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謎の幼女に謎の声


 事故で死んだと思えば三年前で?


 訳が分からないまま帰ってきてみれば、家の中には幼女が一人。これ事案か? 俺通報されちゃう?


 そんな俺の困惑を知ってか知らずか、ぴょんぴょんと小さい体を跳ねさせながらカーテンを開き、窓を開けていく。


 …………。


 オーケイ、少し落ち着こうじゃないか。とりあえず状況を確認しよう。


 目の前にいる幼女をしげしげと観察する。身長は90cmくらいか?


 癖っ毛で長い銀色の髪。着ている服はとても古めかしく、巫女……というか、神事に纏わる人間が着ているような衣服。


 選択肢1、コスプレ幼女の襲来。


 これはありえないだろう。この選択肢を採用した場合、最初に来る疑問は『何故?』だ。


 何故この家に? 何故俺の部屋に? 何故?


 そして選択肢2、俺の幻覚。


 うーん、有り得そう。朝から説明が出来ない出来事ばかりで、まるで白昼夢を見ているかのような気持ち悪さ。


 現実離れしたこの幼女が、俺の幻覚と言うのが一番しっくり来る。


 ……で、あるならば、だ。



「お? なんじゃなんじゃ?」



 幼女の首根っこを掴む。想像していたよりも軽く、思っていたよりも簡単に持ち上げることが出来た。


 大人しく持ち上げられる幼女、ぶらーんとぶら下がるその姿はまるで猫のよう。


 その幼子を――――



「にょわあああああぁぁぁ!?」



――――窓から投げ捨てた。何故か開いていたのが幸いしたな、幻覚なのに窓を開けたとか不思議だね。


 ふう、これで静かになった。ようやく考え事が出来るぞ。


 ドタドタドタドタ。階段を荒々しく上がる音が聞こえる。



「こらぁ貴様ぁ!! 初対面の人間を窓から投げ捨てるとか、どうかしとるぞ!?」



 体中に葉っぱをつけて幼女が戻ってきた。あれ、家の鍵って閉まってたよな?


 癖っ毛を逆立てながら怒りを表し、整った顔立ちの目は吊り上げながら俺を睨みつける。


 改めて見ると可愛い顔立ち。だが悲しいかな、俺は幼女は守備範囲外なんだ。もう五年……いや、十年したら出直しておいで。



「な、なんじゃその慈しむ目は……気持ち悪いのう」



 俺の様子に若干引いた様子。失礼な奴だなまったく。


 しかし、俺は何故幻覚と普通に意思疎通をしているのか。いや幻覚だから普通なのか?



「どうじゃ、三年前から戻った気分は。爽快かの?」



 戻ってることを知ってる……ということは、やっぱり幻覚で間違いないか。


 ……で、あるならば、だ。



「お? おお? おおお?」



 おもむろに幼女へと近付き、首根っこを持ち上げる。


 ぶらーんとぶら下がり……。



「って二度も同じことをするでない!!」



 暴れて振り払い、俺から距離を取った。ちっ。



「まったく出会い頭に人を捨てるなどと、人間性を疑うぞまったく。ほんとにまったくじゃまったく」



 まったくまったくうるさいな。



「三年前に戻った……だって?」


「お、ようやく喋ったか。見目に違わず醜悪な声よの。耳栓が必要か?」


「…………」



 出会い頭にここまで毒を吐くのは人間性を疑わないのか?



「そうじゃ、三年後の卒業式。お主は無謀にも人に話しかけたな?」


「話しかけること自体も無謀だってのか!?」


「うむ。話しかけること自体、地獄直行便に乗せられてもおかしくないほどの罪咎だと言うのに……まさか愛の告白とは……神をも恐れぬ悪魔の所業、くわばらくわばら」



 なんだろう。ここまでボロクソに言われてるのに何処か楽しい。なんで?


 あれか、会話が続いたことが基本無いからか? 話しかけられても事務的業務的、話しかければ無視されるか悲鳴を上げられるか。


 酷いことしか言われていないはずなのに、会話のキャッチボールが思いの外出来ているからか。……なんか悲しくなってきた。



「一体何者なんだ?」


「ワシか? 聞きたくばまずは自分から名乗れ…………いやいい、お主の吐く息で部屋の空気が淀んできたわ。知っておるから少し黙って聞くが良いぞ」



 殴っていいかな。いいよな?


