叩く力だ、そこまで痛くはないが。
「ワシは地縛霊じゃないと言っとるじゃろう!」
「お菓子食べる時しか外でないくせに!!」
「それ以外出る意味がないんじゃもん! この部屋にずっといれば漫画読み放題なんじゃぞ!?」
「ダメ人間かよ!」
やいのやいのと言葉の応酬。
俺とリンネは肩で息をして言葉を投げ合う。
「深愛よ、ワシは構わんぞ。麗人もよいよな?」
「ああ、俺は別に……」
「やったっ、じゃあ行こう?」
「え、まだ昼――」
だというのに、一ノ瀬はリンネの手を掴んで飛び出していった。
残されたのは静寂に包まれた部屋と、騒がしく家を出ていく一ノ瀬の足音と声。
………………。
「……さて、今日は何をしようか」
降って湧いたような一人の時間。
たまには一人で大福を満喫するのも良いだろう。大福じゃなくても、たい焼きやあんころ餅、団子や羊羹。
ああ、それは良い。いつもリンネに大半を取られているため、今日くらいは独り占めしてもバチは当たらないはずだ。
………………
…………
……
「……はっ!」
ついいつもの癖で2人分買ってしまっていた!!
いやいや、2人分全部食べたって良いだろう。食べ切れるかはともかく。
「…………明日、リンネにあげればいいや」
なんだか食べる気はしなかった。
翌朝。リンネが帰って来るなり。
「麗人、深愛のことはどう思っておる」
「なんだ藪から棒に……ただいまは?」
「ただいま。で、どうなんじゃ」
「どうもこうも…………先輩のことが好きなんだし、俺には出る幕は無いだろ」
マジメな表情をしていたので、俺も思わずマジメに返してしまう。
運命の人でなかったとしても、それで恋心が褪せるようなものでもないだろうし。
であるならば、俺がどう考えていたとしても関係ないと言うわけだ。
「…………本当に、もう少し深愛のことも見てやるべきじゃぞ。まじで」
「……って言われてもなあ。あ、そういえば和菓子買ってきてあるぞ」
「マジで!? わ、たくさんある……!!」
マジメな表情は何処へやら。沢山の和菓子に目を輝かせて笑顔を咲かせるリンネを見て、俺の顔は綻ぶ。
しかし、考えたところでなぁ………………なあ?