 後ろ手に握り拳を作っているのを知ってか知らずか、目の前の幼女はカッコつけながらポーズを取り、こほんと咳払い一つ。俺を指差して決め顔。



「お主の名前は池杉 麗人。…………ぷぷ、れいとって。名前負けにもほどがあるじゃろ」



 ほっとけ。



「産まれた瞬間から醜悪な面で助産師が悲鳴を上げたのはあまりにも有名。

 幼稚園の豆まきでは保育士を差し置いていつも鬼の役。誰よりもマメを投げつけられたのはあまりにも有名。

 小学生の出し物の際はお化け屋敷。持ち前の恐ろしい面構えで何人もの幼子を失禁させたのはあまりにも有名」



 あまりにも有名って言いたいだけだろ。俺そこまで悪いことしたか?


 産まれた瞬間とかどうしようもないし、幼稚園も小学生の時も立ってるだけで悲鳴が右往左往していた幼少期。


 悲鳴とともに産まれ、悲鳴とともに育ったことはあまりにも有名…………って移った。くそぅ。



「麗人よ、お主屋上から落ちて死ぬ時、何か聞かなかったか?」


「ん? ああ……鼻筋が上がったとかなんとか」


「あれ、ワシ」



 親指で自分を指してドヤ顔。


 ちょっとイラッとした。



「お? 信じておらんな? んんっ…………鼻筋が、1%アップしました」



 脳内で聞いた声そのままだった。



「しかし、99%はブサイクのままです。くくっ……」



 やかましい、余計なお世話だ。


 当事者を置いてきぼりでテンションが上がり続ける謎の幼女。俺はそのテンションについていけずに軽く溜め息を吐いた。



「お主は近年稀に見る……いや、人類史上始まっての醜男」



 失礼な。



「だからこれからどれだけ歳を重ねても、容姿の所為で何も上手く行かない。流石にそれを不憫に思ったのか、ワシが派遣されたというわけじゃな」


「誰から?」


「誰って…………そりゃぁ……神? とか?」



 なんでそこ曖昧なんだ。


 まっすぐに俺を見つめていた視線は、何故か気まずそうに彷徨わせる。



「だって、ワシも言われたから来ただけじゃし……」


「誰に言われたんだ?」


「え、そんなの……神とかじゃろ?」



 聞かれても。


 この人、誰とも知らない人物に行けって言われて『はい!』って言ったってこと?


 バカじゃない? いやバカだろ。



「なんじゃその顔は! ええいとにかく! ワシことリンネの言うことを聞いておけばイケメン間違いなしなのじゃ!!」


「リンネ? それがお前の名前か?」


「おおっ!? どうしてワシの名前を!? 読心術か!?」



 やだもう俺までバカになりそう。いや、そんなことより。


 イケメンになれるって言ったか? この俺が?


 …………怪しい整形の勧誘だったりするんだろうか。あり得る…………が、勧誘にこんなバカを連れてきたりするだろうか。いやしない。


 詐欺りたいならもっと賢い人物を寄越すはずだ。つまり、本当ということか……?



「どうやってイケメンに?」


「それは簡単なことよ」



 咳払い一つ、ベッドに腰掛け足を組み、腕まで組んだ。


 片目を閉じて、真面目な顔でこう言った。



「死ねばよい」


「………………」



 来世でやり直せってことか?


 もう現世には期待するなと?



「な、なんじゃその手は、ワシに何をする気じゃ!!」



 おっと、思わず手が首に伸びそうだった。危ない危ない。


 クセの悪い手をぴしゃりと叩いておき、ポケットに突っ込んでおこう。



「お主、三年後の卒業式から巻き戻ってきたじゃろ。そういうことじゃよ」


「説明不足が過ぎるって怒られたことないか?」


「…………しょっちゅー」



 だろうな。


 端折りすぎて何を言いたいのか。ただでさえ今日は考えることが多いというのに。


 ……一つずつ整理していった方がいいか。



「今日から卒業式までの三年間、俺には過ごした記憶があるんだが……あれは現実か?」



 うむ、と横柄に頷きながらベッド脇に置いてある漫画を手に取り出す。マジメに聞いて?


 現実だった。だけど今は三年前の始業式、普通に考えれば……いや、どう考えても普通じゃないが、三年前に巻き戻った。それは事故で死んだから。


 そしてリンネのアナウンス。死んだことにより鼻立ちが微妙にアップした……らしい。鏡で見てもよくわからん。



「死んだら始業式まで戻るのか? 例えば、今死んだら中学の入学式まで戻ったりするのか?」


「いや、戻る日時は今日固定じゃ。中学生にまで戻ることは有りえん……はははは」



 漫画を読みながら。……まあ、ちゃんと答えてくれるならどうでもいいか。いいのか?


 現実離れしたこの光景に順応していく俺が少し怖い。



「死ぬたびに矯正されていくんだよな、それは何回まで……とかあるのか?」


「のう、これ前の巻は? 最初から読みたいんじゃが」


「聞けや」



 リンネの手から漫画を取り上げる。背伸びをして俺から漫画を奪おうと手を伸ばすが所詮は幼女、男子高校生の俺には適うまいて。



「くっそー……! お主もちびの癖に!!」


「うっせバーカ。お前の方がちびじゃねーか」


「何をちび!」


「なんだとちび!」



 ぐぬぬと二人で睨み合う。とても不毛な時間である。



「はあ……で、どうなんだよ」



 睨み合っていてもしょうがない、ここは俺の方から折れて話を先に進めよう。


 本棚から一巻を手に取ってリンネに渡す。わーい、とか言いながら受け取る姿を少し可愛いとか思ってしまった俺を誰かぶん殴ってくれ。俺にそんな趣味はない。



「回数制限はないぞ。といっても、成長限界はある、目や鼻や口、それに身長や体重か。細部まで上げれば枚挙にいとまがないがの」


「今の項目だと大まかに5つか。んで、一度死んで1%上がって…………最低500回!?」


「お主ほどの醜男だと、500回以上死なんと星の巡りは良くならないということじゃ」



 フェンスが壊れて落下していった時のことを思い出す。体が落下していくあの浮遊感、筆舌に尽くし難いとはこのことか。


 思い出しただけで恐怖で体が震える。そして地面に直撃する感触。



「なあ……痛覚を切ったりとかって……」


「出来ん。ほぼ丸ごと作り変えるんじゃ、デメリット無しに挑めるとは思わんことじゃ…………なあ、これの一巻つまらんのじゃが」


「だろ。途中から面白くなるんだよ」



 ベッド脇に置いてあるのはそれなりに意味がある………………じゃなくて!!



「別にせんでもよいぞ。醜男のままで生涯を終える気ならな。ワシもそうなったら帰るだけじゃし…………でも、この漫画借りていってもよいか?」


「……良いワケないだろ」


「ケチじゃのう」



 そっちじゃねえ。



「このまま死んでいくだけの人生なんでゴメンだっていう話だよ。俺は18年…………いや、16年? 巻き戻ったからややこしいな。ブサイクって虐げられ続けてきた。これが後何十年も続くなんて考えたくもねえ」



 そんな人生、始まった瞬間から終わってるようなものだ。


 死ぬのは勿論怖い。だけどこのままただ生きていくだけなのも嫌だ。


 なら――



「死んでやるさ!!」



 窓から飛び降りる。


 こういうのは勢いが大事だと思うからな。後は重力に従って――



「ここ二階じゃぞ、痛いだけだと思うが」


「………………ごもっとも」



 残ったのは全身の節々の痛みと、汚れたおニューの学生服。


 ……あ、そうだ。


 ドアノブにネクタイを引っ掛け………………いや、詳しく言うのはやめよう。


 こうして、俺の入学式は終わり、目が覚めた頃にはもう一度入学式が始まるのだが……。


 頭の中でリンネの声が聞こえる。



――鼻筋が1%ダウンしました。




「なんでぇ!?」



 起き上がると、ベッドの傍でリンネがケタケタと笑っていた。

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